控訴審無罪報道の読み方
今3月28日の各紙朝刊を読んで驚愕しました。一審判決後控訴審終結までは、南淵証人が4回も出廷するなどあまりに長く、その間に父は亡くなりました。父は新聞記者だったので、私は学生当時から各紙新聞の読み比べや全国紙、地方紙に投稿もし、それなりの研究もしてきました。新聞に対する思いは人一倍強いと思っています今回報道で一番公正な視線は、産経新聞(地方紙はまだ読んでいません)。将来の展望としてもよい。後の新聞は、各社の医療報道に対する意識が強く、それを主張するためのツールとして、本件事件を利用しているかのような恣意的なものを感じました。
私が、記者会見で、「内部報告書」は非専門家が書いたもので、書いた人自らが「科学的でない」「根拠なく結論を書いた」といっていることや、ご家族に渡された時点でこの「内部報告書」は、委員の3人と理事長、理事、院長、医事課長、心研所長の7人程度の人間にしか知らなかったような秘密裏に作成されたものだ、3学会報告書で科学的に排斥されたものだ、ということを強調するべきだったのかもしれません。
もっと明確なメッセージを残せばよかったと悔いています。
新聞報道では、高裁判決文、3学会報告書、一審判決、検察の主張、女子医大内部調査報告書のそれぞれの記載内容を理解できていないまたは、内容を誤って報道がされています。学術レベルが高い3学会報告書や莫大な証拠をもとに作成された控訴審判決をなぜそのような女子医大内部報告書と並べて比較できるのでしょうか。
もっと真剣に本件事件自体ををよく調べて報道してもらいたいものです。
これでは、心臓外科医でも誤って本件判決を理解をしてしまうでしょう。
判決要旨が公開されています(判決全文はまだ私の手にもありません)。
判決では、3学会報告書の内容は全く否定されていないことを明記させていただきます。判決要旨にも5頁に3学会報告書の結果が尊重されています。
3学会報告書はあくまで、「陰圧吸引補助体外循環検討会」であって、体外循環装置事故そのものの研究を真摯に行っています。しかし、カルテは既に押収されていたのですから死因を検討するには無理があります。「女子医大心臓外科手術死因検討委員会」ではないことをメディア、特にY新聞は理解していません。
大野病院事件初公判の時にも、感じましたが、やはり、新聞社の医療裁判報道はバイアスが強いと思います。その意味で私が書いた「傍聴記」http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2007/01/post_ace1.htmlは意味があったと思います。
私は、以前の第37回 日本心臓血管外科学会学術総会心臓血管外科専門医認定機構医療安全講習会でも「悪しき医療報道」http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2007/02/post_12a3.htmlについてフロアから述べました。安全講習会の講師が「最初に、『女子医大の事件の件はマスコミ報道で、皆さんご存知だと思いますが・・・。』と述べられましたが、これが一番、危険な考え方です。」
その点、医療報道のみを専門として、記者会見にも出席された橋本佳子さんがSo-net M3 2009年03月27日で淡々と書かれているものがありますので、でコピーペーストさせていただきます。
但し、橋本さんが書かれてことに少し補足が必要です。
重要なことは、争点が二つあることです。
①逆流の発生機序とその原因、佐藤に予見可能性があったか否か。
②逆流が発生したときにすでに脳障害があったか否かです。
一審の判決は、①を詳細に検討して、②を「明確に認定することを避け」た形で、無罪となりました①の発生機序は、検察の主張した「吸引ポンプの回転数の上昇」は全く関係なく、3学会報告書の通り「フィルターの閉塞」です。
しかし、それではご家族の納得がいきません。
二審では、①は一審と全く同じで書く順番が後に回りました。そこで、②の詳細を先に判示しました。②が認定されたため、死因はSVC症候群となりましたが、仮に②が否定されても①があるから無罪という判決文です。
以下が橋本さんの記事の引用です。http://mrkun.m3.com/mrq/top.htm?tc=concierge-header
「3月27日、東京高裁において、東京女子医大事件の刑事裁判の控訴審判決があり、業務上過失致死罪に問われていた佐藤一樹医師は、一審同様に無罪となりました。
判決後に開かれた記者会見の冒頭、佐藤医師は次のように語りました。
「一審の無罪判決後、ブログで主張してきたことがほぼ100%認められた判決。医療事故においては、原因究明と再発防止が非常に重要になってきますが、そこまで踏み込んで判決を書いていただいて、いい判決文だと思っています。裁判長が最後に『医療事故にかかわった一人として、またチーム医療の一員として、この事故を忘れずに今後を考えていただきたい』とおっしゃいました。この再発防止についてはブログでも書いており、また今年10月の日本胸部外科学会の医療安全講習会の講師を私は務めます。院内調査報告書がテーマで、心臓外科医として死因はどうであったか、今後の再発防止にはどうすればいいかを学術的にも発表していきます」
この事故は、2001年3月、東京女子医大の当時の日本心臓血圧研究所(心研)で12歳だった患者が心房中隔欠損症と肺動脈狭窄症の治療目的で手術を受けたものの、脱血不良で脳障害を来し、術後3日目に死亡したというもの。事故が明るみになったのは同年の年末で、心臓疾患の治療では全国でもトップクラスの女子医大でのケースだったために、全国紙をはじめ、様々なメディアで報道されました。
人工心肺装置の操作ミスが脱血不良の原因であるとされ、操作を担当していた佐藤医師が業務上過失致死罪で、また医療事故を隠すためにカルテ等を改ざんしたとして別の執刀医が証拠隠滅罪で、2002年6月に逮捕、翌7月に起訴されました。執刀医に対しては、2004年3月22日に懲役1年執行猶予3年の有罪判決が言い渡されています(控訴はされず確定)。
一方、佐藤医師については、2005年11月30日に無罪判決が出されています。その控訴審判決でも無罪となったわけです。
佐藤医師の起訴事実の「操作ミス」とは、人工心肺装置を高回転で回したことが脱血不良を招いたというもの。しかし、一審判決では、水滴等の付着による回路内のガスフィルターの閉塞が脱血不良の原因であるとし、それは予見できなかったとして、無罪としています。
今日の控訴審判決では、「無罪判決を言い渡した原判決は結論において正当である」としたものの、その理由は一審とは異なっています。
判決の焦点は、(1)死因は何か、(2)水滴等の付着によるガスフィルターの閉塞が脱血不良につながる機序について、予見できたか、の2点。
(1)で、患者の死因は上大静脈の脱血不良は、フィルターの閉塞ではなく、「脱血カニューレの位置不良」であり、それが原因で循環不全が起こり、頭部がうっ血し、致命的な脳障害が起きたとされました。この「脱血カニューレの位置不良」は、人工心肺装置を操作していた佐藤医師の行為に起因するものではないため、過失はないとされたのです。
刑事事件において、過失は、ごく簡単に言えば、死亡原因と医師等の行為との間に因果関係があるか、因果関係がある場合に「予見できたか」(予見できたのにそれを回避しなかったときに過失が認定)という形で判断されます。
つまり、「そもそも佐藤医師の行為と、患者の死亡との間には因果関係なし」とされたわけです。控訴審判決を受け、主任弁護人の喜田村洋一氏は、「裁判所に『因果関係がない』と判断されるような、誤った起訴を検察がしてしまったことが、本件の最大の問題。無罪になったものの、2002年の逮捕・起訴から、約6年半も経過しています。長い間、被告人という立場に置かれていた。無罪になったものの、依然としてマイナスの状態」などと検察の起訴を問題視、慎重な態度を求めました。
この女子医大の事件は、昨年8月に担当医に無罪判決が出た「福島県立大野病院事件」と類似しています。一つは、「医師逮捕」という形で事件が公になった点。もう一つは「院内の調査委員会報告書」が医療事故が刑事事件化するきっかけとなったという図式です。これらの点と、判決の詳細はまたお届けします。
最後に、「遺族への思い」を記者から聞かれた佐藤氏のコメントをご紹介します。
「なぜ亡くなったのかを知りたいという思いを、裁判所が示してくれたことは、ご家族への礼儀になったのではないかと思います。女子医大が作成した(事故調査原因に関する)内部報告書は、患者さんの死因を科学的に考えなかった、あるいは根拠なく書いてしまった*。その態度を女子医大に反省していただきたい。僕も同じ病気(心房中隔欠損症)だったのであり、子供を亡くす親の気持ちは計り知れないものがあります。せめて今回、死因が分かったということに関してはご家族にもほんの一部ですけれども納得ができたのではないかと思っています」
*否定された内部調査報告書ー「ルポ 医療事故」朝日新書http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/post-fe25.html
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