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2006年9月 5日 (火)

ホリエモンと同じ気持ちの「初公判」

1.晴れの場―晴れの舞台

「堀江前社長は、初公判について、国民の前で意見を言える「晴れの場」と受け止めていたという。」(Asahi.comより)

 分かるな-この気持ち。全く同じ気持ちだった。ぴったりだ。「国民、裁判官、傍聴者の前で初めて意見を言える『晴れの舞台』だ。」と思っていた。「初めて味方になるべき人(裁判官)に会えた。」とも思った。

「われわれが不幸または自分の誤りによって陥る心の悩みを、知性は全く癒すことはできない。理性もほとんどできない。時間がなにより癒 してくれる。これにひきかえ、固い決意の活動は一切を癒すことができる。」(「ヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代」第二巻第十一章から)「批判に対しては、身を守ること も抵抗することもできない。それをものともせずに行動しなければならない。そうすれば批判もやむなくだんだんにそれを認めるようになる。」他のスレッドにも引用したゲーテの言葉は、この気持ちのバックボーンとなる。

 私は商法を全く知らないし、ライブドア事件の事実関係も知らない。(基本的に報道が真実だと思っていないから。)だから、ホリエモンが無罪だとも有罪だとも言えない。しかし、この初公判でのコメントには共感できる。

1-1無罪主張の第一歩

 私の調書には、過失に関する記載が一切ない。逮捕前にも6ヶ月間十数回、逮捕後も20日間以上連続で朝から晩まで、警察官と検察官からの尋問には答えてきたが、自分の過失に関する評価については、話はしなかったし、調書も作らせなかったし、当然署名もしなかった。恐らくホリエモンもその点は同じだったであろう。

1-2舞台は「B会場」

 私の初公判は、保釈前で東京拘置所から他の被告人数十人と共に、銀色に光る手錠(警察庁は黒)を付けたまま、腰縄姿で裁判所に護送されてきた。法廷に入った。家族も傍聴しているところで、そのような姿で法廷入りさせる裁判所の配慮のなさについても頭にきたが、(後の弁護士さんが抗議してそのようなことがないよう約束されたが、次の公判前に保釈された。)この場はむしろ「待ってました。」という場だ。

 私の初公判があった隣の法廷では、リクルートの江副さんの判決が言い渡されたそうだ。弁護士さんからは、それと同等の大きさの法廷で、「広い法廷で天井も高いので驚かないように。」と言われていた。しかし、むしろ狭いくらいだと思った。「逮捕直前にトロントで口演したB会場程度の広さなので、慣れた大きさの器だし、ここにいる人達はみんな日本語が通じる。」と思えば気は楽だった。

2.Tシャツを脱ぎ捨てて

「精悍(せいかん)さを取り戻した主役は、意外にもネクタイ姿で法廷に登場した。かつての急成長IT企業のシンボルだったTシャツを脱ぎ捨てたのは、どんな決意からか。」

 これも私にはわかる。初公判に備えて、肉体や風貌も服装も小綺麗にしようと思った。

 後で知ったが、逮捕されたときは、寝起きでTシャツのまま官舎を出たところをNHKに撮影報道された。それ以来、留置場内でも、拘置所内でもずっとTシャツ、ランニング、ジャージやパジャマで生活してきた。髪の毛も伸び放題、ヒゲは週2-3回剃る程度。

2-1肉体鍛錬

 初公判は舞台だ。私は、初舞台に向けて、肉体を鍛えるために独房の中で、運動をはじめた。午前中のストレッチの時間、午後の体操の時間や入浴前の時間を利用して、腕立て、腹筋、背筋を行った。直ぐに各連続100回できるようになった。留置所で俳優S君に教わったジャズダンスのステップやイラン人に教わった「ナセル式腹筋」も取り入れた。(参照 http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/cat4382001/index.html )オリンパス製監視カメラが、天井から24時間私を捕らえていたが、知ったことじゃない。食事は、留置所に比べたら充実している。おかずはどれもてんこ盛り。最初は本当に「ウジ」が乗っていると思った麦飯は残しても、蛋白質と野菜類は全部食べた。逮捕時より9kg体重が落ちたが、筋肉の形が認識できるようになった。医者になってから、時間どおりに3食とり、徹夜しない日々が3ヶ月も続くということは夢にも見なかった。

2-2散髪と髭剃り

 留置所での散髪は、警察官がバリカンで「丸刈り」にする程度であったが、留置所ではちゃんと理髪師がいて、「調髪」してくれる。勿論、拘置所の職員がバッチリついたまま「調髪用のいす」にすわるが、凶器となる「はさみ」は使用しない。髪の毛を一部上に持ち上げ、毛先をバリカンで一気に切る方法で、調髪は10分で終了した。初公判の前の週に調髪してもらった。

 入浴は、留置所では、5日に一回、8人いっぺんなので、入れ墨品評会をしながら芋洗いの様相である。拘置所で、独房に入っていた私は、鈴木宗男議員やオウムの新実被告と同じ1人用の風呂に週3回入っていた。1人15分。運良くその日最後の入浴者になると30分近く入れる。公判前日は、必ず入浴することになっている。初公判前日。入所当時は怒鳴りまくっていた110kgはあると思われる刑務官「琴光喜」は、不整脈の相談にのってあげた後から時間をサービスしてくれて、この日は40分近く入れた。

 電動カミソリで鏡を見ながら入念にヒゲを剃った。拘置所の備品はどれも古いが、鏡は50年、爪切りにいたっては80年もののビンテージで、「田中角栄もあの顔をここに映したのだろうか。」などとつい考える。

2-3スーツ

 ホリエモンは保釈後なので、ネクタイをして法廷に入ったらしい。拘置所には、凶器や自殺の道具になりやすいネクタイは入らない。ダークグレーのスーツと真っ白のワイシャツを差し入れるよう妻に頼んだ。ハンガーはつるす部分がゴムひもになっているものなら購入できたので、先に買っておいた。3日前には、スーツが独房に入った。

2-4サンダル

 私の独房生活の支えのひとつになっていた、スティーブン・キング原作の「ショーシャンクの空に」の主人公。「無実の妻殺し」で服役していた銀行家アンディが脱獄する日は「人は、足元には意外に気がつかない。」という盲点をつくシーンがある。しかし、スーツにネクタイなし。その上にサンダルではやはり格好悪い。おまけに付けているアクセサリーは銀色の手錠と腰縄。   独房で読んでいたノーベル経済学賞受賞のアマルティア・セン著「自由と開発経済」の中で、アダム・スミスの「国富論」で、どんな貧困の労働者でも人前に革靴ででられるような生活云々と紹介されていたが、このお国では、被告人として勾留されると靴を履くこともゆるされない。品のない茶色のサンダル。これが歩行する唯一の履き物である。

2-5相被告人S講師

 初公判当日。娑婆では見たこともないメーカーのヘアークリームを購入することとなり、髪を整えた。拘置所で許される限り、精悍な自分を作ったつもりである。護送車内で、スーツを着ている人は私以外にいなかった。どくろマーク入りのTシャツやミッキーマウスが描いてあるスエットの人の方がむしろ違和感がない車内。裁判所内の独房で出番を待つ。昼食が出たが当然全皿完食した。裁判所の職員か法務省関係の職員か知らないが、「出番」を伝えにやってきた。「あー。女子医大の事件か。もう示談が済んでいると聞いていたけど、告訴を取り下げなかったのかね。まだ、お金でも欲しんかね。」とおしゃべりな職員がリラックスさせてくれる。法廷隣の待合い室でも1人隔離されていた。

 法廷の被告人席の隣を見て驚いた。初老を思わせる真っ白な髪のS講師が自信なさげに肩をすぼめていた。よれよれのシャツとチノパンがみすぼらしさ強調している。手術室では、「背負い投げ3連発」「きょうじん」「ほえている」等と呼ばれていた力強さは微塵も感じられない。私は彼を憎んでいるが、気の毒なくらいの外見でくたびれている。罪状認否でも謝罪した。(後に無罪主張に転じるが、ブログ「あかの他人の犯罪の証拠隠滅などありえない」http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/cat3889615/index.html 7月21日参照)

2-6やっと会えた裁判官

 ホリエモンもやっと「晴れの場」に立てたことを実感していた以外にも、「やっと自分の味方になるべき人が前にいる。」と思ったのではないだろうか。裁判長は、真面目に私の罪状認否を聞いてくれた。法衣は黒い。何色にも染めることはできない。だったら勝てると思った。

 無罪を確信しているなら「晴れの場」は、待ちこがれていた場のはずである。

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コメント

今日、先生のブログをはじめて知り、読ませていただきました。先生には、印象うすいかもしれませんが、この事件に深く関わった小児科のIです。先生のご苦労が他人事でなく、少しも助けになれなかった自分に情けない気持ちになりました。わたしも、何度も警察や検察で取調べをうけ、本当に必死でした。三人目の逮捕者がでるとしたら自分の可能性が十分あったと思っています。その後、不眠症とうつ病で臨床を続ける自身を失い、今は女子医大も臨床も離れていますが、先生のブログを呼んで、わたしも失ったものを取り戻したいという気分になりました。
また、時々うかがいますので、よろしくお願いします。

投稿: 循小児のI | 2006年9月 6日 (水) 06時37分

I先生お久しぶりです。一緒に働いていたころを懐かしく思います。先生にとっても辛い日々だったと思います。遺族に告訴されていたのですから、平常心を保てるはずがありません。しかし、事件においてI先生に落ち度は全くないと思います。
告訴されていた、S講師や術者のO医師やT技士の警察、検察調書を読むと、「自分が逃れたい」ばっかりに、事実とはほど遠い物理的に絶対ありえない供述が続きます。「あかの他人の犯罪の証拠隠滅などありえない」7月21日http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/cat3889615/index.htmlを参照していただければ、ある程度想像がつくと思います。
 私は結局このような立場になっていますが、心研で文字通り寝食せずに小児循環器医療に没頭していた事実を否定することなく今後も生きていこうと思います。

投稿: 紫色の顔の友達を助けたい | 2006年9月 6日 (水) 08時58分

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