« 自由と正義と約束の重み | トップページ | 否定された「内部報告書」の募集 »

2006年11月17日 (金)

刑事も民事も「操作ミスはない」と認定。だが

毎日新聞 2006年11月17日 東京夕刊

東京女子医大・手術事故:元助手の名誉棄損認めず 講談社が勝訴

 東京女子医大病院で01年、群馬県高崎市の小学6年生、平柳明香さん(当時12歳)が心臓手術の際に死亡した事故で、業務上過失致死罪に問われ1審無罪となった元病院助手の佐藤一樹被告(43)が、写真週刊誌「フライデー」の記事で名誉を棄損されたとして発行元の講談社に1100万円の賠償を求めた訴訟で、東京地裁は17日、請求を棄却した。阿部潤裁判長は判決で「記事は病院の調査報告書に基づいており、佐藤被告による人工心肺装置の操作ミスが死亡原因と信じる相当の理由があった」と述べた。

 問題となったのは、同誌02年7月19日号の記事。東京地裁の無罪判決(05年11月、検察側が控訴)は死亡原因について、佐藤被告の操作ミスではなく同装置の欠陥と認定しており、この日の判決も「操作ミスがあったと認めるに足りる証拠はない」と指摘した。【高倉友彰】

 刑事でも民事のこの判決でも「女子医大の報告書は誤っているので、佐藤の人工心肺の操作ミスはない。」すなわち、法律用語でいえば、「真実性はない」と認定しながら、「名誉毀損は成立しない。」という判決です。一般人には理解できないと思います。法律の世界でいう、誤信相当性(=報告書が誤りであることを信じてしまったのはしょうがない)の抗弁を認めたということです。「科学も物理も医学も臨床医学の根拠などどうでもよく、大学病院の幹部が作成した書類ならどんないい加減な内容でも信じてもしょうがない。」ということが言いたいのでしょうか。

納得がいきません。

 ブログに「勝訴の自信がある。」と書きましたが、それには根拠があったので、早速、控訴のための委任状に捺印してきました。裁判官にはいろいろな人がいることがわかりました。冤罪が生まれる理由がわかりました。

|

« 自由と正義と約束の重み | トップページ | 否定された「内部報告書」の募集 »

「失ったものを取り返す」カテゴリの記事

コメント

今回の判決は残念でした。裁判では正しい事が常に勝つとは限らないようですね、、、、。

でも、がんばってください。応援しています。

投稿: pyonkichi | 2006年11月17日 (金) 20時03分

pyonkichi先生コメント有難うございました。
 確かに裁判では、正しいことが常に勝つとは限らないようです。
 今回の判決にも「操作における過誤があったもの認めるに足りる証拠はない。」「本件記事の重要部分についての真実性の証明はない」とのことです。
 また、頑張ります。

投稿: 紫色の顔の友達を助けたい | 2006年11月17日 (金) 20時20分

司法は日本の暴走マスコミのリミッターにはならないのですね。
現代の風潮では、講談社ひいてはマスコミを守った方が(金儲けできるので)GDPにプラスなので国益になるというおかしな考えもできるのでしょう。
個人負担は増え、法人税は減るそうです。
この国はどうなってしまうのでしょう。

投稿: 産科医ですが | 2006年11月17日 (金) 21時21分

産科医ですが先生コメント有難うございました。
裁判官というのは、それぞれが独立しているので、いろいろな人がいればいろいろな判決があると思います。
 私が知っている判例で、報道機関が取材もしないで書いた記事の「真実性」がないのに「誤信相当性」があるなどとしている判例は今のところありません。
 そのようなことを認めると他社の報道した内容を真似するだけで、取材しなくても興味本位の記事を書き放題ということになってしまうでしょう。
 高裁の裁判官が我々の常識と同じであることを祈ることとします。

投稿: 紫色の顔の友達を助けたい | 2006年11月17日 (金) 21時46分

判決は裁判官にも色々な考えの人がいて、十人十色(せめて十人二、三色程度であってほしいが)であることが常、ということが近頃理解できました。彼らは特に前例(自身も他人も)を重要視する集団であることも理解しています。だからこそ正しい判例が蓄積されていくことが重要でしょう。
トンデモ鑑定、トンデモ記事を看破する資料を熟読する裁判官がいることをお祈りします。寒くなってきました、ご自愛ください。

投稿: 四半世紀勤務医 | 2006年11月18日 (土) 08時06分

先生が、長くつらい思いをされているのが本当に残念です。希望を持って下さい。必ず、報われます。

投稿: 座位 | 2006年11月19日 (日) 03時04分

四半世紀勤務医先生コメント有難うございました。「彼らは特に前例(自身も他人も)を重要視する集団であることも理解しています。」確かにそうです。
 今までの判例で、「記事が原告の名誉を毀損することを認めて」「記事に真実性はない」と認めたのに対して、原告の取材もしないで書いた記事の相当性を認めた判例は私はしりません。
 その当たりも考慮していただき、高裁で闘います。

投稿: 紫色の顔の友達を助けたい | 2006年11月19日 (日) 11時40分

座位先生コメント有難うございました。
いままで私が女子医大や警察、検察から受けてきた事柄を思い出せば、民事の一審で敗訴したくらいはたいしたことはないです。
 ただし、女子医大、警察、検察のがやっていること、明らかに誤ったことを調査して国民に伝えるのが報道機関の役割です。その報道内容には、許せない記事がありましたので、その責任はメディアにとってもらいたいと思います。

投稿: 紫色の顔の友達を助けたい | 2006年11月19日 (日) 11時47分

こんばんは

拙ブログにコメントをいただきありがとうございました。影ながら応援しております。
こちらからトラックバックさせていただきました。

投稿: いなか小児科医 | 2006年11月19日 (日) 17時50分

今ブログみましたよ。
私も例の音羽の出版社には幼馴染の父親をボロクソに愚弄された記事をかかれた経験があります。
あることないこと書かれましたからね。明日から全力でご協力致します。
では続きはメールで。

投稿: メールしておきました | 2006年11月19日 (日) 18時38分

メールしておきました先生
コメント有難うございました。
御協力いただければ幸いです。

投稿: 紫色の顔の友達を助けたい | 2006年11月20日 (月) 16時25分

いなかの小児科医先生
コメント有難うございました。
また、お願いいたします。

投稿: 紫色の顔の友達を助けたい | 2006年11月20日 (月) 16時26分

 はじめまして。地方都市で弁護士をしているものです。
 先生のご不満は良く分かります。でも,この判決で用いられている公正な論評の法理という考え方は,表現の自由を守るために不可欠のものです。
 数年前に,最大手のサラ金とそのオーナーが,異常違法な取立てと過酷な勤務条件を批判した弁護士,ライター,出版社などを相手に巨額の名誉毀損と信用毀損の損害賠償請求を次々に起こしたことご存じでしょうか。名誉毀損訴訟は,自分たちに都合の悪い記事を書かないようにさせる武器にも使えるものなのです。
 ライターたちは,社会的な病理を告発するために数百万の年収で細々と生活する人たちです。この人たちが100%記事を真実と立証できなければ巨額の賠償金を支払わなければならないというのでは,巨大な力を告発することはできません。
 判決を読んだわけではないので,判決そのものが妥当だと言うつもりはありません。しかし,大学が自らの非を認めた調査報告書に基づいて記事を書いたのであれば,その限度では違法性はないという判断はおかしくないと思います。先生の名誉は,別の方法で回復されるべきものではないでしょうか。控訴審では,名誉を回復する記事の掲載とかで和解の道を探るのも一つの方策だと思います。
 

投稿: 地方の弁護士 | 2006年11月21日 (火) 17時13分

 地方の弁護士先生コメント有難うございました。
 最高裁判決平成9年9月9日の判決をはじめとした「公正な論評の法理」についての勉強は、よくしたつもりです。なにしろ、この最高裁判決で勝訴した弁護士さんが私の担当弁護士さんですので、私もよく研究しています。当然他の名誉毀損裁判、私自身の本人訴訟でも、相手の弁護士さんは準備書面で「公正な論評の法理」を主張してきますが、この判例を中心に反論主張しています。
 先生は判決をお読みでないので詳細はご存じないと思いますが、今回の判決自体に「公正な論評の法理」の言及はありません。所謂「誤審相当性」についてはあります。裁判官や先生の言いたいことはよく理解はできますが、判決は誤っていると思います。実際の記事では、それとは関係無く名誉を毀損する部分があるのです。勿論、女子医大の内部報告書に相当性がないことは、その内容が高校生レベルでも誤りとわかるような程度のものです。誤信相当性もないと思います。
 先生もご存じなように、メディアが立証すべきことは、「報告書内容そのものの真実性と相当性」になります。誤審相当性がないほど内部報告書は酷い内容です(と私は思います)。
 「名誉は,別の方法で回復されるべきものではないでしょうか。控訴審では,名誉を回復する記事の掲載とかで和解の道を探るのも一つの方策だと思います」とアドバイスをいただきましたが、私の知る限りにおいて、不法行為を認めない判決で、名誉を回復する記事の掲載を認めたものはないと思います。和解ではそのような例があるのでしょうか。ご存じでしたら御教示ください。私が知っている限りでは、逆に名誉毀損裁判判決では、「損害賠償の請求を認めるが訂正記事や謝罪記事の掲載の請求を認めない」ものが多いと思います。提訴したときもそのような傾向を考慮して訂正謝罪記事の掲載の請求は行いませんでした。

投稿: 紫色の顔の友達を助けたい | 2006年11月21日 (火) 20時20分

 一審判決で先生に不利な事情は敗訴したこと,有利な事情は,一審判決でも調査報告書が誤っていたことを認定していることです。
 刑事と民事で二度調査報告書の誤りが認定されているのですから,それを根拠に相手の代理人を説得してみたらどうでしょう?責任を追及するというより,共にいい加減な調査報告書の被害者だというスタンスでいけば,良識ある代理人ならまじめに考えてくれると思いますよ。

投稿: 地方の弁護士 | 2006年11月22日 (水) 12時21分

 地方の弁護士先生コメント有難うございました。
 名誉毀損の裁判の判例を沢山読んでいると、出版社名を見るだけでその担当弁護士さんが誰かわかります。講談社の弁護士さんが誰でどんな原告とどのような訴訟をしてきたかも結構分かってきました。そのアプローチで和解について考えると、全く可能性はないと思います。
 メディアが調査報告書によってこうむった被害は存在しないと思いますし、報道被害の責任は報道機関にあると思います。勿論、調査報告書の作成主体がに最も重い責任があるはずです。

投稿: 紫色の顔の友達を助けたい | 2006年11月22日 (水) 20時33分

>ライターたちは,社会的な病理を告発するために数百万の年収で細々と生活する人たちです。この人たちが100%記事を真実と立証できなければ巨額の賠償金を支払わなければならないというのでは,巨大な力を告発することはできません。

年収が少ないと、免責されるのですか?

最近話題になっている医療事件では、たかだか2〜3万の当直料で眠る間もなく働いている医師が、十分な検査ができる体制でない中を一生懸命診療したにもかかわらず、結果が悪かったからという理由で後だしじゃんけんの「CTを撮ってれば助かった」だの、「もっと輸血を準備してれば助かった」だの言われて、逮捕され、あるいは数千万の賠償を請求されて訴えられています。

それとも、個々の報酬は少なくても、医師の年収がサラリーマンの平均を越えているから、賠償金を請求されても当然なのでしょうか?

私も昔、医療訴訟に巻き込まれました。全くの疾患による後遺症なのに、医療ミスだと訴えられました。そのときの新聞の見だしはこうでした。

「○○病院で医療ミス!○千万円の損害賠償」

判決文ではありません。まだ裁判も始まる前のことです。寝耳に水でした。医療ミスでもありません。原告が勝手に医療ミスと言ってるだけなのに、一方の言い分だけをセンセーショナルに書かれました。この見だしを見た一般の人は、ああ、あそこの医師は医療ミスを犯したんだと思うでしょう。

5年を費やした1審はこちらの全面勝訴。控訴しないでくれとの私の願いもむなしく控訴されて、さらに3年を費やした2審でもこちらの全面勝訴。こちらが勝訴したことの記事は、1審、2審とも、新聞ではひとことも触れられていませんでした。

最初に訴訟が提議されたときの記事の中では、「医療ミスとして訴え」という表現を取っているため、私が新聞社を訴えたところで、「記事の中では病院(医師)が医療ミスしたとは一言も言ってない」と言われるだけでしょう。

マスコミの卑怯な表現には、本当に腹が立ちます。この裁判で私が得たものは、証人として出廷した際の日当と交通費合わせて1万数千円でした。訴訟のために費やした莫大な時間と労力の見返りは、十二指腸潰瘍と白髪でした。民事と刑事の違いはありますが、同じ裁判を経験したものとして、裁判がどんなにつらく、理不尽なものか、身にしみてわかります。

因に、訴訟を起こされた当時の私の身分は大学の助手で、給料は16万円です。バイトで何とか生活していましたが、年収はやっと3百万円くらいでした。年収が数百万だからといってお情けなどはなく、容赦なく訴えられましたが??

長くなりましたが、管理人さん、応援しています。単に同業者だからという理由ではなく、理不尽さを戦ってきた同胞として。

投稿: 横レスすみません | 2006年11月22日 (水) 22時50分

横レスすみません 先生コメント有難うございました。
正に医療事故報道被害者の当事者の声は、高見の見物客とは違うと言う感じですね。年収が少ないライターがいい加減な記事をかけるのは、講談社なら講談社の看板の元にかけるからだと思います。提訴されるのはライターでははく講談社です。ライターは売れる記事を書けばよいだけです。また私が一番いい加減だとおもっているM新聞の記者などはかなりの高給取りです。とにかく、事実を適示して人の名誉を毀損した者は、高額所得者だろうが貧乏人だろうが、その責任をとっていただきたいと思います。
「理不尽さを戦ってきた同胞」の力強いお言葉に深謝いたします。また御連絡ください。

投稿: 紫色の顔の友達を助けたい | 2006年11月22日 (水) 23時22分

横レスすみません さん
 多分、ライターの立場とお医者さんとおかれている立場は同じだと思います。後付で文句言われてたまるかという当事者の気持ちはね。ライターも現時点の資料で記事を書くしかないんですから。
 でその結果の後始末の方法ですよ。私は、結果として最善でれば(語弊のある言い方だと思いますが、許してください)、医療なら保険制度による無過失補償、報道なら記事の訂正による名誉回復が妥当だというのが私の価値判断です。のかわり、保険負担に耐えうる医師の報酬は国民全体つまり国が保障すべきだというふうに思います。人の命を預かる人には、責任とそれにふさわしい名誉と報酬を与えよということです。

投稿: 地方の弁護士 | 2006年11月23日 (木) 22時42分

地方の弁護士さん

コメントをありがとうございます。

「結果として最善であれば」というのは、「診察時点で最善であれば」と読ませていただきました。というのは、割り箸事件にしろ、奈良の大淀病院の件でも、診察時点(の体制)では最善ではなかったかと思うのです。ところが、あとでみると割り箸が脳に突き刺さっていたからCTを撮るべきだったとか、脳出血だったんだからCTを撮れば助かっていたはずだという、結果論から遡って医者に責任を押し付ける論調がマスコミの手法です。

無過失補償の件はおっしゃる通りで、実際に動きだしているようですが、

http://blog.m3.com/yabuishitubuyaki/20061120/1

なぜ医者が保険費用を負担しなければならないのか、どう考えても私には理解できません。

「人の命を預かる人には、責任とそれにふさわしい名誉と報酬を与えよということです」というのは、本当にそうあって欲しいものだと思います。現実には、ボランティアのような行為にも、結果責任を問われています。私事ですが、私は数年前に夜間救急医療の当直を辞退させてもらいました。夜間救急病院というのは、専門医が夜間だけ診察していると思われている方もおられるようですが、昼間の勤務をしたあと、そのまま当直にはいり、夜間の救急患者に対応しているわけです。

自分の専門の科だけを診るのでしたら何とでもなりますが、専門外の急患を診るというのは、ものすごいプレッシャーです。特に小児は急変することがあるので、こわいです。専門外の急患を診るのは、私にとってはボランティアのようなものです。しかし、割り箸事件のように、一生懸命やっても結果が悪かったら逮捕されるというのでは、誰も救急なんかやりたくないのではないでしょうか。

つい先日、こんな事件の判決がありました。

http://blog.m3.com/yabuishitubuyaki/20061112/1

判決文によると、「担当医の具体的な専門科目によって注意義務の内容,程度が異なると解するのは相当ではなく,本件においては2次救急医療機関の医師として,救急医療に求められる医療水準の注意義務を負うと解すべきである。」

だそうです。つまり、自分の専門科目なんて関係ない。救急医療をやるなら、それ相応の知識と技術を身に付けた者がやれということです。この判決は2次救急の場合ですが、1次救急だって結果が悪かったら同じようなことを言われるでしょう。「自信がないのなら、専門外の患者を診るな」と。

36時間連続勤務のような過酷な勤務を頑張っている当直医にとって、「もう馬鹿らしくって当直も救急もやってられないよ」という雰囲気は日本中の医療現場に浸透してきているように感じるこの頃です。

地方の弁護士さんを決して非難しているわけではございませんので、お気に障る文章があったら申し訳ありません。ただ、日本の医療訴訟は、いつからこんなに理不尽になったのだろうと首を傾げずにはいられません。私が関係した医療訴訟も随分前のことなので勝訴することができましたが、昨今の結果責任と患者サイドに片寄ったように見える判決を見るにつけ、もし今訴えられていたら私の裁判も負けていたかもしれないと思うと、ぞっとします。

管理人さん、話が変な方向へいってしまい、すみません。コメントをありがとうございました。

投稿: 横レスすみません | 2006年11月24日 (金) 01時01分

これから出張なので,詳しいレスは後ほど。
 1点だけ。なぜ,医療機関の拠出でなければならないのか。それは,補償だからです。患者側が負担するのでは生命保険と代わりがありません。医師に過失があればまるまる損害賠償請求ができるでしょう。旅行の時の保険を考えてください。飛行機事故で死んだ場合,保険金と賠償金を受けられるでしょう。
 医療機関が負担して初めて,ここのお医者さんの賠償金の負担を無くしたり,軽減することができるのです。保険金の支払いにより,損害が填補されたとすることができるのです。

投稿: 地方の弁護士 | 2006年11月24日 (金) 10時38分

>横レスすみません さん
>>ライターたちは,社会的な病理を告発するために数百万の年収で細々と生活する人たちです。この人たちが100%記事を真実と立証できなければ巨額の賠償金を支払わなければならないというのでは,巨大な力を告発することはできません。

>年収が少ないと、免責されるのですか?

私は,そのような主張を申し上げておりませんが,いささか冷静さに欠けるご発言だと思います。私は,限られた情報と時間の中で判断しなければならない医療機関が損害賠償責任を負う場合も限定されるべきだという立場です。

>最初に訴訟が提議されたときの記事の中では、「医療ミスとして訴え」という表現を取っているため、私が新聞社を訴えたところで、「記事の中では病院(医師)が医療ミスしたとは一言も言ってない」と言われるだけでしょう。

 で,先生のお望みは,報道機関からせいぜい数百万の慰謝料を取ることでしょうか?私がこの裁判に着目しているのは報道当時は,記事に調査報告書という相応の根拠があったが,現在では当時の相応の根拠が誤りであったことがほぼ明白に判明した事案だと言うことです。マスメディアと「報道被害者」の側で名誉回復の手段について自主的な名誉回復のルール作りができれば良いなあという観点で見守っています。

>マスコミの卑怯な表現には、本当に腹が立ちます。この裁判で私が得たものは、証人として出廷した際の日当と交通費合わせて1万数千円でした。訴訟のために費やした莫大な時間と労力の見返りは、十二指腸潰瘍と白髪でした。民事と刑事の違いはありますが、同じ裁判を経験したものとして、裁判がどんなにつらく、理不尽なものか、身にしみてわかります。

 ご苦労は理解できます。私たちにとっては日常の仕事ですが,皆さんにとって一生に一度あるか無いかの修羅場ですからね。依頼者の負担を少しでも軽くしようと弁護士も考えますが,どうしても一番真相を知っているのは依頼者ですから,依頼者に負担をかけてしまいます。心労も大変なものがあるでしょうね。
 しかし,医療事故がなくなることはなく,医療事故の「被害者」がその失ったものの補償を求めようとすることも,現代社会においては当然のことなのです。また,「報道の自由」がマスメディアにありそれが民主主義社会において不可欠なものであることも自明です。
 ですから,私は医療行為について,刑事処罰について一定の免責を与えることと引き替えに,医療事故について国庫負担を含めて医療機関負担の新しい保険制度を導入して無過失の補償制度を創設するしかないと考えています。
 また,マスメディアの問題についても,公正な論評の法理により損害賠償が認められない場合でも,結果として間違った記事が掲載された場合などは,マスメディアが自主的なルールを作って,「報道被害者」の名誉を回復する手段を講じることがベターなのではないかと考えています。

投稿: 地方の弁護士 | 2006年11月27日 (月) 10時11分

>勤務医さん
>確かにこれを記者に要求するとなれば、記者に検察(警察ではなく)と同じレベルの挙証を求めることになりますので、
これは無理と思います。
しかし、それなら何故、本人に取材しないのでしょうか。

 確かに,本来本人に取材するのベストでしょうね。しかし,必ず本人に取材しなければならないかというとちょっと違うかなあと言う気がします。情報の確からしさとの相関関係で決まるのではないでしょうか。たとえば,セクシュアル・ハラスメントで一審判決に基づいて加害者とされた男性を,判決を引用してその行動を批判したとします。控訴審でその事実認定が覆された場合,批判をした人は加害者とされた男性を取材しなかったとして名誉毀損を免れないのでしょうか?そうではないと思います。大学が自らの非を認めた「調査報告書」というのは,一般的に判決に近い確からしさがあるような記がします。
 念のために申し上げますが,今回の件で損賠賠償が認められるべきではないと断定しているわけではないです。

>>先生の名誉は,別の方法で回復されるべきものではないでしょうか。

>これに関しては、この理論を覆す判決が出ていたと記憶しています。
すなわち、
各メディア毎に視聴者層がちがうのであるから、原告の名誉は個々の事例ごとに回復されるべきである、という判決でした。

 なんとコメントしていいか分かりませんが,私は公正な論評の法理が成立する場合でも,報道の内容が時間の経過と共に明らかになった事実の内容と異なり,何人かの名誉や信用を傷つけるものであれば,報道する側が自主的な判断として名誉の回復をするような記事を書くというルールが形成されないか,裁判の和解がそのルールの形成に寄与できないかという視点です。

>無過失補償の導入に関して、大いに異論があります。
この制度は、まず産科に関しての導入が検討されています。
現在の、産科医を含む勤務医の置かれた実態を、ご存知でしょうか。

 皆さんの書かれたものは読んでいます。私自身今年夜中に救急車のお世話になったのですが,お世話になった外科の先生は翌日も勤務だと話しておられました。

>無過失補償制度が導入されれば、資金源がどこになるかはさておき、
分娩にまつわる事故が法的問題に持ち込まれる件数は、確実に増加するでしょう。
我々にとっては、大切にしていた患者さんと、法的問題に発展して対峙しなければならないという、
そのこと自体に誇りとモチベーションを失うのです。
いつも法廷に身をおいている方には、理解しにくい感情かも知れませんが。

 いいえ,良く分かります。ですから,裁判から解放するための保険制度ないし補償制度なんだと思います。それによって,訴訟に持ち込まれる件数が激減すると思います。裁判以外の簡易な手続で一定の保証が得られるのですから。無過失の補償手続が裁判で行われるというのは,誤解です。

投稿: 地方の弁護士 | 2006年11月27日 (月) 17時10分

地方の弁護士先生コメントをいろいろ有難うございます。
「私がこの裁判に着目しているのは報道当時は,記事に調査報告書という相応の根拠があったが,現在では当時の相応の根拠が誤りであったことがほぼ明白に判明した事案だと言うことです。」と書かれていますが、この報告書がメディアの目に触れてから、報道まで正味6ヶ月りました。そもそも報告書とは名ばかりで、家族に渡される以前にこの報告書の存在をしっていたのは、理事長、理事、委員3人、黒澤主任教授、笠貫教授と管理次長のみ。私すら知らなかった。心臓外科の平教授でさえメディアにこの報告書がばらまかれてから、知ったのです。メディアが報告書を手にしてから報道までは、正味6ヶ月。「限られた情報と時間」とおっしゃいますが、我々医局員は当然、まともな心臓外科にこの報告書の内容が本当なのかどうか聞けば絶対虚偽の報告であったことが容易に理解できたのです。相当性が認定されるのは、確実な資料と充分は取材によってです。6ヶ月間、一切私をはじめとして心臓外科医に対する取材もしないで報道したのです。私はこの当たりが判決を出した裁判官に対して不満がありますので、控訴しました。戦略上ここにはかけないいいたいことが山ほどありますが、それは法廷で行いますので、控訴審を注目していてください。

投稿: 紫色の顔の友達を助けたい | 2006年11月27日 (月) 17時46分

地方の弁護士さん
> 補償について
医療機関に過失があるならわかりますよ。でも過失がない場合になぜ医療機関が支払わなければならないのでしょうか?税金(国庫)から負担すべきではないですか?矛盾していないでしょうか?
いわば、踏切における自動車事故で鉄道会社が無条件でその修理代その他を負担するようなものです。どう考えたっておかしくはないですか?それにこの補償制度案の一つの目玉は医事紛争が少なくなる、医療崩壊が減速されると言うことらしいのですが、前者はともかく、後者については全く逆でどう考えたって医療崩壊が進む原因となるでしょう?
ちまに今回の補償制度案については多くのブログで批判が出ています。

マスコミは社会に大きな影響を及ぼします。でも、人間ですから間違いを犯します。従って、間違いを犯したことよりも、その後ちゃんと償ったかどうかを問うべきではありませんか?いくら大学の調査報告に基づいたとはいえ、誤りだし、一人の人生をメチャクチャにしたわけです。少なくとも訂正記事を載せ、社会復帰に協力するくらいの判決は必要だと私は思います。

投稿: やまちゃん | 2006年11月28日 (火) 16時08分

やまちゃんさん
 そんなに過失の有無を争いたいのならどうぞおやりなさい。とことん裁判をやればいいでしょう。
 過失の有無を問わないことによって,医療機関を法的紛争から解放するための制度が必要だと思わないのですか?それには,論理的にも国民的な合意の形成のためにも,医療機関の側の負担が不可欠です。 

投稿: 地方の弁護士 | 2006年11月28日 (火) 23時41分

保障されれば、裁判が本当に減るのでしょうか?
多くの方は、金が目的ではない。本当のことが知りたい。ということを訴訟の目的にあげています。無過失補償制度ができれば訴訟が減るというのは、どういう理由からそういう結論になるのでしょう??

投稿: koro | 2006年11月29日 (水) 12時00分

> 地方の弁護士さん
私は別に過失の有無を争いを好むと言っているわけではありません。ただ、何でもかんでも医師に責任を押しつけるという社会の態度を批判したいのです。この制度の言いたいのは、結局医師に責任を何でも押しつけよう、そう言うことではないですか?
大体、これで医療崩壊が防げますか?どう考えたって防げるどころか、崩壊が進みますよ。
では、あなたは医師がどんどん訴訟の多い分野からいなくなれば良いと思っているのですか?多分思っていないでしょうが、この制度は地方勤務医を減らし、訴訟の多い産科や心臓外科からいっそう医師を撤退させ、しいては救急医療を衰退させる効果が期待できるでしょう。

> 論理的にも国民的な合意の形成のためにも,医療機関の側の負担が不可欠です。 
論理的ではなく、非論理的ですよ、それはどう考えたって。なぜ医療機関の負担なのですか?これを明確に、論理的に示さない限りこの議論はループですね。
この制度を考えた人は一体何を考えているのでしょう?医師に押しつける理由は単に医療機関に金があると思っているからですか?医師がお金を儲けていると思っているからですか?もしそうお考えであれば相当認識がずれているでしょう。特に大学病院で黒字の病院なんてほとんどありません。経営が怠慢な訳では決してありません。そういう仕組みになっているのです。医師にしたって特に大学を初め、大きな病院の医師は貧乏とは言いませんが、労働に見合う報酬にはほど遠いです。というより、お金を払って仕事をしている医師だっています。

改めて無過失補償制度とは何かということを考えてみましょう。第一の目的として医療事故に巻き込まれた患者の救済が挙げられますね。これ自体は良いでしょう。
しかし、これは上っ面のソフト面だけの改善です(一応改善としておきましょう)。しかし、ハード(その社会的制度基盤、つまり、医師に責任を押しつけると言うこと)は全くできあがっていません。
これは保険ではなく、補償だという反論が帰ってくるかもしれませんが、一体この制度による受益者は誰でしょう?少なくとも医師ではありません。医師にとってメリットはありません。勿論koroさんが述べているように裁判が避けられるという補償は全くありません。金銭的にも損をするだけで特になることは全くと言って良いほど無いです。つまり、受益者は患者と考えます。保険とは受益者が支払うのが当たり前です(日本の皆無保険はこの点でもすでにちょっとおかしいのですが)。個人的には患者が保険金を払い受益者となるのは反対ですが、少なくとも医師が負担するというのはこの点からもおかしな話です。
こうした観点から考えると、医師にメリットがないということは、つまり、この分野に関わらないよう医師は考えるでしょう。これは、つまり医療崩壊を意味していますし、医師の士気低下がどの様な結果をもたらすかはイギリスの例を見ても明らかです(というかすでに始まっています)。

> 過失の有無を問わないことによって,医療機関を法的紛争から解放するための制度が必要だと思わないのですか?
という問いに対してはその通りだと思います。しかし、私は、明らかな過誤に対する過失の追求は必要だと思います。例えば、抗ガン剤の過投与(但し、その勤務状況の背景因子も考慮する必要有り)、左右取り違い(同じく勤務状況の考慮だけではなく、救急現場であったかどうかの考慮も必要)などはシステムを改善することによってなくすことも理論的には可能だし、やはりどう考えても過失だと思います。それを免責にするなんてどう考えてもおかしいわけです。免責にするのは基本的に因果関係のはっきりしない過誤、及び合併症の範疇である事故に限定するべきだと思います。

こうした意味から無過失補償制度というのはこうした、医師にとっても患者にとっても良い制度にすべきであって、一方的に医師に負担を求めるのはどう考えたっておかしいと思います。

あなたが患者のことしか考えずに医師はどうなっても良い、日本の医療が崩壊しても良いと考えるのであればあなたの言うことも理論的でしょう(回り回って最後には患者がそのしっぺ返しを食らうわけですけどね)。しかし、我々はその社会的影響まで考えてものを言っているわけです。ここまで考えるのであればその意見はとても理論的とは言えません。広い目で見た場合、どちらが正しいかは一目瞭然でしょう。

投稿: やまちゃん | 2006年11月29日 (水) 17時59分

karoさんのコメントに対して
 「多くの方は、金が目的ではない。本当のことが知りたい。ということを訴訟の目的にあげています。」とのことですが、そうでもない人はいます。表面上は綺麗事のようにそういっていますが、「死亡の原因なんてどうでもいいから、こっちのいうことを聞け。」とか、もっと直接的に「早く金を出せ。」という人を実際に知っています。悲しいけれど、現実はそんなものだと思います。

投稿: 紫色の顔の友達を助けたい | 2006年11月29日 (水) 18時17分

やまちゃんさんへ
 だから訴訟を起きなくすることは医師にとってのメリットではないですか?
 私は,医療行為について,軽過失についての刑事免責と一定の医療事故についての過失の有無を問わない医師の負担による保険制度を利用した補償制度,そして医師の保険負担に耐えるだけの収入の保障の3点セットによって,解決すべきものだと考えています。
 なぜ,過失の有無を問わない補償なのか。それは,医療者にとっては,「過失責任」の追及から解放されるという側面があります。全く解放されなくとも,大幅に軽減されるでしょう。それが医療者の最大のメリットです。過失が無くても医療機関が一定の負担をする結果となることもあるでしょう,そのリスクは,保険という形で分散します。その代わり,過失「責任」は追及されないのです。精神的な負担は軽減されませんか?

 もう一つ,医療機関の保険負担に耐えうる収入の保障も必要でしょう。今度の出産の時の補償制度について,國は建前は国庫負担はしないといっているようですが,出産給付金を保険料相当額値上げすることを検討しているようです。他の医療事故にこのような制度が広がるときには,同じような医療報酬の改定がなされるべきであると考えます。

投稿: 地方の弁護士 | 2006年11月29日 (水) 21時04分

koro さん
 金銭的な問題が生じなくなったのであれば,もっとオープンな議論ができるんじゃないですか。

 それこそ,裁判所の出る幕ではなく,医療機関が自由に真実を追究できるようになると思います。
 それには,一定の刑事免責も導入する必要がありますね。

投稿: 地方の弁護士 | 2006年11月29日 (水) 21時08分

申し訳ありません、横レス失礼致します。
私も誤信相当性で悩んでいます。

「訴訟上の証拠書面」による名誉毀損について、です。
・元の裁判は勝訴しています(本人訴訟)。
・答弁書による名誉棄損についての判例は承知しています。
・訴訟上の証拠書面ですから、公共性と公益性は問題にもならないと思います。
・真実性については、真っ赤な嘘なのですが、誤信相当性がネックなのです。(証拠書面が権威あるところから出されている為)

「当事者が内容事実を否定している場合には、否定を、虚偽・架空と断じ得る程度の資料が必要であり、これがなされていない限り、名誉棄損の不法行為責任を阻却し得るものではない」
といった主張が考えられますが、公共性と公益性が報道より遥かに高い、訴訟上の証拠書面なので、かなり難しいのではとも考えています。
なにか、ヒント等ありましたら、よろしくお願いします。

投稿: 考える人 | 2006年11月30日 (木) 06時15分

考える人

主張書面ではなくて,証拠書面ですか?虚偽の陳述書か何かでしょうか?名誉を毀損しているとされる書面は?
 いずれにしても,裁判所は双方が異なる主張を戦わせて,事実を認定するところですから,裁判の場での名誉毀損の認定には極めて慎重にならざるを得ないと思います。

投稿: 地方の弁護士 | 2006年11月30日 (木) 14時35分

考える人さん
 すいません。敬称を忘れてしまいました。

投稿: 地方の弁護士 | 2006年11月30日 (木) 14時36分

考える人様
コメント有難うございます。
私は法律の専門家でないのでもう少し説明をお願いしたく存じ上げます。
今回のコメントからすると私の理解では以下のように読み取れます。
1.ある訴訟を提訴して本人訴訟で勝訴した。
2.この訴訟の相手側答弁書には、原告の社会的名誉を毀損する内容があったので、別の損害賠償請求事件を提訴した。
3.「公共性」「公益性」「真実性」には自信がある。
4.「相当性」を否定するためには、その立証責任が原告にあるという相手側の主張に対抗するのが困難であり悩んでいる。

私の理解が誤っているようだったら教えてください。
私にとっても重要な問題です。

投稿: 紫色の顔の友達を助けたい | 2006年11月30日 (木) 14時38分

書き間違えたことを追加すると、地方の弁護士さんと同じです。
答弁書の内容そのものなのか、提出された証拠(書面)の内容なのかが不明です。

投稿: 紫色の顔の友達を助けたい | 2006年11月30日 (木) 14時42分

早速のコメントありがとうございます。
「裁判の場での名誉毀損の認定には極めて慎重」とのこと、私も同感です。ただ、最近の答弁書での名誉棄損は、悪口レベルでも認定されているようですね。私の場合、犯罪行為を行った、とされていますから、毀損のレベルは遥かに高いと考えます。特殊な事例で、詳細に書くと特定されてしまうので、概要にて失礼させていただきます。
 
・民事裁判の中で、相手側が証拠として、ある役所における供述調書を提出した。
・その内容は、私が犯罪行為を行った、とするもので、極めて詳細な記述がなされている。
・第三者が見れば、私が犯罪行為を行ったと信じるのは明らか。
 
・勿論、供述調書の内容は全部デタラメ。(供述者(訴外者)の創作)
・よって、当然に刑事事件にすらなっていない。
・それにも関わらず、供述調書が流出すること自体が異常。
 
・供述調書の内容は客観的事実に反しており、相手側もそれを知りえたはずである。
・供述調書の内容は私の主張にも反しており、相手側もそれを知りえたはずである。
 
・しかし、「役所における供述調書なのだから信じるのは当然」あるいは「役所における供述調書の存在自体を証拠としたのであり内容の真偽は関知しない」と、相手は主張してくるでしょう。
 
このような説明でお分かりいただけるでしょうか。

投稿: 考える人 | 2006年12月 1日 (金) 01時31分

>考える人さん
 事情がすべて分からないので推測も含めてお答えします。
 第1に,私には最大の問題点は名誉が毀損されたことよりも,そのような調書をどうして入手したのかだと思います。本物かどうかの確認と合法的な手段で(弁護士照会など)入手したのかは,調べましたか?

 第2に,仮に正規の手段で入手したのだとすると,基本的に名誉毀損の「故意」を立証しなければ難しいのではないでしょうか。

 第3に,その虚偽の供述を行った者に対する請求は考えないのでしょうか?その方が本筋のような気もします。

投稿: 地方の弁護士 | 2006年12月 1日 (金) 10時09分

連レスですいません。
>考える人さん
 どうしても名誉毀損の裁判は続けなければいけないのでしょうか?難しい本人訴訟で勝訴したことで十分というお気持ちにはなれないのでしょうか?

 ここの管理人さんのように,マスメディアにより日本中に名誉を毀損されたのであればその回復のために訴訟という手段を執ることも理解できます。しかし,あなたの場合は,その調書を見たのは,あなたと相手方関係者と裁判所の関係者だけなのではないでしょうか。とするならば,実害はさほど大きくないような気がします。名誉毀損の裁判にこだわるより,訴訟を一区切りさせて普段の生活に戻られる方がよいように思います。本人訴訟で勝つのは本当に大変だったでしょう。でも,あなたの人生の主戦場は,裁判所ではないのではないでしょうか。

投稿: 地方の弁護士 | 2006年12月 1日 (金) 10時39分

 丁重なコメントを頂き、ありがとうございます。
 
 第1点目ですが、そこが私の最も怒っている点です。本件のキモなのですが、ここを説明するとなると、全てを明らかにしないとならなくなりますので・・・・・・。誠に申し訳ありません。私にとっては、相手側がグルになって行った脱法行為であるのは明らかなのですが、グルになっていますので、それを立証することは、なかなか難しく思います。むしろ、それを明らかにするためにも、裁判が極めて有効な方法であることを、元となった裁判で実感しました。個人では、けんもほろろの対応であったのに、原告・被告の関係となると、それなりの資料や回答を出してくるからです。
 
 第2点目ですが、おっしゃるとおり難しいと思います。相手側主張である誤信相当性と、私の主張(客観的事実に反することを知り得ていた)を裁判所がどのように判断するか、私にもわかりません。
 
 第3点目ですが、供述者は現在行方不明です。
 
 第4点目ですが、この場合、仮に名誉毀損と認定されても、極めて低額しか認められないでしょう。その意味では、正に、おっしゃる通りだと思います。親身な助言を頂いた事に感謝致します。また、頂いた一連のアドバイスの中から、新たな視点も見つけることが出来ました。ありがとうございました。

投稿: 考える人 | 2006年12月 2日 (土) 11時44分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/87351/4222044

この記事へのトラックバック一覧です: 刑事も民事も「操作ミスはない」と認定。だが:

» 報道被害 2 [道標 Guideboard]
キーワード 報道被害、マスコミ、名誉毀損、東京女子医大 女子医大での 2001 [続きを読む]

受信: 2006年11月18日 (土) 01時25分

» 法律の理解の難しさ [いなか小児科医]
2006年11月17日 晴れ昨日は当直でした。久しぶりに鍛えられました...午後 [続きを読む]

受信: 2006年11月19日 (日) 17時48分

« 自由と正義と約束の重み | トップページ | 否定された「内部報告書」の募集 »