トップページ | 2006年7月 »

2006年6月

2006年6月30日 (金)

女子医大の反応と東北大学の後輩

 再度説明しますが、2006年6月3日のブログにも公開いたしました私から東京女子医科大学への「公開質問状」では、以下のような催告を行いました。

「第3 回答に関する催告 

 質問人は、貴院に対し、本質問状到達後、3週間以内に、書面により上記の質問全てにおいて回答されるよう催告いたします。」

これに対する書面による回答は今のところありません。催告から今日で4週間になりますので、郵便事情を考慮しても今週末までに回答がなかったら、「無視した。」という判断を下してよいと思います。

なお、中心人物である、黒澤博身心臓血管外科主任教授は今週イタリアにいっているので、新しい展開が今週あったとは思えません。

公開して数日後、黒澤教授から、私のところに「どうしても話がしたいので、コールバックしてほしい。」との電話がありましたので、私は、コールバックしました。

2006年6年7日17時55分ごろから9分8秒間会話しました。

この中で、次のような主旨の話をされました。

「院長が答えると思う。院長は永井(呼び捨て)・・永井先生。病院の新体制は永井先生が院長だから・・・」

永井教授は東北大学48年卒、黒澤教授は東北大学44年卒です。

この、二人の関係がどのようなものであるかは、いろいろと情報が入ってきます。

 私は、これまで、4年以上この回答を待っているので、今更急いでいません。次ぎのアクションに移ることも一日を争っているわけでもありません。

 勿論、女子医大が回答するまで、厚生労働省も特定機能病院の認定を行えるはずもありません。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2006年6月26日 (月)

NHK訴訟

 6月28日(水)13時10分から 東京地方裁判所 626号法廷にて、「NHKによる私の逮捕直後の映像、ニュース報道における名誉毀損および肖像権の侵害に対する民事訴訟裁判」があります。

 代理人(弁護士さん)を付けない本人訴訟です。刑事訴訟では、被告人には必ず弁護士さんがつくことになっていますが、民事訴訟は、本人で行っても良いのです。次回は2回目の期日(法廷における裁判)です。NHKを1人で訴えて本人訴訟をする人は少ないと思いますが、私は挑戦してみます。

NHKは私の逮捕当日、私の承諾なしに,本来撮影の認められない場所(官舎建物から私的生活領域内に出てきた所)で(司法警察員〔=刑事〕とともに歩行する逮捕直前の)私の容ぼうを隠し撮りし,みだりに原告の容ぼうを撮影かつ公表し肖像権を侵害した。」という訴えと主張(肖像権侵害)と、

「専門性を有するべき医師が,知識不足のため,(女子医大の『内部報告書』や警視庁の発表等に依拠したと思われる説明を行いなおかつ、おそらく独自で作成した動画を用いて、誤った説明等も行い、)通常でない操作による手術中のミスによって本件患者を死亡させたという印象を生じさせ,原告の社会的評価を低下させたという訴えと主張です。(名誉毀損)。

(訴えと主張としたのは、訴えとは訴状の中にある記述、主張はそれ以外という意味です。)

 NHK側は当然代理人(=弁護士)が出てきます。NHK程になると、総務局法務課に属する所謂企業内弁護士さんがいます。詳細は分かりませんが、おそらくこの道のスペシャリスト達だと思います。これに対して私はというと法律に関しては、当然全くのズブの素人。第3者からみると、アウエーのグランドで相手にとっては当たり前のルールで試合をするのに当たり、こちらはルールブックを読みながら体当たりするといった状況で、とても勝ち目はないと思われるかもしれません。

 ただし、撮影された場所や心臓外科手術の内容に関してはこっちが一番知っているのです。私は戦略戦術やルールを守れば勝てると思っています。このブログに書き込むこと自体はあまり、戦略や戦術には関係ないので、書き込みは意味のないことかもしれません。

 しかし、所謂「報道被害」を受けた方々で、提訴を躊躇している方もいるかと思いますので、参考になればと思います。

 NHKには、叔父が勤務していたり、自宅近所にはNHKの社宅があって中学の同級生もそこに住んでいたことや、高校時代の友人が就職したりとなじみもあります。また、NHKの放送番組には他局には絶対作成できないような素晴らしいものもがあることは事実だと思いますが、私の逮捕時の報道に関しては怒りを覚えます。

 また、http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2006/06/2006_75a0.html

東京女子医科大学に対する公開質問状の

公 開 質 問 状 別紙 3 . 黒澤博身心臓血管外科主任教授 

第1 黒澤博身心臓血管外科主任教授への質問に至る経緯 ⑤の所謂「黒澤訂正プリント」

の経緯もあり、その怒りを冷静に知力へと昇華させて頑張ろうと思っています。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2006年6月23日 (金)

公開質問状に対する回答期限

 2006年6月3日のブログにも公開いたしました私から東京女子医科大学への「公開質問状」では、以下のような催告を行いました。

「第3 回答に関する催告

質問人は、貴院に対し、本質問状到達後、3週間以内に、書面により上記の質問全てにおいて回答されるよう催告いたします。」

 

 催告を内容証明郵便等で行う場合の回答期限は「2週間」等が多いようですが、それでは、「回答準備の期間が短すぎる」と思われる方もいるかもしれません。

 私は2002年4月には、医局員とともに「内部報告書」が誤っていると指摘しました。以後、2003年の「三学会報告書」の発行、2005年11月30日の「無罪判決」が言い渡された時にも、女子医大が多少なりとも自責の念を感じていれば、この「誤った内部報告書」について反省がされたはずです。このような、長い年月の間問題が存在し、それを保留にしてきたのですから、2週間あれば、会議を開いて文書を作成するのには十分であると考えました。

 それに対してさらに1週間の猶予をみることとして、3週間を回答期限としました。6月9日のブログでもご報告させていただいたとおり、2006年6月3日には、女子医大理事長、

東京女子医科大学 理事長 吉岡博光 理事長

東間 紘 前東京女子医科大学付属病院 院長

笠貫 宏 現循環器内科主任教授

黒澤 博身 現心臓血管外科主任教授

の四人の方々にはそれぞれ郵便が配達されていますので、催告による回答期限は明日2006年6月24日になります。

2006年6月23日22時30分現在、私は勤務先にいましたが、未だ回答は来ておりません。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2006年6月20日 (火)

失ったものを取り返す(その2)

第2 保釈金

① 本来であれば、「自由とプライド」について書こうと思っていたのですが、今回のライブドア事件で、堀江貴文氏の保釈金が3億円だったということが話題になりましたし、一般の皆さんの興味としては、保釈金の方があると思われますので、先に書くことにしました。

② 一言に保釈金といっても、お金だけだせばよいというわけではありません。

先ず、起訴されるまでは保釈はありません。日本法上は起訴後保釈のみが認められており、起訴前保釈の制度はないのです。

 さらに、起訴された後にお金だけ出せばよいとうい訳でもありません。

「裁判所は、保釈の許否を決定する前に、検察官の意見を聴かなければならない。」とい決まりがあります。

③ 私の場合は、起訴後初公判前に、一回保釈が決定しました。勿論、裁判官が保釈を決定し保釈金を決めたのですが、これが1500万円。私は、女子医大から最後の給料30万円をもらった後に、女子医大が作成しその虚偽があきらかになった内部報告書により逮捕され、それが理由で論旨退職させられました。無職で、月約18万円の住宅ローン残り20年という状態でした。そんな状態ですから、元新聞記者で民間サラリーマンの父の退職金や亡くなった妻の両親の遺産を親戚から借りてなんとか現金1500万円を作った妻が銀行からタクシーで裁判所に運びました。

④ しかし、そのころ、起訴した検察官は「準抗告」という制度を利用して保釈に反対。「私立医大の助手の保釈金が1500万円とは安すぎる。」等の理由で高等裁判所に意見したところ、ひっくり返って保釈決定が棄却されました。妻は泣く泣く(文字通り)現金を引き取ったそうです。

 それまで、逮捕や勾留決定や勾留の延期に対して私の弁護士さんが何回も「準抗告」を提出してくれましたが、一切認められなかったのに、検察官が適当に書いた「準抗告」は簡単にとおるのです。

⑤ 保釈を許す場合は、裁判官が保釈金の額を決めますが、その金額は、犯罪の性質・情状、証拠の証明力、被告人の性格・資産を考慮して、被告人の出頭を保証するのに過不足ない額を算出することとなっています。どんな算出方法をとったのか知りませんが、自分たちの給料と大学の勤務医の給料を間違えたのではないかと思います。(裁判官や検察官の給料は驚くほど高額です。)

⑥ ちなみに、私が東京拘置所に勾留されていた同じ舎の同じ階には、鈴木宗男議員、オウムの新実被告、三井物産の社員などがいました。また、同じころ辻本清美議員も保釈されたり、江副浩正被告の判決が私の初公判と同じだったという関係でいろいろな人の保釈金を調べてみると、

(敬称は略させていただきました。)

浅田満  ハンナン牛肉偽装事件     20億円

許泳中  イトマン事件          6億円

堀江貴文 ライブドア事件             3億円

金丸信  巨額脱税事件               3億円

横井英樹 ホテルニュージャパン火災 2.5億円

江副浩正 リクルート事件             2億円

田中角栄 ロッキード事件             2億円

堤義明  西武鉄道株事件             1億円

安倍英   薬害エイズ事件           1億円 無罪

鈴木宗男  受託収賄罪事件        5000万円

野村沙知代 脱税                  5000万円

辻本清美                          600万円

植草一秀  盗撮事件               300万円

三井物産47歳部長                   600万円

⑦ 一般の感覚からいって、国会議員の給料や資産、三井物産の部長の給料から考えて、無職になった元大学病院助手の保釈金がそれ以上になるとはとても思えませんが。 

       私の実際の保釈金は2000万円でした。

このような高額になった理由ははっきり解りませんが、同時に逮捕された医師との関連が考えられます。

⑧ また、私が保釈されたことやその保釈金の金額については、一切報道がありませんでした。しかし、保釈時には、沢山の報道カメラマンに囲まれて撮影されました。保釈された直後に感じたものは、喜びというより報道陣に対する怒りでした。

⑨ ご存じのように、無罪判決後は、保釈金が返ってきました。もちろん、利子などありません。全く馬鹿馬鹿しい話です。妻は安全のために1500万円と2000万円の現金の運搬にはタクシーを利用して、保谷にある実家と霞ヶ関までを一往復半しましたが、そんな無駄なお金も全く考慮してくれる訳がありません。、

⑩ 保釈金の話のついでに、お金の話をすると、女子医大と本件遺族との間では、遺族が刑事告訴して約2ヶ月後に、示談金による示談が成立しました。刑事告訴を取り下げるという条件なく女子医大の弁護士が示談に応じたことになりますが、この示談についても、示談書が2通りあり、金額が書かれていないものだけが、報道に発表されたので、示談金も発表されていません。今後の医療事故で金銭的解決を望む家族にとっては何の役にも立たない事例となったのです。

「失ったものを取り返す」は続いて次回は「第3 自由とプライド」の予定です。

| | コメント (4) | トラックバック (2)

2006年6月14日 (水)

失ったものを取り返す(その1)

失ったものを取り返す(その1)
第1 逮捕直後
 警察によって逮捕勾留されることをきっかけに、失ったものは沢山あります。
警察が行った家宅捜査でもっていったものは、私がまとめていたファイル1つくらいですが、
実質的なもので、先ず失ったものは職です。
1. 勤務先の退職
2. 医局の退職
です。女子医大の作成した「内部報告書」に依拠した警察に逮捕され、その警察に逮捕、検察に起訴されたことによって、女子医大を論旨退職となりました。
(事件が報道されてから逮捕まで約7ヶ月ですが、この間の警察と女子医大が手を組んでおこなったことに関しては、このブログ以外の執筆などで発表しようと思います。)
結局は、女子医大が全ての根元ということです。
 これによって、無職となった上、牛込警察と東京拘置所に勾留されたので、
収入は0となりました。このため、勤務先の住居(官舎)は当然追い出され、妻は実家に帰り、アルバイトをしながら生活することになりました。
 刑事事件を闘うには、代理人が必要ですが、勿論依頼料を支払わなければなりません。そこで、
1. 私の大学医学部時代の同級生だった医師
2. 女子医大心研の医局員、特に同期入局を中心とした医師
の二つの有志団体が、カンパを行うように動き始めてくれました。
1.の大学の有志は実際にカンパをしてくださいました。今も深謝いたします。
しかし、2.の女子医大医局員の有志カンパにはストップがかかりました。
黒澤博身主任教授からです。
6月3日のブログの「公開質問状」「公開質問状 別紙3 c.黒澤博身心臓血管外科主任教授 」をもう一度読んでいただきたいと思います。黒澤主任教授の基本的な姿勢から、このような行動にでることは当然かもしれません。

ブログ「失ったものを取り返す」は執筆中です。次回以降は「第2 保釈金」「第3 自由とプライド」を予定しています。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年6月11日 (日)

NHKの放送と公開質問に対する回答

 医療関係者が参加する別のブログで、女子医大に勤務されている医師から貴重なメッセージをいただきました。本件事件で、「東間院長を中心とした大学上層部の発表を鵜呑みにしていた自分が今となっては恥ずかしく思います。 」とのことです。

 しかしながら、それは無理もないことかもしれません。あれだけ、どうどうとテレビや新聞でも話をして、自分達に都合のよいことを言っていれば、内部の医師でも信じてしまうでしょう。東間教授、黒澤教授は伴に、外見は一見温厚そうで、語りも和やらかいので正義感のある人物のように映像からは伝わってきます。その内面については、皆様に判断していただきたいと思います。

 NHKで女子医大の改革が、東間教授、黒澤教授の両教授の旗手によって進行しているというような主旨の番組作りがされ、2003年に放送されましたが、それを書き取りました。

東間院長(当時)

「自分達の技術の進歩、自分達の業績の進歩、そういったことが第一になって患者さんが置き忘れられているということになっているわけですね。それが、今度の事件で明らかになったわけですけれど、私達は、それはやっぱりとことんそうであってはいけない。自分達がやったことをなんかこうちょっと恥ずかしいことがあったらなんか隠そうというのでははく、何でも見て欲しい。そして、おかしいところがあったら指摘してほしい。そして私達は信頼をされる病院となるんですよというように言い切れると思います。」

 東間先生、黒澤先生、そして笠貫先生と女子医大は、

「自分達がやったことをなんかこうちょっと恥ずかしいことがあったらなんか隠そうというのでははく、何でも見て欲しい。」

との言葉に偽りなく、公開質問状に回答していただきたいと思います。

 私は、女子医大、東間先生、黒澤先生、笠貫先生に、

「おかしいところがあったので、指摘しました。」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年6月 9日 (金)

配達証明

平成18年6月3日に以下の四人に、「公開質問状」と各人に対する「公開質問 別紙」が確かに配達されたことが、それぞれの担当郵便局からの通知である「郵便配達証明書」により確認されました。

東京女子医科大学 理事長 吉岡博光 (理事長)

東間 紘 (前東京女子医科大学付属病院 院長)

笠貫 宏 (現循環器内科主任教授)

黒澤 博身 (現心臓血管外科主任教授)

配達証明 それは、ずばり字のごとく配達の証明です。手紙をもらった相手が、「そんな手紙はもらってない」と言ったらどうしますか? 相手が、「そんな手紙はもらってない」と言ったらおしまいなんです。「そんな手紙はもらってない」と言われたら内容証明郵便でも証明できません。そこで、相手が手紙をもらったことを証明する方法として、配達証明(配達証明郵便)というものがあります。

郵便法62条によれば、「配達証明の取扱においては、郵政事業庁において、当該郵便物を配達し、又は交付した事実を証明する。」となっています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年6月 6日 (火)

別紙 1 添付書類

前回の公開質問で、別紙1の画像が不完全でした。再度掲載いたします。

「REGYURATOR.JPG」をダウンロード

「vavr_0.JPG」をダウンロード

「vavr_57.JPG」をダウンロード

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年6月 3日 (土)

東京女子医科大学に対する公開質問状

2006年6月2日

公開質問状参考送付の件

拝啓 時下ご清祥のことと存じ上げます。

私は、200132日、東京女子医大で施行された心房中隔欠損症及び肺動脈弁狭窄症手術の際に人工心肺装置の操作を担当していた医師です。

2006年6月2日付けで東京女子医科大学に対して、添付の公開質問状を送付いたしました。ここまでに至る経緯につきましては、質問状(下記1の文書)の本文にある通りです。

 今回、あわせて、日本の安全な医療の発展を真剣に考えている機関、団体、個人及び報道機関に、公開質問状の写しをご参考までに送付させていただきます。皆様に送付させて頂きました書類は、以下のとおりで東京女子医科大学に送付した書類のコピーの全てです。

1.    学校法人 東京女子医科大学 吉岡博光理事長に対する公開質問状

2.    東間 紘 前病院長に対する公開質問状別紙 1

3.    笠貫 宏 現循環器内科主任教授に対する公開質問状別紙 2

4.    黒澤博身 現心臓血管外科主任教授に対する公開質問状別紙 3

5.    「本件で使用されたレギュレータの作動原理図」(上記2.巻末に添付)

6.    「体外循環における補助脱血方法」と題するプレゼンテーション(上記2.参照)

7.    「黒澤訂正プリント」(上記4.巻末に添付。内容は上記4.第1の⑤参照)

 尚、公開質問に対する東京女子医大からの回答等を含めた今後の経過につきましては、追って、

 ブログ「紫色の顔の友達を助けたい」 http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/

で随時、発表する予定でおりますので、御参照いただければ幸いです。

敬具

公 開 質 問 状  

 

学校法人 東京女子医科大学 

理事長 吉岡博光殿 

200662

 

第1 公開質問に至る経緯

1 質問人は、200132日、東京女子医科大学病院付属心臓血圧研究所(以下「女子医大心研」)にて施行された平栁明香氏に対する心房中隔欠損症及び肺動脈弁狭窄症の手術(以下「本件手術」)の際に人工心肺装置の操作を担当していた医師です。

2 質問人は、貴院の東間紘前病院長が2001103日に作成した「故平柳明香殿死亡原因調査委員会調査報告書」(以下「内部報告書」)は、その内容が科学的に、すなわち、物理学的にも工学的にも医学的にも誤っていることが以下①②③等により明らかになったため、2006126日に貴院に対して「女子医大は、内部報告書の誤りを認め、内容の公式撤回をする意向があるかどうか。」という主旨の催告状を内容証明郵便で送り、文書による回答を求めました。しかしながら、貴院からは、顧問弁護士を通して「回答しない。」旨の電話連絡があっただけでした。そこで、回答しないのであれば、回答しない旨記載した書面を出すよう求めましたが、それも拒否されました。

「3学会合同 陰圧吸引補助脱血体外循環検討委員会 報告書」

委員長 高本眞一 東京大学教授、委員 許 俊鋭 埼玉医大教授、同 四津良平 慶応義塾大学教授、同 坂本 徹 東京医科歯科大学教授。以下「3学会報告書」)2003年5月、日本胸部外科学会、日本心臓血管外科学会、日本人工臓器学会が発行。(本件手術が行われた女子医大心研の第5手術室および慶応義塾大学病院や東京医科歯科大学における実験、学術的文献、専門書により詳細な検討が行われ作成されています。)

なお、この「3学会報告書」又はその抜粋は、学会誌「人工臓器」、「Clinical Engineering」といった専門誌で発表されただけでなく、3学会の学術集会でそれぞれ配布され、また、日本心臓血管外科学会専門医認定施設約500施設に配布されました。さらに、同報告書中に含まれる勧告は、上記3学会の各専門誌及びホームページに収録されるとともに、厚生労働省の科学研究である平成14年度厚生科学研究医療における危険領域のリスク分析とフェイルセーフシステムに関する研究分担研究『人工心肺の安全マニュアル作成に関する研究報告書』(平成15年3月)にも収録されました。

②「黒澤回答書」

3学会合同 陰圧吸引補助脱血体外循環検討委員会(以下「3学会委員会」)から貴院に対して行われた照会(「内部報告書」の作成にあたって女子医大が実施した実地見分に関するもの)に対して、同実地見分に立ち会った医師が、貴院心臓血管外科 黒澤博身主任教授の代理として、「内部調査委員会の施行した検分は不十分で、しかも具体的なデータが残っていません」と回答した書面(以下「黒澤回答書」)。

③刑事無罪判決

2005年11月30日に東京地方裁判所刑事第15部が出した無罪判決(以下「本件判決」)。裁判では、上記「3学会報告書」「黒澤回答書」、裁判所が行った2日間におよぶ女子医大心研の手術室での実験結果、海外在住者を含めた女子医大内外の医師11名、医学工学博士(ダブルライセンス)、臨床工学士4名、看護師、本件で使用されたレギュレータの販売メンテナンスの責任者など多くの証人による公判調書、100編を超える文献、専門書、多数の警察調書、検察調書などが証拠とされました。 

3 貴院は、その病院案内ホームページ「基本理念」で「科学的根拠に基づいた十分な説明で、納得していただき、来院される方のご意見やご要望をお聞きしたうえで、最も適した診療を心がけます。」と記載しております。しかしながら、社会的に問題となった本件においては、「科学的根拠に基づく十分な説明」がされるどころか、「科学的に全く誤った内部報告書」を作成し遺族に交付し、厚生労働省や上記「3学会委員会や警視庁捜査第一課等に提出しております。

4 貴院は、本件が審理中であった200529日までに、本件判決の前にもかかわらず、特定機能病院の再承認を厚生労働省に申請するという行動を起こしました。(当然のごとく承認はされませんでした。)

さらに、「黒澤回答書」が提出され、「3学会報告書」や「東京地方裁判所の無罪判決」で「内部報告書」の誤りを指摘された後も、その撤回や謝罪を一切せず、質問人の催告に対しても何の返答もしないという極めて不誠実な態度を貫いております。このような態度を貫いている女子医大は、遺族および国民に対してその社会的責任を全く果たしておりません。

5 質問人は、貴院が不誠実な態度を改め、真摯に本質問状に対して回答されるよう求めます。

尚、本質問状を貴院に送付しましたことは、日本の安全な医療の発展を真剣に考えている機関、団体、個人及び報道機関に通知し、ネット上でも発表することを申し添えます。 


第2 質問

1 女子医大に対する質問

(ア)3学会など医学界から、および裁判所からも根本的に否定された「内部報告書」を撤回し謝罪しますか。

(イ)撤回も謝罪もしないと回答される場合、理由は以下①②③のどれですか。①②③以外であれば、文章を作成してお答えください。

   「内部報告書」には全く誤りがないので、撤回も謝罪もする必要はない。

   「内部報告書」には、誤りがあるので、誤りを科学的に根拠に基づいた手法によって修正する。

   「内部報告書」が誤っているのは理解しているが、撤回も謝罪も修正もしない。

(ウ)東京地方裁判所刑事第15部 岡田雄一裁判長は、無罪判決、すなわち質問人には、注意義務違反はなく、「諸事情をも併せ考慮すると、このような客観的にみて危険で瑕疵がある構造というほかはない人工心肺回路を設置し、心臓手術での使用に供していたことにつき、女子医大の責任が問題となる余地がある」としています。

この判決にかかわらず、女子医大の責任はないとお考えですか。


(エ)貴院の人工心肺室では、本件人工心肺に使用されたレギュレータの純正のフィルターを使用せずに、「薬事法上適応外のガスフィルター」を使用し、しかもその「使用上の注意書き」には、「使用は1回限りです。再使用はできません。」と記載されていたものを繰り返し使用していましたが、このことに、問題はあったとお考えですか。

2 「内部報告書」の作成やその後の取り扱いに関与した教授への質問

貴院の責任において、以下の各個人から、該当する質問(別紙)への回答をそれぞれ取り付け、貴院自身の回答とともに返信してください。

        a. 東間 紘 前病院長 (泌尿器科前主任教授)

        b. 笠貫 宏 前心研所長 (循環器内科主任教授)

c.     黒澤博身 心臓血管外科主任教授

第3 回答に関する催告

質問人は、貴院に対し、本質問状到達後、3週間以内に、書面により上記の質問全てにおいて回答されるよう催告いたします。 

 以上

 開 質 問 状 別紙 1

a.      東間 紘 前病院長 (泌尿器科前主任教授) 

第1 東間紘前病院長への質問の経緯

「内部報告書」は死亡調査委員会の委員長である東間紘前病院長(当時の副院長)が心臓外科医の意見やアドバイスを全く聞かないで、自らが責任をもって作成し、遺族に手渡しています。また、本件刑事裁判でも宣誓下に出廷していますので質問いたします。

第2 東間紘前病院長への質問

(ア) 現時点において、「吸引ポンプの回転数を上昇させて長時間使用すると、静脈貯血槽が陽圧化する。」という「内部報告書」の主旨は誤りであったという認識はありますか。

(イ) 「内部報告書」は、「3学会合同 陰圧吸引補助脱血体外循環検討委員会 報告書」と「本件判決」において客観的には医学的にも司法的にも誤りであるとされています。「内部報告書」を誤って作成してしまった理由は何ですか。以下の「①」または「②」または、「①②の両方」でお答えください。

      当時から故意に偽りを記載したため。

      初歩的な物理学、医学的知識、工学知識の欠如および科学的思考が欠如していたため。

(ウ) 「黒澤回答書」では、「内部調査委員会の施行した検分は不十分で」あるとされています。現時点において検分は十分であったと考えますか。

(エ) 「内部報告書」を作成するにあたり、心臓手術の経験が全くない医師だけで委員会を設立し、心臓外科医にアドバイスを受けなかった理由は、心臓外科医が関われば、「フィルターに問題があった。」ことや、脳障害の原因は「脱血不良時の吸引回し中に、上大静脈をパーシャルバイパスにしなかった。」こと等が明らかにされてしまうからですか。

(オ) 「内部報告書」に、「フィルターの目詰まりは、回路内に発生した水滴による。」「水滴が発生することは決して特別のことではない。」と記載していますが、「フィルターが目詰まりしてしまうこと」は特別のことではないとお考えですか。

(カ) 陰圧吸引補助脱血法を導入する施設に対してレギュレータ(コントローラ)を取り扱うバクスター社のプレゼンテーションの写しを添付します。ここに、「リザーバーに流入するベントやサクションの流量のバキュームに対する影響は? バキュームコントローラは-20mmHgの設定で毎分15~20Lの流入するエアーに対応する能力があるため、サクションやベントの流量は全く問題にならない」とあります。このプレゼンテーションの内容は、「内部報告書」の内容と全く反対の内容です。どちらがより正しいと思いますか。なお、本件で使用されたレギュレータを扱うオメダの販売メンテナス責任者は宣誓下の証人尋問で、「その構造は基本的に同様である」旨証言されています。

(キ) 「内部報告書」には、「もちろん静脈貯留槽内の圧は、(脱血管からの血液流入圧+術野からの吸引流入圧)-(送血圧+壁吸引圧)の総和で表され」と12頁に記載されています。この記述は現在でも正しいものだとお考えですか。

以上

Regyurator_3

Vavr_0_2

Vavr_57

公 開 質 問 状 別紙  2

b.        笠貫 宏 前心研所長 (循環器内科主任教授)

  

第1 笠貫 宏 前心研所長への質問に至る経緯

死亡調査委員会は笠貫 宏循環器内科主任教授(当時の心研所長)の依頼により組織され、同教授は東間前病院長とともに遺族に「内部報告書」を手渡しています。また、当時心研の所長として医局員に圧力をかける発言をされたので質問します。

第2 笠貫 宏 前心研所長への質問

(ア) 内部報告書を作成する委員の選定に関与しましたか。

(イ) 内部報告書を家族に渡す前に、内部報告書の誤りに気づきましたか。

(ウ) 2001年12月に本件の報道があってから、質問人が逮捕されるまでの間に、内部報告書の誤りを知っていましたか。

(エ) 20022月に、心研医局室で当時の循環器小児外科医局長、循環器外科医局長、循環器小児科医局長が「内部報告書」を閲覧し、一同が、その内容の真実性を否定する趣旨の発言をした直後に、医局長室で同席していた循環器内科医局長からその会話の内容の報告を受け、「内部報告書に意見するのは天に唾するようなものだ。」という発言をしたことがありますか。          

           

以上

公 開 質 問 状 別紙 3

. 黒澤博身心臓血管外科主任教授

第1 黒澤博身心臓血管外科主任教授への質問に至る経緯

黒澤教授は、現在のところ第37回日本心臓血管外科学会および第43回日本小児循環器病学会の総会・学術集会会長をされる予定ですが、以下①ないし⑥の記述のごとく、質問人や医局員が「内部報告書」の批判する書類を作成しようとしたことに圧力をかけて阻止し、3学会に非協力的な態度をとり、さらに「内部報告書」に対して否定的な「3学会報告書」を強引な手段を用いて修正させましたので質問いたします。

         2002年4月に警視庁捜査第一課の白鳥陽一警部補が浜野恭一理事に、「心研の医局員が、『内部報告書』について批判をしようとしているので、困る。」と電話連絡した後、黒澤教授は医局員と質問人に「内部報告書」を批判しないように圧力を加えました。

         2002422日、黒澤教授は、質問人に、「君も日本国内で心臓外科を続けたいのなら、私(黒澤)の言うことを聞いて「内部報告書」を批判しないように。批判をすると私の力で君(質問人)は心臓外科を続けられなくなるだろう。」旨発言しました。

         2002430日、心研一階の応接室において、質問人、喜田村洋一弁護士、二関辰郎弁護士が、心研医局員と「『内部報告書』に記載された実験結果は虚偽であり、内容が理論的にも誤っている」と指摘する書類の作成を完了しようとしたところ黒澤教授が女子医大側の弁護士と現れ、「『内部報告書』は厚生労働省に提出した。今、特定機能病院の認定を剥奪されるかどうかのぎりぎりのところである。『内部報告書』は間違っているが、こんな大切な時に女子医大心研の内部に別の意見があって、『内部報告書』を批判する動きがあることがマスコミに知られたら大変なことになる。特定機能病院の問題が終了するまでは、『内部報告書』を批判する書類を作成してはいけない。」旨、発言して、自らが「内部報告書」が誤っていることを認めたにもかかわらず、書類の作成を阻止しました。

         20028月に、3学会委員会は、本件の手術記録、麻酔記録、体外循環記録、事故当時の体外循環回路、本件で使用した体外循環システムのマニュアル等の資料を女子医大に請求しました。これに対し、黒澤教授は「請求されたものは警察に押収された。」として請求されたものは何も提出せずに、「事故後に作成した体外循環システムのマニュアル」と「内部報告書」等を3学会委員会に提出しました。

         2003515日 第33回日本心臓血管外科学会学術総会 3学会合同陰圧吸引補助脱血体外循環検討委員会報告 シンポジウム 「安全な陰圧吸引補助脱血体外循環を目指して」の会場で、配布するために「3学会報告書」(「オリジナル版」と呼びます)が作成されました。「オリジナル版」の25頁勧告の下の一文では、「本委員会の検討により、東京女子医大で起こった事故は本来陰圧であるはずの静脈貯血槽が急激に陽圧になったためであり、その原因は吸引回路の回転数が非常に高かったためではなく、陰圧吸引補助ラインに使用したフィルターが目詰まりを起こし閉塞したためであることが模擬回路による実験でも示された。」という記述があります。黒澤教授は、NHKの職員とともに、3学会委員会の委員を訪れ、「オリジナル版」の配布を中止すうように働きかけました。さらに、その配布の中止が困難であると知るや上記文章の「ためで」を修正するように求め、結局「可能性が」に訂正するプリント(以下「黒澤訂正プリント」)を発行させました。(「黒澤訂正プリント」のコピーは巻末に添付)なお、NHKの職員とは、当時、「女子医大の変革が、当時の東間院長や黒澤教授によって行われている」という趣旨の番組を制作していたことに関連する職員を指します。

         2003519日午前820分からの女子医大の心臓血管外科モーニングカンファレンスで「委員会にいって『オリジナル版』に修正を加えさせた。」旨の発言をしたため、心研内の日本人工臓器学会の理事である医局員から「そんなことはしては、まずいのではないですか。」と指摘されました。

          本件手術直後に、患者さんの頭部には異常な浮腫の所見があったのに対し、肝臓腫大や肝酵素値の上昇等、下半身の浮腫や異常所見は全くありませんでした。このことは、「脱血不良時後、吸引回し中の術野での操作が不適切であった」、すなわち、「両脱血管をクランプして上大静脈をパーシャルバイパスにせずに、下大静脈のみをパーシャルバイパスにした」等が裁判で指摘されていました。

その裁判継続中で判決が下される前の2005年に、黒澤教授は、医局員の反対を押し切って、本件手術の術者をカナダに留学させてしまいました。


第2 黒澤博身心臓血管外科主任教授への質問

(ア) 上記①②③で、医局員や質問人に圧力をかけ「内部報告書」を批判する文書の作成を阻止したのは、御自分の判断ですか、警察指示ですか、女子医大上層部の指示ですか。

(イ) 上記④で、3学会委員会が女子医大に請求した「本件の手術記録、麻酔記録、体外循環記録、事故当時の体外循環回路、本件で使用した体外循環システムのマニュアル等」のコピーは大学内に存在していましたか。

(ウ) 上記④で、3学会が「本件で使用した体外循環システムのマニュアル」を請求したのに対して、「事故後に作成した体外循環システムのマニュアル」を提出したのは、御自分の判断ですか、女子医大上層部の指示ですか。

(エ) 上記⑤で、「黒澤訂正プリント」を発行させたのは、御自分の判断ですか、女子医大上層部の指示ですか、NHKの要望ですか。

(オ) 上記⑥で、「静脈貯血槽が急激に陽圧になった原因が、陰圧吸引補助ラインに使用したフィルターが目詰まりを起こし閉塞したためである」という文書を「可能性がある」と修正させたからには、根拠があるはずです。「フィルターの目詰まり」以外にどのような可能性があるのか具体的に御教示ください。またその説明を、科学的にかつ明確に御教示ください。

(カ) 上記⑦で、判決前に医局員の反対を押し切って、本件手術の術者を留学させた理由は何ですか。

 上記質問に対しては、添付いたしましたホームページに記載された基本姿勢に違うことなくご回答されることをお願い申し上げます。

東京女子医科大学 心臓血管外科 ホームページより

Department of Cardiovascular Surgery,

Tokyo

Women's

Medical

 

University

For the patient Accountability

「 ・・・2002年より私共教室員は、黒澤博身主任教授以下、従来とは全くといっても過言でないほど異なる、新たで開かれた心臓血管外科チームへの進化をはかってまいりました。以来私共は、国民のみなさまのニーズにこたえるために、常に偏りのない知識と確実な技術をもった最善の治療と同時に、これまでにいただいてまいった国内最大の経験を活かし、最高の安全性を実現しうる厳格なリスク管理を遂行する事こそが最大の責務と考えております。従来諸問題を人事を含め根底から見直し、安心して受けていただける最良の医療とは、患者様がたと同じ向きを向き一致協力してはじめて達成されるものであると信じます。どのような事でも何かお気づきの点がございましたら、お気軽に当科スタッフにお申し付け下さい。何卒よろしくお願い申し上げます。」(下線は質問者)

以上

「PRINT.pdf」をダウンロード

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2006年6月 2日 (金)

はじめてのブログ

2006年6月2日

1.あるお医者さんの死と無罪判決

 平成171212日。元国立小児病院心臓外科部長 常本實先生が肝臓癌で亡くなられました。1130日に、私の無罪判決を見届けた直後に倒れ、12日後に永訣。同じ肝臓癌で苦しんでいた奥様を自宅で介護すること約1年弱。敬虔なクリスチャンであった愛妻を追われるように終の道をいかれました。外科学大系全集の小児心臓外科の主幹編集者であった名医は、小学校3年生から私の主治医でした。我が心の恩師。小児心臓外科学に私を導いてくださった。驕りのない優しいお医者さんだった。

(なお、元国立小児病院循環器科 松尾準雄先生が日本小児循環器学会誌 (第22巻第2号 平成1831日発行)に 「追悼・常本 實先生 常本 實先生(1926^2005)を偲ぶ」を寄稿されています。

2.二つの新聞記事

 1.「無罪判決にも冷静」佐藤医師 笑顔なし 『私も同じ手術受けた』言葉つまらせ・・・(東京新聞 平成17年12月1日 )

 「無罪判決を勝ち取った佐藤医師は弁護士と並んで会見に臨み、「医学的に検察の主張が間違っていることはわかっていた」と、冷静に公判を振り返った。

 佐藤医師は「起訴状は東京女子医大の調査報告書を追随する内容だが、報告書は心臓外科以外の医師がまとめたもので、学会も間違っていると判断している」と指摘。

 理路整然と質問に答えていた佐藤医師だが、遺族に対する思いを問われると「実はわたしも同じ病気で手術を受けています」と切り出して、言葉を詰まらせた。

 佐藤医師は小学三年生のとき心臓手術を受け、医師を志した。大学生時代の講師が、そのときの執刀医だったことで心臓外科の道に進んだ。

 「小学生で手術をうけることはつらいこと。(明香さんの)カルテを見ると不安な心境で手術に臨んだことがわかる。残念でならない」。佐藤医師は無罪会見でも笑顔をほとんど見せなかった。

2.風の軌跡 (140) ある心臓外科医(セキュリティー産業新聞 2005年12月25日 8面

「・・・「ニュースを見て、彼がでているよ」

慌ててチャンネルをまわすとT女子医大の医療事故の判決だった。心臓手術中に、機器の故障で12歳の女子児童が亡くなり、2人の医師が逮捕されたが、今回機器担当のS医師が無罪判決を受けた。

「最初から無罪と思っていました」「この症例は生涯忘れられないでしょう」

テレビ画面のS医師の表情は硬く、素っ気なくさえ見えた。子どもを失った両親は、死んだ子は帰ってこないのに、と無罪判決に失望を隠さなかった。

頬の削げたS医師の当姿を見ながら、子ども時代の彼とオーバーラップする。はじめて会ったのは彼が小学低学年の頃、ふっくらした頬の美しい子どもだった。両親の寵愛を一身に、何不自由ない家に生まれながら、彼は先天的に心臓に異常があった。小学校5年(ママ)の時に手術を受けて健康体になったが、周りには、手術を受けられない紫色の顔色の子供たちが何人もいた、という。症状の重い友達を気遣って母親に何度も尋ねた。「なぜ、僕だけが手術を受けられるの?

 次に彼の姿を見たのは中学3年生、彼の母親の葬儀の時だった。朝、夫や子供たちを送り出した後、彼女は11時ごろ心臓の発作で倒れ、そのまま亡くなったらしい。中学校の制服姿で小学生の弟の手をひき、大きな目にいっぱいの涙をあふれさせながら、母親の棺の側でけなげに葬列者に頭を下げていた。

彼が心臓外科医の道を目指したのは、誰もが当然、運命的とさえ思えた。

亡くなった女児は、彼が手術を受けた年齢と同年齢(ママ)。「助けてあげたかったでしょうに」「紫色の顔の子供たちを助けるのが願いなのに、死んだ責任を問われるとはね」「生涯忘れられない症例」一言に込められた痛みの深さは、性善を一瞬にしてひっくり返され、性悪の役割が与えられるような、運命の理不尽さに涙した者のみが推し量れるのかもしれない。来年は良い年になりますように。三林和美」

3. 女子医大の心臓病患者から女子医大の心臓外科医へ

生後四ヶ月の女子医大の患者

 生後四ヶ月目の乳児健診で、「心臓に雑音」がることを指摘された。「心房中隔欠損症」左右の心房を隔てる心房中隔欠損症。他の合併症がなければ、先天性奇形の中では、軽症である。とはいっても、放置すれば、長生きはできない。教科書には30歳の生存率が約70%とあるものがある。幼児から学童期での手術が必要で、現在の欧米では、カテーテルによる治療(アンプラッツァー)も一般的になってきているが、日本の現状では「小学校に上がる前に」手術する。心臓病の子供をもつお母さんは辛い。4か月といえば、そろそろ寝返りをうち始める子もいていよいよ可愛い盛りになりはじめたころであろう。

 私の結婚式で、常本先生がされたスピーチで知ったことは、私の両親は最初に東京女子医科大学病院をを受診したとのことだ。子供のころから、このスピーチまでは、幼児期に東京大学病院に入院した記憶は明確にあったので、「お父さんが通っていた大学の病院だから、入院した」のだと思っていた。私の父は当時全国紙の新聞記者で、女子医大の中山恒明教授の取材をしたことがあり、日本で心臓病といえば女子医大と思っていたようだ。家族や担当医の都合で、女子医大から東大、国立小児病院と病院を移った。1970年代初頭はまだ、小学校に入ってからの方が安全に手術ができるとされていたようで、小学校3年生で手術を受けることになった。

心臓病を持つ子のおかあさん

 母は、私を過保護にしなかった。しかし、いつも見守っていた。手術前には、担当医師に中止されていた学校での水泳教室以外は、他の子以上に運動していた。5回表裏制の少年野球で一日に3試合完投したこともあった。「一樹のかあさんは、野球が好きで一樹がピッチャーで四番だからいつも応援にきている。」とチームメートは子供の解釈をしていた。勿論、自分では分かっていた。「僕がいつ倒れるか心配して見に来ている。」と。

 小学生になって手術を受けるのは辛い。手術当日はまだ日が昇る前に目がさめた。病棟の廊下にあるみんなが見ることの出来る黒板には、今日の手術の欄に「さとうかずき」とあるのが、ベットのガラス越しから読めた。

<a href="javascript:void(bloppop=window.open('http://www.blogpeople.net/addlink.jsp?n=1&u=http%3A%2F%2Fkazu-dai.cocolog-nifty.com%2Fblog%2F&ti='+escape(document.title),'blop','scrollbars=no,width=475,height=350,left=75,top=175,status=yes,resizable=yes'));">List me! by BlogPeople</a>

| | コメント (0) | トラックバック (4)

トップページ | 2006年7月 »