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2008年3月13日 (木)

『いろもの』に負けられるか!

自分を奮い立たせることが、独りでは困難なことがある。

明らかに「無罪」でも、刑事事件裁判で最終的決着がつくまでは長い。うんざりする。自分がやりたい事を我慢してもこれに取り組まなくてはならない。

逆に、今、ブログを書くよりやるべき事があるのに、これにも集中できない時がある。

他のことは何も考えずに、やりたい事だけに集中できたころ。複雑心(臓)奇形修復手術の診療で週10時間以下の睡眠で懸命になったり、研究室の床で仮眠を取りながら国際学会口演に向けて文献や専門書を読み漁ったり、飛行機内プレゼンテーションのための勉強に集中するあまり、結膜出血して白眼が真っ赤かになったりという肉体的にはつらい状況でも充実していた過去を振り返りたくなる。

大して美味しくも無いがお金だけは儲かっている「餃子屋の主人」が、フランス料理を一回も作ったことが無いどころか、一流店で食事をしたこともなく、フランス料理の専門書すら読んだこともないのに、「日本のフランス料理界」について論じている姿をテレビで放映したり、新聞、雑誌が記事にしたりしているように見える。ドレスアップしたF1レーサーがパーティ会場に沢山参加している中、タクシー会社の売り上げナンバーワンがへたった制服のまま遅れて入ってきたところ、インタビューアーが「ドライビングテクニックについて」そのタクシー運転手にマイクを向けているようである。

控訴審で、「エセ・ジャック」が証人として一審に続いて出廷したことを少し書いたところ、ネットで、「先生、『いろもの』に負けないでください。」と常識的な医師から励まされた。この件を彼を良く知る人達に話したところ大爆笑。もちろん、「的を射ている」表現ということだ。

警察が捜査を始めたのが2002年1月起訴されたのが、2002年7月。一審無罪判決は2005年11月。その間、3年11月。

控訴は2005年12月で、2008年3月現在検察側の「新証拠」として出廷した一審でも証言した証人がやっと一人終了。その間、2年4月。長い。

一審。公判50回以上、検証実験2日間検察側証人16人(複数回出廷者複数存在)弁護側証人2人、相被告人尋問5期日、自分の被告人尋問6期日検察官申請証拠約130点、弁護側申請証拠約133点。このような膨大な証拠を精査し、医学水準に立脚して事実究明を行い、2002年7月の起訴から約3年半を経て、2005年11月、被告人を無罪とした。このように、原審は、凡そ本件の審理に必要と判断される全ての証人を調べ、医学情報を摂取し、自ら検証を行い、被告人質問も十分に行ったうえで判決を下したのであり、これ以上に審理できる対象は客観的に存在しない

このような審理によって到達した結論が動かし難いものであることは明らかである。

「学会よりも業者が持ってくる情報のほうが大切だと考える」検察側証人は気軽にやっている。事件で使われたタイプの人工心肺装置は使用したことがない、それに関する文献は読まない、膨大にある調書は検察が示した部分のみ教えてもらって調書自体はちっとも読まない、カルテもごくごく一部しか読まない。

検察側証人は、いい加減なことをいっても偽証しても、偽証罪で起訴されるはずが無い。検察の意向にそって供述して内容が偽証だと告訴しても、起訴できる組織が検察だけである限り、検察が選任した証人が偽証したと立証するはずがない。

「ノブレスオブリージュ」というフランス語。「社会的に恵まれた立場にいる者は、人々の模範となるよう行動する『高貴なる義務』を負うべし」と学んだ。医師は、一般的には、社会的に恵まれた立場にあるとされている。名著「医療崩壊」の著者で私の学生時代の教官であった小松秀樹先生の言葉をお借りすれば、「勤務医は、社会と距離をおいて、自尊心と良心をもちつつ仕事をすることを望む。医療にささやかな誇りと生きがいを感じており、医師の仕事を金を得るための労働とは考えていない。ただし、先頭にたって社会を引っ張るような迫力や、強い使命感のようなものはない。他からの賞賛より、自らが価値があると思うことが重要だと考えている。収入も、普段の生活でお金の苦労をするようなことが、なければよいのであって、必ずしも多額の報酬を望んでいるわけではない。仕事で自分の価値観に反するようなことをせずにすみ、それなりに生活できればよいと思っている。自尊心を捨てない限り、自らの利益を声高に主張するようにはならない。」

これに対して、南淵明宏医師は、「この手術室にゼニと名声が埋まっている」「仕事を『商売』といい、患者を『お客さま』と考える(週刊医学界新聞)2572号(2004年2月16日)」また、最近実感したことは、「実るほど頭をたれる稲穂かな」で、年収が3000万円を超えると謙虚になった自分に気づいた旨自著に執筆している。

色物。

寄席で、講談・義太夫などに対して、声色・音音・曲芸・奇術などをいう。昔は、落語も色物に含まれた。(広辞林第六版)

1.         寄席において落語講談以外の芸、特に音曲を指す。

2.         1より転じて、ある場において、それがもともと意図していない、あるいは中心的な存在とは考えていない分野、そうした分野を専門とする人々を言う。専らテレビの世界においてお笑い芸人を指して用いられることが多く、本来の寄席用語とは実質的に逆の使われかたをしている。(ウキペディアより)

JFKと私と医療 http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2006/09/jfk_7ba5.htmlをぶつけてやりたい。(金銭や発言の場の)多くを与えられている者には多くが要求される。そしていつ日か、歴史という高貴な裁きの場で、われわれが(証人が)国家に対するつかの間の奉仕においてどれだけの責任を果たしたかが問われることになるだろう。その時、四つの疑問に対しわれわれ(証人が)がどう答えるかで審判が下されるだろう。

第一に、われわれには(証人は)真の勇気があったか。その勇気とは敵に(被告人)対するものでなく、必要とあれば仲間(メディアや名誉欲)に対しても立ち向かうことのできる勇気であり、公のプレッシャーだけはなく、私的な欲望にも立ち向かえる勇気である。

第二に、われわれには(証人には)真の判断力があったか。未来と過去を真正面から見つめ、自らの(証人の)過ちを認め、自分たちの(証人の)知識の限界を知り、それを認める英知があったか。

第三に、われわれには(証人には)真の尊厳があったか。自らの信念を貫き通し、人々の信頼を裏切らなかったか。政治的野望や金銭的欲求のために神聖なる任務を汚さなかったか。

最後に、われわれは(証人は)真に国家に貢献したか。名誉を特定の人間やグループに妥協せず、個人的恩義や目的のために道を曲げず、ただひたすら公共のため、国家のために身を捧げたか。

勇気、判断力、尊厳、そして献身・・・これら四つの要素が(証人の)活動の基準となるであろう。」 「ケネディからの伝言」落合信彦著より。一部変更。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

紫色の顔の友達を助けたい先生、お疲れ様です。

先生の刑事裁判と、福島県立大野病院事件の裁判を見ていると、
非専門家による鑑定の不合理を、強く感じます。
誰にとっても、何のメリットもないはずです。
両先生の裁判を機に、厳に専門家による鑑定がなされるよう、
制度が見直される日が来るかも知れませんね。
もちろん先生方の無罪ありき、です。

ブログは全記事必ず拝読しています。
どうか、頑張って下さい。
引き続き応援しております。

投稿: なな | 2008年3月13日 (木) 18時09分

紫色の顔の友達を助けたい先生 お疲れ様です。そして、「ありがとう」と感謝の思いを送りたいと思います。

不当な起訴に対し、敢然と相対するご姿勢には、本当に頭が下がりますし、医療訴訟の恐怖に耐えながら日常診療を行う私にとって、先生の存在は、心強く思えます。

これまでの経過からは、大野病院事件のK先生や紫色の顔の友達を助けたい先生が刑事事件に巻き込まれたこと自体、検察に医療を扱わせてはいけない根拠となると思います。

先生を支持する医療関係者は全国に多数いると思います。
これからも、頑張って下さい。

投稿: 岡山の内科医 | 2008年3月14日 (金) 18時27分

紫色の顔の友達を助けたい先生、お疲れ様です。
昨日、先生のブログを初めて知り、大変感銘を受けました。のんびりと留学生活をしているのが恥ずかしくなりました。それにしても女子医のとった対応は許されません。
今後もずっと応援させていただきます。自分も医師にもかかららず、先生の立派な活動を知りませんでした。少しでも応援団を増やせればと思い、勝手に自分のサイトからリンクさせていただきました。大変申し訳ございません。
今後とも宜しくお願いいたします。

投稿: けんた | 2008年3月15日 (土) 00時53分

なな先生コメントありがとうございました。
 いろいろあってお礼が遅れました。
今日3月19日は公判でした。「とっぴょうしもないこと」は言わない「まっとうな」心臓外科医証人で、科学者として通常の受け答えをすうる方だったので、落ち着いて話が聞けました。検察が条件を違えて誘導気味に話をもっていった細かいところで、問題が生じるところに関しては次回反対尋問で修正されるでしょう。
 前回までの「いろもの」との差が著明で、裁判の進行に詳しくない私の親戚が傍聴していて、「今日の証人は弁護側の先生?」などと勘違いしていましたが、法廷の厳粛さを維持しながら真摯な態度でした。もっとも、この裁判で、そのような通常の態度を取らなかった医師は、「いろもの」以外では、相被告人、執刀医と東間元院長くらいで、他の先生方はまっとうでした。
これからもよろしくお願いいたします。

投稿: 紫色の顔の友達を助けたい | 2008年3月20日 (木) 03時10分

岡山の内科医先生
コメントありがとうございました。
いろいろあって御礼遅れました。
先生のおっしゃる通り「検察」にも大きな問題がありますが、
一番の悪玉は女子大、東間元院長、黒澤現心臓外科教授、笠貫循環器内科教授等の女子医大幹部です。
みんな、風貌は善人面しているのですが、腹の中は最低です。
この件い関しては、私のブログ「カテゴリー」
「東京女子医大への公開質問状」
http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/cat6216890/index.html
「東京女子医大幹部不正事件」
http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/cat3890316/index.html
「東京女子医大事件関連訴訟提起のご連絡」
http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2007/02/post_72fa.html
をお読みください。

投稿: 紫色の顔の友達を助けたい | 2008年3月20日 (木) 03時19分

けんた先生 コメントありがとうございます。返信遅れました。
応援ありがとうございます。

警察が私のメールを盗聴し、私が私の女子医大内の支援者に電話するのを女子医大がチェックして私の支援者にプレッシャーをかけていた事実を知ったときは、本当に頭にきました。
許せない輩が3人います。
 などといっても刑事裁判には意味のないことなので、闘います。

投稿: 紫色の顔の友達を助けたい | 2008年3月20日 (木) 03時23分

おつきあいで所属している日本臨床内科医会の第25回総会(2008年4月13日)で、「医療事故と刑事裁判についてー現状と対策」という日本医師会総合政策研究機構主任研究員の弁護士さんの講演がありました。

ちょっと長いですが、要旨を引用します。


戦後から平成11年までの間137件だった医療刑事事件判決数が、平成11年から16年までのわずか5年間で79件となっている。この急増の背景として3つのことが考えられるという。

(1)民事事件の責任範囲が拡大したこと
今まで医療事故の裁判においては因果関係の立証が困難であったが、最高裁の判例にみられるように、近年では因果関係の解釈を緩やかにし、患者側に有利な判決を行うようになった。そのことが刑事事件の判決にも影響し、医療事故が刑事訴追されるようになった。

(2)犯罪被害者の権利意識の高まり
近年繰り返された凄惨な犯罪による被害者の救済を行う制度改正の流れの影響を受け、医療事故の当事者である患者やその家族も犯罪被害者であるような意識が芽生え、捜査機関によって救済を求めるようになったことも刑事訴追が増える一因と思われる。

(3)大病院を中心とした医療ミス事件が多発し、医療に対する患者の不信感を増大させた。

これらの動きから、今まで不起訴処分として済ませてきていた検察官も起訴せざるをえない状況に追い込まれているのが実情である。

捜査関係者向けの本には、医療犯罪捜査における3つの壁として
(1)高度な専門性による難解さ、
(2)診療録の改ざんや関係者の口裏合わせによる隠蔽性、
(3)出身大学医局の支配による高度の封建性、
といった医師の実態を反映しな誤った内容が堂々と書かれているのには驚く。

「後医は名医」という言葉に示されるように、後から診察した医師のほうが、より正しい診断ができるのは当然であり、そのことで前医を批判するのは慎むべきである。これは医師同士がかばいあったり、ミスを隠蔽しようとすることとは根本的に異なる。

このような捜査関係者と医療関係者との意識の違いが大きな問題である。

(先生は、いずれも無罪判決となった最近の注目すべき3つの刑事事件について述べた。)

(1)東京女子医科大学人工心肺事件
裁判の結果、人工心肺の操作に問題はなかったのだが、事故を隠蔽するため診療記録の改ざんを行ったことが内部告発によって発覚した。改ざんはよくないが、事故の原因であるフィルターの目詰まりを事故の時点で予見することは不可能であり、このことを刑事訴追することには無理があるといえる。

(2)杏林大学割り箸事件
頸静脈孔という極めてまれな経路で割り箸が脳に達しており、当時の意識レベルも清明で割り箸の口腔内残存もなく、その時点で割り箸の全損の可能性を予見することは不可能と思われるとして「過失はあったが、救命の可能性はなかった」ため無罪と判決。しかし、検察は無罪を不服として控訴し係争中。一方で民事では「過失もなかった」と判決されており、刑事と民事の判決の相違が注目される。

(3)福島県立大野病院事件
帝王切開時の出血を止めるため、癒着胎盤を切除した行為に問題はなく、適切な処置だったと思われるが、検察側は「適切な説明を欠く」、「安易な判断による」、「医療への信頼を失墜」などの理不尽な主張を行っている。

検察側の医療についての知識が極めて浅薄であり、また、病院側は早く決着をはかるために自分たちに非があるような調査報告書を作ってしまうことにも問題がある。調査報告書は極めて慎重に作られなければならない。

ひとたび刑事裁判になれば、極めて長い年月にわたって続くことが多く、被告人の医師には長期にわたる休業と多額の弁護費用の負担がのしかかってくる。

(先生は刑事事件に巻き込まれないために注意すべきポイントをいくつか述べた。)

裁判には公判手続きと略式手続きがあり、略式の手続きなら非公開で100万円以下の罰金で済むのだが、あらかじめ罪を認めなくてはならない。捜査当局は略式で済ませるから罪を認めるように仕向けるため、略式のほうが有利に思えて応じてしまうことにより冤罪の温床となっている。
また逮捕されて公判裁判となれば、高額の保釈金の支払いが重荷となる。

警察に呼ばれて黙秘権の説明を受けたらすでに被疑者として扱われており、まず間違いなく起訴されるのですぐに対応を考え始めなくてはならない。

刑事事件に発展するのは、患者からの告訴が契機となる場合がほとんどのため、患者の家族への充分な対応が必要である。「患者が亡くなっても医療は終わらない」のであり、患者の家族とともに悲しみの共有をすることが大事である。また、自分たちに非がある場合には、速やかに示談を進めるべきである。示談が成立している場合、刑事裁判は起訴猶予になることが多い。

捜査当局がよく仕掛ける別件捜査で多いのは、異状死の届出違反、保助看法違反、証拠隠滅、虚偽公文書作成などである。

保険会社の弁護士は民事事件についてのみ対応し、刑事事件は対応しないので注意すること。また、勤務先の病院の顧問弁護士はあくまで医療法人の顧問弁護士なので、事件のために解雇された医師は医療法人との利害対立者の立場となるため、弁護はされない。

今後の制度改革の方向として、民事賠償の充実、無過失保障制度の拡大、医師法21条の改廃、第三者機関の設立、行政処分の迅速化などが動き始めている。医療裁判は日本の刑事裁判の問題点の縮図といってよく、裁判制度自体がまだ発展途上にあり、今後改善すべき点は多い。

投稿: so-shiro | 2008年4月26日 (土) 20時45分

so-shiro先生、いつもコメントありがとうございます。
我々とこのような法律家の方々と協力できるような体制が確立されるとよいですね。

投稿: 紫色の顔の友達を助けたい | 2008年4月27日 (日) 21時30分

トラックバックさせていただきました。

学会が医療裁判を評価するシステムを構築していきたいと考えております。
先生にもよろしくお願いいたします。

投稿: koredeiino | 2009年7月22日 (水) 19時15分

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