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2006年8月15日 (火)

 「大野病院事件」初公判に向けてのエール 「医療事故と検察批判 」―東京女子医大事件、血友病エイズ事件、両無罪判決より-

「弁論要旨」および「追悼!噂の真相 (休刊記念別冊)」弘中惇一朗弁護士の投稿より。 ・検察官は、自然科学ないし医学の基本的知識なしに医師を起訴し有罪にしようとしている。

この国では、「被害者」という言葉が、特に最近は、非理性的に強くて、「被害者」という言葉をふりかざしたとたんに、国家権力に対してもさっと道を開いてしまう危うさがある。権力との対峙は、どこまでも理性的でなければならないのであるが、権力が暴走しないために作ったせっかくの枠組みを、「被害者」というエモーショナルなもので、ぐちゃぐちゃにしてしまう実情がある。

・検察権力というのはそんなに生やさしいもではない。そのような「被害者」を飲み込みながら肥大し続けるものであるし、現にそのとおりであった。「被害者救済」「正義の実現」などという耳触りのよい言葉に騙されてはならない。

 刑事訴追されるということは、個人にとっては、身柄を拘束され、名誉や社会的地位を剥奪され、時には殺される(死刑にされる)ということを意味するのである。人権侵害の最たるものである。憲法が多くの条文を割いて、国家権力に対して被疑者・被告人の権利を保障しているのも、権力というものは、何重にもの縛りをかけておかないと、何をしでかすか分かったものではないという歴史的事実に由来している。

以上本文より。

1.           はじめに

1-1医療事故の原因解明を医療界に

 私の無罪判決後の記者会見で最も時間を使い強調したことは、欧米との比較論も含めて、医療事故が発生した際の事故原因の解明を警察や検察が行うことの不合理さ。第3者である専門家による調査の必要性。それを科学的根拠もなしに真実を正面から見ることもなく医師個人の責任としたこと。(7月13日ブログ 「新聞各社の無罪報道比較」参照。)

1-2東京女子医大の警察検察への後押し

 私の事件の場合はそれを積極的に後押ししたのが、所属していた東京女子医大幹部であったことから、理由のない批判を私個人が浴びることになり、事件をさらに複雑化させたと思います。

女子医大の「内部報告書」を心臓外科医が読めば「この記事を見て、(心臓外科医の)N医師は、『誰か新米の記者が、勘違いして書いたな』と面白がっていた。人工心肺装置のポンプの回転数を上げすぎて血液が循環しなくなり、現場がパニック状態になったと書いてあるが、そんなことは逆立ちしても起こりえないと思ったのだ。」[2003年7月18日発行(もちろん判決前)鈴木敦秋「大学病院に、メス! 密着1000日 医療事故報道の現場から」より〕という感想も持つのが通常です。

1-3大野病院の場合は

 私とは反対に事件発生直後から多数の医師の応援を得ている大野病院産婦人科医の逮捕、起訴を契機に、「医療事故原因解明を警察、検察が行うこと」「医療事故(医療過誤)を刑事事件とすること」     は、欧米の制度に比較しても問題があることが議論されることが医療界では多くなりました。医療界にとっては当然のことですが、これを警察、検察の立場になって考えてみる必要があると思います。

1-4島(縄張り)争い

医療事故で医師を逮捕するのは、形式上は当該病院のある地区の管轄警察署です。私の場合も逮捕した書類上の警察官(司法警察員)は牛込警察署所属となっていました。今回の大野病院もおそらく逮捕した警察官は、担当の福島県警何々署某となっているはずです。

 しかし、実際に指揮をとり、逮捕に踏み切ったのは、警視庁捜査第1課で「業務上過失致死(障害)」を専門に扱う部署です(少なくとも2002年当時)。私の担当警部補が、別の医療事故で「有罪となった医師達と今では酒を酌み交わす仲だ。」等と話していたことを仮に信じないとしても、「業過」を専門としている部署と組織が警視庁にあることは間違えないでしょう。

 警視庁も役所です。しかも、巨大で、余剰するほど人員もいるでしょう。複数の人間が自分の業として仕事に従事し、官僚的組織の一つを形成していた部署を、そんなに簡単に捨てるとは思えません。簡単にいうと「自分の島」を医療界に奪われるようなことを良しとする訳がありません。検察も基本的には同じでしょう。(警察と比較して圧倒的に数が少ないので、本音をいえば、専門的で何回な医療関係の担当が回ってくる若手検事にとっては、できれば辞めたい仕事かもしれませんが。)

1-5戦略

 会社でも医学界でも政界でも内部の派閥争は程度の差はあれ熾烈な場面もあるでしょう。ましてや他の分野間の縄張り争いともなれば、闘いに対する幹のある戦略が必要なのは言うまでもないことでしょう。医療界がお題目を唱えるがごとく、言霊を信じて「医療事故の原因解明を医療界に!」とブログで叫んだり、記者会見したりしても、警察検察は屁とも思わない。従来のごとく厚生労働省をつついても話が簡単に進むとも思いません。

 圧倒的な指導者(達)が必要だと思います。その前提として、医療界としての足並みがそろっていることも必要でしょう。医療界の為に目前の利益がなくとも政治的に動きをとれるような人。以前の武見太郎さんのような人物にそれを求めるのか?現在も真面目で実力のある医師である国会議員もいると思いますが、今のところ私には答えのきっかけも見つかっていません。

 少なくとも、「医療事故(医療過誤)を刑事事件とすること」が、医療不信を招き、若手医師の意欲を削ぎ、医療レベルを低下させ、この国にとって利益をもたらさないことを国民に把握してもらう時は、今です。

2.           女子医大事件から

2-1最終弁論

 私の担当弁護士さんの1人は名前を出せば、法曹界で知らない人はいません。いたら「潜り」でしょう。私の従兄弟はある大学の経済学の助教授をやっていますが、畑違いでも知っていました。

 弁護士さんの書かれた文章を読むと、自分で文章を書くのがイヤになります。その構成力の素晴らしさとともに、難解な用語や言い回しを使うことなく平坦な日本語を読ませてくれます。最終弁論は、実際には事前に書かれた「弁論要旨」を一部は朗読され、一部は説明にとどめられました。朗読もまた透き通るような美声と流れるような調子で聞かせるものでした。

 今回のブログのテーマである、医療事故の解明の姿勢と検察批判が含まれている弁論要旨「第1章 序」を紹介させていただきます。なお、事件に関連した私以外の個人名につきましては私、佐藤が修正を加えました。以前のブログと重なりがありますが、流れも大切なので、再掲載となります。人のなんとかで相撲をとることになりますが、自分より優れた方々の文章を見つけて紹介することは、なんら恥じることはないと思っています。

2-2弁論要旨 「第1 序」 より

第1 序

 1 判決にあたっての要望

   本件は、医師がその業務として行った手術が、刑法の業務上過失致死に当たるかが争われている事件である。

 約3年にわたる審理を終えるにあたり、被告人・弁護人は、裁判所に対し、2つの点、すなわち、判決にあたっては、 

・ 事案の真相を明らかにするべきこと

   ・ 医学水準に立脚した認定を行うべきこと

  を特に要望しておきたい。

 この2つはあまりにも当然のことであるが、たとえば検察官の論告においては、脱血不良ないし脱血不能が、具体的に、いつどのような機序で生じたのかが全く記載されていないし、佐藤の、どの時点のどのような行為によって、どのような結果(脱血不良ないし死亡など)が生じたのかが全くわからない。

 われわれは、第2以下において、この問題に正面から向かい合って、われわれとしての事実認定と主張を行っている。

 裁判所が判決にあたり、上記の2点に留意されることを確信しているが、なお、われわれの立場を明らかにするため、敢えて弁論の冒頭に当たり、この点を要望しておくものである。

2 本事件の特質

(1)AでなければBBでなければA

本件は、手術室の中で生じた事故であり、これが犯罪になるかが問われている。

    ところで、手術室の中は、術野と人工心肺側の2つの部門に分かれ、後者はさらに人工心肺担当医と技士に別れる

    本件ではそもそも刑事事件となるか、すなわち術野と人工心肺側のいずれかに過失が存するかどうかが問題となる。「患者が死亡したから、誰かが責任を取らなければいけない」という論理は成り立たない。

    しかし、強制捜査が行われ、起訴までされたということになると、「誰にも責任はない(かもしれない)」という懐疑は存在を許されず、「誰かが悪いはずだ」「悪いのは誰だ?」という糾問が始まる。

    そして、手術室という限られた場所での出来事であれば、「犯人」になりうる人は限られる。術野か人工心肺側かのいずれかである(本件では、麻酔医と看護婦は除外される)。

そうすると、「人工心肺側に責任があれば術野には責任がなく、逆に人工心肺側に責任がなければ術野に責任がある」とか、「仮に人工心肺側に責任があるとしても、担当医に責任があれば技士に責任はなく、技士に責任があれば担当医に責任はない」といった思い込みが蔓延することになる。

    したがって、術野の医師の証言の信用性を判断するにあたっては、人工心肺側に責任があるとされれば自らの責任を免れるという観点から証言が歪められていないかを検討する必要がある。技士についても同様である。

    このため、本件の事実認定にあたっては、基本的に、手術の過程で作成されていた原始記録に依拠すべきである。さらに、供述については、まず、看護婦のような利害関係を持たない医療関係者の供述を重視すべきである。これに次ぐのは、本来は麻酔医であるが、麻酔担当のI医師については麻酔医として十分に義務を果たしていたかについては疑問も残るので、その供述をそのまま真実と認めることはできない。

  術野側にいた医師については、上記のとおり、「人工心肺か術野か」という関係が存するから、被告人と同等の立場に置かれているものとして、その信用性を判断すべきである。したがって、個々の証言の真実性を考えるにあたっては、原始記録等の客観的記録、医学的常識との関係を常に念頭に置き、その上で、相互の供述の矛盾、本人の供述の変遷などがないかを検討したうえで、真偽を判断すべきである。

 (2)検察官の態度

 検察官は、自然科学ないし医学の基本的知識なしに医師を起訴し有罪にしようとしている。

 吸引ポンプの回転数を上げると陽圧化するという過失自体がそれに該当するが、それを措くとしても、明白な点として以下の点が指摘できる。

   ア 圧の不等式

冒頭陳述の段階では、「リザーバー内が陰圧であるためには、『血液流入圧+吸引流入圧<壁吸引による吸引圧+送血圧』という式が成り立つ必要があ〔る〕(7頁)と主張していた。

     しかし、圧とは単位面積当たりの力であるから、これを足したりすることはできない。このような数式らしきものを示すこと自体、物理学ないし人工心肺に無理解であることを示している(検察官の好きな比喩を使うのであれば、「この程度のことは高校生でもわかる」ことである)。(佐藤注:検察官はそれまでの証人調書で「吸引ポンプの回転数を上昇させると、静脈貯血槽内の圧力が陽圧化するということは、高校の物理の知識でもわかることである」旨のフレーズを散々使用してきた。)

   イ 量の不等式

上記のような圧の足し算が成立しないことを認識したためか(*)、検察官は、論告では、「圧」の代わりに「量」を持ち出し、「流入流量<流出流量なら静脈リザーバー内に陰圧が生じ、脱血を促進する」(論告20頁)と主張するようになった。「圧の不等式」はひっそりと捨てられたのである。

この「量の不等式」は、圧を捨てたという点においては半歩前進したとは言えるかもしれないが、やはり人工心肺についての根本的無理解を示している。医学博士工学博士のダブルライセンスを持つ元助手B証人が明言するとおり、液面に変化がないときは、両者の量は全く同一であるが、その場合でも陰圧が生じていて、脱血できるのである(B・22回・2-5)。(*―被告人であった佐藤が公判でレギュレータの特性や静脈リザーバー内の物理学を説明したことを受けていると思われる。高校までには習うニュートンの第2法則 運動方程式はF=madimension[kgm/s²]。質点における力の相互関係はF (force)で考察するから、圧力= P (pressure )で方程式や不等式が成り立つわけがないことは高校生でもわかる。)

ウ DCビート

 さらに、検察官は、起訴から3年を経た最終段階においても、手術について全く理解していない。論告で、DCビートの回数が多くなったとはいえO医師公判調書 第5回49頁等)、DCビートによって自己拍動に戻しており」(19頁)と述べているが、「DC」とは直流カルディオバーション、電気ショックである(論告10頁では、「DCショックをかけて心室細動状態から自己拍動状態に戻す作業を行った」と正しく記載している)。

それによって自己拍動に戻ったことを、人工心肺記録では「DC beat」と記載しているのである。しかるに、検察官は、「DCビート」という処置があると誤解して、「DCビートの回数」とか「DCビートによって自己拍動に戻〔す〕」などと書いているのであり、人工心肺記録を理解できていないことを示している(なお、術者O医師の該当箇所には「DCビートの回数」などといった言葉は出ていない。この箇所は、検察官の造語である)

   エ 小括

     このような医学ないし自然科学に対する理解が欠如したところで、本件公訴を提起し、追行する検察官の態度は遺憾である。

3.           血友病エイズ事件から

3-1故安部帝京大学教授はなぜ無罪

 安部 英帝京大学教授が二審で無罪判決を言い渡された後に、上告はされましたが亡くなりました。勿論無罪のまま。亡くなってしまったので、過去の事件とななりつつありますが、記憶している人も多いでしょう。

 安部さんは学者として一流でしたが、メディアに登場するとややエキセントリックな言動が多かったためか悪役にはもってこいのキャラクターを自分で演出してしまったようです。

 「医官民が一体となって利益をむさぼるために、エイズウイルスに感染すると分かっていた「非加熱製剤」許可した。」という疑いとともにアプローチするのが警察、検察です。そして被害者です。

 しかし、被害者にとっては確かに可哀想なことになってしまいましたが、安部さんに罪があるかどうかは全く別問題です。医学的な観点、科学的なアプローチとしては、「非加熱製剤を投与するとエイズウイルスが感染する」という事実がその当時の医学、科学レベルで解明されていたかどうかになります。

 裁判で証拠とされた文献は、複数の”Nature”や”Science”だったそうです。私は、この事件の調書や証拠原本を読んでいませんので何とも言えません。しかし、安部さんが最高裁においても間違えなく無罪になるであろうと予測されていたのは、このような一流の雑誌レベルで解明されていなかったことが証明されていたからでしょう。

3-2検察批判の書籍

 以前、私の蔵書には法律関係や司法界に関連する書籍は、ほとんどありませんでした。権力や憲法問題に関連したいくつかの本(特に「痛快!憲法学」小室直樹著は検察権力についても言及していて、特に面白かった)以外は、簡単は刑事訴訟法の解説をペラペラめくった程度。

逮捕されて接見禁止が解除された起訴後は、牛込警察留置所文庫の官本で常時貸し出しナンバー1、2を争っていた「アフター・スピード留置場拘置所裁判所」石丸元章著と「だから、あなたも生きぬいて」大平光代著から始まって法律関係や司法界についての書籍をamazonや霞ヶ関の弁護士会館の本屋などで購入して相当な量を読んできました。(弁護士会館は医療事故に関連した書籍が充実しています。関係者はいくべし。)

その中で、通常の社会生活を送っている人とは縁がほとんどない「検察」を批判する書籍は多数とは言えません。逆に、検察を批判するとなると、それなりの覚悟や見識が必要となるはずですから、書かれたものは比較的骨太のものが多い。

 「アメリカ人のみた日本の検察制度日米の比較考察」デイビッド・T. ジョンソン著、「特捜検察の闇」魚住 昭著、「日本 権力構造の謎」 カレル・ヴァン ウォルフレン著の一部、「歪んだ正義特捜検察の語られざる真相 宮本 雅史著、「検察の疲労」産経新聞特集部等は、立派な内容ですが、医療事故に関連したところでは少ないかもしれません。

3-2安部医師担当弁護士と追悼!噂の真相 (休刊記念別冊)

 検察権力の真の恐ろしさを実感しているのは、検察と常時闘っている人。それは、刑事事件を真剣に弁護している弁護士諸兄。日本に何人そういう方がいるか分かりませんが、多数派ではないようです。

 私の担当弁護士さんと同じ事務所に所属し、伴に安部さんの弁護をはじめとして、多数の大事件で活躍された弘中惇一郎先生の投稿を紹介します。医療事故における検察とメディアに対する批判はこの文章が一番実感のこもったものです。

 「噂の真相」は確かに品のよい雑誌ではなかった。しかし、「新聞、テレビ、雑誌にはそれぞれのタブーがある。新聞は徹底的にタテマエジャーナリズムで、たとえば検察がクロとにらんだ人物、鈴木宗男や辻本清美、古くは田中角栄や藤波孝生の訴えや彼らなりの立場表明に耳を貸そうとはしない。」(同別冊 54頁 田原総一朗氏より)のに対して、「噂の真相」誌は、検察に毅然とした態度で対峙したため、逆に刑事では珍しい「名誉毀損罪」で刑事追訴され懲役の有罪判決を受けている。

3-4 「孤軍奮闘編集長の深層心理」弘中惇一朗弁護士(検察や血友病エイズ事件に関係無い後半部分は省略)

 『噂の真相』は、国家権力、とりわけ警察・検察権力の本当の怖さを知っている本当に数少ないメディアの一つであった。この国では、「被害者」という言葉が、特に最近は、非理性的に強くて、「被害者」という言葉をふりかざしたとたんに、国家権力に対してもさっと道を開いてしまう危うさがある。

 権力との対峙は、どこまでも理性的でなければならないのであるが、権力が暴走しないために作ったせっかくの枠組みを、「被害者」というエモーショナルなもので、ぐちゃぐちゃにしてしまう実情がある。

 血友病エイズでの帝京大安部英医師に対する刑事訴追は、冷静に考えればあまりに無茶であり、日本以外のどこの国もやらなかったことである。まったく同じ被害が世界中で生じたのであるが、何処の国でも臨床医の責任追及などという馬鹿げたことをしようとはしなかった。それにもかかわらず、日本では、敢えて世界情勢に目をつぶって、1人の医師をなぶりものにしたのである。

 ところが、ほとんどのメディアは、「被害者」へ同情し同調するあまり、日本の検察官のこのような権力行使に対してきわめて寛容であった。

 私は、それまで、クロロキン薬害の被害者の権利回復のために弁護士生活のエネルギーの大半を費やしてきたのであるが、しかし、それでも、この安部英医師に対する刑事訴追を黙視することはできずに、弁護人となった。そのとたんに、クロロキン薬害の被害者は、私を解任した。同じ薬害「被害者」としての仁義というのがその理由のすべてであった。このことは、一つのニュースとして、当時の全国紙にも掲載されたが、私の行動に理解を示したメディアは『噂の真相』ただ一つであった。もっともそれは、読者投稿欄という場所に過ぎなかったが、それでも、そのような投書を拾い上げて掲載してくれたことは、私に大きな勇気を与えてくれた。

 安部英医師は、血友病患者の期待を裏切った(「大丈夫」と広言(ママ)したが、結果的に大丈夫ではなかった)ために、やりきれない気持ちを誰かにぶつけずにおれなかった「被害者」から告発の対象とされたのであるが、しかし、検察権力というのはそんなに生やさしいもではない。そのような「被害者」を飲み込みながら肥大し続けるものであるし、現にそのとおりであった。「被害者救済」「正義の実現」などという耳触りのよい言葉に騙されてはならない。

 刑事訴追されるということは、個人にとっては、身柄を拘束され、名誉や社会的地位を剥奪され、時には殺される(死刑にされる)ということを意味するのである。人権侵害の最たるものである。憲法が多くの条文を割いて、国家権力に対して被疑者・被告人の権利を保障しているのも、権力というものは、何重にもの縛りをかけておかないと、何をしでかすか分かったものではないという歴史的事実に由来している。

 『噂の真相』は安部英医師に対する刑事訴追について、検察に無邪気な拍手を送らなかった数少ないメディアであり、そのことにより、国家権力に対する良識と毅然とした態度を示した。

 しかし、それ故に、『噂の真相』は、検察の次のターゲットとされ、有名作家に対する何でもない悪口記事の掲載を理由として、刑法上の名誉毀損罪該当として、刑事訴追され、1審、2審と、懲役の有罪判決を受けた。

 私も、弁護団の一員として、無罪判決獲得に向けて努力をしてみたが、今のところ、思うような結果を出せずにいる。

 有名作家を批判した程度のことで、検察権力が動いて、編集長や記者を刑事訴追するということは、本当に恐ろしいことである。言論統制につながるという意味で、安部英医師に対する刑事訴追移住の危険があることは、ちょっと考えれば、誰でも分かることである。しかし、このことについても本気で批判しようとするメディアが存在しない。・・・」追悼!噂の真相 (休刊記念別冊)68頁~69頁.

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コメント

東京地裁の福田剛久裁判官が最高裁の局長になるらしい。
福田さんはALS患者の選挙権訴訟で憲法違反と宣言して
くれて選挙権獲得に道を開いてくれた人だ。
患者側に有利な判決を福田さんは前から出していた。
スピッツ犬の医療過誤で80万円賠償を認めるくらい。
本命の登場といっていい。

投稿: | 2006年8月16日 (水) 19時39分

こんばんは
Kazu先生

   『いなか小児科医』のbefuです。

日本の法曹界をとりまく裏事情の御説明ありがとうございました。非常にわかりやすく、「あーそうだったのか」と目からウロコの部分もあります。
また、寄らせていただきます。

投稿: befu | 2006年8月16日 (水) 21時42分

「糖尿病のスピッツ犬(メス、当時9歳)が治療ミスで死んだとして、飼い主の夫妻が、東京都大田区の動物病院の院長と当時の担当獣医師2人の計3人に438万円余の損害賠償を求めた訴訟の判決が10日、東京地裁であった。
福田剛久裁判長は「必要なインスリンの投与療法をしなかった」と述べ、院長と獣医師1人に慰謝料60万円を含む計80万円余の支払いを命じた。夫妻の代理人の渋谷寛弁護士によると、死んだ猫をめぐって02年に宇都宮地裁が93万円の賠償を命じるなど、ペット医療過誤訴訟の賠償額が高額化しているが、慰謝料だけで60万円を認めたのは過去に例がないという。」http://www.pettrouble110.com/page007.htmlとネットに出ていました。
福田剛久判事は民事が専門のようですが、最高裁では何局長になるのでしょうか。

投稿: 紫色の顔の友達を助けたい | 2006年8月16日 (水) 21時46分

befu先生。コメント有難うございました。我々は通常メディアのフィルターを通した情報しか手にいれることができません。情報は、原証拠、生の証拠しか信じるべきではないと思います。
 勿論、私には、大野病院事件の生データを原証拠として手に入れることができませんので、迂闊に有罪無罪を言うことはしません。ただし、現行法律の下で
・ 事案の真相を明らかにするべきこと
・ 医学水準に立脚した認定を行うべきこと
を裁判官に望みます。
警察、検察は簡単に嘘の真実を作ってきますので、それを丁寧に裁判官に説明する必要が出てきます。
 起訴された先生と弁護士さん、それを支える医師の健闘を祈りましょう。

投稿: 紫色の顔の友達を助けたい | 2006年8月16日 (水) 21時56分

若松河田の大学病院で事務をやってます。先生の戦いに参加させてください。応援だけでも構わないので。
真の至誠を語るべきはあなたです。私は私の至誠心に則っ糾弾しますから。

投稿: 共に・・・ | 2006年8月18日 (金) 14時12分

共に・・・さんコメント有難うございました。内部の事務のお仕事をされている方からの応援をいただきまして感激しております。私のブログに登場するような病院の幹部に至誠が全くない人間、人としてまっとうとは思えない人間は側で働いていればよく分かると思います。河田若松の大学は巨大なので、気づかないことも多いとは思いますが、共に働いている方々にも、公開質問状やこのブログについて広めていただきたく存じ上げます。宜しくお願い申し上げます。

投稿: 紫色の顔の友達を助けたい | 2006年8月18日 (金) 18時50分

MSNにメールしておきました。宜しければお時間のある時にお返事ください。

投稿: 共に・・・ | 2006年8月19日 (土) 19時08分

いつも、TBありがとうございます。
我々も臨床を行っている限り、いつ刑事的責任を問われるかもしれないとびくびくしなければならないのでしょうか?
この風潮が続く限り、医療の衰退は続くのでしょうね。
我々も、人ごとではなく考えていかなければいけない問題ですね。
また、勉強させてください。
そして、先生もお体には気をつけて頑張ってください。

投稿: Dr.Market | 2006年8月20日 (日) 15時35分

Dr.Market先生 私のブログに対するコメント有難うございました。「臨床を行っている限り、いつ刑事的責任を問われる」ことの是非は、医療界にとって最も大きな問題になっています。皆さんと共に善後策の戦略を考える必要があると思います。今後も宜しくお願いいたします。

投稿: 紫色の顔の友達を助けたい | 2006年8月21日 (月) 09時22分

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