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2008年10月17日 (金)

日本の名誉毀損損害賠償額算定学

前回のブログでもお伝えしたように、私は本人訴訟で対フジテレビ名誉毀損裁判の控訴審でも勝訴しました。

「再び勝訴! (一審 勝訴確定 ) フジテレビ控訴審および附帯控訴審」
http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/post-0be6....

賠償額は100万円。名誉を毀損した事実の摘示が極端にいえば、「未熟な医師」の一言だけだったということもあるかもしれませんが、やはり本邦での「名誉」の算定は低すぎると思います。これに関しては、以前に弁護士で医師の田邊昇先生が医学専門誌の「外科治療」投稿された記事をブログに引用させていただきました。

「悪意ある虚偽報道による名誉段損に対しての闘い」田邊昇先生 「外科治療」2008Vol.98No.6より

http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2008/07/post.html

この控訴審では、フジテレビが控訴したのに対して私が「附帯控訴」して100万円の判決では少なすぎる旨を訴えました。しかし、「100万円ルール」の壁は破れませんでした。(素人だから当然ですが、賠償額を減らすことが無かっただけでも勝ちとみなしています。)

控訴審の準備書面を書くにあたり、日本の名誉毀損裁判の歴史をまとめて主張しましたので、それを引用いたします。(L-M net上でも公開しましたが、反応が少なかったので、ブログ本家に掲載することにしました。)


損害賠償額算定について
第1 原判決の認容した「本件ニュース1」に対する慰謝料100万円は低額で被害救済の実効性がないので増額が必要なこと
原判決は,「本件ニュース1」のみを名誉毀損に当たる放送と判断し,その慰謝料を100万円と認容した。最初に,「本件ニュース1」に対する慰謝料が顕著に低額であることについて論じ,その増額の必要性について主張する。


1.名誉毀損裁判における慰謝料額の再検討
 我が国において,名誉毀損をはじめ人格権侵害の損害賠償額,特に慰謝料額については,顕著に低額であることが指摘されてから久しい。現在から20年以上前に,「北方ジャーナル事件」最高裁大法廷1986年6月11日判決(民集40巻4号872頁,判例時報1193頁)において大橋裁判官は補足意見の結びに「わが国において名誉毀損裁判に対する損害賠償は,それが認容される場合においても,しばしば名目的な低額に失するとの非難を受けているのが実情と考えられるのであるが,これが本来表現の自由の保障の範囲外ともいうべき言論の横行を許す結果となっているのであって,この点は官権者の深く思いを致すべきところと」と判示されている。
 稀な例外を除けば,せいぜい数十万円から100万円程度にとどまってきた名誉毀損に対する従来の損害賠償の「相場」は,近時の高度情報化した我が国の社会において,情報,名誉,信用等に対する価値が増大していることに対応していなかったため,その妥当性が再検討されるべきであった。実際に,平成13年司法制度改革審議会の最終意見で,「損害賠償額の認定は低すぎるとの批判があり,必要な検討が望まれる」ことが指摘され,マスメディアによる名誉毀損を中心とした損害額の算定についての裁判官による研究会が活発に行われた。その結果,名誉毀損での高額化の提案が相次いでなされた。
 例えば,東京地方裁判所損害賠償訴訟研究会「マスメディアによる名誉毀損訴訟の研究と提言」(ジュリスト1209号63頁)は,基本額として400万円から500万円程度を提案し,司法研究所「損倍賠償請求訴訟における損害額の算定」(判例タイムズ1070号4頁)も高額化を提起するとともに,慰謝料額の定型化の算定基準も示された。また,元裁判官の塩崎勤弁護士による「名誉毀損による損害額の算定について」では,一般的な平均基準額として500万円程度が示され,井上繁規東京高等裁判所判事による「名誉毀損による慰謝料算定の定型化及び定額化の試論」(判例タイムズ1070号14頁)では慰謝料算定の定型化及び定額化の算定基準が提示された。


2.過去の判例の分析的損害額算定と平成13年以前の裁判例
 一般的な平均基準額として500万円が示されたとはいえ,名誉毀損による損害賠償事件における算定は,裁判所が各場合における事情を斟酌し,その自由な心証に委ねられてきたことは,確立した判例が示してきた。損害額の算定に,考慮されるべき事情は多種多様で,様々な要素が考慮された結果として,最終的な算定に至るものであり,一般的かつ汎用性のある損害賠償の基準・標準を,過去の判例の算定額から単純に導きだすことは困難である。しかしながら,本件と同様の事例に限定して抽出した分析結果は、本件における慰謝料算定を考えるに当たり意味がある。
 例えば,前述の東京地方裁判所損害賠償訴訟研究会「マスメディアによる名誉毀損訴訟の研究と提言」「5.損害額算定の裁判例の分析のまとめ」ジュリスト1209号72頁では,本件同様の事例,

名誉毀損行為の伝播性が全国的なものであった事例
被毀損者が社会的信用のある者などの著名性を有していたもの
何らかの減額要因(報道の正当性,断定的な表現でないこと,被害者側の落ち度,謝罪広告の請求を認容すること等)が積極的には認定されていない事例
以上の
①②③に限定し抽出した7事例が分析されている。これらの修正単純平均額は485万7142円で,中間値(メジアン)は300万円であった。
 本件をこれと照らし合わせると,
キー局である被告により放送されたもので相当数の人が視聴したものと推測され被毀損者が一般に社会的信用のある医師であり,何らかの減額要因がない事例であり,この東京地方裁判所損害賠償訴訟研究会の論文における「限定して抽出された事例」の範疇に含まれるものである。


3.平成13年以後の主な名誉毀損裁判の損害額について
 平成13年に活発発表された裁判官らの論文の研究対象になった名誉毀損訴訟判例の後も,名誉毀損裁判の認容損害額は高額化し,研究対象となった判例に比較しても総体として高額となっている。以下に主な判例の「認容損害額」「被毀損者」「事件の内容」等を列挙する。
なお,以下の判例には,「報道事実の流布の範囲・情報伝幡性」が最強と思われるテレビ放送による名誉毀損裁判例は存在しない。
① 1650万円(被毀損者 市長)「鎌倉市長がビルの所有者,政治団体,任意団体の代表者の垂れ幕で名誉を毀損された事件」 横浜地方裁判所 2001年10月11日判決(判例タイムズ1109号186頁)
② 920万円(被毀損者 大学教授 *)「私立大学の教授が発掘調査された遺跡から発見した石器の捏造に関連した旨等を摘示した週刊誌記事の事件」最高裁判所2004年7月15日第一小法廷判決(別冊ジュリストNo.179「メディア判例百選」144頁),福岡高等裁判所 2002年2月23日判決(判例タイムズ1149号224頁) (* 本件の原告は,被毀損者の遺族3人である)
③ 600万円(被毀損者 プロ野球選手)「プロ野球選手のトレーニングに関する週刊誌記事の事件」東京高等裁判所 2001年12月26日判決(判例時報 1778号78頁,判例タイムズ1092号100頁)
④ 600万円(被毀損者 プロ野球選手)「プロ野球選手が野球賭博に関与したとの主旨の週刊誌記事の事件」東京高等裁判所 2002年3月28日判決(判例時報1778号79頁)。
⑤ 550万円および440万円(被毀損者 医療法人理事長および医療法人)「医療法人の職員4人が死亡した事故と保険金の関係等の写真週刊誌記事の事件」熊本地方裁判所 2002年12月27日判決
⑥ 550万円および110万円(被毀損者 電気通信事業会社社長および会社)「電気通信事業会社社長が原告会社の子会社の株を操作した旨の週刊誌記事とファミリー企業がソープランドを買収した旨の週刊誌記事の事件」東京地方裁判所 2003年7月25日(判例タイムズ1156号185頁)
⑦ 550万円(被毀損者 テレビ番組制作会社)「テレビ番組制作会社に関する裏金要求疑惑や窃盗疑惑などの週刊誌記事の事件」 東京地方裁判所

⑧ 500万円および500万円((被毀損者 建築家および建築家名建築都市設計事務所) 「橋の設計等に関与した建築家を誹謗した週刊誌の記事等の事件」(東京地方裁判所 2001年10月22日判決(判例時報1793号103頁)
⑨ 500万円(被毀損者 国会議員)「民主党所属の国会議員が,賛成派議員と郵政民営化法案通過の打ち上げに参加していた旨を摘示した週刊誌記事の事件」東京地方裁判所民事第34部 2007年1月17日判決
⑩ 500万円(被毀損者 国会議員)「地下鉄建設工事に関して利益を得た旨の雑誌記事の事件」京都地方裁判所2002年6月25日判決(判例時報1799号135頁)
⑪ 500万円(被毀損者 テレビ放送局社員)「放送局の社員が自宅マンションの騒音をめぐる紛争につき建設省を通じて施工業者に圧力を掛けた等の言動を内容とした写真週刊誌記事の事件」東京地方裁判所 2001年12月6日判決(判例時報1801号83頁)
⑫440万円(被毀損者 医療法人) 「医療法人の経営する病院に勤務する医師が無断アルバイトを理由に退職したにもかかわらず,医療過誤の事実を患者側に伝えて解雇されたなどと週刊誌の取材やテレビで発言した場合,病院の社会的評価を低下させたとして,医療法人の医師に対する損害賠償請求が認容された事例」 横浜地方裁判所 2004年8月4日判決(判例時報1875号119頁)
⑬ 440万円(被毀損者 評論家)「書籍やインターネット上で評論家の名誉を毀損する事実を摘示した事件」 東京地方裁判所 2001年12月25日判決
⑭ 330万円(被毀損者 弁護士)「新弁護士会館に飾られる裸婦画をめぐる女性弁護士に関連した週刊誌記事の事件」 京都地方裁判所 2005年10月18日判決(判例時報1916号122頁)
⑮ 300万円(被毀損者 金融会社)「消費者金融会社の企業経営を批判する月刊誌記事の事件」東京地裁 2002年7月12日判決(判例時報1796号102頁)
⑯ 300万円(被毀損者 弁護士)「弁護士に関する単行本のルポ中の記述の事件」東京地方裁判所 2003年12月17日判決(判例タイムズ 1176号234頁)


4.原判決の慰謝料100万円に対する客観的評価
 なお,控訴人の好きな言葉を引用すれば「中立の法律の専門家」であり,「医療の専門家」でもある「医師,弁護士」の田邊昇先生は,「日経メディカル 2008年3月号(甲第25号証)」に本件原判決についての解説を投稿された。その「オリジナル原稿(甲第26号証)」には,「裁判所の認容額は,わずか100万円です。(6頁8行目から9行目)」「そこで,マスコミの偏向報道・虚偽報道によって被害を受けた場合は,民事の損害賠償請求をおこなうしか方法がありません。しかし,損害賠償請求訴訟を提起しても,損害賠償額は非常に低く,本件でも100万円と,フジテレビの悪質性や杜撰さに比較して非常に低額にとどまっています。(6頁下から3行目から7頁2行目)」という記載があり,原判決の慰謝料100万円は,「非常に低額」であるという客観的評価をされている。
 なお,「オリジナル原稿」は,「日経メディカル 2008年3月号」が発行された後に,附帯控訴人が日経メディカル編集部に記事を閲覧した旨連絡をとったところ,同編集部が自主的に附帯控訴人に送信してきたものである。日経メディカルの編集部は,附帯控訴人に送信直前にその許可を田邊昇弁護士から得ている。


5.「本件ニュース1」の損害額算定における考慮要素の分析
名誉毀損の損害額算定にあたって考慮される増額要素には様々なものがあるが,以下項目別に本件で考慮されるべき増額要素について論じる。


(1) 事実流布の範囲
 附帯被控訴人は全国ネットのキー局であり,フジテレビ系列28局よりなるフジニュースネットワーク(Fuji News Network: FNN)を形成している。すなわち,北海道文化放送,岩手めんこいテレビ,仙台放送,秋田テレビ,さくらんぼテレビジョン,福島テレビ,長野放送,新潟総合テレビ,テレビ静岡,東海テレビ放送,富山テレビ放送,石川テレビ放送,福井テレビジョン放送,関西テレビジョン放送,山陰中央テレビジョン放送,岡山放送,テレビ新広島,テレビ愛媛,高知さんさんテレビ,テレビ西日本,サガテレビ,テレビ長崎,テレビ熊本,テレビ大分,テレビ宮崎,鹿児島テレビ放送,沖縄テレビ放送がその系列であり,ケーブルテレビの普及も考慮すれば,本件放送は,ほぼ日本全国津々浦々の人々に視聴されたと推測される。


(2) 情報伝播力
 テレビジョン放送は,一次元的な活字メディアにはないナレーション等の音声および動画やテロップ等による映像をも用いた多元的情報により視聴者に強い印象を与える。メディアの種類に中では,その衝撃度や伝播力は最強であり,名誉毀損に基づく損害の大きさも最大と思われる。また,放送された午後6時からの時間帯は,大多数の就業者にとって勤務を終えた時間帯にあたり,相当数の視聴者があったと推測される。


(3) 二次的伝播への影響
 近年,爆発的な広がりを見せて発展したウエッブサイトによる二次的伝播による損害の拡大も無視できない。例えば,甲第12号証「陳述書」でも述べたように,末尾に添付されている「シーガルアイ公式ブログ『カモメの目』」気になる記事から(11月30日)にあるように,「当初この医師は,自分のミスを認め遺族に謝罪したそうです。ところが裁判になると一転,自分に過失はないと主張し無罪を勝ち取りました。医療裁判というのは,こんな違和感のある行動をした医師すら罰することができないくらい難しいのでしょうか?「無罪」はないんじゃないかなぁ~。」という書き込みは,「本件ニュース1」を視聴した筆者によるものと強く推測される。このような書き込みがされると,さらにこのブログの閲覧者がウエッブサイトに書き込みを行い,三次的伝播ないし高次的伝播と,次々とねずみ算式に波及する可能性がある。そうなると,仮にこの原ブログ記事が後に削除されたとしても,名誉毀損の被害拡大を抑制することは不可能である。
 「本件ニュース1」を直接視聴したり,これらのウエッブサイトを閲覧したりした者が,最初に抱いた印象は簡単に消えるものではない。それどころか,最初に抱いた印象を基準にして判断し,公判廷で明らかにされた方が間違っているのではないかとの不信感を持つ者が少なからず存在するはずである。万が一,これらのウエッブサイトを把握し得ることが可能となって、その全て削除され,さらに後に繰り返し附帯控訴人が無罪であることが別のメディアによって報道されるようなことがあったとしても,最初に抱いた印象は簡単に消えるどころか永遠と残存する可能性も高い。


(4) 精神的損害・無形的損害
 被毀損者の「放送された者にしか分からぬ痛み」は,どんなに甚大であろうとも,第三者が理解することは困難である。附帯控訴人は,甲第12号証「陳述書」「心臓外科学と私」「『未熟な医師』『元医師』」等でもその精神的苦痛を述べた。
 附帯控訴人は,小学生のころから医師それも心臓外科医を目指し,大学医学部で6年間,その直後の医師免許取得から放送までの15年近くの年月を併せて継続的に20年以上もの間医学を学び,心臓外科学を研鑽し心臓外科診療に従事してきた。放送当日の午前中にも心臓外科医として患者の診療を行い「待望の判決」を向かえた。「無罪判決が言い渡された後には,以前に私が逮捕,起訴され,マスメディアに散々虚偽の事実を報道されて,完全に心臓外科医としての社会的信用を低下させられたことが,少しは回復する報道がされると思っていたからで」ある。これに対して,「科学的素養も有さない,何の医学知識もない,心臓外科医に対して何の取材も行わなかったフジテレビ」の認識すなわち「何の取材の努力もしない放送局の誤った認識によって,いとも簡単に,私が未熟な医師であって,当初は罪を認めていたのに裁判になって一転して無罪を主張,本来は有罪であるところ,無罪判決を言い渡された元医師で,現在は医師でない人間との印象が全国の視聴者に植え付けられてしまった」のであるから,附帯控訴人が待望していた社会的信用の回復報道とのギャップはあまりにも大きく,その精神的苦痛は極めて大きい。


(5) 名誉毀損の内容・表現方法
 起訴されれば,99%以上の可能性で有罪になる本邦の刑事裁判において,無罪判決報道に対する一般視聴者の第一の関心事は「何故無罪なのか」ということである。これに対して,「本件ニュース1」は,原判決にもあるように,附帯控訴人には過失がなかったことは簡単に伝えただけで,放送のほとんどの時間は、附帯控訴人自身が従前自己の過失や責任を認め遺族に謝罪をしていたことや,附帯控訴人を含めて手術を担当した医師が未熟であった旨の弁議士のコメントをはじめとして,医療過誤裁判の難しさ,医師である附帯控訴人の逮捕の異例さ,女子医大病院に対する行政処分及び別の医師に対する有罪判決の存在等,附帯控訴人に対する無罪判決に疑問があることを示唆する内容の情報を多数提供しており,さらに,その構成も,冒頭部分と最後に本件刑事判決に批判的な本件患者の遺族による記者会見でのコメントを挿入し,他方,判決直後になされた附帯控訴人の記者会見でのコメントは全く用いていないなど,附帯控訴人に対する無罪を言い渡した本件刑事判決に批判的な視点で構成されていた。
 また表現の方法も,名誉毀損にあたる内容についてナレーションとテロップの両方を用いて,ことさら強調を行った上に,附帯控訴人が行った記者会見の映像を入手したにもかかわらず,これを無視して,敢えて,附帯控訴人が墓参りに訪れた時の写真映像(甲第1号証の1,甲第1号証の2の①,甲第1号証の2の②,甲第1号証の2の③)や無罪判決とは直接関係がない附帯控訴人が拘置所職員とともに拘置所内を歩行して出所した場面の映像を繰り返し使用した。(甲第1号証の1,甲第1号証の2の①,甲第1号証の2の②,甲第1号証の2の③,甲第1号証の2の④,甲第1号証の2の⑤,甲第1号証の2の⑥,甲第1号証の2の⑦,甲第1号証の2の⑧)


(6) 加害行為の動機・目的
 上記放送の内容で,特に冒頭部分と最後に本件刑事判決に批判的な本件患者の遺族による記者会見でのコメントを挿入し,他方,判決直後になされた附帯控訴人の記者会見でのコメントは全く用いていないだけでなく,記者会見の映像を用いる代わりに前述の「墓参り」や「拘置所職員との拘置所内を歩行する場面」を波状的に放映した方法は、明らかに「附帯控訴人に対して悪意を持った」手法である。これらを勘案すると,附帯被控訴人は意図的に「本件刑事判決が原告(=附帯控訴人)に対し無罪の言渡しをしたとはいうものの,実際には,原告(=附帯控訴人)が,未熟で,その過失があったために,本件事故が生じた可能性があるとの印象を与えること」(原判決28頁)を放送の動機・目的としていたことが高度に推認される。


(7) 取材方法の相当性
 附帯被控訴人が原審において提出した「本件ニュース1」の放送のための取材方法,取材経過に関する証拠は,乙第4号証と乙第7号証のみである。前者は,担当ディレクターが「西田弁護士にコメントをもとめた時刻が判決の言渡後であった」という不確かな記憶の事情聴取,後者は報道局スタッフが平成13年12月30日に附帯控訴人が墓参りに訪れたときの写真を接写した事実等の陳述であり,本件無罪判決を放送するに当たって具体的に「何時,誰が,何を,取材したか」とう取材の核心部分に関する弁論は全くされていない。取材メモや内容に関する取材経過などの証拠は一切提出されていないのであり,そもそも存在しない可能性も高い。このような状況では,取材方法の相当性を判断する段階にすら到達していない。
 しかも,「本件ニュース1」のテロップ①「『過失責任 問えない』東京女子医大元医師」『無罪』 心臓手術で少女死亡」の「元医師」は,原判決にあるように,附帯控訴人が「元医師」と指摘された点については,一般の視聴者の普通の注意と視聴の仕方とを基準とすれば,本件事故当時は医師であったが,現在は医師ではない者と理解され附帯控訴人は,現在は医師ではない旨の事実摘示をしたものとみるべきであり,他方附帯控訴人は,本件事故以降「本件ニュース1」放映時である平成17年11月30日においても依然として現役の医師であったのであるから,本件ニュース1は,真実は医師である原告を医師ではない旨誤った事実を摘示したものといわなければならないことは明かである。このように附帯被控訴人は,放送の対象である附帯控訴人に関しての極めて基本的な事柄についてさえ,誤った事実認識を持っていたことは,取材方法に大きな問題があり,相当性がないことの証明である。
 したがって,附帯被控訴人のこれまでの弁論姿勢から判断すれば「本件ニュース1」の作成に当たり,「放送前に取材したことは『写真の接写』と『西田弁護士への電話』だけで,それ以外は何も取材しなかった」ということになる。このような取材状況から「本件ニュース1」を放送し附帯控訴人の名誉を毀損したのであれば,慰謝料の損害額算定に十分考慮されるべきである。
(8) 被害者の年齢・職業・経歴・社会的地位の高さ
 名誉毀損被害にあった附帯控訴人は,満42歳で所謂働き盛りの年代であった。医学博士の学位と日本外科学会認定医,胸部外科認定医を有する現役の心臓外科医であり,その外来診療状況は病院内の案内やパンフレットにとどまらず,「綾瀬循環器病院ホームページ(http://www.ayaseheart.or.jp/index.php」」)(甲第27号証)にも公開されていた。
 これに加え,上記「3.平成13年以後の主な名誉毀損裁判の損害額について」⑪の事案では,特に社会的にその職業が公開されることもない放送局の一社員に対してですら500万円の慰謝料が認容されたり,同⑤の事案では,同じ医師の資格をもつ医療法人理事長個人に対して550万円の慰謝料が認容されたりした判例を鑑みる必要がある。


(9) 被害者が被った営業活動,社会生活上の不利益
 前述の通り,附帯控訴人は,現役の医師として診療を行っていた。診療に当たっては,「本件ニュース1」を視聴した患者や患者家族が「実際には,附帯控訴人が,未熟で,その過失があったために,事故が生じたのではないか。」とか,前述の甲12号証の「シーガルアイ公式ブログ『カモメの目』」のブログ管理者のように「当初,自分のミスを認め遺族に謝罪したのに,裁判になると一転して,自分に過失はないと主張し無罪を勝ち取った。こんな違和感のある行動をした医師は有罪なのではないか」との心持ちで,附帯控訴人の診療を受けていたのではないかという不安が生じた。また,外来を予約したのに受診することなかった患者は,上記のような理由から附帯控訴人の外来診療を拒否し始めたのではないだろうかという不安を持たざるを得なかった。
 しかも,前述のように「本件ニュース1」および「「本件ニュース2」「本件ニュース3」「本件ニュース4」で,附帯控訴人は「元医師」と放送されたことについて,「患者や患者家族が附帯控訴人が医師でなくなったと理解した可能性がある」と,不安に思うことになったのであるから,著しい営業活動,社会生活上の不利益を被ったのである。


(10) 名誉毀損事実の深刻さ
 近年の名誉毀損訴訟における損害賠償額の高額化の先駆けとなった上記「3.平成13年以後の主な名誉毀損裁判の損害額について」③の事案は,著名なプロ野球選手が再起をかけてのシアトルでのトレーニング中に,ストリップパブに通い白人ダンサーを相手に遊びに興じていた等の記事が問題となったものであった。かかる事案は,プロ野球選手にとっての専門性が直接問われる野球でのパフォーマンスとは関わりがないものであったにもかかわらず,600万円の損害賠償が認められた(なお,一審判決は1000万円の損害賠償を認容した。)。
 附帯控訴人は,心臓外科医になるために6年間医学部に通い,その後は女子医大の心研に入局し,寝食を惜しんで,骨身を削って心臓外科医としての職務や研究に没頭し,国際学会でもその成果を発表し,その成果として医学博士の学位や認定医を取得してきた。附帯控訴人が人生をかけて築いてきた職業的専門性を,本件放送は十分な取材をせずに簡単に否定したものであり,附帯控訴人が本件放送によって被った精神的苦痛は多大で極めて深刻なものである。


(11) 事後的な名誉回復措置の有無
 附帯被控訴人は,これまで一切の事後的な名誉回復措置をとっていない。また、原審においては、東京地方裁判所民事第6部 土肥章大裁判長からの和解の勧告に対して,2007年3月30日午後13時10分~45分の原審の弁論準備期日が行われ,附帯控訴人は「附帯被控訴人が不法行為を真摯に認めるなら請求額を減額する」旨を提案したが,附帯控訴人は裁判所の和解勧告に一切耳をかさない態度で原審を争った。また,原審で敗訴しても控訴を行った。このような附帯被控訴人の不誠実な態度も慰謝料の算定に考慮
されるべきである。

以上

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