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2008年12月25日 (木)

連載第三回、第四回 「リヴァイアサンとの闘争―正当な治療行為で冤罪にならないために」

「第三回 事情聴取-「取調べ」は通常の会話ではない」

JAMIC JOURNAL 2008年12月号 に掲載されました。

「第四回 事情聴取-医師の”良識“が狙われる」

 JAMIC JOURNAL 2009年 1月号 に掲載されました。

003  事情聴取-「取調べ」は通常の会話ではない

敵陣に一人で入る 

日本では、捜査機関の取調べの際に弁護士の立会いが認められません。知り合いのアメリカ人にこの話をしたところ、仰天して「信じられない」「野蛮な国だ」という反応でした。アメリカでは、逮捕されて拘束下にある被疑者に対してですら、「あなたは弁護士の立会いを求める権利がある」と通告される「ミランダルール」が確立されていますが、日本にはこれに対応する規則はなく、嫌疑をかけられたら最後。警察署も検察庁も数十人から数百人の全て敵だけの城であり、そんな取調室には、一人で入らなくてはなりません。

確実な記憶だけを話す 

取調べでは、確実な記憶だけを話します。絶対に、わざと嘘をついてはいけません。調べは何十回も続くので、「虚偽」は必ず矛盾が生じるでしょう。もちろん、「知っていること」や「確実な記憶がある事実」を隠す必要はありません。しかし、「事実」とは「古い出来事」です。元々、見聞きしていないこと、忘れてしまったこと、記憶にないことがたくさんあります。これに対しては、堂々と「覚えていません。知りません」と答えるべきです。しかし、これは実に難しいことです。

 医学的知識に自信がない捜査官は、人海戦術で事件には全く関係ない「日常の飲酒量」「配偶者の元勤務先」といった些細なことから最近の医学論文まで、量的には徹底的に裏をとり、情報収集します。そして、大量の情報の断片を武器に「こっちは全部わかっているんだぞ」と強圧的な態度をとります。「基礎のない無際限の活動、活動的な無知ほどおそろしいものはない」(ゲーテ)。捜査官は、わかったつもりでいるかも知れません。しかし、「真実とは、複雑なもの。微妙なもの」です。捜査官が「文献にこう書いてある」「一緒に現場にいた別人がこういっているぞ」などと言おうとも「知らないものは知らない」。実際にも、捜査官の言い分に過ぎず、デタラメだったこともありました。

「取調べ」は通常の会話ではない 

取調べでは、何十回も呼び出されて、同じことを何度も繰り返して聞かれます。通常の会話なら、繰り返し同じことを何回も聞かれると、「わかってもらうために何か別の新しいことを答えなくてはならない」と思ってしまいますが、その必要は全くありません。新たに呼び出されて、前回と同じことを聞かれても、記憶に忠実に同じことを何度でも答えればよく、新しい説明をする必要はないのです。取調べは通常の会話ではありません。捜査官は自分がわからないこと、自分が創作したストーリーにそぐわない供述を聞くと、怒鳴ってその「ストーリー」を押し付けようとします。相手が激しく怒鳴っているのは困っている証拠ですから、醒めた態度で黙って雷嵐が過ぎるのを待てばよいのです。しかし、私達市民はゴルゴ13のようにはなれません。経験したことのない居心地の悪さに耐え切れなくなったり、捜査官との良好な人間関係を築こうと思ったりして、つい相手に話を合わせてしまいたくなるものです。

捜査官と人間関係を築くな! アンビバレンツの幻想を断ち切れ! 

何十回も顔を合わせる捜査官との関係は、敵対的でありつつどこかで共同的な感覚にもなってきます。この幻想は簡単に断ち切れません。「市民・医師」は警察、検察が社会の秩序安寧を守る組織と信じています。しかし、その社会的に“正しい”捜査機関から無実の罪を問われ、逮捕・勾留までされると、その点についてだけは、“間違い”だと思わざるを得ない。そこで、組織としての警察、検察を否定できず、「わかってもらえる」という幻想のもとに、医学的説明、科学的弁明、釈明に心を尽すことになります。しかし、捜査官はそんな面倒な話は聞きたくない。被疑者の罪を確信しています。どれほど立派な医学的科学的、根拠のある説明、釈明も、この「罪の確信」を揺るがすことはできません。彼らにとって、被疑者はすでに有罪なのです。

004  事情聴取--医師の“良識”が狙われる

優等生と「道徳の時間」 

「罪を憎んで人を憎まず」。捜査官には、被疑者を「本当は能力のあるよい人間(医師)なんだ」と評価する傾向があります。取り調べ中に怒鳴り上げるのは、「被疑者を憎んでいるのではなく、本当は良い人間でありながら誤りを犯しているのに認めないから」であり、警察や検察という道徳的権威の前で「被疑者は素直で従順な態度であれ」といった倫理的規範に訴えます。これは、学校で教師が生徒を叱責する論理と似ています。教師の問いかけに素直に従ってきた優等生の「良識」が権威に逆らうことを邪魔します。「古人は神の前に懺悔した。今人は社会の前に懺悔する。何びとも何かに懺悔せずには娑婆苦に堪えることができない(芥川龍之介『侏儒の言葉』)」。

「担当した患者が目の前で亡くなった。その責任をとるのは、人として常識だろう」などと言われればそんな心境になってしまい、誘導されて捜査官のストーリーに乗ってしまう。これが、常識的・一般的な問いかけから「捜査官製事実」を導く、医療者から簡単に「自白調書」を作成する手法です。しかし、思い出してください。現実に起きたことはそんなに単純ではないはず。微妙で複雑な事実を知っているのは、捜査官でなく「医療行為をした」あなた自身です。実体験について供述する取り調べで、一般的な問いかけには答える必要はありません。そんなときは、答えずに質問の前提を確認し、限定する。抽象的な問いは具体的に聞き直す。相手の質問をよく聞いて、聞き返す。そのとき、何を見て、何を聞いて、何をしたか、5W1Hを大切にして確実な事実だけを簡潔に話す。嘘は言わない。わからないなら「わからない」と答える。知らないことは「知らない」でよい。言えないことは言わなくてよい。黙っていてもよい。黙秘権・供述拒否権・自己負罪拒否は、憲法第38条で認められています。

医療者の論理と捜査官の心理 

「ちゃんと話せば、医学的科学的論理を理解してもらえれば、わかってもらえる」との常識的な考え方が取り調べで通用すると思うのは大間違いです。相手は端からわかろうとはしていないので、仮に正確な知識を理路整然と話したとしても、屁理屈として取り扱われます。すでに、「有罪推定」を前提とする捜査官の職業的使命感や表面的な道徳的正義感が、事実の確定よりも先に駆け出しているからです。熱意や正義感を動機づけるものは基本的に主観的思い込みであって、客観的、合理的判断ではありません。「思い込み」には、客観的判断とのズレが必ず生じます。しかし、客観的判断で、感情の独走を抑制できるほど人は器用ではありません。「証明してやろうなどと意気込まずに、考えるままに率直に述べるのが常によいやり方である。なぜなら、私たちの持ち出す証明はことごとく、私たちの意見の変種に過ぎないのだから。そして、反対意見の持ち主は、そのどちらにも耳を傾けはしない。私がよく知っていることは、自分だけのために知っていることである。口に出した言葉が物ごとを促進することは稀で、大抵は、反論、停止、停滞を惹起する(ゲーテ『箴言と省察』)」。

 フランチャイズの「医学」ではなく、ビジターの「捜査」のスタジアムで、「捜査官との医学理論合戦」に完勝することは意味がありません。同じことを繰り返し聞いてきたとしても、色々な方法で説明するのではなく、同じことを100回でも200回でも繰り返し言えばよいのです。

最終的最重要事項「調書」づくり

 「供述した事実」や「話をした事実」は重要ではありますが、録音、録画、記録はされません。「話」は最終的には残りません。残るのは「書証」です。裁判上の証拠は、「実際に何を供述したか」ではなく、「調書に何が書かれているか」です。安易な署名と押印が人生を変えてしまわないように、いよいよ次回から「調書」づくりについて述べます。

「第五回 供述調書作成-「自分の調書」を書かせる」予告

005  供述調書作成-「自分の調書」を書かせる

刑事事件の天王山は「供述調書作成段階」

「供述録取」とは「捜査官の作文書き」 

「『告白語り』形式」から唐突な「『問答』形式」への変換に注意 

「訂正」が最大の山 

「リヴァイアサン」に対峙する“唯一の武器”は署名押印しないこと

第一回  冤罪事件経験者からの伝言

http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/jamic-journal-2.html

第二回  医療事故冤罪-業務上過失致死罪における過失の有無

http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/jamic-journal-0.html

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