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2006年8月31日 (木)

獄中執筆記-傷害防止特殊ボールペンによる医学書院「医学大事典」の執筆-

1.             医学書院「医学大事典」の執筆依頼

 1998年頃、医学書院が「医学大辞典」を刊行することになり、先天性心疾患外科領域の項目の約50項目を私が執筆することになりました。以前ある英語の原書を翻訳し監訳したことがありましたが、この時は「同期医局員の記念として」の企画ということもあり収入はなし。勿論、この翻訳本には訳者、監訳者として私の氏名は記載されています。

 医学書院「医学大辞典」は、執筆した文字数に換算して原稿料もいただけるというばかりでなく、「幅広い医療関係者が使用する『辞典』に氏名が記される。」ということで、張りきって執筆しました。原書や原著論文も多く調べた上で、図なども交えながら本邦における現状なども考慮して執筆したつもりです。

2.             著者校正最終段階直前で逮捕

 この原稿の最終段階である著者校正が20026月頃に入りました。原版と同様に印刷されたものに、最終チェックを入れる程度の校正です。私は、629,30日の土曜日曜でこの仕事を終える予定でした。

 ところが、628日午前中に逮捕されそれどころではなくなりました。

3.             特殊ボールペン

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 起訴前、起訴後も最初の45日間は牛込警察署内の代用監獄、つまり留置所に拘留されました。拘置所に入ると自分の私物として、市販のボールペンを購入することができます。一方、留置所では私物としてボールペンを持つこともできません。しかも、30数人を拘留する留置所内で警察署が用意したボールペンはたったの一本。これを全員で使い回しします。単に、警察側の管理上の問題だと思います。これでは、最低限の文化的な営みはできません。

 このたった一本のボールペン。娑婆でも、拘置所でもお目にかかれない代物です。ボールペンで、自分や他人を傷害がすることができない作りになっています。通常のボールペンは、ノック式でも、非ノック式でも「芯」に当たる先端部分が「ホルダー」から34mm突出しています。これを思いっきり人に突き刺せば、かなりの傷害を与えることができるはずです。しかしこの「代用監獄専用特殊ボールペン」は、「芯」の先端の「ボール」の部分だけがかすかに突出するだけで、0.5mm程度しか出ていません。しかもその周りの「ホルダーの先端」は球状になっているため、凶器になるどころか、ボールペンを垂直に立てないと字が書けないようになっています。

 房内のトイレのドアは、ロープなどを挟んでつるして自殺をすることができないような特殊なドアになっていますが、ボールペンもそのような観点から作成されて管理されているのかもしれません。

4.             留置所で「医学大辞典」の執筆、校正は可能か?

 起訴されるまでは、接見禁止。弁護士さん以外は家族であろうと面会することはできません。勿論、拘留後20日間連日朝から夜まで、警察官と検察官からの取り調べ。特に検察の取り調べは、午前様になることもある。(警察官は、司法警察と行政警察の関係もあり留置所のスケジュールを守る。これについては後述。)取り調べ中は、物理的にも精神的にも「医学大辞典」の校正にとりかかることができませんでした。

 起訴されると、当然検察の取り調べも警察の取り調べもなくなります。代用監獄内にただいるだけ。多くの被拘留者は、たまにストレッチをする程度で、読書三昧です。(座っていれば昼寝もOK)私は、「医学大辞典」の校正を再開しようとしました。

 しかし、代用監獄内では、ボールペンの使用は、弁護士さん等に「手紙を書くこと」のみに限られています。この時間を利用して校正を進めたいところですが、30数人で一本しかないボールペンを独占して、ルール違反の「著作行為」をするには気が引けました。

 結局最終的には、当時の拘留者達と行政警察員と私の人間関係が良好であったため、原稿を仕上げることができました。 今回のブログはその「獄中執筆記」です。

5.             行政警察

 留置所(代用監獄)を管理する警察官は、「行政警察」で、一般の巡査や刑事などの「司法警察」とは別の部署です。双方は、仲が悪い様子で、悪口を言い合っている。「行政警察」は、「司法警察」がルールを守るようにも管理しているので、検察官のように午前様になるまで取り調べは行わない。(少なくとも私の場合は。)

 この行政警察は、拘留者を管理するとともに、不利益が生じないように努力している。ある人は、私がマスコミに撮影されないように、移送車の内側に段ボールを張り巡らしてくれた。司法警察員の取り調べ時間が食事の時間に及びそうになると、取り調べ室に電話をしてくれて、房に返すよう注意をしてくれたりもした。

 私の検察庁での取り調べの「単送」(通常、留置所から取り調べのため検察庁に被拘留者を送る場合は、複数の拘留者をいっぺんに護送車に乗せていく団体移送。私の取り調べは特別長時間なので、団体だと他を待たせることになるので、ワゴン車で1人「腰縄、手錠」状態で、運転手1人警察官2-3人が一緒に行って返ってくる。)が深夜におよぶので、自宅に帰れず署内で休日の翌朝まで仮眠をとっていたという人もいた。

 彼らは交代で、24時間被拘留者に接しているので、概してフレンドリー。よっぽどお堅い人以外は、暇にしている被拘留者との雑談がつきない。私に対しても「なんかよくわからないが、4番(私の呼称番号)は無罪の可能性ありそうだな。」とかいいながら、よく健康相談をしてきた。柔道選手で全国大会にでるような人もいて、「不整脈」や「徐脈」についての質問から、骨折後の治癒状態の診察、妻のルポイド肝炎の予後について、被拘留者の頭部外傷後の頭痛の頓服の必要性について。複雑なところでは、後述する覚醒剤常習者のフラッシュバックとアルコール中毒禁断症状の鑑別診断もあった。 

 行政警察官は名前を明らかにしていないが、愛着もあり、ひとりひとりに、私なりのあだ名をつけていた。「カバやん」「ブーやん」「本番モンチッチ」「バレーボーズ」「内山くん」「サリン」「黒キツネ」「ヒゲだわし」「長さん」「坊や」・・・。

6.             同房の先輩

 私が最初に留置された房の「先輩」は、全国指名手配されたこともある元暴力団員で小口金融業の Iさん。今回は、酩酊状態での暴行による「傷害罪」の疑い。今回が10回目のブタ箱入り。この人は面倒見がよい上に、漫才師以上に話しが面白くて上手、私より歳が一つ下で、共通の話題も多く直ぐにうち解けた。

 最初の会話はいきなり、「佐藤さん、お医者さんだろ。言いたくなければ言わなくていいけど、何で捕まったの。」だった。「ここに来たら、田中角栄だろうが、鈴木宗男だろうが、やくざの親分だろうが扱いはみんな一緒だ。ただし、君には、気をつかって、同房者を選んだ。『プロ』だからいろいろ教わるように。」と牛込署留置場の主任言っていた。おそらく私が入る前から、Iさんに私の面倒をみるように話をしていたようだ。彼は留置所、拘置所、刑務所でのしきたりや過ごし方、身の振る舞い方をおもしろおかしく話をしてくれた。10回目の拘留のベテラン曰く「佐藤さん。警察の言うことの90%はウソで、弁護士さんの言うことは90%がホントだよ。」「警察は、先ず弁護士さんの悪口をいって引き離しにくるから、信じちゃダメだよ。」それが正しかったどうか。私はよく知っている。

 もう1人の「先輩」は、ミャンマーの少数民族の人で、ザオタン(仮名)30歳。アウンサン・スーチーさんの自宅前の集会にも出席したことがあって牧師志望だが家族7人を養うため日本のラーメン屋さんで働いていた。牧師の勉強をするため「ビザ切れ」のまま不法滞在。早稲田の平和教会に行くところを逮捕された。「恐喝にいくところを逮捕されたことなら俺もあるぜ。」とI.さん。

 毎朝、房の中は「房長」Iさんを中心に部屋の掃除。新入りは当然「便所掃除」担当で、ザオタンが、掃除機の本体とコードを操り、Iさんが実際に掃除機をかけるという日々。布団は基本的に自分のものは自分で出し入れして敷いたりたたんだりする。私は毎日消灯後に検察の取り調べから帰ってくるので、彼らが布団を敷いてくれていた。

「誰が何の罪で逮捕されたか。起訴されるか。執行猶予がつくか否か。」ということが、被拘留者の一番の関心事。私は特に毎日消灯後に検察から帰ってくることと、パジャマを着ているのは私だったことから(主任曰く以前はやくざの大親分が着ていただけで私は二人目だったらしい。ただし、私の他にも着る人が増えて小さなブームになった。)かなり目立っていた。私が「医者」であることはほぼ全員が知っている様子だった。房の外を歩いていると「先生何やったの。」とか「あんた女子医大の医者だろ」とか声をかけられた。

7.             被拘留者達との関わり

 当たり前のことだが、被拘留者は逮捕された人達の集まりで、その多くは犯罪者である可能性が極めて高い。暴力団関係者、右翼関係者、麻薬・覚醒剤常習者が多い様子で、被疑事実としては、傷害、恐喝、詐欺、薬物、不法滞在、窃盗、不法侵入、道路交通法違反関係などで逮捕された人が多い。日本国籍の人は6-7割といったところで、米国、中国、韓国、北朝鮮、イラン、ミャンマー、フィリピン等多国籍軍である。全体を見回すと外見は決していい人の集まりではない。入れ墨、タトゥー、4本指、玉入りのどれか一つ以上に該当する人は半数くらい。アルコール依存症の禁断症状や覚醒剤のフラッシュバックで、三日三晩大暴れするような輩もいる。

 一般的な勤め人が彼らの中に飛び込んだら普通は萎縮するのではないだろうか。私は、留置所の扉を目の前にして少し心配はしたが、入った後は、余り気にならなかった。他の被拘留者とは対等に話しができた。(心配だったのはむしろ、地震だ。牢屋に閉じこめられている時に大地震がおきて、鉄格子が歪んで出られなくなったら・・・ということを考え警察官にその危機管理体制について質問した。)

 逮捕当時、私はこども病院勤務だったが、地方の国立大学で学び、女子医大、地方の国立病院、県立病院、市立病院、済生会、下町の私立病院で勤務し、10以上の病院でアルバイトをしてきたので、多様な地位、職業、国籍、境遇を持った人達と会話し診療をしてきた。

 小児心臓外科であっても、それまで成人患者や家族との診療や会話も充分経験していた。元総理大臣のHさんに病状説明したり、現役大蔵(当時)大臣夫人の止血をしたり、ある大学の学長の中心静脈を入れたりしたかと思えば、公園で倒れていたホームレスの心不全を治療したり、留置所で首つり自殺した人の死亡診断をしたり、拘置所被拘留者を手錠付きで心臓超音波検査したり、不法就労のパキスタン人の緊急カテーテル治療をしたり、残留中国日本人孤児の心肺蘇生をしたりした。政治家、経済界、弁護士、官僚、元軍人、警察官、学者、教師、女優、歌手、アナウンサー、政治評論家、プロ野球選手、関取、柔道オリンピクック選手、・・・。入れ墨、4本指、3本指、玉入れをした人達も沢山いた。

 今回は、特殊なメンバーの集まりと寝食を共にすることになったが、「昨日今日知り合った人達と檻の中で体育会合宿をしている。」と考えることとした。

8.             起訴後は房長、留置所の古株

 同房者は次々と不起訴や東京拘置所への移管等で出て行ったり、新入や房替えがあったりでどんどん変わっていったが、皆、検察庁からの帰りが遅い私の布団を敷いておいてくれて、長い取り調べの疲れを気づかってくれた。

 Iさんは、被害者の告訴取り下げで釈放、ザオタンは、強制帰国。同房者は、右翼団体所属の覚醒剤売人のフクちゃん、NHK大河ドラマにレギュラー出演したこともある俳優兼ソムリエのS君(私とフクちゃんにジャズダンスのレッスンをしてくれた。)、新宿Lビル前の路上古本露天商のNオヤジさん、風俗店店長のT君らが入って来たが、私より先に出て行った。出て行くときに、Iさん、ザオタン、S君、T君は自分の連絡先を私に残していった。

 そして私は、起訴された。 起訴されると、取り調べはなくなるので、精神的圧迫が低下する。しかし、面会、官本の交換、運動の時間、5日に一回の入浴以外は、牢屋の中だ。接見禁止もとれて、それまで毎日面会に来てくれた弁護士さんの他、妻が毎日面会に来てくれて、父親、弟、親戚の叔母達、高校の同級生、大学の同級生、医局の同僚や先輩がどんどん面会に来てくれた。(拘置所では、拘留者は1日一回5分程度の面会。)テレビドラマでよくでてくる透明のアクリル板越しの会話が一回につき20分(弁護士さんは無限)会話ができる。ほぼ全員が本を差し入れてくれた。自分のロッカーに入れられるだけ入れて、房の中には3冊まで入れられる。これを機会に、「医学大辞典」の校正とともに、心臓外科学や先天性心疾患の原書を端から端まで読んだり、苦手な「多変量解析」の原書を読んだりしようとしたが、訳がついていない外国語の本は差し入れしては行けないルールがあり実現しなかった。

 しばらくすると、私より少しだけ拘留生活が長い二人の外国人が、体の変調に悩みを抱えていて、私の同房者になった。

9.             牛込留置所房内健康相談

 ナセル(仮名)は42歳のイラン人で覚醒剤の密輸。朝と眠前にアッラーの神への祈りを怠らない。日本語が全くできないので、本が読めない。お祈りの他は、食事して軍隊にいたときにやっていたストレッチと私が「ナセル式腹筋」と名付けた珍しい運動をやる以外は何もしていない。いつも静かだった。彼が夕食後泣いていることがよくあった。私は逮捕の1ヶ月前にあったトロントでの学会発表の英語口演準備と留学の準備のため、ネイティブの米国人に英会話の個人レッスンを受けていたので、現在よりは当時は英会話が多少できたが、ナセルの英語は本当に片言だけ。何とか事情を聞き出した。

 「逮捕されて留置所にいるが今後どのような流れで裁判が進んで、何処に連れて行かれるか分からない。イランには新妻と赤ちゃんがいて会いたい。接見禁止で通訳と弁護士にしか会えない。食事が慣れない米飯と揚げ物で食欲がわかない(「クサイ飯」は確かに栄養について全く考慮されていない上、まずかった。拘置所の食事は栄養充分で暖かくて結構おいしいが、留置場は人権侵害とおも思えるほどPOORな食事である。)、その上、便が固くなって何日も便がでない。」便秘は、定期健診が控えているので、そこでなんとかすることとした。

 接見禁止は罪状からして起訴後も解除されそうにない。

 ホームシックに対しては、気をまぎらわせようとなるべく会話しようとしたが、複雑な話なると理解できない。そこで私は自分の本の中から、日本語が分からなくとも楽しめる本を房に持ち込むことにした。写真集や商品カタログに近い雑誌、パズルや図に書いたクイズの本等は、眺めるだけで楽しめる。写真集はせっかくだから日本ならではのものを見せた。棚田の風景写真集、奈良京都の寺院の写真集。彼はイスラム圏の人なので、西洋絵画もあまり見ていないようだった。そこで、世界絵画全集のダイジェスト版などつぎつぎと房に持ち込んだ。だんだんうち解けてきて「さとうさん」と言うようになった。

 陸さん(仮名)は45歳。上海蟹で有名な澄湖近隣出身。在日12年。オーバー・ステイで逮捕。中国の建築関係の高等専門学校を卒業して、日本へは技術者として来たらしい。日本に来て2年間、日本語会話の勉強。一般の日本人遜色ない流暢な日本語で饒舌。建設現場で、日本名で● 陸●の名前で指導者になっていた。日本に入ってくる本当の陽澄湖産の上海蟹は極めて少ないので騙されないようにとのこと。彼の父は地方の役人で結構地位が高かったらしい。成田に中国の要人しか入ることのできない中華料理店があるらしいが、彼は父と一緒に入ったことがあるといっていた。中国人は何でも食べる。陸さんは、熊の手はもちろんだが、ワニや亀、鶴、鹿が好きだといっている。ブランド好き。「シャープの液晶30インチ 47万円。キャノンの400mmの望遠レンズ 67万円。パナソニックのオーディオ 何十万円。バーバリーのトレンチコート 20万円。・・・」最終的に手取りで40万円ほどの収入がある独身貴族で、欲しいブランド品をどんどん買って様子で、値段付きで購入したものの自慢話をよくしていた。毛沢東が受けた手術について本で読んで、私に質問してきた。「佐藤さんはレベル高いから。」が口癖で私のことが気に入ったようだ。

 陸さんの悩みは頭痛だ。彼は、日本語学校の通っている時にカラオケボックスでアルバイトしていたところ、酔ったお客にビール瓶で頭を殴られて脳内出血して開頭手術を受けたという。五分刈りにしたばかりで、確かに大きな傷が頭に目立つ。前回の健診を受診して、投薬を受けた。ロキソニン(鎮痛剤)を一日3錠処方されたが、それでも頭が痛いことがあるので、私の房に来る前から担当の警察官に薬を臨時でくれと訴えていた。「先生(前回処方してくれた医師)は1日3回食後と書いているので、それ以上はだめだ。」と警察官。「じゃ早めにほしい。」「食後と書いてあるので食後じゃないとダメだ。」陸さんは頭にきて牢屋の鉄格子というか鉄板をガシャガシャ音立てて揺すって警察官を罵っていた。私の房に来てからは、売春斡旋をしたという韓国の人からプレゼントしてもらったパジャマを着るようになった。

10.      定期健診と留置所内処方

 月に一回の割合で、医師の健診がある。問診と簡単な診察で終了する。慣れてはいるはずであるが、健診医先生も、拘留者の面々の前でやや緊張気味か。私は、「自分の健康状態は良好ですが、う歯があります。」といったら、診察なしで、終了。房別に受診するので、私、ナセル、陸さんの順で健診を受けた。

 ナセルは、医師の前で困った顔をするだけ。「この人は、日本語も英語も苦手なので、私からお願いします。慣れない米食がつづいて、強度の便秘のようです。緩下剤と下剤も2種類くらい処方していただけないでしょうか。とりあえずカマ、アローゼン、プルセニド当たりでお願いします。」先生は言われるがままに処方してくださいました。「すこし出しゃばり気味かな」と思ったが、警察官もいいとも悪いともいわないので、継続することにした。

 前述のように、陸さんの頭痛は警察官とのトラブルの元にもなっていたので、これを先生に説明。「ロキソニンは内服しているようですが、自制できないときもあるようなので、何か屯用で鎮痛剤を処方していただけないでしょうか。」先生は、ボルタレンを屯用で処方してくださいました。

11.      被拘留者達の協力と校正の再開

 ほとんど通常の意識がない人が夜中に入所した。めったに見られない手首まである彫り物をしょっていた。覚醒剤のフラッシュバックか、アルコール依存症の禁断症状かどちらかわからない状態で、3日間暴れて、叫びまくっていた通称「広島の先生」。留置所の雰囲気は最悪になった。彼の発作について、主任からいろいろ相談を受けたがその内に症状は落ち着いた。その後は、平和な状態が続いて、いがみ合う人もいない。

 留置所内の「図書館」にある面白そうな官本を全て把握したころには、私も古株になった。同房は、池袋のブティック店員で麻薬常習者、弁髪のM君やよっばらい運転のサラリーマンO君が増えた。5日に一回の入浴の時、運動の時間と称する喫煙タイム(私は喫煙しなかった)、官本を借りたり、返したりして房を出ている時にのみ、他の房の人達との交流がある。他の房の人達が、私に「どの本が面白いか。」を相談してくるようになった。

 場の雰囲気をつかんで、私は、「医学大辞典」の校正を再開した。「代用監獄専用特殊ボールペン」は、ほとんど私が一日中使用することになった。房にはプライバシーは無いので、警察官も同房の人も他の房の人も、私が何をやっているか承知だったが、何も言わなかった。「佐藤さん。ペン使いたいだけど。いいかな。」他の房の人から声がかかる。勿論、自分の物ではないので、当然ゆずる。

 校正が終わるころ、O君が出て行くことになった。自分の連絡先を伝え、どうしても私の住所が知りたいというので、教えた。そうそうに出て行ったが、ナセルにアラビア語の本、陸さんに中国語の本、私に寺院の写真集を私の自宅に送ってくれた。妻が差し入れしようとしたが、前2者は、日本語訳がないので、ルールに従って留置所には入れられなかった。現在も我が家にある。

12.      弁護士さんの協力

 Iさんは、「弁護士さんの言うことは90%がホントだよ。」といっていたが、私は、弁護士さんを100%信じていた。何故かは、別の機会に書こうと思う。弁護士さんを信じずに解任した人の話を聞いたが、私には絶対にあり得なかった。

 完成した「医学大辞典」の原稿は、弁護士さんに渡して投函してもらうこととした。留置所で書いたからといって、その内容に問題はあるはずがない。忘れられない執筆となった。

 そうこうしているうちに、私も東京拘置所に移管となった。最後に全部の房の人達に挨拶した。何人かが連絡先を紙に書いて渡してくれたが、後に拘置所の通路ですれ違ったりすることもあった。

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コメント

こんばんは、たけるです。

何度かトラックバックを受けていたのですが、なんとコメントしていいのか分からず、お返事ができず済みませんでした。

先生の経験は、ボクには想像すらできませんでした。
陰ながら応援しています。がんばって下さい。

投稿: たける | 2006年9月 5日 (火) 23時13分

たける先生コメント有難うございました。欧米では小児科医は医師でももっとも尊敬されています。生真面目で、出しゃばらない真面目な小児科医の先生方を沢山しっています。ところがこの国のマスコミに登場するのは、おしゃべりが好きなだけで、医師としては実力もたいしたことなく、人間としてはむしろ一段低い医師が多いのはどういうことでしょうか。真面目な診療を続ける先生方にも是非私のようなものがいることをご理解いただけたらと思いトラックバックさせていただいています。これからも宜しくお願いいたします。

投稿: 紫色の顔の友達を助けたい | 2006年9月 6日 (水) 00時27分

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