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2006年8月

2006年8月31日 (木)

私の執筆

医学書院

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医学大辞典

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獄中執筆記-傷害防止特殊ボールペンによる医学書院「医学大事典」の執筆-

1.             医学書院「医学大事典」の執筆依頼

 1998年頃、医学書院が「医学大辞典」を刊行することになり、先天性心疾患外科領域の項目の約50項目を私が執筆することになりました。以前ある英語の原書を翻訳し監訳したことがありましたが、この時は「同期医局員の記念として」の企画ということもあり収入はなし。勿論、この翻訳本には訳者、監訳者として私の氏名は記載されています。

 医学書院「医学大辞典」は、執筆した文字数に換算して原稿料もいただけるというばかりでなく、「幅広い医療関係者が使用する『辞典』に氏名が記される。」ということで、張りきって執筆しました。原書や原著論文も多く調べた上で、図なども交えながら本邦における現状なども考慮して執筆したつもりです。

2.             著者校正最終段階直前で逮捕

 この原稿の最終段階である著者校正が20026月頃に入りました。原版と同様に印刷されたものに、最終チェックを入れる程度の校正です。私は、629,30日の土曜日曜でこの仕事を終える予定でした。

 ところが、628日午前中に逮捕されそれどころではなくなりました。

3.             特殊ボールペン

Photo

 起訴前、起訴後も最初の45日間は牛込警察署内の代用監獄、つまり留置所に拘留されました。拘置所に入ると自分の私物として、市販のボールペンを購入することができます。一方、留置所では私物としてボールペンを持つこともできません。しかも、30数人を拘留する留置所内で警察署が用意したボールペンはたったの一本。これを全員で使い回しします。単に、警察側の管理上の問題だと思います。これでは、最低限の文化的な営みはできません。

 このたった一本のボールペン。娑婆でも、拘置所でもお目にかかれない代物です。ボールペンで、自分や他人を傷害がすることができない作りになっています。通常のボールペンは、ノック式でも、非ノック式でも「芯」に当たる先端部分が「ホルダー」から34mm突出しています。これを思いっきり人に突き刺せば、かなりの傷害を与えることができるはずです。しかしこの「代用監獄専用特殊ボールペン」は、「芯」の先端の「ボール」の部分だけがかすかに突出するだけで、0.5mm程度しか出ていません。しかもその周りの「ホルダーの先端」は球状になっているため、凶器になるどころか、ボールペンを垂直に立てないと字が書けないようになっています。

 房内のトイレのドアは、ロープなどを挟んでつるして自殺をすることができないような特殊なドアになっていますが、ボールペンもそのような観点から作成されて管理されているのかもしれません。

4.             留置所で「医学大辞典」の執筆、校正は可能か?

 起訴されるまでは、接見禁止。弁護士さん以外は家族であろうと面会することはできません。勿論、拘留後20日間連日朝から夜まで、警察官と検察官からの取り調べ。特に検察の取り調べは、午前様になることもある。(警察官は、司法警察と行政警察の関係もあり留置所のスケジュールを守る。これについては後述。)取り調べ中は、物理的にも精神的にも「医学大辞典」の校正にとりかかることができませんでした。

 起訴されると、当然検察の取り調べも警察の取り調べもなくなります。代用監獄内にただいるだけ。多くの被拘留者は、たまにストレッチをする程度で、読書三昧です。(座っていれば昼寝もOK)私は、「医学大辞典」の校正を再開しようとしました。

 しかし、代用監獄内では、ボールペンの使用は、弁護士さん等に「手紙を書くこと」のみに限られています。この時間を利用して校正を進めたいところですが、30数人で一本しかないボールペンを独占して、ルール違反の「著作行為」をするには気が引けました。

 結局最終的には、当時の拘留者達と行政警察員と私の人間関係が良好であったため、原稿を仕上げることができました。 今回のブログはその「獄中執筆記」です。

5.             行政警察

 留置所(代用監獄)を管理する警察官は、「行政警察」で、一般の巡査や刑事などの「司法警察」とは別の部署です。双方は、仲が悪い様子で、悪口を言い合っている。「行政警察」は、「司法警察」がルールを守るようにも管理しているので、検察官のように午前様になるまで取り調べは行わない。(少なくとも私の場合は。)

 この行政警察は、拘留者を管理するとともに、不利益が生じないように努力している。ある人は、私がマスコミに撮影されないように、移送車の内側に段ボールを張り巡らしてくれた。司法警察員の取り調べ時間が食事の時間に及びそうになると、取り調べ室に電話をしてくれて、房に返すよう注意をしてくれたりもした。

 私の検察庁での取り調べの「単送」(通常、留置所から取り調べのため検察庁に被拘留者を送る場合は、複数の拘留者をいっぺんに護送車に乗せていく団体移送。私の取り調べは特別長時間なので、団体だと他を待たせることになるので、ワゴン車で1人「腰縄、手錠」状態で、運転手1人警察官2-3人が一緒に行って返ってくる。)が深夜におよぶので、自宅に帰れず署内で休日の翌朝まで仮眠をとっていたという人もいた。

 彼らは交代で、24時間被拘留者に接しているので、概してフレンドリー。よっぽどお堅い人以外は、暇にしている被拘留者との雑談がつきない。私に対しても「なんかよくわからないが、4番(私の呼称番号)は無罪の可能性ありそうだな。」とかいいながら、よく健康相談をしてきた。柔道選手で全国大会にでるような人もいて、「不整脈」や「徐脈」についての質問から、骨折後の治癒状態の診察、妻のルポイド肝炎の予後について、被拘留者の頭部外傷後の頭痛の頓服の必要性について。複雑なところでは、後述する覚醒剤常習者のフラッシュバックとアルコール中毒禁断症状の鑑別診断もあった。 

 行政警察官は名前を明らかにしていないが、愛着もあり、ひとりひとりに、私なりのあだ名をつけていた。「カバやん」「ブーやん」「本番モンチッチ」「バレーボーズ」「内山くん」「サリン」「黒キツネ」「ヒゲだわし」「長さん」「坊や」・・・。

6.             同房の先輩

 私が最初に留置された房の「先輩」は、全国指名手配されたこともある元暴力団員で小口金融業の Iさん。今回は、酩酊状態での暴行による「傷害罪」の疑い。今回が10回目のブタ箱入り。この人は面倒見がよい上に、漫才師以上に話しが面白くて上手、私より歳が一つ下で、共通の話題も多く直ぐにうち解けた。

 最初の会話はいきなり、「佐藤さん、お医者さんだろ。言いたくなければ言わなくていいけど、何で捕まったの。」だった。「ここに来たら、田中角栄だろうが、鈴木宗男だろうが、やくざの親分だろうが扱いはみんな一緒だ。ただし、君には、気をつかって、同房者を選んだ。『プロ』だからいろいろ教わるように。」と牛込署留置場の主任言っていた。おそらく私が入る前から、Iさんに私の面倒をみるように話をしていたようだ。彼は留置所、拘置所、刑務所でのしきたりや過ごし方、身の振る舞い方をおもしろおかしく話をしてくれた。10回目の拘留のベテラン曰く「佐藤さん。警察の言うことの90%はウソで、弁護士さんの言うことは90%がホントだよ。」「警察は、先ず弁護士さんの悪口をいって引き離しにくるから、信じちゃダメだよ。」それが正しかったどうか。私はよく知っている。

 もう1人の「先輩」は、ミャンマーの少数民族の人で、ザオタン(仮名)30歳。アウンサン・スーチーさんの自宅前の集会にも出席したことがあって牧師志望だが家族7人を養うため日本のラーメン屋さんで働いていた。牧師の勉強をするため「ビザ切れ」のまま不法滞在。早稲田の平和教会に行くところを逮捕された。「恐喝にいくところを逮捕されたことなら俺もあるぜ。」とI.さん。

 毎朝、房の中は「房長」Iさんを中心に部屋の掃除。新入りは当然「便所掃除」担当で、ザオタンが、掃除機の本体とコードを操り、Iさんが実際に掃除機をかけるという日々。布団は基本的に自分のものは自分で出し入れして敷いたりたたんだりする。私は毎日消灯後に検察の取り調べから帰ってくるので、彼らが布団を敷いてくれていた。

「誰が何の罪で逮捕されたか。起訴されるか。執行猶予がつくか否か。」ということが、被拘留者の一番の関心事。私は特に毎日消灯後に検察から帰ってくることと、パジャマを着ているのは私だったことから(主任曰く以前はやくざの大親分が着ていただけで私は二人目だったらしい。ただし、私の他にも着る人が増えて小さなブームになった。)かなり目立っていた。私が「医者」であることはほぼ全員が知っている様子だった。房の外を歩いていると「先生何やったの。」とか「あんた女子医大の医者だろ」とか声をかけられた。

7.             被拘留者達との関わり

 当たり前のことだが、被拘留者は逮捕された人達の集まりで、その多くは犯罪者である可能性が極めて高い。暴力団関係者、右翼関係者、麻薬・覚醒剤常習者が多い様子で、被疑事実としては、傷害、恐喝、詐欺、薬物、不法滞在、窃盗、不法侵入、道路交通法違反関係などで逮捕された人が多い。日本国籍の人は6-7割といったところで、米国、中国、韓国、北朝鮮、イラン、ミャンマー、フィリピン等多国籍軍である。全体を見回すと外見は決していい人の集まりではない。入れ墨、タトゥー、4本指、玉入りのどれか一つ以上に該当する人は半数くらい。アルコール依存症の禁断症状や覚醒剤のフラッシュバックで、三日三晩大暴れするような輩もいる。

 一般的な勤め人が彼らの中に飛び込んだら普通は萎縮するのではないだろうか。私は、留置所の扉を目の前にして少し心配はしたが、入った後は、余り気にならなかった。他の被拘留者とは対等に話しができた。(心配だったのはむしろ、地震だ。牢屋に閉じこめられている時に大地震がおきて、鉄格子が歪んで出られなくなったら・・・ということを考え警察官にその危機管理体制について質問した。)

 逮捕当時、私はこども病院勤務だったが、地方の国立大学で学び、女子医大、地方の国立病院、県立病院、市立病院、済生会、下町の私立病院で勤務し、10以上の病院でアルバイトをしてきたので、多様な地位、職業、国籍、境遇を持った人達と会話し診療をしてきた。

 小児心臓外科であっても、それまで成人患者や家族との診療や会話も充分経験していた。元総理大臣のHさんに病状説明したり、現役大蔵(当時)大臣夫人の止血をしたり、ある大学の学長の中心静脈を入れたりしたかと思えば、公園で倒れていたホームレスの心不全を治療したり、留置所で首つり自殺した人の死亡診断をしたり、拘置所被拘留者を手錠付きで心臓超音波検査したり、不法就労のパキスタン人の緊急カテーテル治療をしたり、残留中国日本人孤児の心肺蘇生をしたりした。政治家、経済界、弁護士、官僚、元軍人、警察官、学者、教師、女優、歌手、アナウンサー、政治評論家、プロ野球選手、関取、柔道オリンピクック選手、・・・。入れ墨、4本指、3本指、玉入れをした人達も沢山いた。

 今回は、特殊なメンバーの集まりと寝食を共にすることになったが、「昨日今日知り合った人達と檻の中で体育会合宿をしている。」と考えることとした。

8.             起訴後は房長、留置所の古株

 同房者は次々と不起訴や東京拘置所への移管等で出て行ったり、新入や房替えがあったりでどんどん変わっていったが、皆、検察庁からの帰りが遅い私の布団を敷いておいてくれて、長い取り調べの疲れを気づかってくれた。

 Iさんは、被害者の告訴取り下げで釈放、ザオタンは、強制帰国。同房者は、右翼団体所属の覚醒剤売人のフクちゃん、NHK大河ドラマにレギュラー出演したこともある俳優兼ソムリエのS君(私とフクちゃんにジャズダンスのレッスンをしてくれた。)、新宿Lビル前の路上古本露天商のNオヤジさん、風俗店店長のT君らが入って来たが、私より先に出て行った。出て行くときに、Iさん、ザオタン、S君、T君は自分の連絡先を私に残していった。

 そして私は、起訴された。 起訴されると、取り調べはなくなるので、精神的圧迫が低下する。しかし、面会、官本の交換、運動の時間、5日に一回の入浴以外は、牢屋の中だ。接見禁止もとれて、それまで毎日面会に来てくれた弁護士さんの他、妻が毎日面会に来てくれて、父親、弟、親戚の叔母達、高校の同級生、大学の同級生、医局の同僚や先輩がどんどん面会に来てくれた。(拘置所では、拘留者は1日一回5分程度の面会。)テレビドラマでよくでてくる透明のアクリル板越しの会話が一回につき20分(弁護士さんは無限)会話ができる。ほぼ全員が本を差し入れてくれた。自分のロッカーに入れられるだけ入れて、房の中には3冊まで入れられる。これを機会に、「医学大辞典」の校正とともに、心臓外科学や先天性心疾患の原書を端から端まで読んだり、苦手な「多変量解析」の原書を読んだりしようとしたが、訳がついていない外国語の本は差し入れしては行けないルールがあり実現しなかった。

 しばらくすると、私より少しだけ拘留生活が長い二人の外国人が、体の変調に悩みを抱えていて、私の同房者になった。

9.             牛込留置所房内健康相談

 ナセル(仮名)は42歳のイラン人で覚醒剤の密輸。朝と眠前にアッラーの神への祈りを怠らない。日本語が全くできないので、本が読めない。お祈りの他は、食事して軍隊にいたときにやっていたストレッチと私が「ナセル式腹筋」と名付けた珍しい運動をやる以外は何もしていない。いつも静かだった。彼が夕食後泣いていることがよくあった。私は逮捕の1ヶ月前にあったトロントでの学会発表の英語口演準備と留学の準備のため、ネイティブの米国人に英会話の個人レッスンを受けていたので、現在よりは当時は英会話が多少できたが、ナセルの英語は本当に片言だけ。何とか事情を聞き出した。

 「逮捕されて留置所にいるが今後どのような流れで裁判が進んで、何処に連れて行かれるか分からない。イランには新妻と赤ちゃんがいて会いたい。接見禁止で通訳と弁護士にしか会えない。食事が慣れない米飯と揚げ物で食欲がわかない(「クサイ飯」は確かに栄養について全く考慮されていない上、まずかった。拘置所の食事は栄養充分で暖かくて結構おいしいが、留置場は人権侵害とおも思えるほどPOORな食事である。)、その上、便が固くなって何日も便がでない。」便秘は、定期健診が控えているので、そこでなんとかすることとした。

 接見禁止は罪状からして起訴後も解除されそうにない。

 ホームシックに対しては、気をまぎらわせようとなるべく会話しようとしたが、複雑な話なると理解できない。そこで私は自分の本の中から、日本語が分からなくとも楽しめる本を房に持ち込むことにした。写真集や商品カタログに近い雑誌、パズルや図に書いたクイズの本等は、眺めるだけで楽しめる。写真集はせっかくだから日本ならではのものを見せた。棚田の風景写真集、奈良京都の寺院の写真集。彼はイスラム圏の人なので、西洋絵画もあまり見ていないようだった。そこで、世界絵画全集のダイジェスト版などつぎつぎと房に持ち込んだ。だんだんうち解けてきて「さとうさん」と言うようになった。

 陸さん(仮名)は45歳。上海蟹で有名な澄湖近隣出身。在日12年。オーバー・ステイで逮捕。中国の建築関係の高等専門学校を卒業して、日本へは技術者として来たらしい。日本に来て2年間、日本語会話の勉強。一般の日本人遜色ない流暢な日本語で饒舌。建設現場で、日本名で● 陸●の名前で指導者になっていた。日本に入ってくる本当の陽澄湖産の上海蟹は極めて少ないので騙されないようにとのこと。彼の父は地方の役人で結構地位が高かったらしい。成田に中国の要人しか入ることのできない中華料理店があるらしいが、彼は父と一緒に入ったことがあるといっていた。中国人は何でも食べる。陸さんは、熊の手はもちろんだが、ワニや亀、鶴、鹿が好きだといっている。ブランド好き。「シャープの液晶30インチ 47万円。キャノンの400mmの望遠レンズ 67万円。パナソニックのオーディオ 何十万円。バーバリーのトレンチコート 20万円。・・・」最終的に手取りで40万円ほどの収入がある独身貴族で、欲しいブランド品をどんどん買って様子で、値段付きで購入したものの自慢話をよくしていた。毛沢東が受けた手術について本で読んで、私に質問してきた。「佐藤さんはレベル高いから。」が口癖で私のことが気に入ったようだ。

 陸さんの悩みは頭痛だ。彼は、日本語学校の通っている時にカラオケボックスでアルバイトしていたところ、酔ったお客にビール瓶で頭を殴られて脳内出血して開頭手術を受けたという。五分刈りにしたばかりで、確かに大きな傷が頭に目立つ。前回の健診を受診して、投薬を受けた。ロキソニン(鎮痛剤)を一日3錠処方されたが、それでも頭が痛いことがあるので、私の房に来る前から担当の警察官に薬を臨時でくれと訴えていた。「先生(前回処方してくれた医師)は1日3回食後と書いているので、それ以上はだめだ。」と警察官。「じゃ早めにほしい。」「食後と書いてあるので食後じゃないとダメだ。」陸さんは頭にきて牢屋の鉄格子というか鉄板をガシャガシャ音立てて揺すって警察官を罵っていた。私の房に来てからは、売春斡旋をしたという韓国の人からプレゼントしてもらったパジャマを着るようになった。

10.      定期健診と留置所内処方

 月に一回の割合で、医師の健診がある。問診と簡単な診察で終了する。慣れてはいるはずであるが、健診医先生も、拘留者の面々の前でやや緊張気味か。私は、「自分の健康状態は良好ですが、う歯があります。」といったら、診察なしで、終了。房別に受診するので、私、ナセル、陸さんの順で健診を受けた。

 ナセルは、医師の前で困った顔をするだけ。「この人は、日本語も英語も苦手なので、私からお願いします。慣れない米食がつづいて、強度の便秘のようです。緩下剤と下剤も2種類くらい処方していただけないでしょうか。とりあえずカマ、アローゼン、プルセニド当たりでお願いします。」先生は言われるがままに処方してくださいました。「すこし出しゃばり気味かな」と思ったが、警察官もいいとも悪いともいわないので、継続することにした。

 前述のように、陸さんの頭痛は警察官とのトラブルの元にもなっていたので、これを先生に説明。「ロキソニンは内服しているようですが、自制できないときもあるようなので、何か屯用で鎮痛剤を処方していただけないでしょうか。」先生は、ボルタレンを屯用で処方してくださいました。

11.      被拘留者達の協力と校正の再開

 ほとんど通常の意識がない人が夜中に入所した。めったに見られない手首まである彫り物をしょっていた。覚醒剤のフラッシュバックか、アルコール依存症の禁断症状かどちらかわからない状態で、3日間暴れて、叫びまくっていた通称「広島の先生」。留置所の雰囲気は最悪になった。彼の発作について、主任からいろいろ相談を受けたがその内に症状は落ち着いた。その後は、平和な状態が続いて、いがみ合う人もいない。

 留置所内の「図書館」にある面白そうな官本を全て把握したころには、私も古株になった。同房は、池袋のブティック店員で麻薬常習者、弁髪のM君やよっばらい運転のサラリーマンO君が増えた。5日に一回の入浴の時、運動の時間と称する喫煙タイム(私は喫煙しなかった)、官本を借りたり、返したりして房を出ている時にのみ、他の房の人達との交流がある。他の房の人達が、私に「どの本が面白いか。」を相談してくるようになった。

 場の雰囲気をつかんで、私は、「医学大辞典」の校正を再開した。「代用監獄専用特殊ボールペン」は、ほとんど私が一日中使用することになった。房にはプライバシーは無いので、警察官も同房の人も他の房の人も、私が何をやっているか承知だったが、何も言わなかった。「佐藤さん。ペン使いたいだけど。いいかな。」他の房の人から声がかかる。勿論、自分の物ではないので、当然ゆずる。

 校正が終わるころ、O君が出て行くことになった。自分の連絡先を伝え、どうしても私の住所が知りたいというので、教えた。そうそうに出て行ったが、ナセルにアラビア語の本、陸さんに中国語の本、私に寺院の写真集を私の自宅に送ってくれた。妻が差し入れしようとしたが、前2者は、日本語訳がないので、ルールに従って留置所には入れられなかった。現在も我が家にある。

12.      弁護士さんの協力

 Iさんは、「弁護士さんの言うことは90%がホントだよ。」といっていたが、私は、弁護士さんを100%信じていた。何故かは、別の機会に書こうと思う。弁護士さんを信じずに解任した人の話を聞いたが、私には絶対にあり得なかった。

 完成した「医学大辞典」の原稿は、弁護士さんに渡して投函してもらうこととした。留置所で書いたからといって、その内容に問題はあるはずがない。忘れられない執筆となった。

 そうこうしているうちに、私も東京拘置所に移管となった。最後に全部の房の人達に挨拶した。何人かが連絡先を紙に書いて渡してくれたが、後に拘置所の通路ですれ違ったりすることもあった。

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2006年8月22日 (火)

フジテレビ訴訟と準備書面提出の遅延

1. 本人訴訟裁判期日予定  

刑事事件では被告人の私は、民事では原告となっています。その民事裁判予定(本人訴訟のみ)は以下のようになっています。 傍聴マニアの人で是非傍聴したいという人は、どんどんいらしてください。 場合によっては、資料も御覧にいれます。 いずれも事件名は、損害賠償請求事件です。

平成18年(ワ)第5887号 被告 小学館 東京地方裁判所民事48部

平成18年(ワ)第5888号 被告 日本放送協会 東京地方裁判所民事50部

平成18年(ワ)第5889号 被告 フジテレビジョン 東京地方裁判所民事6部

次回期日

2006年8月22日 フジテレビジョン(弁論準備期日)

2006年8月29日 小学館  16時00分 東京地裁 611号法廷

2006年8月30日 日本放送協会13時20分 東京地裁 626号法廷

2. 準備書面と裁判準備期日

 なお、明日の弁論準備期日とは、法廷を使用しないで、当事者である原告、被告と裁判官が小さな部屋で、それぞれの主張の確認や裁判の進行について話しをするものです。

3. 準備書面提出の遅延  

明日の弁論準備期日は、前回、原告(佐藤)が提出した準備書面(裁判で陳述する内容を書いた書類。実際は陳述しないが、準備書面を提出して「陳述します。」といえば、裁判で陳述したことになる。)に対して被告(フジテレビ)が主張を陳述することになっています。  前回6月14日の弁論準備期日の話し合いでは、通常1ヶ月後のところを2ヶ月後の、8月14日までに、被告(フジテレビ代理人)からの準備書面が提出され、可能ならばこれに対して原告(佐藤)が意見を述べるという約束でした。しかし、今日8月21日になって自宅にファクシミリで送信されてきました。私は今日当直なので、急遽病院にもファクシミリを送ってもらうことになり現在通常医療業務が終了し、緊急患者がいない時間を利用して読んでいます。

4. 遅延行為を阻止するために  

「約束を守る」ことは、社会的常識から当たり前のことだとは思いますし、遅れることに関連した連絡や謝罪をすることは礼儀だと思いますが、その両方とも何もありませんでした。  法律事務所には、通常秘書さんもいて雑務は全てやってくれるはずです。こちらは、そのような雑務から書面書き、資料集め、証拠集めを当然私本人がひとりで行っています。  今後、このような裁判遅延行為とも思われる、いい加減なことを被告らがしないように、このブログでも民事の経過も発表しようと思っています。

2006年8月22日 小学館訴訟裁判期日 8月29日の被告代理人が約束した準備書面提出日

2006年8月23日 日本放送協会訴訟裁判期日 8月30日の被告代理人が約束した準備書面提出日

5. 名誉毀損報道の予測と録画  

多くの、民事訴訟の対象は、判決以前の報道に対するものですが、フジテレビだけは判決後の放送に対するものです。  私は、過去の「自分がおそらく名誉を毀損されたであろうテレビ放送の録画」を手にいれることが困難であることを痛感していました。 この結果達した結論は、「自分の名誉を毀損したり肖像権を侵害したりする放送はその放送日時を事前に予測して録画するしかない。」というものでした。  そこで、絶対無罪の自信があった刑事訴訟において、判決が言い渡された直後から次の日の朝までのニュース放送を、6人の友人達に頼んで録画してもらうこととしました。A君はNHK総合, B君はNHK BS, C君は日本テレビ、D君はTBS、E君はフジテレビ、F君はテレビ朝日。雑誌で2005年11月30日から12月1日のテレビ放送予定をコピーして、各放送局のニュース番組を赤で囲って6人に配りました。

6. 無罪判決直後の各局報道とフジテレビ提訴  

私の無罪に関する放送をしなかった局はありませんでした。この中で、放送内容に最も好感がもてる報道はNHKでした。私が記者会見で話をしている場面を映像と音声で一番長く放送し、私のコメントをまとめて伝達しています。  他の局はものたらない放送が多く、「ペルー人の誘拐事件」と「琴欧州の大関昇進」、「愛子さまの映像」の放送時間に時間をとられた関係もあるのかと思いました。  ところが、フジテレビの放送は明らかに「名誉を毀損し、肖像権を侵害する」放送でしたので、即刻提訴の準備を始めました。

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2006年8月15日 (火)

 「大野病院事件」初公判に向けてのエール 「医療事故と検察批判 」―東京女子医大事件、血友病エイズ事件、両無罪判決より-

「弁論要旨」および「追悼!噂の真相 (休刊記念別冊)」弘中惇一朗弁護士の投稿より。 ・検察官は、自然科学ないし医学の基本的知識なしに医師を起訴し有罪にしようとしている。

この国では、「被害者」という言葉が、特に最近は、非理性的に強くて、「被害者」という言葉をふりかざしたとたんに、国家権力に対してもさっと道を開いてしまう危うさがある。権力との対峙は、どこまでも理性的でなければならないのであるが、権力が暴走しないために作ったせっかくの枠組みを、「被害者」というエモーショナルなもので、ぐちゃぐちゃにしてしまう実情がある。

・検察権力というのはそんなに生やさしいもではない。そのような「被害者」を飲み込みながら肥大し続けるものであるし、現にそのとおりであった。「被害者救済」「正義の実現」などという耳触りのよい言葉に騙されてはならない。

 刑事訴追されるということは、個人にとっては、身柄を拘束され、名誉や社会的地位を剥奪され、時には殺される(死刑にされる)ということを意味するのである。人権侵害の最たるものである。憲法が多くの条文を割いて、国家権力に対して被疑者・被告人の権利を保障しているのも、権力というものは、何重にもの縛りをかけておかないと、何をしでかすか分かったものではないという歴史的事実に由来している。

以上本文より。

1.           はじめに

1-1医療事故の原因解明を医療界に

 私の無罪判決後の記者会見で最も時間を使い強調したことは、欧米との比較論も含めて、医療事故が発生した際の事故原因の解明を警察や検察が行うことの不合理さ。第3者である専門家による調査の必要性。それを科学的根拠もなしに真実を正面から見ることもなく医師個人の責任としたこと。(7月13日ブログ 「新聞各社の無罪報道比較」参照。)

1-2東京女子医大の警察検察への後押し

 私の事件の場合はそれを積極的に後押ししたのが、所属していた東京女子医大幹部であったことから、理由のない批判を私個人が浴びることになり、事件をさらに複雑化させたと思います。

女子医大の「内部報告書」を心臓外科医が読めば「この記事を見て、(心臓外科医の)N医師は、『誰か新米の記者が、勘違いして書いたな』と面白がっていた。人工心肺装置のポンプの回転数を上げすぎて血液が循環しなくなり、現場がパニック状態になったと書いてあるが、そんなことは逆立ちしても起こりえないと思ったのだ。」[2003年7月18日発行(もちろん判決前)鈴木敦秋「大学病院に、メス! 密着1000日 医療事故報道の現場から」より〕という感想も持つのが通常です。

1-3大野病院の場合は

 私とは反対に事件発生直後から多数の医師の応援を得ている大野病院産婦人科医の逮捕、起訴を契機に、「医療事故原因解明を警察、検察が行うこと」「医療事故(医療過誤)を刑事事件とすること」     は、欧米の制度に比較しても問題があることが議論されることが医療界では多くなりました。医療界にとっては当然のことですが、これを警察、検察の立場になって考えてみる必要があると思います。

1-4島(縄張り)争い

医療事故で医師を逮捕するのは、形式上は当該病院のある地区の管轄警察署です。私の場合も逮捕した書類上の警察官(司法警察員)は牛込警察署所属となっていました。今回の大野病院もおそらく逮捕した警察官は、担当の福島県警何々署某となっているはずです。

 しかし、実際に指揮をとり、逮捕に踏み切ったのは、警視庁捜査第1課で「業務上過失致死(障害)」を専門に扱う部署です(少なくとも2002年当時)。私の担当警部補が、別の医療事故で「有罪となった医師達と今では酒を酌み交わす仲だ。」等と話していたことを仮に信じないとしても、「業過」を専門としている部署と組織が警視庁にあることは間違えないでしょう。

 警視庁も役所です。しかも、巨大で、余剰するほど人員もいるでしょう。複数の人間が自分の業として仕事に従事し、官僚的組織の一つを形成していた部署を、そんなに簡単に捨てるとは思えません。簡単にいうと「自分の島」を医療界に奪われるようなことを良しとする訳がありません。検察も基本的には同じでしょう。(警察と比較して圧倒的に数が少ないので、本音をいえば、専門的で何回な医療関係の担当が回ってくる若手検事にとっては、できれば辞めたい仕事かもしれませんが。)

1-5戦略

 会社でも医学界でも政界でも内部の派閥争は程度の差はあれ熾烈な場面もあるでしょう。ましてや他の分野間の縄張り争いともなれば、闘いに対する幹のある戦略が必要なのは言うまでもないことでしょう。医療界がお題目を唱えるがごとく、言霊を信じて「医療事故の原因解明を医療界に!」とブログで叫んだり、記者会見したりしても、警察検察は屁とも思わない。従来のごとく厚生労働省をつついても話が簡単に進むとも思いません。

 圧倒的な指導者(達)が必要だと思います。その前提として、医療界としての足並みがそろっていることも必要でしょう。医療界の為に目前の利益がなくとも政治的に動きをとれるような人。以前の武見太郎さんのような人物にそれを求めるのか?現在も真面目で実力のある医師である国会議員もいると思いますが、今のところ私には答えのきっかけも見つかっていません。

 少なくとも、「医療事故(医療過誤)を刑事事件とすること」が、医療不信を招き、若手医師の意欲を削ぎ、医療レベルを低下させ、この国にとって利益をもたらさないことを国民に把握してもらう時は、今です。

2.           女子医大事件から

2-1最終弁論

 私の担当弁護士さんの1人は名前を出せば、法曹界で知らない人はいません。いたら「潜り」でしょう。私の従兄弟はある大学の経済学の助教授をやっていますが、畑違いでも知っていました。

 弁護士さんの書かれた文章を読むと、自分で文章を書くのがイヤになります。その構成力の素晴らしさとともに、難解な用語や言い回しを使うことなく平坦な日本語を読ませてくれます。最終弁論は、実際には事前に書かれた「弁論要旨」を一部は朗読され、一部は説明にとどめられました。朗読もまた透き通るような美声と流れるような調子で聞かせるものでした。

 今回のブログのテーマである、医療事故の解明の姿勢と検察批判が含まれている弁論要旨「第1章 序」を紹介させていただきます。なお、事件に関連した私以外の個人名につきましては私、佐藤が修正を加えました。以前のブログと重なりがありますが、流れも大切なので、再掲載となります。人のなんとかで相撲をとることになりますが、自分より優れた方々の文章を見つけて紹介することは、なんら恥じることはないと思っています。

2-2弁論要旨 「第1 序」 より

第1 序

 1 判決にあたっての要望

   本件は、医師がその業務として行った手術が、刑法の業務上過失致死に当たるかが争われている事件である。

 約3年にわたる審理を終えるにあたり、被告人・弁護人は、裁判所に対し、2つの点、すなわち、判決にあたっては、 

・ 事案の真相を明らかにするべきこと

   ・ 医学水準に立脚した認定を行うべきこと

  を特に要望しておきたい。

 この2つはあまりにも当然のことであるが、たとえば検察官の論告においては、脱血不良ないし脱血不能が、具体的に、いつどのような機序で生じたのかが全く記載されていないし、佐藤の、どの時点のどのような行為によって、どのような結果(脱血不良ないし死亡など)が生じたのかが全くわからない。

 われわれは、第2以下において、この問題に正面から向かい合って、われわれとしての事実認定と主張を行っている。

 裁判所が判決にあたり、上記の2点に留意されることを確信しているが、なお、われわれの立場を明らかにするため、敢えて弁論の冒頭に当たり、この点を要望しておくものである。

2 本事件の特質

(1)AでなければBBでなければA

本件は、手術室の中で生じた事故であり、これが犯罪になるかが問われている。

    ところで、手術室の中は、術野と人工心肺側の2つの部門に分かれ、後者はさらに人工心肺担当医と技士に別れる

    本件ではそもそも刑事事件となるか、すなわち術野と人工心肺側のいずれかに過失が存するかどうかが問題となる。「患者が死亡したから、誰かが責任を取らなければいけない」という論理は成り立たない。

    しかし、強制捜査が行われ、起訴までされたということになると、「誰にも責任はない(かもしれない)」という懐疑は存在を許されず、「誰かが悪いはずだ」「悪いのは誰だ?」という糾問が始まる。

    そして、手術室という限られた場所での出来事であれば、「犯人」になりうる人は限られる。術野か人工心肺側かのいずれかである(本件では、麻酔医と看護婦は除外される)。

そうすると、「人工心肺側に責任があれば術野には責任がなく、逆に人工心肺側に責任がなければ術野に責任がある」とか、「仮に人工心肺側に責任があるとしても、担当医に責任があれば技士に責任はなく、技士に責任があれば担当医に責任はない」といった思い込みが蔓延することになる。

    したがって、術野の医師の証言の信用性を判断するにあたっては、人工心肺側に責任があるとされれば自らの責任を免れるという観点から証言が歪められていないかを検討する必要がある。技士についても同様である。

    このため、本件の事実認定にあたっては、基本的に、手術の過程で作成されていた原始記録に依拠すべきである。さらに、供述については、まず、看護婦のような利害関係を持たない医療関係者の供述を重視すべきである。これに次ぐのは、本来は麻酔医であるが、麻酔担当のI医師については麻酔医として十分に義務を果たしていたかについては疑問も残るので、その供述をそのまま真実と認めることはできない。

  術野側にいた医師については、上記のとおり、「人工心肺か術野か」という関係が存するから、被告人と同等の立場に置かれているものとして、その信用性を判断すべきである。したがって、個々の証言の真実性を考えるにあたっては、原始記録等の客観的記録、医学的常識との関係を常に念頭に置き、その上で、相互の供述の矛盾、本人の供述の変遷などがないかを検討したうえで、真偽を判断すべきである。

 (2)検察官の態度

 検察官は、自然科学ないし医学の基本的知識なしに医師を起訴し有罪にしようとしている。

 吸引ポンプの回転数を上げると陽圧化するという過失自体がそれに該当するが、それを措くとしても、明白な点として以下の点が指摘できる。

   ア 圧の不等式

冒頭陳述の段階では、「リザーバー内が陰圧であるためには、『血液流入圧+吸引流入圧<壁吸引による吸引圧+送血圧』という式が成り立つ必要があ〔る〕(7頁)と主張していた。

     しかし、圧とは単位面積当たりの力であるから、これを足したりすることはできない。このような数式らしきものを示すこと自体、物理学ないし人工心肺に無理解であることを示している(検察官の好きな比喩を使うのであれば、「この程度のことは高校生でもわかる」ことである)。(佐藤注:検察官はそれまでの証人調書で「吸引ポンプの回転数を上昇させると、静脈貯血槽内の圧力が陽圧化するということは、高校の物理の知識でもわかることである」旨のフレーズを散々使用してきた。)

   イ 量の不等式

上記のような圧の足し算が成立しないことを認識したためか(*)、検察官は、論告では、「圧」の代わりに「量」を持ち出し、「流入流量<流出流量なら静脈リザーバー内に陰圧が生じ、脱血を促進する」(論告20頁)と主張するようになった。「圧の不等式」はひっそりと捨てられたのである。

この「量の不等式」は、圧を捨てたという点においては半歩前進したとは言えるかもしれないが、やはり人工心肺についての根本的無理解を示している。医学博士工学博士のダブルライセンスを持つ元助手B証人が明言するとおり、液面に変化がないときは、両者の量は全く同一であるが、その場合でも陰圧が生じていて、脱血できるのである(B・22回・2-5)。(*―被告人であった佐藤が公判でレギュレータの特性や静脈リザーバー内の物理学を説明したことを受けていると思われる。高校までには習うニュートンの第2法則 運動方程式はF=madimension[kgm/s²]。質点における力の相互関係はF (force)で考察するから、圧力= P (pressure )で方程式や不等式が成り立つわけがないことは高校生でもわかる。)

ウ DCビート

 さらに、検察官は、起訴から3年を経た最終段階においても、手術について全く理解していない。論告で、DCビートの回数が多くなったとはいえO医師公判調書 第5回49頁等)、DCビートによって自己拍動に戻しており」(19頁)と述べているが、「DC」とは直流カルディオバーション、電気ショックである(論告10頁では、「DCショックをかけて心室細動状態から自己拍動状態に戻す作業を行った」と正しく記載している)。

それによって自己拍動に戻ったことを、人工心肺記録では「DC beat」と記載しているのである。しかるに、検察官は、「DCビート」という処置があると誤解して、「DCビートの回数」とか「DCビートによって自己拍動に戻〔す〕」などと書いているのであり、人工心肺記録を理解できていないことを示している(なお、術者O医師の該当箇所には「DCビートの回数」などといった言葉は出ていない。この箇所は、検察官の造語である)

   エ 小括

     このような医学ないし自然科学に対する理解が欠如したところで、本件公訴を提起し、追行する検察官の態度は遺憾である。

3.           血友病エイズ事件から

3-1故安部帝京大学教授はなぜ無罪

 安部 英帝京大学教授が二審で無罪判決を言い渡された後に、上告はされましたが亡くなりました。勿論無罪のまま。亡くなってしまったので、過去の事件とななりつつありますが、記憶している人も多いでしょう。

 安部さんは学者として一流でしたが、メディアに登場するとややエキセントリックな言動が多かったためか悪役にはもってこいのキャラクターを自分で演出してしまったようです。

 「医官民が一体となって利益をむさぼるために、エイズウイルスに感染すると分かっていた「非加熱製剤」許可した。」という疑いとともにアプローチするのが警察、検察です。そして被害者です。

 しかし、被害者にとっては確かに可哀想なことになってしまいましたが、安部さんに罪があるかどうかは全く別問題です。医学的な観点、科学的なアプローチとしては、「非加熱製剤を投与するとエイズウイルスが感染する」という事実がその当時の医学、科学レベルで解明されていたかどうかになります。

 裁判で証拠とされた文献は、複数の”Nature”や”Science”だったそうです。私は、この事件の調書や証拠原本を読んでいませんので何とも言えません。しかし、安部さんが最高裁においても間違えなく無罪になるであろうと予測されていたのは、このような一流の雑誌レベルで解明されていなかったことが証明されていたからでしょう。

3-2検察批判の書籍

 以前、私の蔵書には法律関係や司法界に関連する書籍は、ほとんどありませんでした。権力や憲法問題に関連したいくつかの本(特に「痛快!憲法学」小室直樹著は検察権力についても言及していて、特に面白かった)以外は、簡単は刑事訴訟法の解説をペラペラめくった程度。

逮捕されて接見禁止が解除された起訴後は、牛込警察留置所文庫の官本で常時貸し出しナンバー1、2を争っていた「アフター・スピード留置場拘置所裁判所」石丸元章著と「だから、あなたも生きぬいて」大平光代著から始まって法律関係や司法界についての書籍をamazonや霞ヶ関の弁護士会館の本屋などで購入して相当な量を読んできました。(弁護士会館は医療事故に関連した書籍が充実しています。関係者はいくべし。)

その中で、通常の社会生活を送っている人とは縁がほとんどない「検察」を批判する書籍は多数とは言えません。逆に、検察を批判するとなると、それなりの覚悟や見識が必要となるはずですから、書かれたものは比較的骨太のものが多い。

 「アメリカ人のみた日本の検察制度日米の比較考察」デイビッド・T. ジョンソン著、「特捜検察の闇」魚住 昭著、「日本 権力構造の謎」 カレル・ヴァン ウォルフレン著の一部、「歪んだ正義特捜検察の語られざる真相 宮本 雅史著、「検察の疲労」産経新聞特集部等は、立派な内容ですが、医療事故に関連したところでは少ないかもしれません。

3-2安部医師担当弁護士と追悼!噂の真相 (休刊記念別冊)

 検察権力の真の恐ろしさを実感しているのは、検察と常時闘っている人。それは、刑事事件を真剣に弁護している弁護士諸兄。日本に何人そういう方がいるか分かりませんが、多数派ではないようです。

 私の担当弁護士さんと同じ事務所に所属し、伴に安部さんの弁護をはじめとして、多数の大事件で活躍された弘中惇一郎先生の投稿を紹介します。医療事故における検察とメディアに対する批判はこの文章が一番実感のこもったものです。

 「噂の真相」は確かに品のよい雑誌ではなかった。しかし、「新聞、テレビ、雑誌にはそれぞれのタブーがある。新聞は徹底的にタテマエジャーナリズムで、たとえば検察がクロとにらんだ人物、鈴木宗男や辻本清美、古くは田中角栄や藤波孝生の訴えや彼らなりの立場表明に耳を貸そうとはしない。」(同別冊 54頁 田原総一朗氏より)のに対して、「噂の真相」誌は、検察に毅然とした態度で対峙したため、逆に刑事では珍しい「名誉毀損罪」で刑事追訴され懲役の有罪判決を受けている。

3-4 「孤軍奮闘編集長の深層心理」弘中惇一朗弁護士(検察や血友病エイズ事件に関係無い後半部分は省略)

 『噂の真相』は、国家権力、とりわけ警察・検察権力の本当の怖さを知っている本当に数少ないメディアの一つであった。この国では、「被害者」という言葉が、特に最近は、非理性的に強くて、「被害者」という言葉をふりかざしたとたんに、国家権力に対してもさっと道を開いてしまう危うさがある。

 権力との対峙は、どこまでも理性的でなければならないのであるが、権力が暴走しないために作ったせっかくの枠組みを、「被害者」というエモーショナルなもので、ぐちゃぐちゃにしてしまう実情がある。

 血友病エイズでの帝京大安部英医師に対する刑事訴追は、冷静に考えればあまりに無茶であり、日本以外のどこの国もやらなかったことである。まったく同じ被害が世界中で生じたのであるが、何処の国でも臨床医の責任追及などという馬鹿げたことをしようとはしなかった。それにもかかわらず、日本では、敢えて世界情勢に目をつぶって、1人の医師をなぶりものにしたのである。

 ところが、ほとんどのメディアは、「被害者」へ同情し同調するあまり、日本の検察官のこのような権力行使に対してきわめて寛容であった。

 私は、それまで、クロロキン薬害の被害者の権利回復のために弁護士生活のエネルギーの大半を費やしてきたのであるが、しかし、それでも、この安部英医師に対する刑事訴追を黙視することはできずに、弁護人となった。そのとたんに、クロロキン薬害の被害者は、私を解任した。同じ薬害「被害者」としての仁義というのがその理由のすべてであった。このことは、一つのニュースとして、当時の全国紙にも掲載されたが、私の行動に理解を示したメディアは『噂の真相』ただ一つであった。もっともそれは、読者投稿欄という場所に過ぎなかったが、それでも、そのような投書を拾い上げて掲載してくれたことは、私に大きな勇気を与えてくれた。

 安部英医師は、血友病患者の期待を裏切った(「大丈夫」と広言(ママ)したが、結果的に大丈夫ではなかった)ために、やりきれない気持ちを誰かにぶつけずにおれなかった「被害者」から告発の対象とされたのであるが、しかし、検察権力というのはそんなに生やさしいもではない。そのような「被害者」を飲み込みながら肥大し続けるものであるし、現にそのとおりであった。「被害者救済」「正義の実現」などという耳触りのよい言葉に騙されてはならない。

 刑事訴追されるということは、個人にとっては、身柄を拘束され、名誉や社会的地位を剥奪され、時には殺される(死刑にされる)ということを意味するのである。人権侵害の最たるものである。憲法が多くの条文を割いて、国家権力に対して被疑者・被告人の権利を保障しているのも、権力というものは、何重にもの縛りをかけておかないと、何をしでかすか分かったものではないという歴史的事実に由来している。

 『噂の真相』は安部英医師に対する刑事訴追について、検察に無邪気な拍手を送らなかった数少ないメディアであり、そのことにより、国家権力に対する良識と毅然とした態度を示した。

 しかし、それ故に、『噂の真相』は、検察の次のターゲットとされ、有名作家に対する何でもない悪口記事の掲載を理由として、刑法上の名誉毀損罪該当として、刑事訴追され、1審、2審と、懲役の有罪判決を受けた。

 私も、弁護団の一員として、無罪判決獲得に向けて努力をしてみたが、今のところ、思うような結果を出せずにいる。

 有名作家を批判した程度のことで、検察権力が動いて、編集長や記者を刑事訴追するということは、本当に恐ろしいことである。言論統制につながるという意味で、安部英医師に対する刑事訴追移住の危険があることは、ちょっと考えれば、誰でも分かることである。しかし、このことについても本気で批判しようとするメディアが存在しない。・・・」追悼!噂の真相 (休刊記念別冊)68頁~69頁.

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2006年8月12日 (土)

最終陳述

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 現在、控訴審の準備を開始しました。刑事事件に関連したファイルは、PC上は1000以上ですが、メールのやりとり等まで含めると3000以上になると思います。いろいろと読み直してみました。その中で久しぶりに「最終陳述」が出てきました。

 掲示裁判では、審理の終了後に、以下のような流れになっていました。

論告求刑  検事側  2006年7月11日

最終弁論  弁護側 2006年9月8日

判決     裁判所 2006年11月30日

 「論告要旨」は55頁、全く同じ字数の用紙を用いた最終弁論「弁論要旨」が目次、図、略語解説までいれると317頁でした。この作成には、2ヶ月をかけたわけですが、特に最後の3日間は弁護士達も私もほとんど完全徹夜(私は平均睡眠時間1時間程度)でした。これに、一生懸命になっていたので、「最終陳述」を書く仕事が最後になり、最終弁論の当日朝7時4分に完成となりました。30分程度で書いたものです。最終弁論は何回も読み直しましたが、「最終陳述」は一年ぶりに読みました。

通常被告人の最終陳述といえば罪を認めていれば、

「大変申し訳ありませんでした。」

とか、無罪を主張しているなら

「私はやっていません。・・・」といったように簡単なもののようですが、

私の場合は複雑なものがあり、以下のように述べました。

 この陳述の後、メディアの方々が集まってこの「最終陳述」がかかれた書類を欲しいとの要望がありました。最終「弁論要旨」はメディアにも公開していましたが、「最終陳述」はこの時点では、諸々の理由で、発表はしませんでした。法廷での「話言葉」として作成したものなので、主語をわざと抜いたり「文書」としてはしっかりしたものではありませんが、そのままを引用します。

最終陳述

2005年9月8日

佐藤一樹

 患者さんが亡くなったことは大変悲しいことです。

特に今回のように、事故後に必要な検査を行うことも、可能な範囲での最良の治療もさせてもらえなかったことには、怒りも感じます。

しかしながら、その感情だけで終わらせてはいけません。

事故でなくなった場合は、その原因を正しく調べて、解明、分析して遺族に伝えるとともに、今後このようなことが起きないようにすることが、医師の務めであります。不誠実な態度で、患者さんの死を無駄にしてはいけません。

特に医学研究機関である大学病院においては、組織として原因の調査、解明、分析をしなくてはなりません。

医学はライフサイエンスです。

臨床における反省は、科学的におこなうべきであり、専門家が行うべきです。

しかしながら、東京女子医大が行ったことは、大学病院側の責任を逃れるためだけの内部報告書の作成、特定機能病院取り下げを回避するための裏工作、この事件を顧みずにおこなった報道による病院宣伝でした。

警察官や検察官の行ったことは、科学的、医学的、物理学的、工学的な背景、知識、論理展開のないものです。

判決にあたりましては、この事故の真相が明らかになるようお願い申しあげます。

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2006年8月10日 (木)

闘いの再開

控訴趣意書

前回、「次回、書き込みは、全体像がある程度把握できるような、時間経過を追ったアウトラインを作成しようと思っています。」と書きましたが、7月末に、東京地方検察庁から、「控訴趣意書」が提出されました。簡単にいえば、無罪判決を出した東京地方裁判所に対して意見してきた訳です。

  一行33文字で24行56頁。内容も科学的医学的な背景は全くないというか、誤っていることだらけです。誤りのない科学的事実が証明されれば、こんな薄っぺらなものには絶対負けることはない。

控訴審に向けて

 とはいっても判定をするのは初めてこの事件に関係することになった、新しい裁判官。専門用語ひとつからご理解をいだたくところからはじめなくてはなりません。ひとつひとつ丁寧に積み上げていく地味な作業をやってくしかありません。

 ここに書き込むことで、新たに自分の意志を確認しようと思います。

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2006年8月 1日 (火)

東京女子大幹部不正事件と東京女子医大医療事故事件+α

先週から今週にかけて夏期休暇のため、ブログの書き込みをしておりませんでした。

このブログでは、

1.東京女子医大医療事故事件

2.東京女子医大幹部不正事件 (ある医師の書き込みでネーミングしてもらいました)

3.1.2.に関連した損害賠償請求事件

を扱っています。登場人物も多くそれぞれが、入り組んでいて複雑です。

次回、書き込みは、全体像がある程度把握できるような、時間経過を追ったアウトラインを作成しようと思っています。

続きを読む "東京女子大幹部不正事件と東京女子医大医療事故事件+α"

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