冤罪事件

2008年9月10日 (水)

医療刑事冤罪事件の根元 

安部英医師「薬害エイズ」事件の真実 Book 安部英医師「薬害エイズ」事件の真実

著者:武藤 春光,弘中 惇一郎
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2008年7月14日 (月)

『布川事件』-私が見た桜井さんと冤罪の二つのポイント

1.冤罪

41年前の事件 高裁再審決定

「41年前に茨城県で起きた強盗殺人事件、いわゆる「布川事件」で無期懲役が確定した男性2人が無実を訴えていたのに対し、東京高等裁判所は「有罪の決め手とされた供述や目撃証言は遺体や現場の状況と矛盾していて信用できない」として、再審=裁判のやり直しを決めました。」http://www.nhk.or.jp/news/t10015880381000.html

布川事件と書籍

 「布川事件」が冤罪であろうということは、

小田中 聰樹著『 冤罪はこうして作られる 』 講談社現代新書

佐野 洋著『 檻 の 中 の 詩 』増補版 双葉文庫

を読んで確信を持っていた。事件の概要は、ネット上でも新聞雑誌でも溢れかえっているので、そちらに譲る。

(例えばhttp://www.fureai.or.jp/~takuo/fukawajiken/profile.htm

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B8%83%E5%B7%9D%E4%BA%8B%E4%BB%B6 )

  勿論、刑事事件の有罪無罪の判決には、原証拠に当たらなければ、本当の判断はできないものであることは承知の上ではあるが、一般の我々が入手できる資料の中からは、冤罪であることが極めて強く推測される。

「布川事件」支援者の演説

 偶然、2001年の第二次審査請求を申し立てた後に、被告人の「桜井昌司さん」の話を聞く機会があって、この事件知った。お茶の水の丸善で書籍を購入して聖橋方向に出たちょっとしたスペースで、支持者の人が大きな横断幕をバックに演説していた。私は当時自分の立場もあり、冤罪を訴えているこの人の話を聞いてみた。事件の経緯や不当な警察の逮捕、誘導による自白調書の作成、起訴、判決に怒りを込めて話している。待ち合わせのためのスペースとなっているこの場所でも聞いている人は私を含めて数人。町ゆく人達は、仕事を終えた開放感や恋人や友人との楽しい一時を楽しむ活気で満ちていて、足を止めてこの演説を聴こうと言う人は少数だった。

2.            

桜井昌司さん

青年の立ち姿

 支援者の演説の後に、白のポロシャツとジーパン、スニーカーという出で立ちで黒々と日焼けした「青年」が登場した。今振り返れば、当時55歳。登場した仕草、真っ直ぐな姿勢。軽く足を開いたがっしりした立ち姿。自信や希望に満ちている様子でマイクを持つ桜井さんに否が応でも注目せざるをえない。内容の詳細は忘れたが、

     第2次 再審査請求まで支援してくれた方々に感謝していること。

     自分は、事件のあった当時は20歳で未熟でけんかっ早いなど不良だったということは認める、が殺人は犯していない。

すこし、はにかんだような表情ながらも、顔をしっかりと上げて朴訥に話をしている。人前で話すのは慣れていないし、内容も練られてはいなかったという印象だったが、人は「何を言うかより何をするか」で真偽が分かることがある。話をしているときにはそれが顕著に分かる人がいる。

 私は、この姿をみて「桜井さんは冤罪事件に巻き込まれた」だと感じてすぐにネットで調べて佐野洋の書籍を購入した。

3.            

冤罪のポイント①-検察官の開示違反

不利な調書は隠される-

 検察官は、捜査官が作成した調書を沢山持っている。これは、裁判に証拠として全部提出する必要はない。簡単に言えば、「検察にとって不利な調書は隠して良い。」ということになる。

裁判証拠の調書が全てではない

 例えば、私の刑事事件で開示請求された証拠には、二人の重要と思われる心臓外科医の調書は提出されなかったし、別の一人は一部だけが開示された。閉塞した薬事法上適応外のフィルターに関する調書は提出されなかった。心臓外科医の一人は当時の医局長で、現エール大学教授。一人は、当時ハーバード大学から帰局して一緒に勤務していた一学年上の先輩。「悪いのは術野だ」という調書を作成したと後でおっしゃっていたが、この二人の調書は証拠とされず開示されなかった。

隠された「自白調書」

 私の相被告人の調書は、弁護側「開示」請求して初めて全部の調書が出てきた。証拠にされなかった調書。開示請求して初めて出てきた調書。それは相被告人の自白調書。検察官の起訴状にそぐわない調書すなわち、「明香ちゃんの心臓手術中、脱血不良から脳浮腫をひきおこした責任追及に恐怖心が湧いてき〔て〕』、『自分の刑事責任を問われ大学をクビになる』ことを恐れ、『全て自分が刑事責任から逃れようとして』、『自分の保身のために』自分の刑事責任の証拠を隠したのです」ということが書かれた調書は弁護側が開示請求して初めて明らかになった。

http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2006/07/post_2652.html

開示されなかった「桜井さんらの犯罪を否定する調書」

 私の刑事事件では、開示請求された調書は開示された。検察官は「隠された調書」を開示し、一応ルールは守った。

一方、「布川事件」では、当時から存在していた重要な証拠を開示しなかった。「事件現場で見た男は桜井さんらではない」と証言した供述調書。これが最初から開示されていれば、有罪判決もなかったはずである。

 再審査請求後には、開示されて「新証拠」とされたが、「40年前に存在した古い『新証拠』」である。検察官は、国民の法益を故意に犯した。絶対許されない行為である。

4.            

冤罪のポイント②―二度連れ込まれた冤罪の温床「代用監獄」での自白調書

自白調書の温床-代用監獄

 代用監獄での自白調書の作成については、現行の監獄法においても未だ問題があることは、一般的に認められ始めているのだろうか。現代でも代用監獄には多様な問題が存在する。私は、これを詳細かつ真剣に書きすぎると、あまりに暗くなるので、過去のブログでは軽いタッチで書いてきた。「監獄と食事と音楽」http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2006/11/post_1998.html獄中執筆記-傷害防止特殊ボールペンによる医学書院「医学大事典」の執筆―」http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2006/08/post_6862.htmlがそれであるが、「冤罪が作られる最悪の環境」が代用監獄である。本ブログは「代用監獄の問題」の一般論を述べるものではないが、その認識は読者全員に持っていただきたい。ネット上でも沢山の情報が存在する。

「今も昔も証拠の王様」=「自白調書」

私は、警察官全てを批判する立場にはない。しかし、最近復刻版が話題になっている「蟹工船」の著者小林多喜二が拷問により殺されたという事実は、現代の警察官も直視すべきである。

 現役の検察官が、「今も昔も『自白調書は証拠の王様』」と嘯く。「憲法38条[i] 何か目じゃないよ」といった態度である。

代用監獄に二度連れ込まれた被疑者

 この事件の自白調書の特徴としては、一回は否認に転じた後も再度警察署内の「代用監獄」に引き戻され、二度目の「自白調書」を作成させられた点がある。最初に勾留された警察署で「自白調書」が作成された後、一旦は、拘置支所に移された。ご存じの通り、拘置所の方は、法務省管轄で、まだ人間らしい扱いをうける。ここで、桜井さんらは、「否認」に転じた。そこで捜査官側は再度「虚偽の自白を誘導しやすい環境の代用監獄」のある警察署に引き戻すという捜査手法を用いたのである。

5.            

気概のあるジャーナリスト出てこい!

捜査官の犯罪

 人権を犯す、人の法益をいとも簡単に犯すことができる強大な権力である警察、検察といった捜査官および公判検察官の故意の犯罪が行われないために、「憲法」がある。「刑事訴訟法」がある。現代のリヴァイアサンが口から炎をはかせないために「法律」がある。これは私が高校生のころに愛読していた小室直樹先生の『憲法』の一番大切な話だった。小学校から高校生までの憲法の話は、第9条を守ることばかりに集中していた感があるが、それを越えた認識を持つべきである。

検察官の全てが正義ではない

 このブログの副題に含まれる大きなテーマとして「検察官の失当」がある。東京地検特捜部というと日本の正義を代表するイメージがあるが、それではあまりに幼稚である。検察は、無実だろうが有罪だろうが国民を犯罪者にする専門職業集団である。それを業としている。ヤメケン飯田英男氏が「社会的な影響の大きい事件等、状況によっては、たとえ裏付けが資料が不十分でも立件して捜査を遂げるべき事件もある」と嘯くように、証拠がそろっていない段階で立件すべき事件があることを検察官リーダーが率先して後輩に指導しているようでは、この国から冤罪はなくならない。

検察官を真っ向から批判できる学者の存在と新聞記者達

 冤罪事件の多くがそうであるように、憲法や刑事訴訟法に反する捜査官の行為は、当然弾劾されるべきである。こういったことに対して敏感なのは、法律家でも一部の弁護士さんと法律学者、外国人学者、外国人ジャーナリストである。刑法学者や刑事法学者が、客観的立場から批判できるのは、損得関係がないからであろう。外国人しかり。政治家は検察と対峙しても何の得もないし、むしろ目を付けられては足元を救われる。

 日本のジャーナリストはどうだ。少なくとも大きな新聞社や雑誌社でそのような気概がある記者はいるのだろうか。ネタはいくらでもある。「検察官の証拠隠し」http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2007/11/post_a44d.html「大野病院事件」初公判に向けてのエール「医療事故と検察批判 」―東京女子医大事件、血友病エイズ事件、両無罪判決より」http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2006/08/__100b.htmlを参照されたい。

6.            

「青年の笑顔」にエール

 事件から41年。人生の3分の2は、警察、検察、そして司法との闘い。東京高裁での再審査開始決定に対する検察側の即時抗告が棄却されても、検察官は最高裁に特別抗告できる。しかし、特別抗告は憲法違反などの特殊な場合に限られているので、再審査は開始されるであろう。

 刑事裁判の被告人は基本的に無罪であるが、それを証明するには、労力と時間がべらぼうにかかる。

 2008年7月14日の日経夕刊社会面の写真。堂々としたスーツ姿での笑顔の「青年」はかならずや冤罪を晴らすであろう。最後に、日本の刑事訴訟法学者としては医療界でも有名なヤメケン河上和雄氏と並び、もっとも職権主義的な立場を強くとっている検察のスポークスマンでやはりヤメケン元最高検検事、白鴎大学法科大学院長土本武司氏のコメントを掲載しよう。「『確定判決は真理なり』といわれるように3審制で審理を尽くしているのだから、再審請求については慎重に行うべき」。桜井さん、杉山さん。こんな下等な人間達には絶対に負けないでほしい。応援しています。以下読売新聞20087月15日朝刊より布川事件・第2次再審請求抗告審で、東京高裁が14日に出した決定の要旨は次の通り。(敬称略) 【新証拠について】 今回提出された主な新証拠は以下の通り。 ①犯行時間帯に被害者宅前の道路を自転車で通行した近隣女性Aが、請求人(桜井昌司、杉山卓男)らの容姿・着衣とは異なる7入の男を目撃したという供述調書 ②犯行の際に首を絞める行為があった司能性が高く、被害者の口の中にパンツが押し込まれたのは被害者の意識がなくなった後と考えるのが相当とする医師の鑑定意見 ③ガラス戸の破損原因は、人が足でけったためではなく、ガラス戸の下部に外力が加わって変形を起こしたためと考えられるとする鑑定書 ④被害者の周辺で発見された毛髪は、請求人らのものとは類似していないとする鑑定書 ⑤桜井の自白を録音したテープ。 ①④⑤は今回の再審請求審で検察官より新たに証拠開示された。 【新旧証拠を総合した、確定判決の検討】 1.目撃状況について 目撃証言で重要なのは、請求人らを被害者方付近で目撃したというXの供述だが、重要部分に変遷が見られる。また、薄暗い時間帯に時速約30kmのバイクで走行中、ほんの一瞬目撃したもので、見誤る司能性は十分にあった。新証拠であるAの視認状況はXよりも良く、相手方の容姿・着衣等は当時の請求人らのものとは相当に異なっており、杉山とは面識があったにもかかわらず、杉山とは認識していない。の供述の信用性には重大な疑問があるといわなければならない。 2.自白について 請求人らの自白には、犯行に至る経緯や殺害状況などに著しい変遷がある。例えば、現場のロッカーの物色状況や奪った金額について、供述は次々変更されとらえどころがない。逃走時にガラス戸を外すという隠ぺい工作についての供述は、現場の状況とかけ離れたものであったため、取調官から繰り返し追及されたと思われるが、実際に体験したことではないために不自然な供述の変遷を重ねたものと考えられる。  新証拠によれば、殺害の過程で首を絞める行為が行われた司能性が高いことが明らかとなり、首を押さえて被害者を死亡させたとする請求人らの自白は客観的事実に反している司能性が高い。被害者の口の中に押し込まれていたパンツは、被害者が意識を喪失した後に押し込まれたと判断され、先にパンツを押し込んだという請求人らの自白は客観的事実に合致しない。  また、ガラス戸の破損は、被害者と犯人が格闘する過程で被害者らの体重がかかったのが原因とみるのが相当で、請求人らは犯行後の隠ぺい工作で足でけとばしたなどと供述するが、客観的状況に反している。  請求人らの指紋や毛髪が発見されなかったことは、自白の信用性を疑わせる。請求人らの自白には、いわゆる秘密の暴露がない。  以上の通り、請求人らの自白には到底無視することのできない顕著な変遷が認められ、犯行に直結する重要な部分に客観的事実に反する供述が含まれている。 請求人らは拘置支所に移された際に、いったん犯行を否認しており、再度警察署に身柄を移され、もとの警察官の取り調べを受けるなどして自白に至った。このような経過は決して自白の信用性を高めるものとはいえず、むしろ請求人らを虚偽自白を誘発しやすい環境に置いたことに問題があったというべきである。  新旧証拠を総合すると、請求人らの自白には重大な疑間があり、信用性は否定すべきものと判断される。 【1審(水戸地裁土浦支部)決定の判断について】 新証拠が、確定審の審理中に提出されていたなら、有罪認定するには合理的な疑いが生じていたというべきで、無罪を言い渡すべき明らかな証拠を新たに発見したとして再審を開始するとした1審決定の判断は正当である。 事件の経過1967年8月30日、茨城県利根町布川で大工玉村象天さんが自宅で殺されているのが見つかり、桜井昌司さんと杉山卓男さんが強盗殺人罪で起訴された。78年に最高裁で無期懲役刑が確定。2人は服役中の83年に第1次再審請求を起こし、今回は2度目の請求。  


[i] 憲法第38条38条 何人も、自己に不利益な供述を強要されない。

 強制、拷問若しくは脅迫による自白又は不当に長く抑留若しくは拘禁された後の自白は、これを証拠とすることができない。

 何人も、自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には、有罪とされ、又は刑罰を科せられない。

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