再び勝訴! (一審 勝訴確定 ) フジテレビ控訴審および附帯控訴審
1.印象深い左陪席
傍聴席は、この裁判の判決だけを聞きに来たと分かった人々が多かった。おそらくその全員は、フジテレビが勝訴することを期待している。
2008年10月9日13時20分いよいよ名前を呼ばれて、緊張感は頂点となり被控訴人(原審原告)席にひとり着く。控訴人側は、控訴審から加わった一人の弁護士さんを筆頭に一審からの弁護団が後に続いて席につく。相手弁護団は全5人(判決記載上)。控訴審から先頭に名前がくるようになった、実質上、控訴審の主任弁護士は、元東京地方裁判所判事、現K大学法科大学院教授、東大卒、ハーバード大学ロースクール修士課程修了、司法研修所教官、最高裁判所調査官、司法試験考査委員、新司法試験考査委員というもの凄い経歴の持ち主で、その書籍は街の書店にも置いてあった。
裁判長は少しもごもごしながら、判決を言い渡した。
「主文。1 本件控訴及び本件附帯控訴をいずれも棄却する。・・・・」
法廷全体で次の音を出すことを皆が遠慮している。
「(これって一審判決そのままってことですよね。)」という顔をして私が、裁判官の方を見たとき、鋭くもやさしいあの左陪席の視線の移動が、法廷の静謐を破った。しっかり目と目があったところで、うなずいてくださった。「(勝った)」私が立ち上がるとともに、相手弁護団、この判決のみを傍聴に来た人々も立ち上がって法廷を出た。
大学の一般教養で「法学」の単位を取った程度の素人が、プロフェッション中のプロフェッションに勝ったという事実は、元の放送が明らかに名誉を毀損したことの証明に他ならない。フジテレビは、私の名誉を毀損するという不法行為を犯した。
2.父の心肺停止と附帯控訴と裁判長からの叱責
一審勝訴が2007年8月27日。被告フジテレビが控訴。
第一回控訴審が忘れもしない同年11月22日。この日の朝に父が実家で心肺停止となり大学病院に搬送された。このため、私は出廷できず。現在も自分で主治医をしているが、意識はなく、人工呼吸管理である。
次の法廷で、相手の控訴状に対して答弁書を作成して陳述するも、附帯控訴状は「随時提出できる」ということだったので、次の機会にしようとしたところ、頭ごなしに裁判長から「至急、提出しなさい。」と指導され、当惑して「近日中に・・・」といったところ、「近日中でなく、今日出しなさい。」と叱責される。ここで、ロマンスグレーで俳優みたいに格好良い左陪席が裁判長に耳打ち。裁判長は突然口調が変わって「とは、いっても本人訴訟ですので・・・。今日は無理でしょうから。いつだせますか。」「明日までには。」「附帯控訴理由は」「来週までには」「それは大変でしょうから・・・までに提出してください。」以後、数少なかった控訴審弁論の進行にかかわる件で、左陪席が裁判長に耳うちしている場面を何回か見た気がする。
3.「スリーナイン」最高裁判決と本件判決文の執筆者
多くの合議裁判(複数の裁判官による裁判)では、判決文の草書は左陪席が書くといわれている。判決文には、過去の最高裁判決が沢山引用または参照されていた。
①最高裁平成14年(受)第846号同15年10月16日第一小法廷判決
②最高裁昭和37年(オ)第815号同41年6月23日第一小法廷判決
③最高裁平成6年(オ)第978号同9年9月9日第三小法廷判決
④最高裁昭和55年(オ)第1188号同62年4月24日第二小法廷判決
⑤最高裁昭和60年(オ)第1274号平成元年12月21日第一小法廷判決
⑥最高裁平成6年(オ)第978号同9年9月9日第三小法廷判決(2回目)
⑦最高裁平成7年(オ)第1421号同14年1月29日第三小法廷判決
これらの最高裁判決は、テレビ局相手の名誉毀損裁判を闘う上で絶対に読んでおかなくてはならないものばかり。「日本の名誉毀損裁判の正史」と言ってよいだろうというのが、素人の意見だ。特に、私が「スリーナイン」と勝手に命名した「平成9年9月9日」(③⑥)は、近年の名誉毀損裁判では、これなしには語れない。
素人の私の理解では、一般に事実審は第二審までで、最高裁では、過去の最高裁判決に反したり、憲法違反したりすることがない限り「棄却」される。今回の判決文16ページに7つもの最高裁判決を記載していただいた意義として、「この裁判は最高裁ではひっくり返りようがない」ということを示唆してくださっている気がしてしまうのは、私が素人だからかもしれないが、左陪席裁判官の視線の力強さからそんな印象を受けてしまった。
4. 裁判所の判断
http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2008/07/post.html
を最後まで読んでいただいた方なら以下の判決文における裁判所の判断を容易に理解されるでしょう。
ポイント
名誉毀損裁判のポイントとして該当する報道が、①事実を摘示したものか、公正な論評か、②報道が名誉を毀損するか、③報道内容が「真実」か(真実性)」または「真実と信ずるについて相当の理由(相当性)が存在する」か、」等が争われますが、本件では以下のような判断がされました。
① 筆者を「未熟な医師」と表現した放送中の弁護士のコメントは事実の摘示である
「上記コメントが,本件刑事判決の判断等を報道することを内容とする本件ニュース1において,重大な結果をもたらした本件事故の原因,責任の所在の解明に迫る目的でされたことにかんがみれば,テロップで「おこたって未熟な医師に扱わせた」と表示したうち,「未熟な医師」との表現は,被控訴人が未熟な医師であり,それゆえに人工心肺装置の構造に問題があることを予見することができなかったという事実の摘示を包含するものであるということができる。」
② フジテレビの放送は、筆者(原告)の名誉を毀損した
「本件刑事判決において示された判断と重要な点において異なる印象を与えるものであり,テロップに表示された「未熟な医師」という表現の持つ専門家としての力量に対する否定的評価とあいまって,本件刑事判決によって上記のとおり示された判断により無罪とされた被控訴人の人格的価値を損ない,その社会的評価を低下させるものであった」
③ 筆者を「未熟な医師」と評したことは「真実」でもなく、「真実と信ずるについて相当の理由」もない
「本件ニュース1の番組制作者は,「おこたって未熟な医師に扱わせた」というテロップの表示が,法律専門家であるN弁護士の談話を紹介するに当たってこれを補助するものであることの一事をもってしては,同弁護士のコメントにより摘示されたものと認められる事実や,意見ないし論評の前提としている事実の重要な部分に確実な資料,根拠があるものと受け止め,同事実を真実であると信じたことに無理からぬものがあるとまではいえないのであって,当該番組制作者に同事実を真実と信ずるについて相当の理由があるとは認められないというべきである。」
5.名誉毀損の損害額とメディアのダメージ
「100万円基準」「500万円基準」などが論文でも発表されていますが、米国に比べると日本では「名誉」は価値が低いように思われます。この勝訴によるメディアの金額的ダメージは、企業の大きさからいって全くといってないでしょう。敗訴した事実を報道されることが一番のダメージになりますので、是非読者はこれを多くの人に伝えてください。
付録1:本件控訴審および附帯控訴審 「第3 裁判所の判断」「第4 結論」
第3 当裁判所の判断
1 当裁判所も,被控訴人の請求は,そのうち100万円及びこれに対する不法行為の後である平成17年12月2日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める部分につき理由があるから上記の限度でこれを認容すべきであり,その余は理由がないからこれを棄却すべきであると判断する。その理由は,次のとおり補正するほかは,原判決「事実及び理由」欄中の「第3当裁判所の判断」の1から4まで(原判決24頁8行目から35頁24行目まで)の説示と同一であるから,これを引用する。
(1) 原判決24頁9行目から26行目までを次のとおり改める。
「新聞記事等の報道の内容が人の社会的評価を低下させるか否かについては,一般の読者の普通の注意と読み方とを基準として判断すべきものであり,テレビジョン放送をされた報道番組の内容が人の社会的評価を低下させるか否かについても,同様に,一般の視聴者の普通の注意と視聴の仕方とを基準として判断すべきである(最高裁平成14年(受)第846号同15年10月16日第一小法廷判決民集57巻9号1075頁参照)。
そして,テレビジョン放送をされた報道番組によって摘示された事実がどのようなものであるかという点についても,一般の視聴者の普通の注意と視聴の仕方とを基準として判断するのが相当である。テレビジョン放送をされる報道番組においては,新聞記事等の場合とは異なり,視聴者は,音声及び映像により次々と提供される情報を瞬時に理解することを余儀なくされるのであり,録画等の特別の方法を講じない限り,提供された情報の意味内容を十分に検討したり,再確認したりすることができないものであることからすると,当該情報番組により摘示された事実がどのようなものであるかという点については,当該情報番組の全体的な構成,これに登場した者の発言の内容や,画面に表示されたフリップやテロップ等の文字情報の内容を重視すべきことはもとより,映像の内容,効果音,ナレーション等の映像及び音声に係る情報の内容並びに放送内容全体から受ける印象等を総合的に考慮して判断すべきである(上記第一小法廷判決参照)。
ところで,テレビジョン放送をする報道番組(以下「テレビ報道番組」という。)において刑事事件の判決を報道するに当たっては,テレビ報道番組の制作者は,刑事事件の判決において示された判断内容を一般の視聴者に分かりやすく正確に説明する使命を負っているのであり,視聴者が音声及び映像により次々と提供される情報を瞬時に理解することを余儀なくされるというテレビ報道番組特有の事情を踏まえ,当該番組の全体的な構成,これに登場する者の発言の内容,画面に表示されたフリップやテロップ等の文字情報の内容,映像の内容,効果音,ナレーション等から視聴者がどのような印象を受けるかを考慮して,上記の使命を果たすべくテレビ報道番組を制作しなければならず,一般の視聴者の普通の注意と視聴の仕方とを基準として当該番組において摘示されたものと認められる事実が刑事被告人,犯罪の被害者その他の関係者の名誉を毀損するものである場合には,当該番組の放送が公共の利害に関する事実に係り,かつ,その目的が専ら公益を図ることにあった場合に該当することを前提に,摘示された事実が真実であることが証明されたとき又は番組制作者においてその事実を真実と信ずるについて相当の理由があったときという要件(最高裁昭和37年(オ)第815号同41年6月23日第一小法廷判決民集20巻5号1118頁参照)を満たさない限り,不法行為による損害賠償責任を免れないというべきである。
刑事事件の判決を報道するテレビ報道番組の制作者は,当該番組の構成を検討するに当たり,刑事事件の判決において示された判断内容を一般の視聴者に分かりやすく正確に説明することのほか,報道した刑事事件の判決が犯罪の被害者側からどのように受け止められたか,刑事被告人側からはどうか,あるいは社会一般からはどうかを報道したり,さらには,有識者,専門家等のコメントを紹介したりすることも,その裁量により行うことができる。そして,そのように構成されたテレビ報道番組が,前記の判断基準に照らし,その全体的な構成,これに登場した者の発言の内容,画面に表示されたフリップやテロップ等の文字情報の内容,映像の内容,効果音,ナレーション等の映像及び音声に係る情報の内容並びに放送内容全体から受ける印象等を総合的に考慮して,当該番組における関係者の談話,有識者,専門家等のコメントが,発言者等の個人的見解であるというにとどまらず,それらを通じて当該番組制作者が当該番組の報道基調として,視聴者に一定の視点や見方,評価等を提示しでいるという印象を一般の視聴者に与える場合には,当該番組の制作者は,それらが関係者の談話,有識者,専門家等のゴメントにすぎないことを理由に,当該番組としては上記の談話,コメント等により一定の事実を摘示したり,論評を加えたりしていないとして,自らの責任を否定することはできないものというべきである。したがって,そのような内容を含む上記テレビ報道番組において,一般の視聴者の普通の注意と視聴の仕方とを基準としで,証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項が摘示されているものと理解されるときは,同部分は,当該事項についての事実の摘示を含むものというべきであり(最高裁平成6年(オ)第978号同9年9月9日第三小法廷判決・民集51巻8・号3804頁参照),当該番組において摘示されたものと認められる事実が刑事被告人,犯罪の被害者その他の関係者の名誉を毀損するものである場合には,公共の利害に関する事実に係り,かつ,その目的が専ら公益を図ることにあった場合に該当することを前提に,摘示された事実が真実であることが証明されたとき又は番組制作者においてその事実を真実と信ずるについて相当の理由があったときという上記の要件を満たさない限り,不法行為による損害賠償責任を免れないというべきであるし,他方,意見ないし論評の公表に当たる部分についても,それが,刑事被告人,犯罪の被害者その他の関係者の名誉を毀損するものである場合には,その公表が公共の利害に関する事実に係り,かつその目的が専ら公益を図ることにあった場合に該当することを前提に,当該意見ないし論評の前提としている事実についてその重要な部分につき真実であることの証明があったとき(この場合であっても,当該意見ないし論評が人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものであるときを除く。)又は番組制作者において当該事実を真実と信ずるについて相当の理由があったときという要件(最高裁昭和55年(オ)第1188号同62年4月24日第二小法廷判決・民集41巻3号490頁,最高裁昭和60年(オ)第1274号平成元年12月21日第一小法廷判決・民集43巻12号22与2頁,最高裁平成6年(オ)第978号同9年9.月9日第三小法廷判決・民集51巻8号3804頁参照)を満たさない限り,不法行為による損害賠償責任を免れないというべきである。そして,テレビ報道番組において報道した刑事事件の判決の認定事実ないしこれに関連する事実を内容とする分野における有識者,専門家等のコメントについては,前記の判断基準に照らし,その全体的な構成,これに登場した者の発言の内容,画面に表示されたフリップやテロップ等の文字情報の内容,映像の内容,効果音,ナレーション等の映像及び音声に係る情報の内容並びに放送内容全体から受ける印象等を総合的に考慮して,当該番組における有識者,専門家等のコメントが,発言者等の個人的見解であるというにとどまらず,それらを通じて当該番組制作者が当該番組の報道基調として,視聴者に一定の視点や見方,評価等を提示しているという印象を一般の視聴者に与える場合において,テレビ報道番組において紹介された有識者,専門家等のコメントが刑事被告人,犯罪の被害者その他の関係者の名誉を毀損するものであるときには,当該番組の制作者は,それが有識者,専門家等のものであるとの一事をもってしては,有識者,専門家等のコメントにより摘示されたものと認められる事実や,意見ないし論評の前提としている事実の重要な部分に確実な資料,根拠があるものと受け止め,同事実を真実であると信じたことに無理からぬものがあるとまではいえないのであって,当該番組制作者に同事実を真実と信ずるについて相当の理由があるとは認められないというべきである(最高裁平成7年(オ)第1421号同14年1月29日第三小法廷判決・民集56巻1号185頁参照)。
そこで,以下,本件について上記の見地から検討する。」
(2) 原判決27頁5行目から21行目までを次のとおり改める。
「以上によれば,本件ニュース1の一連の放映内容を視聴した一般視聴者としては,本件刑事判決が,本件事故の際,人工心肺の構造に問題があったことを予見できず,過失責任を問えないとして,被控訴人を無罪としたものであることを理解することができる一方,テロップで「おこたって未熟な医師に扱わせた」と表示されたことなどを受け,テロップに表示された「未熟な医師」とは被控訴人のことであり,専門家としての力量が不十分な医師であって,被控訴人が未熟な医師であるがゆえに人工心肺の構造に問題があったことを予見できず,本件事故が生じたのであるが,被控訴人が未熟な医師であったことからすると法的にその過失責任までは問えないと判断された,あるいはそれが事の真相と考えられると法律専門家がコメントしたとの印象を受けることは否定できない。もっとも,①本件ニュース1における「おこたって未熟な医師に扱わせた」というテロップの表示は,本件ニュース1の一部を構成するものである法律専門家であるN弁護士の談話(コメント)を紹介するに当たって補助する手段として用いられたものであり,②N弁護士の上記コメントは,全体の趣旨としては,東京女子医大病院が組織的に負うべき結果回避義務について論評を加えたものということができる。しかしながら,前記の判断基準に照らし,前記認定のような本件ニュース1の全体的な構成の中で,N弁護士の上記コメントが紹介され,その際にテロップで「おこたって未熟な医師に扱わせた」と表示したことを総合的に考慮すると,本件ニュース1におけるN弁護士の上記コメント及びテロップから成る部分は,同弁護士の個人的見解であるというにとどまらず,それらを通じて本件ニュース1の制作者が,本件ニュース1による報道の趣旨として,テロップで「おこたって未熟な医師に扱わせた」と表示したとの印象を与えるものであり,本件ニュース1の番組制作者はそのように評価されてもやむを得ないものであるといわざるを得ないのであって,本件ニュース1の番組制作者が,上記テロップが法律専門家であるN弁護士の談話を紹介するための補助的な手段であることを理由に,自己の責任を免れることはできないというべきである。そして,本件ニュース1の番組制作者は,「おこたって未熟な医師に扱わせた」というテロップの表示が,法律専門家であるN弁護士の談話を紹介するに当たってこれを補助するものであることの一事をもってしては,同弁護士のコメントにより摘示されたものと認められる事実や,意見ないし論評の前提としている事実の重要な部分に確実な資料,根拠があるものと受け止め,同事実を真実であると信じたことに無理からぬものがあるとまではいえないのであって,当該番組制作者に同事実を真実と信ずるについて相当の理由があるとは認められないというべきである。また,N弁護士の上記コメントが,全体の趣旨としては,東京女子医大病院が組織的に負うべき結果回避義務について論評を加えたものであり,「未熟な医師」という表現が論評に当たることは否定することができないとはいえ,N弁護士の上記コメントが,本件刑事判決の判断等を報道することを内容とする本件ニュース1において,重大な結果をもたらした本件事故の原因,責任の所在の解明に迫る目的でされたことにかんがみれば,テロップで「おこたって未熟な医師に扱わせた」と表示したうち,「未熟な医師」との表現は,被控訴人が未熟な医師であり,それゆえに人工心肺装置の構造に問題があることを予見することができなかったという事実の摘示を包含するものであるということができる。そして,テロップで「おこたって未熟な医師に扱わせた」と表示したことが,一般視聴者に対して上記のような印象を与えることは,否定し難いというべきである。
ところで,本件刑事判決は,本件事故の際に人工心肺回路における脱血不能の状態を惹起した直接的かつ決定的な原因は水滴等の付着によるガスフィルターの閉塞であったとした上で,実際に心研で人工心肺にかかわったことがある被控訴人以外の医療関係者らも人工心肺回路内に発生した水滴等によりガスフィルターが閉塞するという構造上の危険性について認識がなかったものと認め,この認定を踏まえて,上記の危険性の認識に欠けていたことに'ついて,一人被控訴人についてのみその認識が可能であったのにこれを懈怠したものとして非難するのは酷であるとして,被控訴人の注意義務違反を否定し(この事実は甲第6号証によりこれを認める。),本件事故当時の臨床医療の一般水準として,本件手術の際に用いられた人工心肺の操作に当たる者が,人工心肺回路内に発生した水滴等によりガスフィルターが閉塞する危険性があることを予見することが可能であったと断定することはできないとし,ガスフィルターが水滴等により容易に閉塞する危険性があることからすると,陰圧吸引回路にガスフィルターを取り付けておくという人工心肺の構造自体,客観的にみて,危険で瑕疵がある構造というほかはないとして,このような人工心肺回路を設置し,心臓手術での使用に供していたことにつき,女子医大の責任が問題となる余地がある点はともかく,少なくとも被控訴人1については,陰圧吸引回路にフィルターが取り付けられていることを認識していたからといって,直ちに,それが脱血不能の状態につながる危険で瑕疵のある構造のものであることまで認識した上,これに適切に対処することができたはずであり,かろ,そうすべき義務があったとするのは,酷であるといわざるを得ないとしたのであって,本件刑事判決は,被控訴人は人工心肺回路内に発生した水滴等によりガスフィルターが閉塞する危険性があることを知らなかったところ,本件事故当時の臨床医療の一般水準を基準にすれば,専門的治療に携わる医師であっても上記の危険性を認識していないのであればそのような危険を予見することはできなかったと判断したというべきであるから,本件ニュース1の一連の放映内容を視聴した一般視聴者が受けたであろう前記の印象(被控訴人が,専門家としての力量が不十分な,未熟な医師であるがゆえに,人工心肺の構造に問題があったことを予見できず,本件事故が生じたのであるが,被控訴人が未熟な医師であったことからすると法的にその過失責任までは問えないと判断された,あるいはそれが事の真相と考えられると専門家がコメントしたとの印象)は,本件刑事判決において示された上記判断とは重要な点において異なるものであるといわざるを得ない。前記の印象は,専門家としての力量が不十分な,未熟な医師であるという印象を内容とするものであり,断定的,否定的なニュアンスの強いものであるのに対し,本件刑事判決において示された上記判断は,実際に心研で人工心肺にかかわったことがある被控訴人以外の医療関係者らも人工心肺回路内に発生した水滴等によりガスフィルターが閉塞するという構造上の危険性について認識がなかったものと認めた上で,この認定を踏まえて,上記の危険性の認識に欠けていたことについて,一人被控訴人についてのみその認識が可能であったのにこれを懈怠したものとして非難するのは酷であるとして,被控訴人の注意義務違反を否定したもので,前記の印象のように断定的,否定的なニュアンスを伴うものではないからである。したがって,本件ニュース1は,その一連の放映内容を視聴した一般視聴者に対し,上記のとおり本件刑事判決において示された判断と重要な点において異なる印象を与えるものであり,テロップに表示された「未熟な医師」という表現の持つ専門家としての力量に対する否定的評価とあいまって,本件刑事判決によって上記のとおり示された判断により無罪とされた被控訴人の人格的価値を損ない,その社会的評価を低下させるものであったというべきである。このことは,本件ニュース1と,それ以外のニュース,とりわけ本件ニュース4とを対比すれば明らかである。」
(3)原判決27頁25行目から28頁14行目までを次のとおり改める。
「確かに,本件ニュー一ス1は,本件刑事判決において示された判断内容を一般の視聴者に分かりやすく正確に説明しようとする意図の下に制作されたものであるということができるし,本件ニュース1の制作者が,本件刑事事件の判決について,犯罪の被害者側の観点からどのように受け止められたかを報道したり,法律専門家である弁護士のコメントを紹介したりしたことをもって,直ちに違法,不当であるなどということはできないが,上記のとおり,本件ニュース1の一連の放映内容を視聴した一般視聴者が,テロップに表示された未熟な医師とは被控訴人のことであり,被控訴人が未熟な医師であるがゆえに人工心肺の構造に問題があったことを予見できず,本件事故が生じたのであるが,被控訴人が未熟な医師であったことからするとその過失責任までは問えないと判断された,あるいはそれが事の真相と考えられるとの印象を受けることは否定できないのであって,本件ニュース1は,その一連の放映内容を視聴した一般視聴者に対して,本件刑事判決において示された判断と重要な点において異なる印象を与えるものであり,テロップに表示された「未熟な医師」という表現の持つ専門家としての力量に対する否定的評価とあいまって,本件刑事判決によって上記のとおり示された判断により無罪とされた被控訴人の人格的価値を損ない,その社会的評価を低下させるものであったといわざるを得ない。」
(4) 原判決29頁20行目から30頁6行目までを次のとおり改める。
「しかしながら,本件ニューニス2において被控訴人につき「元医師」との事実摘示がなされたことにより,一般視聴者が被控訴人は本件事故の責任を取って自ら医師を辞めたか,医師を辞めさせられたとの印象を受けるとしても,本件事故の結果の重大性と心臓手術に関与する医師に求められる高度の専門性とにかんがみると,法的な責任があるかどうかとは別に,道義的責任の観点から被控訴人が本件事故の責任を取って自ら医師を辞めたか,医師を辞めさせられたという事態はあり得るところであり,そのような事態が生じたとの印象が持たれたからといってそれゆえに直ちに被控訴人の社会的評価が低下したとまでは認め難いというべきである。この点に関する被控訴人の主張は採用することができない。」
(5) 原判決30頁10行目及び18行目の「アナウンサー」をいずれも「ナレータ」に改め,30頁24行目の「余地が残されていますよね」を「余地が残されていますよね。」に改める。
(6) 原判決32頁2行目から22行目までを次のとおり改める。
「上記のとおり,本件ニュース1は,一般視聴者に対し,被控訴人が未熟な医師であったために人工心肺の構造に問題があったことを予見できず,本件事故が生じたとの印象を与えることは否定できず,テロップに表示された「未熟な医師」という表現の持つ専門家としての力量に対する否定的評価とあいまって,被控訴人の名誉を毀損するものである。これに対し,控訴人は,前記第2の3のとおり,本件事故に係る資料中には,被控訴人を「未熟」と評価するに十分な事実が数多く存在するのであり,本件手術時における人工心肺装置を担当する医師としての被控訴人の知識及び技術のレベルは,「未熟」と評価されても仕方のないものであったなどと主張する。
しかしながら,本件刑事判決が,前記のとおり,本件事故当時の臨床医療の一般水準として,本件手術の際に用いられた人工心肺の操作に当たる者が,人工心肺回路内に発生した水滴等によりガスフィルターが閉塞する危険性があることを予見することが可能であったと断定することはできないとし,ガスフィルターが水滴等により容易に閉塞する危険性があることからすると,陰圧吸引回路にガスフィルターを取り付けておくという人工心肺の構造自体,客観的にみて,危険で瑕疵がある構造というほかはないとして,このような人工心肺回路を設置し,心臓手術での使用に供していたことにつき,女子医大の責任が問題となる余地がある点はともかく,少なくとも被控訴人については,陰圧吸引回路にフィルターが取り付けられていることを認識していたからといって,直ちに,それが脱血不能の状態につながる危険で瑕疵のある構造のものであることまで認識した上,これに適切に対処することができたはずであり,かつ,そうすべき義務があったとするのは,酷であるといわざるを得ないとしたことにかんがみると,控訴人が主張するような事実を量根拠に,被控訴人が未熟な医師であるとの事実が真実であることが証明されたということはできないし,本件ニュース1の番組制作者が当該事実を真実と信ずるについて相当の理由があったということもできない。また,被控訴人が未熟な医師であるとの意見ないし論評の前提としている事実についてその重要な部分につき真実であることの証明があったということもできないし,本件ニュース1の番組制作者が当該事実を真実と信ずるについて相当の理由があったということもできないのであり,さらに,絶対評価として医師の力量が不十分であるという印象を与える「未熟な医師」という表現は,被控訴人に対する個人攻撃のニュアンスを有するものであることを否定することはできない。」
2 当審における控訴人の主張に対する判断
控訴人は,前記第2の3のとおり主張するが,前記のとおり認定し,説示したところと異なる控訴人の主張は,いずれも採用の限りでない。
3 当審における被控訴人の主張に対する判断
被控訴人は,前記第2の4のとおり主張するが,前記のとおり認定し,説示.したところと異なる被控訴人の主張は,いずれも採用することができない。
第4 結論
以上の認定及び判断の結果によると,被控訴人の請求は,そのうち100万円及びこれに対する不法行為の後である平成17年12月2日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める部分につき理由があるから上記の限度でこれを認容すべきであり,その余は理由がないからこれを棄却すべきである。よって,当裁判所の上記判断と結論において符合する原判決は相当であり,本件控訴及び本件附帯控訴はいずれも理由がないから,これらを棄却することとして,主文のとおり判決する。
付録2:本件裁判の資料
2007年8月27日 (月) 勝訴 フジテレビ訴訟 本人訴訟第1号
http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_fea3.html
2008年7月31日 (木)
「悪意ある虚偽報道による名誉段損に対しての闘い」田邊昇先生 「外科治療」2008Vol.98No.6より
http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2008/07/post.html
2007年8月25日 (土)
フジテレビ訴訟 判決
http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_7178.html
2008年3月 7日 (金)
「日経メディカル」記事掲載ー本人訴訟でフジテレビに勝訴―
http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/post_10f7.html
2008年2月 1日 (金)
刑事控訴審続報の前に今日のフジテレビ控訴審
http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2008/02/post_f412.html
2008年3月 7日 (金)
復刻 フジテレビ訴訟 控訴審
http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/post_5865.html
2008年5月22日 (木)
フジテレビ控訴審 結審日決定
http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_6faa.html
2007年6月 4日 (月)
フジテレビ訴訟 本人尋問期日のお知らせ
http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2007/06/post_44bb.html
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コメント
勝訴おめでとうございます。こういった「マスコミ」側の報道機関の「名誉毀損」は問題だと思います。さっそくブログでとりあげさせていただきました。
今後ともよろしくお願いします。
投稿: skyteam | 2008年10月10日 (金) 06時19分
勝訴おめでとうございます!すごいです。
先生のご活躍をこれからも応援しています。
投稿: pyonkichi | 2008年10月10日 (金) 19時35分
skyteam先生コメントとトラックバックありがとうございました。
pyonkichi先生コメントとありがとうございました。
一審勝訴直後には、本人訴訟の師匠的存在だった三浦和義さんも直接連絡して、
喜んでいただきましたが、今回は、お知らせするどころか、自殺されてしまいました。
ご冥福をお祈りするとともに、今後の米国警察の責任について考えたいと思います。
投稿: 紫色の顔の友達を助けたい | 2008年10月13日 (月) 00時23分
勝訴おめでとうございます。
刑事訴訟の控訴審や、女子医大との訴訟もありますね。
先生の名誉回復への道のりは、まだ半ばで、先は長いものと存じますが
がんばってください。
投稿: Dr. kuju | 2008年10月14日 (火) 15時40分