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2008年5月

2008年5月28日 (水)

冤罪で断たれた青年医師の夢

「冤罪で断たれた青年医師の夢」 坂井眞弁護士(「市民的自由の広がり」 社団法人 自由人権協会編より

「関東地方のある都市の大学院で研究に励んでいた青年医師がいた。彼は,病院に勤務しながら研究を続け,将来はアメリカに留学をして専門領域の実力を高め,その分野で活躍していこうと夢見ていた。昼間は病院勤務を続けながら大学院で研究に従事し,深夜にも研究室で実験データの整理などに追われる毎日を送っていた。

そのような生活を送っていた今から数年前の629日深夜未明、彼は実験データの整理をするため自家用車で自宅から研究室に向かっていた。その途中で尿意を催した彼は,小用を足すため幹線道路から一歩入った墓地沿いの裏道に車をとめた。そこに,ヘッドライトを消した怪しい乗用車がゆっくりと通りかかった。そのような場所と時刻であるから,なんとなく不安を感じた彼は,その怪しい感じの車をやり過ごそうと立ち小便をする振りをした。すると,その車が彼から数メートルのところに止まり,女性1,男性1名が下りてきて,女性から「警察だけど,何やってるの?」と誰何(すいか)された。

実はその当時,現場付近では連続放火事件が発生しており,警察官が警戒に当たっていたのだった。そして,深夜人通りのない裏通りでひとり壁に向かって立ち小便の格好をしていた「怪しい」若い男性である彼は,この連続放火事件の犯人ではないかと疑いをかけられたのだった。

そのような状況の下,彼は結局,「午前430分頃,乗用車に乗車していた警察官2名に向かって,自己の陰茎を露出した上右手で自慰行為を行い,もって公然とわいせつ行為をした」として,公然わいせつ罪の容疑で現行犯逮捕されてしまった。要するに露出狂の変態男として逮捕されたのである。ただ,当初の警察の考えとして狙いはあくまで放火犯であり,別件逮捕ということだったのではないかと想像される。このように別件で逮捕・勾留され,放火犯ではないことが明らかになったにもかかわらず,被疑者が事実に基づいて否認を貫いた結果,これから述べるようなとんでもない事態に進展していったのである。この事件は,別件での身柄拘束,その身柄拘束下での取調がはらむ問題をもよく示している。

さて,彼は逮捕後ももちろん強く容疑を否認し心その結果どのような事態が生じたのか。彼は裁判官の決定により勾留され,718日に起訴されたが,その後も保釈は認められず,結局811日の合計44日間も身柄を拘束されたのである。これが,悪名高き「人質司法」でなくて何というべきか。

逮捕,勾留には容疑の存在と身柄拘束の必要性が要件とされる(刑訴法199条以下)。この場合そもそも,後に東京高等裁判所が認定したとおり「路上での自慰行為」など存在しない。仮にその点を措くとても,彼は身許の確かな青年医師で逃亡の虞はなく,しかも,被疑事実の性質からして,証拠を隠滅する方法などない。犯罪を裏づけるとされる証拠は逮捕した2名の警察官の供述だけだからである。そして、公然わいせつ容疑の具体的内容は「深夜人通りのまったくない墓地の塀にそった裏道で,たまたま通りかかった警ら中のパトカー乗車の警察官以外にひと気のない場所で,警察官に向かって公然と自慰行為をした」行為であるというのであるから,仮に事実どおりであっても社会的に実害のほとんどない行為であって,少なくとも長期の勾留の必要性など認められない事案である。

「そもそも人通りのない路地で早朝に壁に向かって陰茎を露出していたという態様自体がその意図にそぐわない」(後の東京高等裁判所による認定)から,捜査機関が容疑として主張する事実自体のなかに客観的な矛盾が内包されていたのである。

しかし彼は44日間も身柄を拘束された。

捜査機関が被疑者の身柄を拘束するためには裁判官の発する令状か必要である(憲法33,刑訴法199条以下)。本件でも,もちろん裁判官の勾留許可状が発せられている。いかに憲法や刑事訴訟法で身柄拘束に必要な要件を定め,且つ,裁判官の令状が必要だと定めたとしても,この青年医師のような被疑事実で易々と裁判官が令状を発布してしまうのでは,憲法や刑訴法によって被疑者・被告人の権利を保障している実質は失われてしまう。仮に,捜査機関がその当事者的な立場から無理のある令状請求をすることがありうるとしても,裁判官が記録をしっかり検討し,身柄の拘束が真実必要な事案であるかどうか正しく判断し,また,事実関係や容疑として主張されている事実の矛盾に気づいていれば,このケースで44日間にもわたる身柄拘束が認められたり,正式裁判が請求されたりすることはあり得なかったはずである。

しかし,現実に行われている「人質司法」では,これから述べるように捜査機関が不当な身柄拘束を利用して無理に自白を迫ることは珍しいことではなく,その結果作り上げられる調書によって,起訴さらには有罪判決への道筋がつけられ,冤罪の可能一性が高まっていくのである。

この青年医師は,当然のことではあるが,事実無根の容疑に対して正面から戦った。深夜とはいえ路上で自慰行為を行って公然わいせつで逮捕され,有罪となったというのではまさに「破廉恥な変態医師」ということになり,彼の人生は崩壊する。だから戦うのは当然と言えるが,しかしそれは口で言うほど簡単なことではない。

まず,身柄を拘束されると,その翌日から勤務先病院との関係で支障が生じる。数日間であれば,体調不良と偽ることも可能かもしれないが,44日間ということになっては手当の仕様もない。同様に,大学院での研究活動についても,すぐに問題が生じ始める。そして,公然わいせつの現行犯として逮捕されたということになれば,世問では「警察官が虚偽の容疑で逮捕などするはずがないし,裁判官も根拠なく勾留状を発したりしない」と考えるから,彼の「有罪」は社会的に確定してしまう。そのような経過で彼が長年努力して作り上げてきた杜会関係は根底から崩壊し始める。

このケースでは,ある新聞がこの青年医師の実名を出して,「公然わいせつの現行犯で医師が逮捕された」と報じたから,彼はそれまでの社会的生活環境から事実上排除されてしまった。

そのような状況のもとで,警察官が自白を迫ってくる。「容疑を認めればすぐに釈放されるだろう」とか,「容疑を認めれば正式裁判請求されず略式罰金で済むだろう」などと言い,逆に,「容疑を認めないとずっと代用監獄から出られないぞ,おまえの一生はこれで台無しだ」などと脅したりする。これは,憲法38条に定める黙秘権の侵害に当たるが,現実にこのようなことが行われてきたことは,近時明らかになった鹿児島の選挙違反無罪事件や,富山での強姦事件で服役後に真犯人が判明して再審が開始され,再審では検察官による無罪の論告を経て無罪判決が確定した事件での取調状況に関して指摘されているとおりである。

この青年医師は,それでも捜査官に迎合しないで,自分は路上で自慰行為などしていないと否認を続けた。それは正しいことであったが,その結果勾留が長期化し,正式裁判が請求されるに至った。報復的な対応というほかない。すでに述べたとおり,検察官の起訴事実は矛盾に満ちたものであるばかりでなく,それを前提としてもほとんど社会的実害などない。そもそもこの被疑事実は,放火事件に対する別件であったはずなのである。であるのに,身柄を拘束したまま正式裁判請求に至るなど,およそ妥当な判断とは思われず,バランスを失しているというほかない。

この事件の第一審判決は,事件翌年の217日に下された。検察官の主張をそのまま認めた罰金8万円の有罪判決であった。

逮捕,それに続く長期間の勾留,さらに7ヵ月に及ぶ審理を経る中で,この青年医師はそれまでに努力して築き上げてきた人生をすべて失いそうになっていた。だから,彼にとっては,この判決は到底受け入れることはできないものであった。彼にとって重要なのは罰金の額ではないのである。冤罪を晴らそうとすること以外,彼の取るべき道はなかったということである。

私は.東京高等裁判所での控訴審から弁護を担当することとなった。彼と会い,彼の話を聞けば真実であるという説得力はあったが,しかし,長く刑事弁護の実務に携わってきた弁護士としての経験から,彼の期待に必ず応えられるという自信はなかった。警察官2名が現認したという公然わいせつ行為で有罪となったのである。警察官2名の目撃供述に信愚性がないことについて,裁判官を納得させる以外無罪を獲得する道はない。これは簡単なことではない。なにしろ「99%超は有罪」なのである。

私は,彼にこの国の刑事裁判の実情をよく説明したうえで,出来る限り努力をして無罪判決を目指そうと話し受任した。

東京高等裁判所には,事件から1年あまりが経過した720日に弁護人から控訴趣意書を提出し,控訴審の審理は8月7日から始まった。そして,控訴審判決は,翌年27日に下された。完全な無罪判決だった。逮捕から18か月が経過していた。

無罪の決め手は,弁護側が控訴審で取調を請求して認められた、逮捕時の女性警察官の証人尋問だった。この尋問により,現行犯逮捕手続書の記載内容に信用性がなく,また,逮捕時に男性警察官が現認したと述べる「被告人の自慰行為」についての目撃内容が,女性警察官の供述とは整合しないことがはっきりしたのであった。これにより,「青年医師が深夜路上で警察官2名に向かって自慰行為を行った」という検察官の主張を裏づける唯一の「証拠」は崩壊したのである。すでに触れたように東京高等裁判所は「そもそも人通りのない路地で早朝に壁に向かって陰茎を露出していたという態様自体がその意図にそぐわない」(人に向かって公然と自慰行為をしたいという欲求と、深夜人通りのない墓地裏の路上でそのような行為をしようとしていたという行為とが,互いにそぐわないということである)とし,さらに、現行犯逮捕手続書の記載内容について「その作成主体がだれであったかについて,事実とは異なる理解を招く記述であって,捜査官としては単に表現方法が不適切であったなどということで簡単に片付けられない問題」が存在しているばかりか,その内容についても,法廷での警察官2名の証言との間にとの間に齢齢が存在し,「一体誰の認識が反映されてこのような記載内容になったのかはまったく判然としない」ものであると認定した。そして,この事件の刑事手続の「方向性を決定づけているといっても過言ではない」,「犯行の現認状況に関する重要な事実についての記載が,一体誰の認識内容を記載したものであるのかが判然とせず,その作成経過が後の検証にも耐えられないなどという…刑事手続における現行犯人逮捕手続の重要性に照らすと,あってはならないこと」が行われていると明確に認定し,青年医師の完全な無罪を言い渡したのである。

この判断は素晴らしいものである。判決言い渡しの際,法廷で,青年医師が涙ぐんで喜んでいたことを思い出すし,依頼人である彼の人生の幾分かが回復できたことは言葉に表せないほど良かったと今でも感じる。

しかし,問題はそういうことではなく,市井の一青年医師であり,人生に夢を持って努力を続けていた彼が,どうして2年近くにもわたってこのような筆舌に尽くしがたい苦しみを味わわなければならなかったのかということである。

すでに述べたとおり,憲法や刑事訴訟法では,被疑者・被告人の権利が保障されている。しかし,実務においてそれらの保障や権利に命を吹き込む運用がなされなければ何の意味もないということが,この事件によく表れているのである。身柄拘束が許される要件,黙秘権の保障適正手続の保障,そして無罪推定の原則の尊重,これらを実質化しない限り,いくらでもこのような事件は繰り返されるであろう。

この青年医師は,まだ運が良かったといえるのかもしれない。控訴審で被告人や弁護人の言い分に耳を傾ける姿勢のある裁判官に巡り合ったこと,そしてなによりも,法廷での尋問で,唯一の有罪の裏づけであった警察官の供述の矛盾を明らかにすることができたこと。しかし,これらは努力をすれば必ず実現するとは限らない。実際,第一審の裁判官は,被告人の主張を一顧だにせず、同じ事件で検察官の主張を100%肯定し,有罪としているのである。

しかし,冤罪を免れることができるかどうかが・運の良し悪しで決まって良いはずがない。

この青年医師は,あなたであったかもしれないし,あなたの兄弟であったかもしれないし,あなたの友人であったかもしれない'ずれにしても,あなたやあなたに近しい人であっても全くおかしくない。そのような普通の市民が,,たまたま通りかかった裏通りで・放火犯を警戒中の警察官に誰何されただけではなく、別件逮捕で「公然わいせつ行為」をでっち上げられ,44日間も身柄を拘束された。その挙句,身に覚えがないから懸命に否認すると「反省がない」として起訴されたばかりか一審判決で「路上で自慰行為をした」破廉恥な公然わいせつ犯として有罪を宣告されたのである。そのようなことがこの国で現実に起こっているのだということをぜひ認識していただきたいのである。

この青年医師のような立場に立たされた人は,間違いなく日本の刑事司法制度の被害者であり,犯罪被害者と対立する立場にないことははっきりしているだろう。市民がこの青年医師のような窮地に追し込まれないためにも,被疑者・被告人の権利を保障し、無罪推定の原則を確立していくべきなのである。

彼は,アメリカ留学の夢をこの事件で絶たれてしまったものの,「運良く」冤罪を晴らすことができたので、現在医師として活躍している。しかし,18ヵ月にわたって不当な刑事手続によって苦しめられ,人生を破壊されたことに対して国家が償ったのは、44日間の身柄拘束の後に無罪判決が確定したことに対して、元被告人の側から請求して初めて支払われた刑事補償金55万円のみである。

この文章は、以前にも紹介した「市民的自由の広がり」 社団法人 自由人権協会編「第10章市民の生活と被疑者・被告人の権利」に掲載された、弁護士の坂井眞先生が書かれた文章です。

「検察官の証拠隠し」

http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2007/11/post_a44d.html

「市民的自由の広がり」

http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2007/11/post_b338.html

 最近「私や大野病院事件の加藤先生が逮捕されたのは、『国民の声を受けて、警察が法を粛々と執行した結果で当然のことで、悪いのは法律だ』と指摘してくれた人がいました。旧過失論的な刑法を背景にいろいろと議論を進めていましたが、「警察が法を粛々と執行」したという証拠も根拠もありません。中学生が、警察官や検察官を全面的に信頼するかのようですが、読みやすいこの本を紹介したいです。警察官や検察官の批判を書いてきたが、人権派の弁護士さん達が一番検察の恥部を知っています。坂井先生の総論を次に引用させていただきます。

1「有罪率99%」と被疑者・被告人の権利

日本の刑事裁判では,有罪率が99%を超える。その背景には、起訴便宜主義(刑事訴訟法248)のもとで,検察官が有罪立証の見込みが立たないと判断した事件をスクリーニングし,不起訴またまたは起訴猶予処分にしているという事情もあるのかもしれない。しかし,この数字はどう考えても異常というべきである。日本弁護士連合会のメディア問題調査団の一員としてオーストラリアのシドニーを訪れた際、ニューサウスウェールズ州検察局の高官が,彼の地では有罪の答弁をせずに陪審の判断を仰いだケースのうち,42.8%が有罪,49.5%が無罪の評決であるという状況について,「満足している」と述べ、公正な裁判が行われている現れだと説明したことが思い出される。

 多数の目撃者がいるような場で傷害や殺人事件が発生し,被技者が現行犯として逮捕されたような場合は,少なくとも人違いの虞はない。しかし、その場合でも,なぜ被疑者がそのような行為に及んだかについて,証人がすべて目撃していてそれを証言できるというわけではない。正当防衛かもしれないし,緊急避難かもしれない。動機についてはそもそも目撃者が証言できるわけではない。まして,通常は現行犯ではなく,過去に起こった犯罪事実について,例えば「人が異常な死に方をしている」というような犯罪の結果を端緒として捜査が開始される。そして捜査機関は証拠を収集し,それが事故なのか殺人事件なのかも含めて判断し,犯罪であるとの結論に至った場合には,捜査機関が犯人であると考える者を起訴して法廷で捜査機関の考える犯罪事実を立証していく。この作業が警察と検察の任務である。

これは,簡単な作業ではない。テレビドラマのように,最初から筋書きが分かっているわけではない。あくまで、発見された「犯罪の結果」から,時間をさかのぼって犯罪行為の痕跡である証拠を拾い集めて、過去に起こった事実を立証していかなければならないのである。困難な作業であることも多いというべきであろう。

そのような困難な作業を経て,被疑者は起訴され刑事裁判が行われる。であるのに,その結果有罪率が99%超というのは,いったいどういうことか。刑事裁判は検察側と弁護側双方の言い分のどちらが正しいのかを判断する場のはずである。もちろん,有罪を当初から認めている事案も多く存在するが,それを考慮したとしても,一方当事者である検察官の主張がほぼ100%の確率で認められるというのは異常ではないか。日本の捜査機関が他国より際立って優秀であり,「神」に近い正確性を有しているというのであろうか。

99%超が有罪となるという事実は,刑事裁判官が、担当した事件の99%超の割合で有罪判決を書いているということを意味する。眼前で法廷に立つ被告人の99%超が有罪であるという毎日を送ることは、裁判官に影響を与えないのだろうか100回に1回も書くことのない無罪判決を書こうとした時に,裁判官は躊躇を覚えないだろうか。

 99%超が有罪になるという事実は,公判を担当する検察官に影響を与えないのだろうか。検察官は,刑事裁判における当事者の一方であり、被告人を有罪とすることが基本的な任務である。樋察官が起訴した事件の99%超が有罪となる現実のもとで1%以下の確率でしか現れない無罪判決が自らの担当事件について下されることは,検察官にとってもっとも回避すべき恐ろしい事態ということになってしまわないだろうか。それは,無罪方向の証拠を隠してでも有罪判決を得ようという衝動をもたらし,真実発見という検察官のもうひとつの義務(刑事訴訟法1)に反する事態,すなわち冤罪の発生を招くのではないか。

これらの危倶は,日本の裁判官や検察官が優秀であるとか,プロとして訓練されている,などということによって回避できるものではない。どのように優秀なプロであっても,人間である以上間違いを犯すことがあるのは否定できないからである。そして,刑事裁判で被告人に不利な方向で間違いが起きれば,冤罪によって被告人の人生が破壊されるのである。

このような重大な結果を回避するためは,裁判官や検察官の資質の問題としてではなく,システムとして冤罪の発生を防ぐ体制を作らなければならない。そのような観点から認められているのが,無罪推定の原則であり,刑事手続における被疑者・被告人の諸権利である。それらの保障によって,冤罪発生の防止が図られるはずなのである。

有罪判決が下されるまでは被告人は無罪と推定される。そして,有罪の判断を下すためは,合理的な疑いを容れない程度の立証が必要とされる。また,憲法では,31条以下で,詳細に被疑者・被告人の権利が定められている。適正手続(デュー・プロセス)の保障,公平・迅速な公開裁判を受ける権利,証人に対する反対尋問権,拷問の禁止、弁護人依頼権,黙秘権,令状なしに逮捕や捜索押収を受けることのない権利等である。それらの原則や諸権利が法の定めどおり実現されていたら,有罪率99%超ということはありえないのではないか。「無罪推定の原則が認められ,被疑者・被告人の諸権利も保障されたうえでの有罪率99%超だから問題はない」,ということではないのである。それらの原則や諸権利が実現されていないことが,有罪率99%超という結果をもたらしているのである。

1人の無睾をも罰することなかれ」ということの意味を市民一人ひとりが自らにひきつけて理解する必要がある。そのとき初めて無罪推定の原則のもつ価値の重さも実感できる。自らが冤罪で刑罰を受け、人生を破壊されることを想像してみる必要がある。自らは決して裁かれる側に身を置かないと無意識に考えている限り、この原則の価値は理解できない。

無罪推定原則を強調しすぎることによって・処罰すべき犯人を逃してしまうことにならないか,それで社会の治安は保たれるのか被害者は納得できるのかと考える人がいるだろう。しかし、そのように考える人は,自らがそのような理屈で冤罪によって処罰さ札築き上げてきた人生を破壊されることになった場合も、それで納得できるのだろうか。

社会の治安が保たれるべきこと,そして,被害者が保護されなければならないことは当然で旅だからこそ刑罰が法律で定められているのである。私刑(リンチ)は否定され,公刑罰制度が確立されたが、被害都保護や救済と,公刑罰とは無関係ではない。ぜなら公刑罰の目的として応報感情の充足が当然のこととして掲げられれるからである。

犯罪被害の悲滲さはしっかり認識されなければならないし、被害者は救済されなければならない。しかし,そのことと、現に被疑者とされまたは被告人とされた者が有罪であるかどうかはまったく次元の異なる問題である。犯罪の被害が発生している以上「誰か」が犯人である。(ブログ管理人はそうでない場合もあると思うが)しかし,その「誰か」が現在被疑者とされ被告人とされている者であるかどうかは,証拠の裏づけをもって、合理的な疑いを容れない程度に有罪立証がなされて初めて決することができるのである。捜査機関の主張する犯罪像が常に事実であるとも限らないこれも、証拠によって立証されて初めて確定する。そのような過程を経ることなく,被害の悲惨さを強調して,現在の手続において被疑者・被告人とされている者を犯人として扱うことは許されてはならない。それが無罪推定の原則の帰結である。

有罪率99%超という現実が存在し,そこで被害の救済,被害者の保護を強調すると,無罪推定の原則がおろそかにされやすい。なにしろ99%以上は被告人を犯人扱いしても確率的には誤りではないということになるからである。それが,さらに冤罪を生む契機となっていく可能性がある。冤罪でなくても,証拠によって裏づけられていない「犯人像」,「犯罪像」が独り歩きし,冷静さを欠いた非難が先行する虞が生じる。

まして,現実の日本の刑事手続において,無罪推定の原則や被疑者・被告人の権利は憲法や法律の定めどおりに実現されていない。そのような現実をみると,有罪か否かが決せられる前の段階において,被害者の救済を強調して被告人を犯人として扱うことの危険性はさらに明確になる。以下,実際に弁護人として担当した事件での経験を通して,形式上は憲法や法律で定められている被疑者・被告人の権利が,日本の刑事裁判手続では,現実に保障されているとは到底言えないということ,そして,一般の市民の誰もが偶然に被疑者・被告人となりうることを述べてみたい。そのような刑事裁判手続の実態を前提として,被疑者・被告人の権利の保障は,被害者保護の要請に反するものではなく,それとは別次元の問題であること,さらに,裁判員制度とそれを前提とした公判前整理手続についてどのような視点が必要か、についても触れてみることとする。」

 検察官についての本は以下の二つが白眉です。

・「アメリカ人のみた日本の検察制度日米の比較考察」デイビッド・T. ジョンソン

     日本 権力構造の謎」 カレル・ヴァン ウォルフレン

そして坂井先生と「薬害エイズ帝京大学事件」でとも闘った喜田村洋一先と弘中惇一朗先生の文章の両方が読めるのが、「『大野病院事件』初公判に向けてのエール 『医療事故と検察批判 』―東京女子医大事件、血友病エイズ事件、両無罪判決より-」

http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2006/08/__100b.html

です。

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2008年5月22日 (木)

フジテレビ控訴審 結審日決定

(1)フジテレビ控訴審 結審日決定まで

 本日フジテレビ控訴審がありました。

一審は2006年3月22日に提訴、2007年8月27日判決で、私が本人訴訟(被告弁護団は6人)で勝訴しました。

「フジテレビ訴訟 判決」

http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/post_d1da.html

「フジテレビ訴訟 勝訴本人訴訟第1号」

http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/post_2ed3.html

日経メディカルで記事になりました。

http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/post_10f7.html

一審で敗訴したフジテレビが2008年9月10日に二つの法律事務所から弁護団を再編して控訴。

フジテレビ訴訟 控訴審

http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/post_5865.html

さらに、強制執行停止。[i]

これに対して、一審で認められなかった名誉毀損部分と肖像権侵害部分について私が附帯控訴[ii]しました。

控訴人(フジテレビ)は、亡くなった患者さんの家族を証人申請しましたが、これは却下され、次回弁論期日の7月4日に結審することが決定しました。

判決日は7月4日に決定されるものと思われます。

(2)時機に後れた攻撃防御方法の却下等」民事訴訟法 第百五十七条[iii]

 今日の期日の直前に、裁判所が証人申請を認めないように、「時機に後れた攻撃防御方法の却下」を「上申書」で主張しました。私は、他に多くの名誉毀損訴訟を弁護士さんにお願いしていますので、プロが作成した準備書面を沢山持っています。それを参考にしなければ、この主張をすることは出来ませんでした。

裁判の進行は、裁判所の専権であることを重々承知しておりますが、以下・・・の事柄についてご意見を述べさせていただきます。」(この当たりは、弁護士さんでは恥ずかしくて書けないことでしょう。)

「・・・控訴審になっての証人申請は『時機に後れた攻撃防御方法』に当たります。原審原告(被控訴人、附帯控訴人)は本人訴訟であるのに対し、原審被告(控訴人、附帯被控訴人)は、大手メディアとして多数の名誉毀損訴訟を被告側で経験してきており、

複数の弁護士を代理人として要していたのですから、原審でも証人申請は十分に行うことが出来たはずです。

真実性・相当性の主張は、名誉毀損訴訟における抗弁として最も典型的なものです。そもそもの問題として、テレビ局が人の社会的評価を低下するおそれのある放送する場合には、それに先立って十分な取材を尽くし、メディアとして真実性を確認してから公表に至るものです。この点を踏まえて、一般的にも、相当性の立証を行うための資料は、問題となる番組の放送時点までに入手できたものに限定されるのが通例です。したがって、問題となる放送を公表する時点において、メディア側には、真実性・相当性を主張するための基礎資料は揃っていて然るべきですから、メディアが真実性・相当性の主張を行う意向を有する場合、請求原因を記載した訴状を受領した後であれば、そのような主張のための証拠提出や証人申請は十分期待できます。つまり、第一審の第1回口頭弁論期日あるいはそれに先立つ答弁書の提出時において、その証人申請を具体的に行うこと、あるいは少なくとも、かかる主張を行う旨予告をすることは、十分に期待できるものです。一般的に真実性の立証に当たっては、相当性の立証の場合とは異なり、放送後の事情も斟酌することが可能ですが、本件において控訴人は、事後でなければ入手できない証拠に基づいて真実性の証明を行おうとはしておらず、やはり、後れて真実性の主張が出されたことを正当化できるものではありません。よって、控訴人による証人申請を、貴裁判所が、時機に後れた攻撃防御方法としても、却下することを求めます。」

この主張が認められたのかそれとも全く関係なかったかは不明ですが、結局のところ、裁判所は、証人申請を却下しました。些細なことですが、前哨戦には勝利した気分で天王山に向かうことになりました。一審勝訴していますが、法律論的にはかなり難しいレベルになってきました。


[i] さらに羞じも外聞もかなぐり捨てて、一審判決で100万円損害賠償についた仮執行宣言に対して強制執行停止申し立てにより75万円の担保を立てて強制執行を認めさせました。(仮執行宣言の強制執行などこちらは元々執行させる予定はなかったのですが。)

[ii] 控訴によって開始された控訴審手続を利用して、被控訴人が控訴審での審判範囲を拡張し、自己に有利な原判決の変更を求める攻撃的申立てをいう。 

控訴の取下げまたは却下があれば、付帯控訴も効力を失う。

[iii]事者が故意又は重大な過失により時機に後れて提出した攻撃又は防御の方法については、これにより訴訟の完結を遅延させることとなると認めたときは、裁判所は、申立てにより又は職権で、却下の決定をすることができる。

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2008年5月15日 (木)

弁護側証拠採用決定―南淵明宏医師の名誉毀損敗訴判決、言い訳レター-今後も南淵証人弾劾証拠に永続的に活用可能

1. 弁護側証拠一部採用

 前々回のブログ

検察官の「混乱」と「弁護側証拠に全て『不同意』」-30字と62430字―

http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/3062430_6609.html

でお知らせしましたが、前回の公判日の前日に検察官から弁護側証拠の全てに「不同意」との連絡がありました。

 これに対して、弁護側は今日(5月14日)の公判で「証拠調請求に関する意見書」を提出。最終的に弁1(言い訳レター)、弁2(弁1の封筒)、弁8(医学新聞)、弁9(南淵医師敗訴判決)が正式に証拠採用が決定しました。

2. 今後の南淵医師証人関連裁判で弾劾証拠に活用

 なにしろ、日本心臓血管外科学会に所属もせずに、自分が全く使用したこともなければ文献も読んだことがない人工心肺や専門外の小児心臓手術に専門証人として出てきたくらいですから、今後も、検察側や民事裁判でも証人としてあるいは、被告として裁判に関わってくる可能性があるでしょう。そんな時には、是非、弁9をバンバン活用していただきたい。

『いろもの』に負けられるか!

http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/post_3432.html

「エセ・ブラックジャック」の正体

http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2008/02/post_fab4.html

3.「自由な証明」

 ところで、法律家の方ならご存じのいわゆる「自由な証明の対象」[i]であることが、弁護側の意見の主旨でした。裁判長はこの「自由な証明の対象」について以前に、「他の週刊誌や単行本からの証拠は別として、弁1、弁2、弁8、弁9については、すでに公判で証人に提示しているので、証拠採用してもよいのでは。」旨話を検察官と弁護人に簡単に話しをして、特に論争されることもなく決定しました。

4.各証拠と該当公判部分

弁1 

標目:手紙(200512月1日)

作成者:南淵明宏

立証趣旨:地裁判決及び被告人に対する南淵の評価など

証拠:

「綾瀬循環器病院佐藤一樹先生御机下

前略

11月30日の無罪判決につきまして、おめでとうございます。当方のことを、「検察に迎合したお調子者」と評価されているかもしれません。

が、テレビで佐藤先生の顔を見て、自分なりの言葉を伝えたいと思い、お手紙差し上げた次第です。

あえて今回の判決の意義を申し上げますと、まず、「個人の勝利」が挙げられると思います。裁判の内容や事件の性質は別として、孤立無援の状態で、ほとんど徒手空拳で裁判を戦い抜いた佐藤医師の根性は、誰もが目を見張ることでしょう.昨年の暮れ、検察から裁判の話を聞いたとき、そして初めて電話で話したとき、当方は孤軍奮闘する佐藤医師の熱気に圧倒されました。おそらく自分であったら、「もうどうでもええわ…」となっていたことでしょう。そうさせなかったパワーはどこにあるのか、誰もが尊敬するところでしょう。そしてそれは「無罪判決」として結実したようです。大学病院から「切られた」かたちで戦い抜いた佐藤医師を批判する人はいないと思います。報道も「操作した佐藤医師」ではなく大学病院に批判が向けられています。

おそらく佐藤先生には「自分としてはやるだけやったから結果はどうでもいい」と言う感じの、投げやりではない、充実感ゆえの達観した気分で判決を迎えたのではないでしょうか。テレビで見受けられた「高ぶらない」表情から、そんな心境が読み取れました。全部が自分に敵として向かってきている、当事者である大学組織が自分をのけ者にして忘れ去ろうとしている…、これに対する憤りは誰もが容易に理解できるものですが、実際に行動を起こす人はいないでしょうし、起こせる立場にいる人もいないと思います。今回の判決は一般論として、医療現場において「事故が事故として、結果だけで判断されず、しっかりと責任の所在が「組織にある」と認められたこと」で、組織が責任逃れすることはできないという前例を作ったことになりますが、それ以上に、一人の医師の孤軍奮闘振りには、杜会は無言で、畏敬の念を抱いていることは間違いありません。

地獄を見た奴は強い、地獄から帰ってきた奴には勝てない!見たくてみた地獄ではないでしょうが、これからの佐藤医師の人生にとって絶大なるパワーの源となることはまちがえありません。ご自分でも気がつかないでいる、自分の中に備わった無限のパワーがこれから先の将来、随所で威力を発揮することでしょう。楽しみにできるのではないでしょうか。そして、これからは今までの100万倍も充実した時間を過ごされることを確信する次第です。

草々

平成17121

南淵明宏

心臓外科医

(署名)」

弁2

標目:封筒(200512月1日)

作成者:南淵明宏

立証趣旨:弁1の手紙が封入されていた封筒の記載など

弁1弁2の該当公判部分

第5回控訴審公判より

本速記録末尾添付の「綾瀬循環器病院佐藤一樹先生御机下」と題する書面及び封筒の写しを示す

「綾瀬循環器病院 佐藤一樹先生御机下」と題する書面は当審弁護人請求証拠番号1の写しです。これの下に署名がありますが,これは被告人の署名ですか。

はい,そうです。私の署名です。

封筒の写しは,当審弁護人請求証拠番号2の封筒の写しですけれども,こしれは当審弁護人請求証拠番号1の手紙を封入していた封筒でしょうか。

いや。

分からない。

まるっきり分かりませんけれども,多分そうだと思います。

当審弁護人請求証拠番号2のあて名の字は,これは証人の字ではないんですか。

ええ。これは,どなたかに僕頼んで書いてもらったと思うんです。

この署名は僕の署名ですね。

当審弁護人請求証拠番号1が証人の署名であることは確かということですね。

はい,そうです。

手紙のほうもいきますけれども,「前略」の後,「1130日の無罪判決につきまして,おめでとうございます。」とありますが,この日付は平成17121日ということで無罪判決の翌日に証人が被告人に出した手紙でしょうか。

それで間違いないと思います。

「無罪判決につきまして,おめでとうございます。」というのは,どういう意味ですか。

佐藤医師が,私が一審で証人として出廷したときに,直接お顔を見たり,大変苦悩されている様子をこの前日め無罪判決でテレビ報道があって,非常に晴れやかな顔をされているということで,私は,佐藤医師に少なからず同情というものではなく,本日の法廷もそうですけれども,心臓外科医という1つ間違えば患者を死に至らしめる,そのようなともすればリスクの高い,あるいは殺伐とした仕事を行う同類として心から佐藤医師が個人的に喜んでいらっしゃるのではないかと思い,こういった手紙を書いて佐藤医師が更に今回のこの事件にまっわる,この時点の一審の判決までにあったいろいろなつらいことを糧にして,より大きな人間としてまた有能な心臓外科医として社会に貢献されることを願ってこのような手紙を書きました。

手紙の中で,今回の判決の意義として個人の勝利というのを挙げておられますけれども,端的に言って証人は佐藤医師は無罪だと思っていたんですか,その手紙を書いたときに。

無罪かどうかは,私自身が判断できるものではありません。裁判という形でそのルールに従って,ある事象では有罪となり,ある事象では無罪となる,これは裁判の意義や権威をぼうとくする意味では決してないのですけれども,一般民間人の私からしますと,ある裁判では例えば交通事故であれば無罪になったり有罪になったり,それと私自身,心臓外科医として長年人様の心臓を手術させていただいておりますが,自分自身で自分を裁くに至って,明らかに有罪の罪状を数多く積み重ねた罪人であることは間違いないと認識しております。私以外の世界中の心臓外科医も同じ気持ちで期待に琢えなかった患者さんのことを思い,また自分を責め,日々の精進の糧に,ときに奮い立ち,ときに自らの命を絶とうかなとも考えたり苦しい毎日を過ごしているものであります。佐藤医師は,本件を経験するにおいて刑事被告人となり,それが最終的にメディアも含め社会も含め,また最も大事なことなのでしょうが裁判という形でいろいろな人が佐藤医師の行状だけでなく佐藤医師を取り巻く社会を,というかその大学病院という状況を考え考慮し,最終的に出てきたのがこういった無罪判決であったというふうなことで,そういうふうな文章をここにしたためさせていただいたわけです。

端的に言って,その手紙を書いたときに佐藤医師は,無罪だと思って無罪判決が出てよかったなというふうに思っていたのか,本当は有罪かもしれないけれども無罪判決が出てよかったなというふうに思っていたのか,どういうふうに思っていたんですか。

有罪か無罪かは僕の立場からは何とも言えません。

どちらでもいいの。

どちらでもよくはありませんけれども,結果的に患者さんが亡くなり,それを人殺しだとののしる人がいて,あるいは人殺しだと判決を下す裁判官がいて,それは心臓外科医という立場で生きていく上では,ある程度仕方ないものなのかなというふうな認識を持っております。私自身が,いつこの佐藤被告人と同じ被告人の立場にならないとも限らないわけです。

有罪か無罪かということと離れてその手紙を書いたということですか。

そのように理解していただければと思います。

弁9

標目:横浜地裁200484日判決(判例時報1875119頁)

作成者:横浜地方裁判所

立証趣旨:南淵が、自分の勤めている病院の医療過誤により死亡した元患者の遺族に協力したため解雇された」と発言したため、この発言が名誉毀損に該当するとして、南淵が勤務していた病院が南淵を訴えた裁判で、横浜地方裁判所が、南淵が退職したのは、病r院に無断で他の病院でアル言バイトをしたり、ベンツの供与を受けたりしたことが発覚したためであると認定し、南淵の上記発言は真実でなく、真実と信じるについて相当の理由もないとして、名誉毀損の成立を認めたことなど

証拠:

弁護側証拠 第9号証

判例時報 1875 119-129

▽医療法人の経営する病院に勤務する医師が無断アルバイトを理由に退職したにもかかわらず、医療過誤の事実を患者側に伝えて解雇されたなどと週刊誌の取材やテレビで発言した場合、病院の社会的評価を低下させたとして、医療法人の医師に対する損害賠償請求が認容された事例

(損害賠償請求事件 横浜地裁 平成13年(ワ)961

平成1684日 民事第5部判決(控訴<控訴取り下げ>・確定)

 一 Xは、複数の病院及び診療所を設置運営している医療法人であるところ、平成883日付で無断アルバイトが発覚してA病院を退職した医師Y(=南淵明宏)が、週刊誌の取材やテレビ番組などで、同病院の医療過誤により死亡した元患者の遺族に協力したため解雇されたなどと発言したため、右発言により名誉を毀損されたと主張し、Y(=南淵明宏)に対して、3500万円の損害賠償を請求した。

 これに対し、Y(=南淵明宏)は、(一)Y(=南淵明宏)の発言内容は、真実であるか、真実と信ずるにつき相当の理由があるから、その発言には違法性がなく、また、Y(=南淵明宏)には名誉毀損の故意・過失がない、(二)Y(=南淵明宏)は、突然に解雇され、かつ、虚偽の事実を流布されたことにより名誉を毀損されたものであり、右発言は、これを回復・擁護するために必要なものであったから、違法性はない、などと主張した。

 二 本判決は、(一)Y(=南淵明宏)が無断で他の病院でアルバイトをしたり、ベンツの供与を受けていることが発覚し、院長から退職を求められ、これを了解して退職したのにかかわらず、週刊誌の取材やテレビ番組などで、病院の医療過誤により死亡した元患者の遺族に協力したため解雇されたとの印象を与える発言は、真実であるとは認められず、また、そう信ずるに相当の理由も存在しない、(二)医療過誤事件での出廷する日が近づくと医療法人から執拗な嫌がらせがあり、病院側の代理人が何度も電話をかけてきたりしたとの発言は、真実とは認められず、また、そう信ずるにつき相当の理由も存在しない、(3)病院の医療過誤で患者が死亡しても、その死因などを説明することは病院ではタブーだった旨の発言も、それが真実と認められない以上、公正な意見・論評とは認められない、などと判断したうえ、右発言は、いずれもXの社会的評価を低下させる名誉毀損行為に当たり不法行為が成立するとし、Y(=南淵明宏)に対して、慰謝料400万円と弁護士費用40万円の支払を求める限度で本訴請求を認容した。

 三 人の名誉は、古くローマ法の時代から人格権の中でももっとも重要な権利として不法行為法の保護を受けてきたが、名誉毀損と不法行為の成否については、摘示された事実が真実であると証明されたとき、あるいは真実と信ずるについて相当の理由があるときには、不法行為が成立しないとするのが確定した判例理論である(最一判昭41623民集2051118、本誌45329)

 そこで、本件では、主として、もとA病院に勤務していた医師Y(=南淵明宏)の、同病院の医療過誤により死亡した元患者の遺族に協力したため解雇されたなどとする発言の内容が真実であるかどうかが争われたが、本判決は、関係証拠を検討の上、右発言内容は真実であるとは認められず、また、そう信ずるにつき相当の理由も存在しないと判断し、Y(=南淵明宏)の不法行為責任を肯認した。

 本判決は、特に目新しい判断を示したものではないが、問題の医師は、人気漫画「ブラックジャックによろしく」に登場する心臓外科医のモデルで、「ブラック・ジャック解体新書」などの著書がある医師であるとして知られ、社会の関心を集めたケースであるので、事例的意義があるものとして紹介する。

〈参照条文〉民法709条・710条・723

〈当事者〉

原告                                   医療法人社団 愛心会

同代表者理事長                  高橋良裕

同訴訟代理人弁護士        濱 秀和

                                       宇佐見方宏

                                       奥田圭一

                                       後藤正幸

                                       菅沼 真

同                                    重 隆憲

同訴訟復代理人弁護士     宮崎良夫

被告                            甲野太郎(=南淵明宏)

同訴訟代理人弁護士           畑山 譲

.                                      浜田 薫

【主文】 

一 被告(=南淵明宏)は、原告に対し、440万円及びうち金100万円に対する平成121126日から、うち金150万円に対する平成121224日から、うち金150万円に対する平成1237日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

二 原告のその余の請求を棄却する。

3 訴訟費用はこれを20分し、その3を被告(=南淵明宏)の負担とし、その余を原告の負担とする。

四 この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

【事実及び理由】

第一 請求

一 被告(=南淵明宏)は、原告に対し、3500万円及びうち金3000万円に対する平成121126日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

二 訴訟費用は被告(=南淵明宏)の負担とする。

三 第一項につき仮執行宣言

第二 事案の概要

 本件は、原告が、平成121126日発行の会報誌「考心」に掲載された被告(=南淵明宏)の寄稿文並びにそのころ被告(=南淵明宏)が取材を受けることにより掲載された同年1224日発行の「読売ウイークリー」の記事及び平成1337日放送の日本テレビ「きょうの出来事」の放送内容に、原告の設置運営する乙山病院(以下「原告病院」という。) における医療過誤により死亡した元患者の遺族に被告(=南淵明宏)が協力したため原告病院を解雇されたなど、原告の社会的評価を低下させる表現が含まれており、被告(=南淵明宏)は故意に原告の名誉を毀損したものであると主張して、被告(=南淵明宏)に対し不法行為に基づく損害賠償として3500万円及びうち3000万円に対する不法行為の日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払いを請求した事案である。

 前提となる事実(証拠の引用のないものは当事者間に争いがない。) <編注・本誌では証拠の表示は省略ないし割愛します。>

(1) 当事者等

 原告は、医療法人社団徳洲会グループに属する医療法人社団であり、神奈川県下において、原告病院を含む複数の病院及び診療所等を設置運営している。

 被告(=南淵明宏)は、平成510月一日から平成8813日まで原告病院心臓血管外科に勤務していた医師であり、現在は、医療法人社団丙川会の設置運営する丁原病院心臓病センターの心臓外科部長である。

(2) GVHD裁判

ア 平成512月、被告(=南淵明宏)が主治医を務めていた戊田松夫(以下「戊田」という。)は、原告病院において冠状動脈バイパス手術及び僧帽弁置換術を施行され、手術時の出血量が多かったために、血小板輸血を受けた。戊田は、輸血後、移植片対宿主病(GVHD)を発症し、術後14日目に肺炎を併発し、呼吸不全により死亡した。

イ 戊田の遺族は、平成83月ころ、戊田の死亡は日本赤十字社及び原告病院医師の過失によるものであるとして、日本赤十字社及び本訴原告である医療法人社団愛心会に対し損害賠償を求める訴え(以下「GVHD裁判」という。)を横浜地方裁判所に提起した。

ウ 平成101030日、GVHD裁判第=回口頭弁論期日において、被告(=南淵明宏)は、戊田の遺族らの申請証人として出廷し、証言を行った。

エ 平成121117日、横浜地方裁判所は、GVHD裁判につき、日本赤十字社に対する請求を棄却し、本訴原告である医療法人社団愛心会に対し4000万円の支払を命じる判決を言い渡した。本訴原告は上記判決に対して控訴せず、上記判決は確定した。

(3) 被告(=南淵明宏)の退職

 被告(=南淵明宏)は、原告病院を平成8813日付けで退職した。

(4) 「考心」掲載内容

「考心」は、被告(=南淵明宏)による心臓外科手術を受けた患者及びその家族らにより構成される「心臓手術後の生活を考える会」(略称「考心会」)の会報誌である。

 平成121126日付「考心」には、下記の部分を含む被告(=南淵明宏)の寄稿文が掲載された。

(ア) ある裁判の判決が20001117日にありました。「GVHD裁判」と呼ばれる裁判です。私はこの裁判に大きくかかわって来ました。

(イ) 私が甲田市の徳洲会病院に赴任してまもなく、冠状動脈バイパス手術と僧帽弁置換術をお受けになったM氏が、術後十四日目に肺炎で亡くなられました。直接の死因は肺炎ですが、GVHDという輸血による合併症を発症した状態での死亡でした。

(ウ) S医師はその後、私がその甲田市の病院を突然に解雇された直後、その病院の常勤医師になりましたが、当時外部医療機関に勤務していたS医師がM氏を執刀したのは病院の方針でした。

(エ) M氏のご遺族は日赤と徳洲会を相手取り訴訟を提訴されました。

(オ) 私は甲田市の病院の院長から「どうして事実を家族に話したんだ!おまえはそういうところがまだまだ未熟な人間だ!」と叱られました。

(カ) 当時、GVHDで患者が死亡しても、まともに死因などを説明する医師は日本にはいなかったようです。またそうすることはむしろ医師社会、特に営利や選挙活動を主体とする病院ではタブーだったのです。私は同じ年の7月に甲田市の病院から突然クビを言い渡されました。私が現在の病院に移ってしばらくして、異例なことですが、原告側の裁判の証人として私は出廷することになりました。

(キ)出廷する日が近づくと徳洲会からの執拗な嫌がらせが丁原病院に勤務する私や病院を襲いました。徳洲会弁護士のI氏からは何度も電話がかかってきました。

(ク)M氏の裁判は日赤を動かし、多くの人の命を救ったといえます(私はクビになりましたが)

(5) 「読売ウイークリー」掲載内容

 読売新聞社は、平成121224日付け発行の「読売ウイークリー」に、「白い巨塔と闘う」「医師たちの良心」「医療ミスで証言台に立つ勇気」と題して、下記の部分を含む記事を掲載した。

(ア) Mさん(当時65)19931229日、神奈川県甲田市の総合病院で、HIV感染と思い込んだまま亡くなった。

(イ) Mさんは狭心症のため、同病院で冠状動脈バイパス手術を受けた。同病院は、近隣の大学病院からも患者が紹介されてくるような、全国的にも心臓外科の最先端をいく病院として知られており、Mさんもほかの病院から転院してきた。主治医は、赴任したばかりの福山晴夫医師(仮名=42)で、実際に執刀したのは、当時、他の病院に勤務していた同病院顧問のS医師だった。

(ウ) 福山医師は意を決し、遺族に対してGVHDだったことを明かし、次の3点を説明した。①輸血で起こるかも知れないGVHDという合併症のことは、85年ごろから医師の間では周知の事実だったこと②そういった危険な輸血成分(血小板)の投与に関与した自分にも責任があること③いったんGVHDになると有効な治療法はないが、日赤、あるいは病院が事前に放射線照射をしていれば、予防できた可能性が強い。だが、この病院は照射装置を備えていなかったこと。

(エ) 病院の院長は、福山医師に対して「どうして事実を家族に話したんだ!お前のそういうところが未熟なんだ」と、烈火のごとく怒鳴りまくったという。同年7月には、「君の手術は、だれも手伝わない」と院長から事実上の解雇宣告を受けた。

(オ) そして、その二年後。同じ神奈川県内の病院に移っていた福山医師は、原告側の証人として出廷することを申請された。出廷する日が近づくと、福山医師の周辺で、医療機器納入業者などが事実無根のイヤガラセ情報を流したり、病院側の代理人が何度も電話をかけてきたりしたそうだ。

(6) 「きょうの出来事」放送内容

日本テレビは、平成1337日、「きょうの出来事」中で、「医療ミスで患者を死なせてしまった医師。遺族に全てを話し、病院を追われた彼は、ある決断をします。医師と患者、そして病院のあるべき姿とは。今日の特集です。」とのアナウンスの後に、「8年前、ある病院で患者の死亡事故がありました。原因は医療ミス。遺族に真実を告白した医師は病院を追われてしまいます。患者に対する責任を自らに問い続けた一人の医師を取材しました。」とのナレーションを入れ、被告(=南淵明宏)本人の説明する映像を交え、GVHD裁判及びこれに被告(=南淵明宏)が協力したことを紹介する内容の番組を放映した。上記番組中には、「ある日、甲野(=南淵)医師が出勤すると、机の上には何もなくなっていた。病院の院長は、『君の手術にはもう誰も協力しない。』と告げたという。事実上の解雇通告だった。」とのナレーションが入る部分があった。

二 争点

(1) 「考心」、「読売ウイークリー」及び「きょうの出来事」の表現は原告の社会的評価を低下させる名誉毀損にあたるか。

(2) 上記各表現は真実であり若しくは真実と信ずるにつき相当の理由があるか。また、公共の利害に関する事実にかかり、公共の利益を図る目的でなされたものか。

(3) 被告(=南淵明宏)が、上記各表現を行い若しくは各表現の情報を報道機関に提供したのは、原告の行為によって損なわれた被告(=南淵明宏)自身の名誉の擁護・回復のためになされた必要範囲内の行為か。

(4) 「読売ウイークリー」掲載内容及び「きょうの出来事」放送内容につき、被告(=南淵明宏)による報道機関への情報提供行為との間に相当因果関係があるか。

(5) 損害の発生の有無及び損害の発生があるとすればその額。

三 争点に対する当事者の主張

(1) 争点(1)について

(原告)

 上記第二の一「前提となる事実」(4)ないし(6)の各記事ないし放送内容のうち、名誉毀損にあたるのは以下の部分(以下、下記アないしウを「本件表現」という。)である。

ア 「考心」について

(ア) 「私がその甲田市の病院を突然に解雇された」

(イ) 「私は甲田市の病院の院長から『どうして事実を家族に話したんだ!おまえはそういうところがまだまだ未熟な人間だ!』と叱られました。」

(ウ) 「またそうすることはむしろ医師社会、特に営利や選挙活動を主体とする病院ではタブーだったのです。」

(エ) 「私は同じ年の7月に甲田市の病院から突然クビを言い渡されました。」

(オ) 「出廷する日が近づくと徳洲会からの執拗な嫌がらせが丁原病院に勤務する私や病院を襲いました。徳洲会弁護士のI氏からは何度も電話がかかってきました。」

(カ) 「(私はクビになりましたが)

イ 「読売ウイークリー」について

(ア) 「病院からの数々の圧力」

(イ) 「病院の院長は、福山医師に対して『どうして事実を家族に話したんだ!お前のそういうところが未熟なんだ』と、烈火のごとく怒鳴りまくったという。同年7月には、『君の手術は、だれも手伝わない』と院長から事実上の解雇宣告を受けた。」

(ウ) 「出廷する日が近づくと、福山医師の周辺で、医療機器納入業者などが事実無根のイヤガラセ情報を流したり、病院側の代理人が何度も電話をかけてきたりしたそうだ。」

ウ 「きょうの出来事」について

(ア) 「遺族に全てを話し、病院を追われた彼は」

(イ) 「遺族に真実を告白した医師は病院を追われてしまいます。」

(ウ) 「ある日、甲野(=南淵)医師が出勤すると、机の上には何もなくなっていた。病院の院長は、『君の手術にはもう誰も協力しない。』と告げたという。事実上の解雇通告だった。」

 上記のとおり、本件表現は、原告病院において医療過誤が発生したことを前提に、その患者側に協力した医師を叱責し、解雇し、かつ、上記医師が証人として出廷するにあたり嫌がらせ行為を行ったとの内容であるところ、医療過誤につき社会的関心が高まりつつあり、マスコミでも頻繁に取り上げられている社会状況下において、上記のような表現は、原告に対し、医療過誤があった場合に解雇・嫌がらせ等の手段を用いてでも過誤事実を隠蔽する医療機関であるというイメージを植え付けるものであって、原告の医療機関としての信用及び名誉を著しく毀損するものである。よって本件表現は原告の社会的評価を下落させるものであり、名誉毀損行為にあたる。

(被告(=南淵明宏))

原告の主張を否認する。

「考心」では、被告(=南淵明宏)がGVHD裁判が原因で解雇されたことを明確に述べた部分はなく、このような意味において原告の社会的評価が低下することはない。

 また、本件表現のうち、「考心」掲載文においては被告(=南淵明宏)は原告病院につき「甲田市の病院」と記載してその名称を明らかにせず、「きょうの出来事」の放送においても原告病院の名称及び原告病院を特定しうるような情報は放送されず、「読売ウイークリー」掲載記事においても、原告病院の名称は明らかにされず、被告(=南淵明宏)名すら仮名であって、その掲載内容中に原告病院につながる情報はなかった。

 以上のとおり、本件表現により原告病院を特定することはできず、そうである以上本件表現によって原告の社会的評価が低下することもありえないのであるから、本件表現は名誉穀損にあたらない。

(2) 争点(2)について

(被告(=南淵明宏))

ア 本件表現のうち事実を摘示した部分については、真実であり、または被告(=南淵明宏)が真実と信ずるにつき相当の理由がある。

 すなわち、①戊田の遺族に対して事実をありのままに話したことで原告病院長の強い叱責を受けたこと、②被告(=南淵明宏)が原告病院長から「君の手術は誰も手伝わない」等と告げられたり、机を無断で片づけられたりしたことにより、やむをえず原告病院を退職したこと、③医療機器納入業者に対して圧力がかかったり、GVHD裁判の証人として出廷する前に病院側代理人から何度も電話がかかってきたりしたこと、④被告(=南淵明宏)が、戊田の遺族に協力したことで原告病院を事実上解雇された(すなわちクビになった)ことは真実であるし、また、そうでなくとも、真実であると信ずるにつき相当の理由がある。特に上記④については、上記①ないし③の事実や、原告が被告(=南淵明宏)の退職理由として挙げる兼職行為が原告において禁止されていた事実や丙山梅子の冠状動脈バイパス手術においてビデオ撮影のために再切開再吻合を行った事実がなく、被告(=南淵明宏)が原告病院を退職しなければならない理由が見当たらないことに照らすと、真実であると被告(=南淵明宏)が信ずることには相当な理由があるものである。

また、本件表現のうち「またそうすることはむしろ医師社会、特に営利や選挙活動を主体とする病院ではタブーだったのです。」との部分については、上記の真実である事実及び真実であると信ずるにつき相当の理由がある事実に基づいた被告(=南淵明宏)自身の公正な意見ないし論評である。

イ 社会一般の人々にとって、医療現場の事実隠蔽体質の有無は、適切な医療を受けるために医療の質を問う前提として、大きな関心事であるから、本件表現行為は公共の利害に係る事実に関する記述・発言である。

 また、被告(=南淵明宏)は、患者に対して説明義務を尽くし、患者に対する医療の透明性を確保し、ひいては医療の質を向上させようとする被告(=南淵明宏)の信念に基づいて寄稿文を作成し、または報道機関への情報提供を行ったから、これらに基づく本件表現は公益を図る目的でなされたものである。

ウ 以上により、本件表現には事実の公共性、目的の公益性及び真実性があり違法性がなく、また、そうでなくとも、真実と信ずるにつき相当の理由があるから被告(=南淵明宏)には名誉毀損の故意・過失がない。

(原告)

ア 被告(=南淵明宏)の主張を否認する。

イ 本件表現のうち事実を摘示した部分は全て虚偽である。すなわち、①被告(=南淵明宏)が戊田の遺族に対して戊田の死因等を話したことにつき、原告病院長が「どうして事実を家族に話したんだ」などと被告(=南淵明宏)を叱責したことはない。原告病院長は、平成512月ころ、被告(=南淵明宏)から、戊田の遺族に対して説明を行ったこと及び訴訟にはならないと思うとの報告を受けた際に、見通しが甘い旨告げたことがあるのみである。また、②被告(=南淵明宏)に退職を迫る方策として原告病院長が「君の手術はもう誰も手伝わない。」旨述べたり、被告(=南淵明宏)の机の上を突然何もない状態にしたりしたこともない。被告(=南淵明宏)が後述する丙山梅子の手術における再吻合の事実を疑われ、原告病院長に問いただされた際に、原告病院長が「そんなことをしていると誰も君の手術を手伝わなくなるぞ。」と話したことや、被告(=南淵明宏)が辞表を提出した後、被告(=南淵明宏)が事実上使用していたカンファレンスルーム机上の原告病院備品類を被告(=南淵明宏)の同僚らが整頓したことがあるのみである。また、③原告病院長はGVHD裁判の進行状況を全く知らず、被告(=南淵明宏)が証人として証言することも知らなかったのであるから、原告が被告(=南淵明宏)に対してGVHD裁判に関して何らかの働きかけを行うことはありえず、従って、被告(=南淵明宏)がGVHD裁判で証人として出廷するにあたり、原告が何らかの圧力を被告(=南淵明宏)に対して加えた事実も一切ない。さらに、④被告(=南淵明宏)が戊田の遺族に協力したことで原告病院を解雇されたという点も事実に反する。被告(=南淵明宏)は、原告病院で禁止されている兼職行為を行っていることにつき再三注意を受けたにもかかわらずこれをやめなかったこと、兼職先からベンツの供与を受けていたことが発覚したこと、及び、丙山梅子の手術において動脈グラフト四カ所のうち一本を吻合中株式会社ゲッツブラザーズ(以下「ゲッツブラーズ」という。)に提供する予に気付き、吻合部分を再切開した上再吻合し、これについて同僚らに非難されたこと等により原告病院にいたたまれなくなって原告病院を自ら退職したものである。

 なお、①ないし④の事実は被告(=南淵明宏)自身が経験した事実そのものであり、真実か否かは被告(=南淵明宏)自身が熟知している事項であるから、真実と信ずる相当な理由が存在することはありえない。

 よって本件表現は虚偽であり、かつ、真実と信ずるについて相当の理由もないものである。

ウ 本件表現は、被告(=南淵明宏)が解雇された理由について摘示するものであるところ、これは被告(=南淵明宏)の個人的な問題であり、事実の公共性は認められない。

また、被告(=南淵明宏)は、GVHD裁判の意義を利用して被告(=南淵明宏)の退職理由にすり替えることにより、被告(=南淵明宏)を正当化・美化する目的で名誉毀損行為を行ったものであり、目的の公益性は認められない。

(3) 争点(3)について

(被告(=南淵明宏))

 被告(=南淵明宏)は、原告により突然に解雇され、かつ、虚偽の事実を流布されたことにより、名誉を段損されており、本件表現はこれを回復・擁護するために必要なものであった。よって本件表現に違法性はない。

(原告)

 被告(=南淵明宏)の主張を争う。

 被告(=南淵明宏)は、原告病院を退職せざるをえなくなったことを隠蔽・正当化するために本件表現を行ったものである。

(4)争点(4)について

(原告)

 「読売ウイークリー」及び「きょうの出来事」の報道内容は、「考心」とほとんど同一であることから、被告(=南淵明宏)による報道機関への発言及び主張が上記報道内容に直結したものと認められ、被告(=南淵明宏)による情報提供行為と「読売ウイークリー」及び「きょうの出来事」の報道内容との間には相当因果関係が存在する。

 なお、報道機関について当該報道のもととなる情報提供を行った者が、当該情報提供について独自に名誉毀損責任を負うことは十分にあり得ることであり、その場合に、報道機関のみを被告(=南淵明宏)とするか、報道機関とともに情報提供者を被告(=南淵明宏)とするか、あるいは情報提供者のみを被告(=南淵明宏)とするかは、原告による被告(=南淵明宏)選択の問題であって、名誉毀損責任の成否に影響を与えるものではない。

(被告(=南淵明宏))

 原告の主張を否認する。

 本件において、被告(=南淵明宏)が報道機関に対して提供した情報は、争点②記載の被告(=南淵明宏)の主張するア①ないし③の事実のみであり、④GVHD裁判が退職に影響していることについては不確かな情報として語ったに過ぎないし、「読売ウイークリー」の表現に含まれている「医療機器納入業者などが事実無根のイヤガラセ情報を流した」との事実については、述べたこと自体ない。よって、「読売ウイークリー」及び「きょうの出来事」の報道は被告(=南淵明宏)の情報提供に基づくものではなく、被告(=南淵明宏)の情報提供行為との間に因果関係はない。

 また、「読売ウイークリー」及び「きょうの出来事」については、報道機関は被告(=南淵明宏)に対する取材のほか、種々の取材を行った上で、報道すべき事実を取捨選択し、構成し、かつ、脚色しているのであって、「読売ウイークリー」及び「きょうの出来事」の報道は、各報道機関の責任において独自に行われたものであるから、取材源である被告(=南淵明宏)の情報提供行為と「読売ウイークリー」及び「きょうの出来事」の報道内容との間に相当因果関係はないものである。

(5)争点(5)について

(原告)

 本件表現行為によって原告が被った損害は、本件表現行為の内容が虚偽であること、その影響の大きさ、動機と態様の悪質性等に鑑み、金3000万円を下回らない。

 また、原告は、本訴の提起及び追行を原告訴訟代理人らに委任し、その着手金及び報酬として合計5〇〇万円の支払を約したところ、これも本件表現行為に基づく損害に含まれるものである。

(被告(=南淵明宏))

 原告の主張を否認する。

 「読売ウイークリー」及び「きょうの出来事」では原告の特定すら困難であり、また、「考心」はごく規模の小さい限定された親睦会の会報誌であるから、本件表現により原告に損害が生じたとは考えられず、かつ、本件表現の前後を通じ、原告病院の入院患者数や売り上げが落ちた事実がないことは原告病院長も自認している。よって原告には本件表現により何らの損害も生じていない。

第三 当裁判所の判断

一 争点(1)について

(1) 「考心」について

ア 上記第二の一「前提となる事実」(4)のとおり、平成121126日付け「考心」掲載文は、原告が名誉段損にあたると主張する表現を含んでおり、かつ、一般の読者が普通の注意と読み方をもって上記表現に接した場合、原告が医療過誤を起こした上、その事実を隠蔽する方針を採り、この方針に従わず医療過誤の事実を患者の遺族に説明した医師を叱責し、かつ解雇し、当該医師の医療過誤訴訟における証言により医療過誤の事実が明らかになることを嫌って執拗な嫌がらせ行為を行ったとの印象を持つものであって、医療機関である原告にとってその社会的評価を低下させるものであると認められる。

イ この点につき、被告(=南淵明宏)は、「考心」において解雇の原因とGVHDの件を明確に関連づける表現はないと主張するが、「考心」掲載文のテーマが「GVHD裁判」であるにもかかわらず、被告(=南淵明宏)が解雇された事実が3箇所にわたって掲載されていること、「死因を説明する医師は日本にはいなかった。」との記載の後に、「そうすることは」「病院ではタブーだったのです。」との記載が続いており、死因を説明したことを病院長から叱責されたとの事実の摘示の後に「突然クビを言い渡された」との記載が続いていること、GVHD裁判の意義を述べた記載の後に「私はクビになりましたが」との記載が続いていることからすれば、原告が名誉毀損にあたると主張する記載部分が、他の部分と相侯って、上記アの印象をその読者に与えるものであることは明らかであって、被告(=南淵明宏)の主張は採用できない。

 また、被告(=南淵明宏)は、「考心」掲載文中で原告の名称は明らかになっておらず原告を特定できないから原告の社会的評価は下落しえないと主張とするが、「考心」掲載文中には「甲田市の徳洲会病院」「徳洲会」との記載があり、これにより原告が明らかに特定されているから、この点についての被告(=南淵明宏)の主張も採用できない。

ウ よって、「考心」における上記表現は、原告の社会的評価を低下させる名誉毀損にあたる。

(2) 「読売ウイークリー」について

 上記第二の一「前提となる事実」(5)のとおり、平成121224日付け「読売ウイークリー」掲載記事は、原告が名誉毀損にあたると主張する表現を含んでおり、一般読者の普通の注意と読み方を基準として上記表現を解釈した場合、上記表現は、表現中に記載された病院につき、「考心」におけると同様の印象を読者に与え、その社会的評価を低下させるものであると認められる。

 そして、「読売ウイークリー」掲載記事には、「神奈川県甲田市の総合病院」「近隣の大学病院からも患者が紹介されてくるような、全国的にも心臓外科の最先端を行く病院」との記載が含まれており、当時甲田市内に心臓外科手術をする総合病院は原告病院以外になかったことから、不特定多数の読者が上記記載により原告病院を特定可能であったと認められるから、「読売ウイークリー」の上記表現は、原告に対する名誉毀損にあたるものである。これに反する被告(=南淵明宏)の主張は採用できない。

(3)「きょうの出来事」について

上記第二の一「前提となる事実」(6)のとおり、平成1237日放送の「きょうの出来事」放送内容は、原告が名誉毀損にあたると主張する表現を含んでおり、上記表現は、一般視聴者が普通の注意と関心をもって上記放送内容を視聴した場合に、放送中に指摘された病院につき、医療ミスについて遺族に真実を告白した医師をこのことを理由に解雇したとの印象をもつものであり、原告の社会的評価を低下させるものであると認められる。

 そして、「きょうの出来事」においては、被告(=南淵明宏)の実名及び被告(=南淵明宏)の映像が放映され、上記病院につき、「8年前」「被告(=南淵明宏)が当時いた病院」との情報が提供されており、被告(=南淵明宏)が複数の大学の講師を務め、講演を行うことも多く、新聞・週刊誌等に名前が出ることもあるなど、心臓外科分野において著名な医師であることや、被告(=南淵明宏)が経歴を公表していることから、上記の情報により、不特定多数の視聴者が原告病院を特定可能であると認められ、「きょうの出来事」の上記表現は原告に対する名誉毀損にあたるものである。これに反する被告(=南淵明宏)の主張は採用できない。

二 争点(2)について

<証拠略>によれば、被告(=南淵明宏)とGVHD裁判との関わりや、被告(=南淵明宏)が原告病院を退職するに至るまでの経緯及びその前後の事情は以下のとおりであったことが認められる。

ア GVHDによる戊田の死亡と被告(=南淵明宏)の遺族への説明

(ア)平成512月、被告(=南淵明宏)が主治医を務めていた戊田が原告病院において冠状動脈バイパス手術及び僧帽弁置換術を受け、出血量が多かったために血小板輸血を受けた数日後から、手術創の周囲が発赤し始めた。このため、被告(=南淵明宏)は、GVHD発症を疑い、原告病院の乙野竹夫院長(以下「乙野院長」という。) にこのことを報告するとともに、同院長の了解のもとに日本赤十字社に確定診断を依頼しその結果、GVHD発症が確定した。被告(=南淵明宏)は、乙野院長にその旨報告し、戊田の家族に対しても病名及び症状について説明した。戊田は、術後14日目に肺炎を併発し、呼吸不全により死亡した。

(イ)戊田の死亡後、被告(=南淵明宏)は、戊田の遺族に対し、戊田の死因がGVHDであることや、放射線照射を行わない血小板を輸血するとGVHDを発症する可能性があるが、輸血用血液の供給元である日本赤十字社でも原告病院でも輸血用血小板について放射線照射を行っていなかったことを説明した。また、被告(=南淵明宏)は、医療現場の実態からして、このような放射線照射を行う責任は日本赤十字社にあり、原告病院にはそのような責任はないとの見解を有しており、戊田の遺族に対してもこのような見解に基づいた説明をした。戊田の遺族らは、被告(=南淵明宏)の了解を得て、このような被告(=南淵明宏)の説明をテープに録音した。

(ウ)被告(=南淵明宏)は、戊田の遺族に対して上記のような説明を行ったことを乙野院長に報告するとともに、輸血用血液に放射線照射を行うべき責任は日本赤十字社にあり原告病院にはないことを遺族に説明したので訴訟にはならないと思うとの意見を述べた。

(エ)乙野院長は、原告病院においては、医療過誤の可能性のある事案に関しては、医師の報告を受け、病院としての対処方針を決定し、この方針に従って対応することとしているので、被告(=南淵明宏)の行動は病院としての対処方針が決定されない段階で、遺族に対し被告(=南淵明宏)の独断で説明を行った点で原告病院の方針に反するものであることを指摘し、この点につき被告(=南淵明宏)を叱った。また、被告(=南淵明宏)が輸血用血液に放射線照射を行うべき責任は日本赤十字社にあり原告病院にはないことを遺族に説明したので訴訟にはならないとの意見を述べたことについては、そのように甘いものではなく、被告(=南淵明宏)の考えは未熟であると述べた。

(オ)その後、乙野院長らと被告(=南淵明宏)の間でGVHDによる戊田の死亡の件が話されることはなかったが、平成83月に至って、戊田の遺族らが原告と日本赤十字社を相手どって訴訟を提起し、その訴状が原告病院に届けられた際に、乙野院長は被告(=南淵明宏)を呼んで、やはり被告(=南淵明宏)が考えたように甘いものではなかったと告げた。ただし、乙野院長は、当時、輸血用血液に放射線照射を行うことは大学病院を含めてほとんど全く行われていなかったことから、原告病院の固有の問題というよりも、日本赤十字社や輸血を行う病院全体の問題であると考えており、また、放射線照射を行うことによりGVHDによる患者の死亡を防ぐことができるなら望ましいことでもあると考えていて、この訴訟対策にはほとんど関与しなかった。

イ 丙山梅子の手術について

(ア)被告(=南淵明宏)は、平成8126日、原告病院において、執刀医として丙山梅子(以下「丙山」という。)に対し冠状動脈バイパス手術を施行した(以下「丙山手術」という。)。上記手術の助手は丁川医師と戊原医師であり、麻酔医は甲川医師であった。

(イ)原告病院においては、手術経過につき手術室上方からビデオ撮影を行うことを常としていたが、被告(=南淵明宏)は、これとは別に、自己の行う心臓外科手術について手術経過の詳細を鏡視下スコープカメラを用いてビデオ撮影することとしていた。また、被告(=南淵明宏)は、原告病院に医療機器を納入する業者であるゲッツブラザーズとの間で、報酬90万円で被告(=南淵明宏)の執刀する動脈グラフトを使用した心臓外科手術手技ビデオ30本を製作して同年3月末日までに同社に提出するとの内容の業務委託契約を締結していた。

(ウ)被告(=南淵明宏)は、丙山手術についても、鏡視下スコープカメラを用いてビデオ撮影することとして、手術中のビデオ操作を丁川医師及び乙原技師に行わせた。丁川医師及び乙原技師は、手術の重要部分のみビデオ撮影を行うこととし、丁川医師が指示して乙原技師がビデオの撮影スイッチの操作を担当した。

(エ)丙山手術は、バイパスグラフトと冠状動脈を四箇所にわたり吻合することを主内容とする難度の高い手術であったところ、被告(=南淵明宏)が上記のうち一箇所の吻合をすべくグラフトと動脈を糸で縫合していた際、乙原技師は上記ビデオの撮影スイッチがオフになったままであることに気づいた。グラフトと動脈の吻合作業は、丙山手術のうち、非常に重要な部分であったので、丁川医師は、被告(=南淵明宏)に対し、「すいません、撮れてませんでした。」と告げた。被告(=南淵明宏)は、丁川医師の顔を見て、えっという表情を浮かべ、いらいらした様子を見せながら縫合をさらに23針進めた後、縫合する手を止め、数秒間考える様子を見せた後、縫合していた糸を切ったが、一度針をかけて糸を通した冠状動脈の辺縁はぼろぼろの状態となっていた。その後、被告(=南淵明宏)は、グラフトと動脈の再度の吻合を行った。

(オ)丙山手術終了後、助手を務めていた丁川医師や戊原医師らは、被告(=南淵明宏)が上記のとおり吻合の途中で縫合の糸を切って吻合をやり直したことにつき、確信は持てないものの、ビデオ撮影がされていなかったことから改めてビデオを撮影するため吻合をやり直したのではないかとの印象があったため、同人らや原告病院心臓外科において同人らとチームを組んでいた丙田医師や丁野医師らとの間で、もし本当にそのような事実であったとすれば残念だと話し合った。なお、丙山は手術後5日目に死亡したが、その死因は脳出血によるもとされた。

(カ)乙野院長は、丙山手術に立ち会った医師らが上記のように話し合っていることをほどなく知り、被告(=南淵明宏)に事情を聞いたが、被告(=南淵明宏)は、最初の縫合は吻合の具合が悪かったために糸を切り、吻合をやり直したと説明し、以後はこのような誤解を受ける行為は決して行わないと述べたことから、乙野院長も、それ以上にこの問題について調査したり、被告(=南淵明宏)の責任を問う動きを見せることはなかった。

ウ アルバイト問題と被告(=南淵明宏)の退職

(ア) 被告(=南淵明宏)は、平成7年末ころ、年内に緊急に心臓外科手術の必要な患者について、原告病院に搬送して手術を行う順番を待っていたのでは年を越してしまうので、被告(=南淵明宏)が手術の助手となる医師や手術用の人工心肺装置を操作する技師らを含む手術チームを伴って丁原病院に赴いて手術を行うことを認めてほしいと乙野院長に申し出た。乙野院長は、この件については緊急の必要性があるとのことで許可したが、あくまでもこの件に限ってのことであって、以後、恒常的に被告(=南淵明宏)が他の医師や技師らを伴って丁原病院に出かけて手術を行うことを許可したわけではなかった。

(イ)ところが、被告(=南淵明宏)はその後も、乙野院長らの許可を得ないまま、原告病院で心臓外科手術を行わない日となっていた木曜日に頻繁に手術チームと連れて丁原病院に出かけて手術を行っては一回あたり約10万円の謝礼を受け取るようになった。また、このような手術に加わった他の医師や臨床工学士らも丁原病院から謝礼を受け取っていた。

(ウ) 乙野院長は、平成84月ころ、被告(=南淵明宏)が原告病院の勤務時間中にこのように頻繁に原告病院の手術チームを連れて丁原病院に出かけて心臓手術を行っていることを知り、被告(=南淵明宏)や他の医師らに対してこのようなアルバイト行為を止めるように強く注意した。これに対し、被告(=南淵明宏)も他の医師らも以後はこのようなことは止める旨述べ、実際に被告(=南淵明宏)以外の医師や技師らはこのようなアルバイト行為を取りやめたが、被告(=南淵明宏)は、その後も単身で病院に出かけて同病院で手配した医師や技師らとともに心臓外科手術を行うことを続けていた。

エ) 同年6月ころから、原告病院の職員用の駐車場に駐車の登録のなされていないベンツが駐車されていることが問題となり、被告(=南淵明宏)がこれに乗っていたことから、職員が尋ねたところ、被告(=南淵明宏)は自分で買ったものであると答えていた。

 その後、同年723日に原告病院の事務担当者がこの車の登録事項等通知書を取り寄せたところ、丁原病院を設置運営している医療法人社団丙川会が同年425日に登録した車であり、約680万円もするものであることが判明した。そこで、乙野院長が同年83日ころに被告(=南淵明宏)を呼んで、被告(=南淵明宏)はアルバイト行為をまだ継続しているのではないか、また、アルバイト先である丁原病院からベンツを供与されているのではないかと問いただしたところ、被告(=南淵明宏)は、当初は、アルバイト行為はもうしておらず、ベンツは自分で買ったものだと主張していたものの、上記登録事項等通知書を示されると、態度を改め、丁原病院でアルバイト行為を継続していること及びアルバイト先である丁原病院からベンツを供与されていることを認めて陳謝した。

 そして、被告(=南淵明宏)は、今後は丁原病院に出かけて心臓外科手術を行うことを止め、ベンツも返還すると申し出たが、乙野院長は、アルバイト行為をやめるよう注意したにもかかわらずその後も恒常的に他の病院にでかけてアルバイト行いベンツの供与まで受けていた以上、一緒にやっていくことはできないので辞めてもらいたい旨を告げた。すると、被告(=南淵明宏)は、一旦は、「訪問看護でも何でもしますから原告病院において下さい。」などと述べ、涙を流して土下座するなどしたが、乙野院長が、乙野院長個人の判断だけでなく、従前の丙山手術のこともあり、今回のアルバイト問題とあわせて、他の医師や職員らの信頼が失われているので他の医師や職員らとチームワークを組んで仕事をすることができない旨を告げると、被告(=南淵明宏)も退職を受け入れた。

(オ) 被告(=南淵明宏)は、週明けの同月5日、乙野院長に辞表を提出したが、この辞表には、「私こと、甲野太郎(=南淵明宏)は、一身上の都合により、医療法人社団愛心会乙山病院心臓血管外科部長の職を辞任させていただきたく、ここに請願いたします。尚、後任には丙田春夫医師を強く推薦させていただきます。」と記載されていた。

(カ) なお、そのころ、被告(=南淵明宏)が使用していた机から、上記の通り被告(=南淵明宏)がゲッツブラザーズとの間で締結していたビデオ制作に関する業務委託契約書が発見されたことから、乙野院長は、はゲッツラザーズの担当者を原告病院に呼び出し、原告病院に断りなく被告(=南淵明宏)との間でこのような業務委託契約を締結していたことを責め、ゲッツプラザーズは、以後六か月間、原告病院に対する心臓血管外科製品の納入を自粛することとなった。

(キ)被告(=南淵明宏)は、同月31日付で原告病院を退職し、同年1021日、退職金を受領した。

エ 退職後の事情

(ア) 被告(=南淵明宏)は、原告病院を退職した後、同年9月から丁原病院に勤務するようになり、同病院に心臓外科を開設し、心臓外科手術を続けている。

(イ) 被告(=南淵明宏)が原告病院を退職してから約一年半が経過した平成10127日、GVHD裁判の第10回弁論期日において、同裁判の原告であった戊田の遺族らは、被告(=南淵明宏)を証人として申請し、同年728日、同裁判の第四回準備的口頭弁論期日において採用され、同年1030日、同裁判の第11回口頭弁論期日において被告(=南淵明宏)の証人尋問が実施された。被告(=南淵明宏)は、戊田に対する手術の経過、輸血当時のGVHDに対する認識、原告病院にGVHDを予防する放射線照射装置がなかったことや、輸血用血液に対する放射線照射は血液供給元である日本赤十字社が行うべきであると被告(=南淵明宏)自身は考えていること等を証言した。

(ウ) この間、同年415日、ゲッツブラザーズの担当者から、被告(=南淵明宏)に対し、「先生にHeart port訪問/見学をしていただいた件が乙山の戊山技師に伝わり、院内で『ゲッツは何事につけ秘密に裏で行動する会社である。』との批判を受け、やっと一部使用再開していただいた人工弁にも影響すると、営業サイドから相談が持ち込まれました」との内容のメールが送信されたことがあったが、このことが、被告(=南淵明宏)がGVHD裁判で証人申請されていたことと何らかの関連があると認めるべき証拠はない。

(エ)また、同年10月ころ、被告(=南淵明宏)がGVHD裁判において証言を行う前に、丁原病院心臓病センターに徳洲会の弁護士のイケグチと名乗る人物から四回ほど電話があり、被告(=南淵明宏)の秘書が電話を受け、被告(=南淵明宏)に取り次ごうとしたが、被告(=南淵明宏)は電話に出なかった。したがって、この電話がいかなる用件についてであったのかは被告(=南淵明宏)は把握していない。

(2) 上記認定事実に照らして、本件表現の真実性及び真実と信じるについての相当の理由の有無につき以下に順次検討する。

ア 上記認定のとおり、①平成512月、被告(=南淵明宏)が戊田の遺族に対してGVHD発症の原因や日本赤十字社や原告病院の責任の所在等について説明した旨乙野院長に報告した際、同院長が、原告病院においては、医療過誤の可能性ある事案に関しては、医師の報告を受け、病院としての対処方針を決定し、上記方針に従って対応する方針を決定し、上記方針に従って対応することとしているのに、被告(=南淵明宏)の行動は病院としての対処方針が決定されない段階で、遺族に対し責任の所在にも及んだ説明を行った点で、原告病院の方針に反するものである点を指摘し、この点につき被告(=南淵明宏)を叱ったこと、②被告(=南淵明宏)が輸血用血液に放射線照射を行うべき責任は原告病院にはないことを遺族に説明したので訴訟にはならないとの意見を述べたことについては、そのように甘いものではなく、被告(=南淵明宏)の考えは未熟であると述べたこと、③その後、平成83月に至って、戊田の遺族らが原告と日本赤十字社を相手取って訴訟を提起し、その訴状が原告病院に届けられた際に、乙野院長が被告(=南淵明宏)を呼んで、やはり被告(=南淵明宏)が考えたように甘いものではなかったと告げたことは、いずれも事実である。しかし、このような乙野院長の発言は、GVHD発症の原因を遺族に隠蔽すべきであるとの立場に立って、被告(=南淵明宏)がGVHD発症の原因を遺族に説明したこと自体を叱責したり、未熟な人間であると非難したものでなかったことは明らかである。従って、本件表現中の、「私は甲田市の病院の院長から『どうして事実を家族に話したんだ!おまえはそういうところがまだまだ未熟な人間だ!』と叱られました。」との記載(「考心」)及び「病院の院長は、福山医師に対して『どうして事実を家族に話したんだ!お前のそういうところが未熟なんだ』と烈火のごとく怒鳴りまくったという。同年7月には、『君の手術は、だれも手伝わない』と院長から事実上の解雇宣告を受けた。」との記載(「読売ウイークリー」)はいずれも真実ではなく、また、そう信ずるにつき相当の理由も存在しないものである。

 なお、被告(=南淵明宏)本人尋問の結果中には、上記の事実が真実であるとの被告(=南淵明宏)の主張に沿う供述部分があるが、戊田の生存中、すでにGVHD発症の事実については、戊田の家族に話しており、その段階では原告病院長に何もいわれなかったとしながら、戊田が死亡した後にGVHDで戊田が死亡したことにつき戊田の遺族に話したことで激しく叱責されたとするのは不自然である上、証人乙野竹夫の証言に照らしても採用できない。

イ 次に、被告(=南淵明宏)が原告病院を退職するに至った経緯は、上記認定事実のとおりであり、被告(=南淵明宏)は原告病院の許可を得ないまま、原告病院の勤務時間中に頻繁に他の医師やその他の手術チームを連れて丁原病院に出かけて手術を行って謝礼をもらっており、このことを知った乙野院長がこのような行為をやめるように強く注意した後も被告(=南淵明宏)一人で丁原病院に出かけて心臓外科手術を行うことを恒常的に続けたばかりか、丁原病院からベンツの供与まで受けていたことが発覚したことから、丙山手術について他の医師らの疑いを招いていたこととあわせて、乙野院長から退職を求められ、被告(=南淵明宏)もこれを了解して退いたものである。従って、本件表現中、他の表現とあわせることによって被告(=南淵明宏)がGVHD裁判に関して戊田の遺族に協力したことを原因として原告病院から解雇されたとの印象を与える表現である「私がその甲田市の病院を突然に解雇された」「私は同じ年の七月に甲田市の病院から突然クビを言い渡されました。」「(私はクビになりましたが)。」(「考心」)、「『君の手術は、だれも手伝わない』と院長から事実上の解雇宣告を受けた。」(「読売ウイークリー」)及び「遺族に全てを話し、病院を追われた彼は」「遺族に真実を話した医師は病院を追われてしまいます。」「ある日、甲野(=南淵)医師が出勤すると、机の上には何もなくなっていた。病院の院長は、『君の手術にはもう誰も協力しない。』と告げたという。事実上の解雇通告だった。」(「きょうの出来事」)との各表現は真実であるとは認められず、また、そう信ずるにつき相当の理由も存在しないものである。

 この点について、被告(=南淵明宏)本人尋問の結果中には、被告(=南淵明宏)の退職当時の状況に照らし、被告(=南淵明宏)が退職する理由がGVHD裁判の件を除いて他に存在しないから、被告(=南淵明宏)がGVHD裁判に関して戊田の遺族に協力したために原告病院を解雇されたとの表現は真実であり、または真実であると信ずるにつき相当の理由があるとする供述部分がある。しかし、被告(=南淵明宏)が退職した理由は上記認定のとおりであり、また、被告(=南淵明宏)が戊田の遺族に対してGVHDの発症やその原因について説明してから被告(=南淵明宏)の退職の時期までは二年半以上が経過していることや、被告(=南淵明宏)の退職の前後に原告病院の側からGVHD裁判に関して被告(=南淵明宏)を責めたり、同裁判について戊田の遺族に協力しないでもらいたいなどという言動が一切なされていないことに照らしても採用しがたい。

ウ 次に、上記事実によれば、①平成98月ころ、原告病院への医療機器の納入業者であるゲッツブラザーズが原告病院の知らないうちに、被告(=南淵明宏)との間で報酬90万円で心臓外科手術手技のビデオ製作・提供に関する業務委託契約を締結していたことが発覚し、原告病院からこのことを責められたことから心臓血管外科製品の納入を一時自粛していたこと、②その後、平成104月ころ、ゲッツブラザーズから被告(=南淵明宏)に対し、上記(1)のエの(ウ)の内容のメールが送信されたことがあったこと、③被告(=南淵明宏)がGVHD裁判の証人として出廷する前の時期に被告(=南淵明宏)に対して徳洲会の弁護士と名乗る人物から四回ほど電話がかかってきたことがあったことは、上記(1)に見たとおりである。しかし、上記①の事実は、被告(=南淵明宏)がGVHD裁判の証人として申請さるよりも約一年半も前のことであり、被告(=南淵明宏)が証人として出廷することとなんらの関係のないことはその時期の点に照らしても明らかである。また、上記②の事実もメール内容に照らしても被告(=南淵明宏)がGVHD裁判の証人として出廷することと何らかの関係があるものとは見られず、他にこの点を認めるべき証拠もない。更に、上記③の点についても、被告(=南淵明宏)は結局電話には出ていないのであって、上記電話がどのような用件であったかは不明であり、嫌がらせのための電話であったとは決めつけることは到底できないものである。

 そうすると、本件表現のうち、「出廷する日が近づくと徳洲会からの執拗な嫌がらせが丁原病院に勤務する私や病院を襲いました。徳洲会弁護士のI氏からは何度も電話がかかってきました。」(「考心」)、「被告(=南淵明宏)からの数々の圧力」「出廷する日が近づくと、福山医師の周辺で、医療機器納入業者などが事実無根のイヤガラセ情報を流したり、病院側の代理人が何度も電話をかけてきたりしたそうだ。」(「読売ウイークリー」)との表現は真実であると認められず、また、そう信ずるにつき相当の理由も存在しないものである。

エ また、上記各表現が真実であると認められない以上、これらが真実であることを前提とした被告(=南淵明宏)の意見である「またそうすることはむしろ医師社会、特に営利や選挙活動を主体とする病院ではタブーだったのです。」(「考心」)との表現は、公正な意見・論評であるとは到底認められない。

オ 以上によれば、その余の本件表現の公益性や公益目的等の点について判断するまでもなく、本件表現が違法性を阻却される余地はなく、また、被告(=南淵明宏)に名誉毀損の故意または過失がなかったと認める余地もないものである。

三 争点(3)について

上記二の(1)に認定した各事実に照らし、被告(=南淵明宏)が原告を突然に解雇され、かつ、虚偽の事実を流布されたものと認めることはできず、被告(=南淵明宏)が原告により違法に名誉を毀損されたと認めるに足りないから、本件表現が被告(=南淵明宏)の名誉を回復擁護するために必要なものであったとはいえず、これを理由に本件表現につき違法性が阻却されることはない。

四 争点(4)について

(1)上記第二の一の「前提となる事実」(4)に見たところと〈証拠略〉をあわせると、「読売ウイークリー」掲載内容及び「きょうの出来事」放映内容と、「考心」掲載内容は、被告(=南淵明宏)がGVHD裁判に協力したため解雇されたとの印象を読者または視聴者に与える点で共通しており、また、「考心」掲載の病院長の叱責文言と、「読売ウイークリー」掲載の病院長の叱責文言は酷似していること、「読売ウイークリー」掲載の事実上の解雇通告文言と「きょうの出来事」放映の病院長の「事実上の解雇通告」文言は酷似していることが認められる。そして、「考心」掲載文が被告(=南淵明宏)の寄稿文すなわち被告(=南淵明宏)が「考心会」に対し提供した情報そのものであることから、被告(=南淵明宏)が読売新聞社及び日本テレビに対して提供した情報も「考心」寄稿文とほぼ同一の内容であったことが推認される。

 そうである以上、「読売ウイークリー」及び「きょうの出来事」で、被告(=南淵明宏)がGVHD裁判に協力したため原告病院を解雇されたこと等を内容とする報道がなされたのは、被告(=南淵明宏)の情報提供に基づいてなされたものであると認められ、被告(=南淵明宏)の情報提供行為と「読売ウイークリー」掲載内容及び「きょうの出来事」放送内容との間には因果関係が存在するものと認められる。また、「きょうの出来事」には、上記第二の一「前提となる事実」(6)のとおり、被告(=南淵明宏)本人が説明する映像が放送されており、この点からも「きょうの出来事」放映内容が被告(=南淵明宏)の情報提供に基づいて製作されたことが認められる。

 なお、「読売ウイークリー」には「医療機器納入業者などが事実無根のイヤガラセ情報を流した」とする部分があり、上記部分は「考心」にはなく、被告(=南淵明宏)が提供した情報と相違した報道がなされたと認められるが、これは被告(=南淵明宏)の提供した「被告(=南淵明宏)に関わりのある医療機器納入業者に対し圧力をかけられるなどの嫌がらせを受けた」との情報を取り違えて報道したものと容易に認められるのであって、被告(=南淵明宏)の提供した情報を元にした報道である点及び被告(=南淵明宏)による情報提供がなければ報道されることはなかった点では他の部分と変わらないのであり、かつ、GVHD裁判の証人として出廷するに際し被告(=南淵明宏)に対して圧力がかけられたとの印象を与える点において、上記部分は、被告(=南淵明宏)により提供された情報がそのまま報道されていた場合と変わりないのであるから、この部分についても被告(=南淵明宏)による情報提供行為と報道との間に因果関係を認めることができる。

(2)そして、被告(=南淵明宏)提供にかかる上記情報は、①被告(=南淵明宏)の個人的経験にかかる事実に関するものであり、被告(=南淵明宏)により提供されなければ報道機関がこれを知り、報道することはなかったと認められること、②提供された情報は、医師である被告(=南淵明宏)自身が主治医として関わった患者の死亡事故や裁判に関するものであり、その内容にも照らしても、このような情報提供を受けた報道機関にとってこれが虚偽の情報であると疑う余地の乏しいものであった上、情報の性質上、被告(=南淵明宏)からの情報提供を受ける他にこれを裏付ける取材を行うことが困難なものであったこと、③情報の内容自体、医療事故及びこれに対する医療機関の姿勢についての関心が高まりつつあった社会風潮と合致するものであり、一旦報道機関に提供されれば、報道機関が報道することが強く予測されるものであったことが認められることに照らすと、被告(=南淵明宏)による上記情報提供行為が「読売ウイークリー」及び「きょうの出来事」の本件表現部分につながることは通常予想が可能と認められるものである。

 そうすると、被告(=南淵明宏)による情報提供行為と「読売ウイークリー」及び「きょうの出来事」の本件表現部分との間には相当因果関係が存在すると認められる。

(3)なお、この点に関し、被告(=南淵明宏)は、「読売ウイークリー」及び「きょうの出来事」における本件表現部分は報道機関の独自の責任において報道されたものであり、被告(=南淵明宏)による情報提供行為との間に相当因果関係は認められないと主張するところ、確かに、雑誌記事及びテレビ番組の編集は報道機関に委ねられているから、報道機関に対し情報提供を行った場合に、編集により取捨選択され、報道されない可能性も一般的には認められるが、本件においては、上記のとおり提供された情報自体がそのまま報道される可能性の高い性質のものであるので、報道機関が介在することにより相当因因果関係が否定されることはないものであり被告(=南淵明宏)の主張は採用できない。

五 争点(5)について

(1) 本件表現が、いずれも原告の社会的評価を低下させる名誉毀損行為にあたることは上記一に見たとおりであるが、これらの表現がなされた形態は、被告(=南淵明宏)の執筆した文章によるもの(「考心」)、被告(=南淵明宏)の情報提供行為に基づいて週刊誌の記事として掲載されたもの(「読売ウイークリー」)、被告(=南淵明宏)の情報提供行為に基づいてテレビで放送されたもの(「きょうの出来事」)とそれぞれ異なっており、また、その発表された時期も相当異なっていることから、これらを一個の不法行為と見ることはできない。

 そこで、以下、これらの個別の名誉毀損行為によって原告の被った損害額を検討する。

 なお、被告(=南淵明宏)は、本件表現がなされた時期を境に原告病院の入院患者数や収益が低下するなどの経済的損失を原告が受けたことはなかったことから、原告には損害が生じていないと主張するが、本件表現によって原告の名誉が損なわれたことによる損害は、その名誉毀損のなされた時期を境にして直ちに現れる収入の差額に尽きるものではなく、信用及び名誉を毀損されたことによる無形の損害も含まれるものであるから、被告(=南淵明宏)の主張は採用することができない。

(2) 「考心」掲載文について

 上記第二の一及び第三の一のとおり「考心」掲載文には、原告が医療過誤の事実を隠蔽しようとしたこと、被告(=南淵明宏)が医療事故の事実を患者に説明したことを叱責した上で解雇したこと、被告(=南淵明宏)がGVHD裁判で証言するにあたり嫌がらせを執拗に行ったこと等が直接的な表現で記載されており、かつ、「(死因などを説明することは)タブーだったのです。」など、原告が医療過誤の事実を隠蔽することを常としているかの如き記載もあり、これらの表現は、医療機関である原告の信用及び名誉を著しく毀損するものであると認められる。

 他方で、〈証拠略〉によれば、「考心」は被告(=南淵明宏)による心臓手術の執刀を受けた患者及びその家族で構成される被告(=南淵明宏)を中心とした団体であり、平成13年において会員数、約四〇〇名からなる比較的小規模な団体の会報誌であり、上記表現が流布する範囲は限られていると認められることや、その他の本件にあらわれた一切の事情を考慮すると、「考心」掲載文に関する原告の慰謝料と、「考心」掲載文に関する原告の慰謝料は100万円が相当である。

(3) 「読売ウイークリー」について

上記第二の一及び第三の一のとおり、「読売ウイークリー」掲載記事は医療機関たる原告の信用及び名誉を毀損する表現を含んでおり、かつ、「読売ウイークリー」は全国に頒布されている週刊誌であり、購読者数も少なくないと考えられるが、他方で、同記事中において原告名が明示されてはおらず、被告(=南淵明宏)名も仮名であることが認められるのであって、これらの事実のほか本件にあらわれた一切の事情を考慮すると、「読売ウイークリー」掲載記事に関する原告の慰謝料は150万円が相当である。

(4) 「きょうの出来事」について上記第二の一及び第三の一のとおり、

「きょうの出来事」放送内容は医療機関たたる原告の信用及び名誉を毀損する表現を

含んでおりかつ、上記表現はテレビ放映という方法を採ってなされたものであり、視聴者に対し強い印象を与えるものであると考えられる上、「きょうの出来事」は全国的に放送されているテレビ番組であり、視聴者数も多いと考えられるものであるが、他方で、上記番組中で原告名は明示されていないのであって、これらの事情のほか本件にあらわれた一切の事情を考慮すると、「きょうの出来事」放送内容に関する原告の慰謝料は150万円が相当である。

(5)弁護士費用

<証拠略>によれぱ、原告は本件訴訟の追行を原告訴訟代理人に委任したことが認められるところ、本件事案の内容、審理経過と、「考心」掲載文に関する原告の慰謝料過、認容額等に照らすと、弁護士費用とし

第四 結論

 したがって、原告の請求は、被告(=南淵明宏)に対し

440万円及びうち金100万円に対する平成121126日から、うち金150万円に対する平成121224日から、うち金150万円に対する平成1237日から各支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西村則夫 裁判官 三木勇次 杉崎さつき)

弁9の該当公判部分

本速記録末尾添付の判例時報1875号を示す

これは,当審弁護人請求証拠番号9の判例時報1875号の抜粋の写しです。横浜地裁の平成168,月4日という判決ですけれども,判決がその次のページにありまして,その前に四角で囲った解説の。

門野坂検察官

弁護人は,それはどういう要件のもとにお示しになろうとしているんでしようか。

裁判長

申請されている分でしょう。

喜田村弁護人

はい。申請しています。

門野坂検察官

しかし,申請されている証拠と言えども規則に従えば一定の要件を備えない限りは。

裁判長

いや,いいですよ。示してください。

喜田村弁護人

まずこれを確認しますから。

裁判長

確認するんですね。

門野坂検察官

同一性の確認というごとでしょうか。

喜田村弁護人

まず同一性の確認。

門野坂検察官

しかし,同一性の確認というのは,それは,本人が作成したものかあるいは本人が何らか関与したものでなければ,そういう同一性の確認というのはできないはずです。

裁判長

本人が載っているかどうかでいいです。確認してください。

喜田村弁護人

だからそれを今確認します。

裁判長

検察官,異議なんですか。

門野坂検察官

異議です。

裁判長

弁護人の御意見は。

喜田村弁護人

何の異議ですか。

裁判長

示すことについての異議。

門野坂検察官

要件を満たしていないというふうに考えました。

喜田村弁護人

ここに記載されている被告が証人であるということを明らかにするために示すものであり,異議は理由がないと。

裁判長

異議は棄却します。

喜田村弁護人

「被告」として「甲野太郎」という仮名になっていますけれども,これは証人のことですか。

これがどのような形でこういった文書になっているのか,側面に「判例時報」というふうに書いてあるわけですけれども,実際にこれが甲野太郎というふうになっている。

裁判長

それは仮名処理されているんですよ。

ええ。いや,ですからこれはこの判例時報をお書きになられた方に聞けばすぐ分かることではないでしょうか

喜田村弁護人

それはそれで結構ですが,その事件は,勤務医が自分の勤めている病院の医療過誤により死亡した元患者の遺族に協力したために解雇されたと発言したため,病院がこの勤務医を名誉毀損で訴えたんですね。

はい。

判決では,この勤務医が無断で他の病院でアルバイトしたりベンツの供与を受けていることが発覚したために退職を求められ,本人もこれを了承して退職したと認定し,勤務医の発言は真実ではなく真実と信じるについて相当の理由もないとして名誉毀損の成立を認めたと,そういう判決なんですが,ごくごく概略を説明いたしましたが,そのことと横浜地裁で平成16年の84日の判決であるといったこと,そのことを考えて,そこに記載されている被告というのはあなたのことですか。

その仮名処理というには裁判長おっしゃるとおりそれなりの理由があると思うんですけれども,そもそも私のような一般の人間が裁判にかかわって証言するにおいて,被告人だけでなく証言する人間もそれなりに裁かれる,そのような面持ちを禁じ得ないのでありまして,本日も今日ここに向かうに至り,確かに佐藤医師が被告人ではありますけれども,私自身も日ごろの行状を裁かれるというつもりでここの法廷には参っておりますけれども,また私もこれまで49年間人間として生きてきて,多くの間違いを犯し,その間違いに気付かずいまだに過ごしていることもあろうと思いますけれども,その間違いうんぬんそれぞれが,こういった形の裁判において,それぞれ白日の下にされていくべきものなのかということにつき,私個人の利益うんぬんを考えるのではなく,こういった裁判における証言者の立場というものをある種考える意味で,この判例時報の挙げられた甲野太郎が仮に私だとして,それが今まで私自身,一審それからこの控訴審において今回で4回目,1回に3時間以上何も持たず何もメモできず尋問され,本日に至っては随分前のあなたこう言ったじゃないですか,これはどうですかと,いちいち私がまるで罪人のごとく,それはいいんですけれども,尋問される,そういったものに僕としては耐えてきたつもりなんですけれども,とにかくそういったことで証人の証言力に信憑性がないというそういう目的,弾劾証拠とでも言うのでしょうか,そういうことでこういったことをお出しになるのであれば,もっと最初の時点で,私がこの少なくとも控訴審においての時点でかかわる前に,本件における中立な証言を述べられる価値なしというふうな異議を申し立てていただければよかったのではないかなと思うんですけれども。

(証人が泣きそうな表情になったため、)

裁判長 弁護人もうそれくらいで勘弁して・・・

8

標目:「週刊医学新聞」(2004216)

作成者:医学書院

立証趣旨:南淵が、「この手術室にゼニと名声が埋まっている」と発言したことなど

証拠:略

弁8該当公判部分

本速記録末尾添付の週刊医学界新聞を示す

これは,当審弁護人請求毎拠番号8の週刊医学界新聞の抜粋の写しです。これも発言の有無の確認だけをいたします。医学書院というところからとった週刊医学界新聞というところですけれども,東京医科大学の方が証人巨という名前が出ている人に対してインタビューしていると,その結果が記載されているんですけれども,それの2ページ目を見ると,写真の下のところに発言が載っていて、証人が、この「手術室にゼニと名声が埋まっている」という発言をしたというふうな記載になっているんですけれども,証人御自身の発言ですか。

僕が発言したことになっていて,こういった形でパブリッシュされるということに僕自身が承諾したというのは事実です。

事実。

はい。


[i] 「訴訟法的事実を認定するには、いわゆる自由な証明で足りる」とするのが最高裁の立場であるが(最高裁1973〔昭和58〕年12月19日第一小法廷決定・刑集37巻10号1753頁)、ここにいう「訴訟法的事実」とは、当該最高裁決定の判例解説が説明するとおり、「刑罰権の存否及び範囲を定める事実すなわち実体法的事実、換言すれば罪となるべき事実及びこれに準ずる事実(たとえば累犯加重の事由となる前科)、に対立する意味で用いられている」(最高裁判例解説刑事篇昭和58年度版491頁)。

 したがって、弁1ないし弁9は、いずれも検察官申請証人の信用性にかかる証拠であり、罪となるべき事実及びこれに準ずる事実とは関係がなく、自由な証明の対象になるものである。

 「『自由な証明で足りる』とは、刑訴法319条以下の規定に照らしての証拠能力を備えた証拠による必要はないという意味である」(前掲最高裁判例解説同頁)から、自由な証明の対象となる弁1ないし弁9は、検察官の同意なしでも、証拠として採用可能である。

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2008年5月 1日 (木)

第三次試案 医療安全調査委員会 調査チームの「法律関係者」にヤメケンを入れるな!-ヤメケンの歪んだ視線―「起訴されれば有罪」と「国民」が「医師」を最終的に起訴!

1.「法律家」と「法律屋」-法律関係者とは

(1)役人「検察官」

 無実の罪に問われている被告人や冤罪者にとっての最大の敵は検察、検察官である。私は、検察官を「法律家」ではなく「法律屋」とう範疇に入れる。役人個人としての仕事のためには、「国家への奉仕」はおろか自分自身の「尊厳」や「勇気」「良心」「信念」を捨ててでも役人業務を遂行する。

(2)真のプロフェッション-法律家

日野原重明先生[i]のお話によれば、持っている能力を社会の繁栄と人々の幸福のために活かすと神に誓うから『プロ』であるという精神が垣間見える職業は、「神職者」、「法律家」、「医師」で、専門職能集団の中でもトップのプロフェッショナルな集団ということであるが、私が見てきた検察官は、「法律家」ではない。

(3)第三次試案の「法律関係者」

厚生労働省が2008年4月3日に発表した第三次試案「2 医療安全調査委員会(仮称)について」【委員会の設置】(13)「中央に設置する委員会、地方委員会及び調査チームは、いずれも、医療の専門家(解剖担当医、(病理医や法医)や臨床医、医師以外の医療関係者(例えば歯科医師・薬剤師・看護師))を中心に、法律関係者及びその他の有識者(医療を受ける立場を代表する者等)の参画を得て構成することとする。」とある。

そもそも、医療事故調査委員会が、「何を何処までやるか」の目的の議論も曖昧なままであるのだから、委員の選任自体が問題である。医療事故そのものの真実」の解明をするまでの段階に医療関係者以外の必要性はないと考える医療関係者が多数であると思われる。

その前提をおいても、なぜ、医療関係者に関しては事細かな説明があるのに、「法律関係者」は、漠然とした表現のみで具体的な職種やどのような立場なのか、医師とってステイク・ホルダーなのか等の説明が全く無いことに注意しなくてはならない。一般の国民からみると「法律関係者」といわれても何がなんだかわからないが、なんとなく法律に詳しく、法律的に公正な視線を持つ人を指すように感じてしまうのではないだろうか。

(4)

調査チームの「法律関係者」にヤメケンを入れるな!

この「法律関係者」が、ヤメハン(元判事、元裁判官)ならまだ納得いく。だが、「ヤメケン」(元検事)は絶対に入れるべきでないと私は主張する。「ヤメケン」は「弁護士」「大学教員」「法律専門家」等の一見中立的良心的な「法律家」としての名刺を持つことがあるのでやっかいだ。百歩譲って、この「法律関係者」に「ヤメケン」が選ばれるのであれば、「医療側に立つ法律家(多くは弁護士)」を同じ人数入れることをルールとするべきである。

2.推定有罪の視線

(1)「ヤメケン」は、「『起訴された被疑者は有罪』が前提」

「ヤメケン」が何故ダメか。私の周辺から説明しよう。

 「医療事故の責任」事故を罰しない、過誤を見逃さない新時代へ 神谷惠子編著 (毎日コミュニケーションズ)という書籍を購入したところ、本件刑事事件に関する評価がいろいろ掲載されていた。164頁に「事件No.96 事件分類:医療機器欠陥 事件名:『東京女子医大病院人工心肺事件』」の「内容」が誤っていることは以後、別に論じるとして、6頁にあるヤメケン飯田英男氏の著書『刑事医療過誤Ⅱ』からの引用を見てみよう。

表1-2 医療事故における業務上過失致死傷罪判決(確定)の内容 平成12年(2000年)から平成18年(2006年)6月まで

起訴罪名

懲役

 

禁固

 

罰金

 

無罪

 

総計

 

有罪率

 

 

Dr.

Ns.

Dr.

Ns.

Dr.

Ns.

Dr.

Ns.

Dr.

Ns.

Dr.

Ns.

業務上過失傷害

1▲

0

1

1△

4

2

0

0

6

3

100%

100%

業務上過失致死

0

0

8

6

0

2

0*

0

10

8

100%

10%

総計

1

0

9

7

4

4

0

0

16

11

100%

100%

Dr.:医師、Ns.:看護師、

*ただし、「東京女子医大人工心肺事件」と「割り箸事件」は一審無罪で、控訴審中。

 起訴された被告人は、有罪が確定するまで、「無罪」である。しかし、この表の作成者の基本的姿勢は、『推定無罪の原則』に真っ向から対立する態度である。冤罪で起訴された被告人は、裁判で、「無罪になる」のではなく、「もともとの『無罪』」が裁判上決定するのだ。この表の、「業務上過失致死」の「Dr」は赤文字でしめされたように「0人」!。一審が無罪だったのにかかわらず、「確定していないから有罪の範疇に入るので、無罪は、0人、よって有罪率は100%」という論理になっている。そもそも、書籍の題名自体が、「刑事医療過誤」で過失を前提としている。

 (この書籍のオリジナルは今、手許にないが、引用を信ずるとしての前提になるが)

 これが、ヤメケンの正体である。経歴は、札幌高等検察庁 検事長 1999年6月~2001年5月 福岡高等検察庁検事長に転任)(2001年5月~2001年11月 退職)とあるから、検察官でもエリートのはずだ。影響力がある。それだけに、検察官の総意に近いものがあると推定できる。

(2)医療事故はミスによるものという視線―「東京女子医大人工心肺操作ミス事件」と命名

本件掲示事件は、「無罪」が一審で言い渡される前から、メディアも、遺族も無罪を予想していた。ついでに言えば、検察自体も無罪を 予想していた。「東京女子医科大学事件」「東京女子医大心臓手事件」「東京女子医大人工心肺事件」等という報道や発表をみたことはあった。さらに、無罪判決後は、「東京女子医大人工心肺フィルター目詰まり事件」と原因に関わる命名をした発表の存在に対し、「操作ミスではない。」という判決を受けて、「東京女子医大人工心肺操作ミス事件」と命名できるメンタリティーに呆れ返る。さすが、ヤメケン。染みついた検察官魂はやめても抜けない。

大変気になるのは、この飯田氏の著作『刑事医療過誤Ⅱ』が、医療事故に関する発表、書籍、HP上の文章などで多く引用されていることである。これは、執筆者の立場が、医療関係者、法律関係者に限らない。おそらくこれまでに、医療事故に関する専門書が少なかったことが、この書籍に依存せざるをえない部分があることにも関連していると思われるが、この書籍は増補版まで出版されている。amazonでは、オリジナル版は入手できないくらいとのことなので、売れているとうことだろう。

経歴が凄いとか、医療事故事件に詳しいとか、医療過誤事件の権威であるなどとい理由を一人歩きさせて、ヤメケンの記述することを鵜呑みにしないでほしい。ある法律家も、ある有名な被告人もいっている「ヤメケンは弁護士を名乗っても所詮検事。」

(3)本件事件と飯田英男氏の関係

飯田氏は本件事件の経緯で最も悪名高き、東京女子医大「学内調査委員会報告書」に対する、「外部評価委員会」の委員だった。この「外部評価委員会」については、「医療の質の保証」―ブリストルの遺産-古瀬 彰 元東京大学心臓血管外科教授 『胸部外科』59巻9号「第6章 わが国において心臓手術の質が問われた事件」「第7章 心臓外科医療の質の評価」で、「心臓外科あるいは体外循環の専門家が委員として入っていない」「不十分」「委員会の設置主体が大学」「外部委員の選定が大学」であることなどが、言葉としては良く抑制的であるが、内容的には徹底的かつ痛烈に批判されている。

3.被告人からみた「医療事故調査委員会」報告書とヤメケン元最高検公判部長の意見

(1)「医療事故調査委員会」報告書に不同意!

自分の刑事事件での経験がある私にとって、厚生労働省が設置を考えている「医療事故調査委員会」は、第二試案以前から、その報告書の効力については、冷ややかな考えを持っていた。本件での、東京女子医大が作成した「学内調査委員会報告書」と三学会(日本心臓血管外科学会、日本胸部外科学会、日本人工臓器学会)の作成した「三学会調査報告書」は、検察側と弁護側の相対する「証拠」として双方が申請したが、双方がともに判決直前まで「不同意」としていた。それを判決直前に裁判官の訴訟指揮もあり、双方が「同意するが、その信用性を争う」ことになった。

 確かに報告書が、医療者にとって有利な内容であれば、「事件性無し」ということで、書類送検見送りや不起訴になる可能性が高くなる。

だが、予想されるように報告書が医療者にとって不利な場合は、起訴される可能性も強くなる。しかし、刑事訴訟法317条「事実の認定は証拠による」のである。これまで、ブログには、「大野病院事件初公判」をはじめとしてこのことを散々書いてきたが、仮に現行法で、「医療事故調査委員会」報告書が検察側に有利だったら、検察側が証拠申請して、これに弁護側が「不同意」。となることが予想される

(2)民事上は「不同意」どころか-日経メディカル

 ところが、民事訴訟ではそうは行かない。原告にとって有利なものは、たとえ真実でなくとも、被告の不利になるものであっても「不同意」することはできない。簡単にいえば、何でもかんでも証拠として採用される。

 それどころか、2008年4月号の日経メディカルが指摘するように、「医療裁判では、院内の事故調査報告書など、事故に関して作成した文書の提出を裁判所から命じられることがあります。」

(3)ヤメケン元最高検公判部長の意見-当たり前のことだが、盲目的に信ずるな。

 前述の通り、私はこの第三次試案の報告書の効力については、冷ややかな態度で、少し馬鹿にしていました。しかし、医師達の間では、4月上旬にコメントのあった河上和雄弁護士(ヤメケン)の意見「最初から過失の重大さの判断を勝手に法的権限のない事故調が行って、捜査機関に通知するかしないかを決めるのは、司法の権限を侵すので問題だ」という話が印象的だったようです。こんなことは、刑事裁判の被告人にとっては、当たり前の話ですが、これを引用する医師達が多い様子。「現在の法の枠組みでは、事故調はあくまでも捜査機関のアドバイス機関に過ぎない。」ので、現状では、刑事裁判の「証拠」と提出されても、単なる「証拠申請されたが不同意の証拠」として、藻屑となる可能性が大です。

 この意見を「流石元最高検公判部長、識者の意見」などと関心して、以後もこの方の意見を盲目的に信じることなく、ひとつひとつ注意深く対峙する必要がでてくると思います。

4.「検察審査会法(改正)施行」の方が大問題

(1)  m3.comの「医療維新」2008319日 棚瀬慎治弁護士の話

 これは、ものすごく大事な話です。簡単に言えば、「検察審査会法(改正)施行」は、既に公布され2009527日までに施行されるが、『一応、医学的な専門知識を素人ながら勉強した検察官』が不起訴にした後、最終的には『医学も科学も全く知識がない委員からなる』検察審査会の審査で、起訴相当と判断されると『必ず起訴』される(指定弁護士による起訴)」というルールが出来上がってしまった。」といういことです。

http://law.e-gov.go.jp/cgi-bin/idxmiseko.cgi?H_RYAKU=%8f%ba%93%f1%8e%4f%96%40%88%ea%8e%6c%8e%b5&H_NO=%95%bd%90%ac%8f%5c%98%5a%94%4e%8c%dc%8c%8e%93%f1%8f%5c%94%aa%93%fa%96%40%97%a5%91%e6%98%5a%8f%5c%93%f1%8d%86&H_PATH=/miseko/S23HO147/H16HO062.html

(2)  検察審査会法第10条-医学知識皆無の国民による起訴があり得る!

 検察審査会は,衆議院議員選挙人名簿の中から,若干の除外事由は有りますが,くじで無作為に選ばれます[ii]。国民です。医療事故の場合、国民はどうしても患者側の視点に立つためか、「起訴相当」または、「不起訴不当」とされるケースが多くなっているようです。(棚瀬弁護士は、「不起訴相当の議決を経験したことがない」そうです!)

 「事故調報告書」が医療側に問題ない、検察が「不起訴」としても、検察審査会で「不起訴不当」「起訴相当」結果的に指定弁護士による起訴、メディアが煽る、刑事公判開始で大事。目に見えるようです。

i m3.com[オピニオンリーダー医師 対談]「医療政策対談 日本の医療を良くするために、今医師は何をするべきか」 Part 1「持っている能力を社会の反映と人々の幸福のために生かすと上に誓うから『プロ』である。」日野原重明 聖路加国際病院理事長 

日野原:Profession」という言葉には、神に告白(Profess)する、約束する、契約するという意味があります。神学と法学と医学のプロフェッションには、明らかにその精神が垣間見える。底通するのは、学問を修めるにとどまらず、持っている能力を社会の繁栄と人々の幸福のために活かすと神に誓うから「プロ」であるという精神。欧米で、神職者、法律家、医師が、専門職能集団の中でもトップのプロフェッショナルな集団とされてきた理由はそこにあります。そして、使命感を持った人が公言し、神と約束しているわけですから、第三者が彼らの仕事の内容を批評するのも当然のこと。

ii「市町村の選挙管理委員会は、前条の通知を受けたときは、衆議院議員の選挙に用いられる当該市町村の選挙人名簿に登録された者の中から、同条の規定により割り当てられた員数の倍数のそれぞれ第1群乃至第4群に属すべき検察審査員候補者の予定者をくじで選定し、各予定者について検察審査員としての資格を調査した後、その資格を有する予定者の中から同条の規定により割り当てられた員数のそれぞれ第1群乃至第4群に属すべき検察審査員候補者をくじで選定しなければならない。」http://www.houko.com/00/01/S23/147.HTM

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