失ったものを取り返す

2009年3月29日 (日)

控訴審無罪報道の読み方

今3月28日の各紙朝刊を読んで驚愕しました。一審判決後控訴審終結までは、南淵証人が4回も出廷するなどあまりに長く、その間に父は亡くなりました。父は新聞記者だったので、私は学生当時から各紙新聞の読み比べや全国紙、地方紙に投稿もし、それなりの研究もしてきました。新聞に対する思いは人一倍強いと思っています今回報道で一番公正な視線は、産経新聞(地方紙はまだ読んでいません)。将来の展望としてもよい。後の新聞は、各社の医療報道に対する意識が強く、それを主張するためのツールとして、本件事件を利用しているかのような恣意的なものを感じました。

私が、記者会見で、「内部報告書」は非専門家が書いたもので、書いた人自らが「科学的でない」「根拠なく結論を書いた」といっていることや、ご家族に渡された時点でこの「内部報告書」は、委員の3人と理事長、理事、院長、医事課長、心研所長の7人程度の人間にしか知らなかったような秘密裏に作成されたものだ、3学会報告書で科学的に排斥されたものだ、ということを強調するべきだったのかもしれません。

もっと明確なメッセージを残せばよかったと悔いています。

新聞報道では、高裁判決文、3学会報告書、一審判決、検察の主張、女子医大内部調査報告書のそれぞれの記載内容を理解できていないまたは、内容を誤って報道がされています。学術レベルが高い3学会報告書や莫大な証拠をもとに作成された控訴審判決をなぜそのような女子医大内部報告書と並べて比較できるのでしょうか。

もっと真剣に本件事件自体ををよく調べて報道してもらいたいものです。

これでは、心臓外科医でも誤って本件判決を理解をしてしまうでしょう。

判決要旨が公開されています(判決全文はまだ私の手にもありません)。

判決では、3学会報告書の内容は全く否定されていないことを明記させていただきます。判決要旨にも5頁に3学会報告書の結果が尊重されています。

3学会報告書はあくまで、「陰圧吸引補助体外循環検討会」であって、体外循環装置事故そのものの研究を真摯に行っています。しかし、カルテは既に押収されていたのですから死因を検討するには無理があります。「女子医大心臓外科手術死因検討委員会」ではないことをメディア、特にY新聞は理解していません。

大野病院事件初公判の時にも、感じましたが、やはり、新聞社の医療裁判報道はバイアスが強いと思います。その意味で私が書いた「傍聴記」http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2007/01/post_ace1.htmlは意味があったと思います。

私は、以前の第37回 日本心臓血管外科学会学術総会心臓血管外科専門医認定機構医療安全講習会でも「悪しき医療報道」http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2007/02/post_12a3.htmlについてフロアから述べました。安全講習会の講師が「最初に、『女子医大の事件の件はマスコミ報道で、皆さんご存知だと思いますが・・・。』と述べられましたが、これが一番、危険な考え方です。」

その点、医療報道のみを専門として、記者会見にも出席された橋本佳子さんがSo-net M3 20090327日で淡々と書かれているものがありますので、でコピーペーストさせていただきます。

但し、橋本さんが書かれてことに少し補足が必要です。

重要なことは、争点が二つあることです。

逆流の発生機序とその原因、佐藤に予見可能性があったか否か。

逆流が発生したときにすでに脳障害があったか否かです。

一審の判決は、①を詳細に検討して、②を「明確に認定することを避け」た形で、無罪となりました①の発生機序は、検察の主張した「吸引ポンプの回転数の上昇」は全く関係なく、3学会報告書の通り「フィルターの閉塞」です。

しかし、それではご家族の納得がいきません。

二審では、①は一審と全く同じで書く順番が後に回りました。そこで、②の詳細を先に判示しました。②が認定されたため、死因はSVC症候群となりましたが、仮に②が否定されても①があるから無罪という判決文です。

以下が橋本さんの記事の引用です。http://mrkun.m3.com/mrq/top.htm?tc=concierge-header

327日、東京高裁において、東京女子医大事件の刑事裁判の控訴審判決があり、業務上過失致死罪に問われていた佐藤一樹医師は、一審同様に無罪となりました。

 判決後に開かれた記者会見の冒頭、佐藤医師は次のように語りました。

 「一審の無罪判決後、ブログで主張してきたことがほぼ100%認められた判決。医療事故においては、原因究明と再発防止が非常に重要になってきますが、そこまで踏み込んで判決を書いていただいて、いい判決文だと思っています。裁判長が最後に『医療事故にかかわった一人として、またチーム医療の一員として、この事故を忘れずに今後を考えていただきたい』とおっしゃいました。この再発防止についてはブログでも書いており、また今年10月の日本胸部外科学会の医療安全講習会の講師を私は務めます。院内調査報告書がテーマで、心臓外科医として死因はどうであったか、今後の再発防止にはどうすればいいかを学術的にも発表していきます」

 この事故は、20013月、東京女子医大の当時の日本心臓血圧研究所(心研)で12歳だった患者が心房中隔欠損症と肺動脈狭窄症の治療目的で手術を受けたものの、脱血不良で脳障害を来し、術後3日目に死亡したというもの。事故が明るみになったのは同年の年末で、心臓疾患の治療では全国でもトップクラスの女子医大でのケースだったために、全国紙をはじめ、様々なメディアで報道されました。

 人工心肺装置の操作ミスが脱血不良の原因であるとされ、操作を担当していた佐藤医師が業務上過失致死罪で、また医療事故を隠すためにカルテ等を改ざんしたとして別の執刀医が証拠隠滅罪で、20026月に逮捕、翌7月に起訴されました。執刀医に対しては、2004322日に懲役1年執行猶予3年の有罪判決が言い渡されています(控訴はされず確定)。

 一方、佐藤医師については、20051130日に無罪判決が出されています。その控訴審判決でも無罪となったわけです。

 佐藤医師の起訴事実の「操作ミス」とは、人工心肺装置を高回転で回したことが脱血不良を招いたというもの。しかし、一審判決では、水滴等の付着による回路内のガスフィルターの閉塞が脱血不良の原因であるとし、それは予見できなかったとして、無罪としています。

 今日の控訴審判決では、「無罪判決を言い渡した原判決は結論において正当である」としたものの、その理由は一審とは異なっています。

 判決の焦点は、(1)死因は何か、(2)水滴等の付着によるガスフィルターの閉塞が脱血不良につながる機序について、予見できたか、の2点。

 (1)で、患者の死因は上大静脈の脱血不良は、フィルターの閉塞ではなく、「脱血カニューレの位置不良」であり、それが原因で循環不全が起こり、頭部がうっ血し、致命的な脳障害が起きたとされました。この「脱血カニューレの位置不良」は、人工心肺装置を操作していた佐藤医師の行為に起因するものではないため、過失はないとされたのです。

 刑事事件において、過失は、ごく簡単に言えば、死亡原因と医師等の行為との間に因果関係があるか、因果関係がある場合に「予見できたか」(予見できたのにそれを回避しなかったときに過失が認定)という形で判断されます。

 つまり、「そもそも佐藤医師の行為と、患者の死亡との間には因果関係なし」とされたわけです。控訴審判決を受け、主任弁護人の喜田村洋一氏は、「裁判所に『因果関係がない』と判断されるような、誤った起訴を検察がしてしまったことが、本件の最大の問題。無罪になったものの、2002年の逮捕・起訴から、約6年半も経過しています。長い間、被告人という立場に置かれていた。無罪になったものの、依然としてマイナスの状態」などと検察の起訴を問題視、慎重な態度を求めました。

 この女子医大の事件は、昨年8月に担当医に無罪判決が出た「福島県立大野病院事件」と類似しています。一つは、「医師逮捕」という形で事件が公になった点。もう一つは「院内の調査委員会報告書」が医療事故が刑事事件化するきっかけとなったという図式です。これらの点と、判決の詳細はまたお届けします。

 最後に、「遺族への思い」を記者から聞かれた佐藤氏のコメントをご紹介します。

 「なぜ亡くなったのかを知りたいという思いを、裁判所が示してくれたことは、ご家族への礼儀になったのではないかと思います。女子医大が作成した(事故調査原因に関する)内部報告書は、患者さんの死因を科学的に考えなかった、あるいは根拠なく書いてしまった*。その態度を女子医大に反省していただきたい。僕も同じ病気(心房中隔欠損症)だったのであり、子供を亡くす親の気持ちは計り知れないものがあります。せめて今回、死因が分かったということに関してはご家族にもほんの一部ですけれども納得ができたのではないかと思っています」

*否定された内部調査報告書ー「ルポ 医療事故」朝日新書http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/post-fe25.html

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2009年3月28日 (土)

無罪判決:100%完勝

完勝です。被告人の主張を100%認めました。亡くなった患者さんには心からご冥福をお祈りするとともに、本判決をもって亡くなった理由が明らかになったことをご報告いたします。虚偽の内部調査報告書を作成した女子医大幹部は、患者さんに改めて謝罪すべきです。

 裁判長は近い将来最高裁裁判官になると予想されているエリートです。おかしな判決文を書くはずがありません。

 本件事件の「死因究明」から言える「再発防止案」は、2009年3月10日のブログ「刑事事件 控訴審判決」で全て述べたように

http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/post-f9b7.html

「3.本件手術の反省から

この9歳の女児が手術事故で亡くなったこと反省として、心臓外科医が発信しなくてはならないことに、以下の3つがあります。

1.MICS(第二肋骨までの部分縦切開)で、SVCの直接カニュレーションは、行わない。⇒奇静脈等への誤挿入や、術中位置異常が発生し、SVC症候群を惹起する可能性があります。(どうしても行わなくてはならない理由がある場合は、上大静脈の中心静脈圧モニターをしなくてはならない。(2009年3月30日追加)

2.人工心肺の完全体外循環(トータルバイパス)中に脱血不良が発生して、脱血管の位置修正などを行っても改善しない場合は、上下大静脈の両方のテープを緩めて確実にパーシャルバイパスにして、吸引回し(サクション回し)を行う。

⇒下大静脈のみをパーシャルバイパスにして上大静脈をトータルバイパスにした場合、特に脱血管をクランプしてしまうと、上半身に送血したものがうっ血してしまいます。

3.陰圧吸引回路は滅菌された新しい回路を設置し、フィルターを設置しない。貯血槽には、圧力モニターと陽圧防止弁を設置する。

⇒すでに、日本心臓血管外科学会、日本胸部外科学会、日本人工臓器学会が厚生労働省と通じて勧告しています。

陰圧吸引補助脱血体外循環に関する勧告

http://square.umin.ac.jp/jats/ja/public/topic/rep030311.html

2度と本件のような事故が発生しないために、上記、再発防止策を重視するべきです。」

ということです。

このことを含めて、この秋 横浜パシフィコで開催される

62回日本胸部外科学会学術総会(会長:慶應義塾大学心臓血管外科四津良平教授)

「医療安全講習会」で講師を会長直々に指名していただきました。謹んでお受けいたしました。

(第1日の10月11日(日)の午前中11時~正午までの予定)

http://www2.convention.co.jp/62jats/japanese/program.html

最後に、応援してくださった全ての方に感謝申し上げます。

この日本で今後今回のような狂った内部報告書が作成され、医師が常務上過失致死で起訴されることがないよう、医師の側でも、自立しまた自律性をもってよりよい社会を形成したいものです。

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2008年7月31日 (木)

「悪意ある虚偽報道による名誉段損に対しての闘い」田邊昇先生 「外科治療」2008Vol.98No.6より

2008年3月7日の本ブログ記事「『日経メディカル』記事掲載ー本人訴訟でフジテレビに勝訴―」

http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/post_10f7.html

で、日経メディカル 2008年3月号 175頁~177頁 DISPUTE 医療訴訟の「そこが知りたい」「医療事故裁判の報道で名誉毀損 医師が自力でテレビ局に勝訴」をご執筆されました田邊 昇先生(医学博士・弁護士)は、「同誌では紙面の都合でコメント部分が少なかった」とのことで、御自分の「外科医が知っておきたい法律の知識」というコーナーをお持ちの外科系臨床雑誌「外科治療」に詳細をご執筆されました。

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田邊先生は開業医としても弁護士さんとしてもご活躍中で、大変御多用な方ですが、このような連載までもされていることには、頭がさがります。もう25回も連載されていますので、著書として出版されれば、このブログの読者層は購入される方が多いのではないでしょうか。

 ご紹介させていただきます。

平成2061日発行 「外科治療」2008Vol.98No.6

外科医が知っておきたい法律の知識、

25.悪意ある虚偽報道による名誉段損に対しての闘い

Defamation by fallacious press reports-what to do?

田邊昇医学博士(開業医)・弁護士(中村・平井・田邉法律事務所)MBA

Key words:名誉毀損、医療報道、報道被害、裁判

 最近に限らないが,マスコミによる医師や医療機関のバッシング報道は目に余るものが多く,最近設立されようとしている勤務医師の団体(「全国医師連盟設立準備委員会」(黒川衛代表世話人)の設立目的も,勤務医師等の待遇改善の他に,報道被害の是正をあげているほどである.マスコミ報道は,そもそもが事実をきちんと取材していないものが多く,事実も偏向した視点で悪意をもって報道することが多いが,このような悪質な報道被害に対して,医師はどう立ち向かうべきだろうか.

 今回は,フジテレビという巨大な報道権力に対して立ち向かい,勝訴判決を得た勇気ある医師の裁判例である.今年の3月号の日経メデイカルにも紹介した裁判例だが,同誌では紙面の都合でコメント部分が少なかったことと,原告になられた佐藤一樹先生ご自身からメールをいただいたこともあるので,本誌でも紹介するとともに報道機関の在り方を考えたい(佐藤先生のブログはhttp://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/ぜひご覧あれ).

 紹介するのは東京地裁平成19827日判決である.この裁判は,東京女子医大において,心臓外科手術を受けたユ2歳の少女が,体外循環装置の誤作動によって死亡した事件で,担当医師が逮捕され,刑事起訴された事件である.この事件は,すでに遺族が示談に応じて高額の賠償金を受け取っていたが,告訴を取り下げず,また女子医大側の記録の改ざんなどが問題視され,医師バッシングの機運に乗った検察が医師の逮捕から起訴に及んだ事件である.刑事裁判の第1審判決では担当医師は無罪になった(現在東京高裁で検察官側からの控訴審理中).

 人工心肺の誤作動という,執刀医にとってはむしろ被害者としか言いようがない事故であったにもかかわらず,マスコミは医療ミスと決めつけ,悪質なバッシングを展開し,医師いじめが世間の喝采を受けると信じ込んだ警察・検察が,逮捕に及んだ冤罪事件である.

 冤罪と言えば周防監督の「それでもボクはやってない」という映画で有名になった痴漢冤罪があるが,これも何の落ち度もない一般市民が警察に躁躍され名誉が傷つけられる事案である.しかし,医療刑事事件は善意の行為が最大級の非難を受ける点で,その酷さは比類のないものと言える.

 佐藤医師は,弁護士に依頼して出版社などに対して「逮捕直後の報道」に対して提訴しているが,警察発表と東京女子医大内部報告書の内容がほぼ一致していたため,出版者側に「真実と信ずる相当の理由」があると判示され,敗訴しているケースもある.しかし,まったく取材をしていない地方紙や週刊誌の報道についての別の裁判では,新聞社がいわゆる「配信サービスの抗弁」を主張し,共同通信からの配信だから掲載しても当然だと主張したが,佐藤医師側が勝訴している.逮捕時の報道を行った新聞と単行本を出版した出版社とは一部和解されているようである.また,その他に弁護士をつけない本人訴訟も放送局,出版社等に提訴されている.

 この東京地裁判決は,刑事事件一審での無罪判決の報道をしたフジテレビが,この刑事裁判はあたかも本来は有罪になるべきであったのに無罪になったような印象を与え,担当医師の社会的評価を低下させる報道をしたとして名誉を段損したことと,担当医師の撮影に係る映像が放映されたことによる肖像権の侵害が,審理の対象になっている.担当医は慰謝料1,500万円を損害賠償として請求した.

この東京女子医大事件の概要を念のために記載しておくと,女子医大4研の循環器小児外科で心房中隔欠損症および肺動脈弁狭窄症の12歳女子に対して,平成1332,尤研での手術の際に,本件の原告の医師が心肺装置の操作を担当していたところ,人工心肺回路における脱血不良および脱血不能という異常事態が発生し,その結果同月5,患者が死亡するに至ったものである.

 担当医師は平成14628,本件事故につき業務上過失致死罪の容疑で逮捕され,その後,同罪で起訴された.刑事裁判での公訴事実は「本件手術において人工心肺装置の操作を担当した際,陰圧吸引補助脱血法では,吸引ポンプの回転数を上げると,吸引力が減少して脱血不良となり,さらに,同法を長時間継続すると,回路内に発生した飽和水蒸気や水滴により回路内のガスフィルターを徐々に閉塞し,壁吸引による吸引力が遮断され,静脈貯血槽内を陽圧化させて脱血不能になる危険があるとしうる特性があるから,これを理解して使用すべき業務上の注意義務があるのに,これを怠り,陰圧吸引補助脱血法を漫然と約2時間継続し,この間に壁吸引の吸引力を調節するレギュレーターを適切に調節しないで吸引ポンプの回転数を100回転以上の高回転に上げたほか,これを漫然と継続した過失により,吸引力を減少させるとともに回路内に発生した飽和水蒸気で徐々にガスフィルターを閉塞させて脱血不良および脱血不能の状態を発生させ,よって,本件,署考度の脳障害を負わせて死亡させた」といいうものであった.刑事被告人となった佐藤医師は.一貫して自己に過失がなく無罪であると主張していた。

なお,本件事故に関しては,本件手術を担当した別の医師も,手術後にカルテを改ざんしたとて証拠隠滅の容疑で逮捕され,起訴された証拠隠滅の罪により,懲役1,執行猶予3年の有罪判決を受け,同判決が確定している.

佐藤医師は,平成14925,保釈により東京拘置所から釈放されたが,その際,被告フジテレビのカメラマンは,原告の容貌や原告が凍京拘置所から出てタクシーに乗る様子を撮影した.

この刑事事件に対して東京地方裁判所は,平成171130,「本件事故の際に,人工心肺回路における脱血不能の状態を惹起した直接的かつ決定的な原因は,水滴等の付着によるガスフィルターの閉塞であったと考えるのが合理的である.「被告人については,陰圧吸引回路にフィルターが取り付けられていることを認識していたからといって,ただちに,それが脱血不能の状態につながる危険で暇疵のある構造のものであることまで認識した上,これに適切に対処することができたはずであり,かつ,そうすべき義務があったとするのは,酷であるといわざるを得ない.」と述べた上,結論として,無罪の言渡しをした.

ところがフジテレビは,平成171130日から121日の間のニュース,同日午前8時からの「とくダネ1,852分頃から同57分頃までの間のニュースの中で,それぞれ,担当医が拘置所から出てくる様子の映像を用いながら,本件刑事判決について概要を報道した.

フジテレビは,これらのニュースの中で,無罪判決の言い渡しに対して,「元医師に無罪判決」「遺族は先ほど会見を行い,怒りを露わにしています.」として紹介し,患者の父親による記者会見の映像と,テロップ表示で,「『過失責任問えなし』東京女子医大元医師『無罪』心臓手術で少女死亡」,患者の父の「最初聞いたときは頭の中が真っ白になったというのが,本当にあの場にいての雰囲気でした.」という発言に対して「無念の思いを語る遺族.」とし,「現職の医師が逮捕され医療界に衝撃をもたらした東京女子医大の医療過誤事件」などとテロップ表示して,担当医師の実名まで表示した.

テロップ表示やナレーションでは「被告当初罪を認め遺族に謝罪し示談が成立」「被告法廷では一転して過失を否定」などと報道した.

また,ナレーションで「立証の難しい医療過誤で医師が逮捕されることはきわめて異例」「当時,高度な医療を行う特定機能病隣に承認されていた東京女子医大は,この事件でその承認を取り消されています.」「また,この事故では,手術後にカルテを改ざんしたとして証拠隠滅罪に問われ医師には懲役1,執行猶予3年の有罪判決が言い渡されています.」などとして担当医師の映像と並べて報道した.

さらにナレーターは,担当医師の映像を出した上で「なぜ改ざんした医師が有罪となり,機器を操作した被告が無罪となったのでしょうか.」などと言ってテロップに「さまざまな危険を回避する義務があるがそれを放置し」「未熟な医師に扱わせた」,などと表示しながら,コメンテーターの弁護士に電話をして「いろんな,あの危険を回避する義務というのはやっぱりあると思うのですね.それを放置して,まあ,あの,そういうことを怠ってですね,未熟な医師に,あの二重三重にそういうことが起こらないように,あの,予防体制をとりながら本当はやるべきだったでしょうと・・.」といったコメントを放映した.

また,ナレーターは判決の後,患者の両親が,40分にも及ぶ会見を行ったことを報道し,父親の「非常に医師に対して甘い判決だなあと思って,本当にがっかりしています.」などと報道した.その他のニュースでも,アナウンサーは「相変わらず医療事故に対する刑事責任の追及の難しさを物語っています.」とか患者の両親の「家族の怒りっていうのが,簡単に言うと,死んでしまった者は,帰って来ないんだと.その悲しみはあるけれども,その,いっそう腹が立つことは,それを隠したり嘘を言い続けようとする人たちの方がもっと腹が立ち,まあ,罰せられていいのではないかと思っております.」「人工心肺の機械は勝手に動いているわけではありませんし,自然に出てきたものではない,作った人がいるし,それを操作していた人間がいるわけで,その人たちに何の過失も問えないかという…」「一方,明香さんの両親は,判決後やりきれない思いを語りました.

「医療裁判というのは難しいでしょうけど,あの,やはり,失ったものが家族側にある以上,その辺を配慮した判決が欲しいと思いますね.」等と言った発言を報道した.

原告の佐藤医師は,本件各ニュースは担当医師について,一般視聴者に対し,担当医師が,当初白己のミスを認めて遺族に謝罪しており,遺族との間で示談も成立していたが,法廷では一転して態度を変えて過失を否定し始めたと誤った内容を報じるとともに,"未熟な医師"であり,本件刑事判決については医師に対して非常に甘い判決であるなどと指摘して,一般視聴者に対し,専門性を有するべき医師である原告が未熟であったために,手術中のミスによって本件患者を死亡させたものであり,本来であれば有罪になるべきであったのに,無罪になったという印象を与えるものであるから名誉段損にあたる.また,担当医師を「元医師」と指摘して一般視聴者に対し,原告が本件事故の責任を取って自ら医師を辞めたか,医師を辞めさせられており,現在は医師ではないという印象を与えるものである.本件は無罪報道であるが,重要なことはどのような視点から無罪報道を行ったか,また,報道に際して具体的にどのような表現を用いたかであり,そのような観点からみた場合,医師の社会的評価が低下することは明らかである.さらに,医師の記者会見の写真を用いることなく,東京拘置所で,他社撮影者とともに,いわゆるメディアスクラムを組み,医師が拘置所施設の扉を開けた瞬間,撮影者の顔も分からないほど強烈なライトを当てて精神的肉体的圧迫感を与えながら撮影し,この写真を無罪判決とともに流すことは肖像権の侵害であると主張した.

これに対してフジテレビ側は「客観的な事実報道であり,"未熟な医師"などという表現をしても本件ニュースは,一般視聴者に対し本件事故に担当医師の責任はなく,人工心肺装置の構造に問題があったという情報を明確に伝えるものであるから,"未熟な医師"との造言だけで,医師のミスにより患者を死亡させたという印象が与えられることはない.」とか「『元医師』との言葉については,本件事故当時は女子医大病院の医師であったが,現在は女子医大病院の医師ではないという趣旨で使用したものである.」とか,「女子医大病院の院長らとともに,本件患者の墓参りのため,群馬県にある寺を訪れ,患者の墓前に献花するとともに,同寺の本堂内において,遺族を前に正座して並び,遺族に対して順に謝罪した.」といった報道がなされているから罪を認めていることを信ずるのは相当であったとか,写真撮影場所は公道だから違法性はないとの反論をした.

裁判所は,本件各ニュースがどのような事実を摘示したか,医師の名誉を殿損したといえるかについては,一般の読者の普通の注意と読み方とを基準として判断すべきものであるとし,「当該情報番組の全体的な構成,これに登場した者の発言の内容や,画面に表示されたフリップやテロップ等の文字情報の内容を重視すべきことはもとより,映像の内容,効果音,ナレーション等の映像および音声に係る情報の内容ならびに放送内容全体から受ける印象等を総合的に考慮して,判断すべきである.」と総論を述べ,本件については,テロップの提示などから「当該放映部分は,一体となって女子医大病院が本件手術をする際に,さまざまな危険を回避する義務があるのに,それを怠って未熟な医師に本件手術を担当させたとの事実を摘示したものとみるのが相当であり,さらに,その"未熟な医師"には,本件手術の際に人工心肺装置の操作を担当した原告も含まれるとの指摘がなされているものとみるのが相当である.」「これを視聴した一般視聴者としては,本件刑事判決が本件事故の際,人工心肺の構造に問題があことを予見できず,過失責任を問えないとし原告に対し,無罪の判決を言い渡したことを理解することができる一方で,原告が本件事故後.本寄刑事事件の公判期日までの間において,本件手における原告の人工心肺装置の操作に伴って生じた本件患者の死亡につき,自己の過失及び責任を認める旨を捜査機関による取調べにおいて自自し,又は,遺族に対して自己の過失及び責任を認める旨の言動を行い,自己の行為が業務上過掻死罪に該当することを前提として,遺族との間で示談が成立していた事実があることや,女子医大病院が,本件手術をする際に,さまざまな危険を回避する義務があるのに,それを怠って原告を含む未熟な医師に本件手術を担当させた事実があることなどが摘示されていることから,本件刑事判決が原告に対し無罪の言い渡しをしたとはいうものの,実際には,原告が未熟で,その過失があったために,本件事故が生じた可能性があるとの印象を受けることは否定できないのであって,当時第一審で無罪判決を受けた直後であった原告の人格的価値を損ない,その社会的評価を低下させるものであったというべきである.」と判示した.

しかし,『元医師』との表現からは,辞めた理由を一般視聴者が一義的に推察することはできないとし,アナウンサーの意見として「医療事故で刑事責任を追及することが困難である.」との感想を述べることは名誉を殿損するものとは認められないとして佐藤医師の主張を容れなかった.

また,表現行為や報道が名誉段損とならない要件として,真実の立証あるいは真実と信ずる相当の理由,公共性,公益性が必要であるが,"未熟な医師"と指摘したことや,過失を認めているといった点についても,真実性の証明も信ずるに足る相当な理由もないと判示した.

一方,本件撮影の違法性について「人は,みだりに自己の容貌等を撮影されないということについて法律上保護されるべき人格的利益を有するが,人の容貌等の撮影が正当な取材行為等として許されるべき場合もあるのであって,ある者の容貌等をその承諾なく撮影することが不法行為法上違法となるかどうかは被撮影者の社会的地位,撮影された被撮影者の活動内容,撮影の場所,撮影の目的,撮影の態様撮影の必要性等を総合考慮して,被撮影者の上記人格的利益の侵害が社会生活上受忍の限度を超えるものといえるかどうかを判断して決すべきである.」としたが,公道上での撮影であった点や,拘置所職員は単なる背景として撮影されたに過ぎないし,身柄の拘束もされていないことや,古い映像を用いるのも裁量の範囲であって,本件撮影については,被撮影者の社会的地位,撮影された被撮影者の活動内容,撮影の場所,撮影の目的,撮影の態様,撮影の必要性等を総合考慮しても,いまだ,社会生活上受忍すべき限度を超えて,原告の人格的利益を侵害するものと評価することはできないというべきであるとした.

裁判所の認容額は,100万円であったがフジテレビは控訴している.

名誉段損は,名誉段損的な表現すなわち,その視聴あるいは読者対象が,取り上げられた者の社会的評価を低下させるようなものであれば,ただちに名誉殿損が成立する.

名誉段損は刑事上は,事実をあげて指摘したか(たとえば薬剤を誤って通常量の10倍投与したといった事実),単に評価を表現したか(「この医師は馬鹿だ」という評価),前者は名誉殿損罪(刑法230)後者は侮辱罪(刑法231)として区別されているが,民事ではこれらをとくに区別せずに不法行為(民法709)として損害賠償の対象となる.

また,刑法では公益目的で公共性のある事実について,真実を報道したり表現したりした場合には,処罰されないとされており(刑法230条の2),民事裁判でも,このような場合には損害賠償義務を負わないとされる.

このなかで,とくに真実性の証明は,被告人や損害賠償請求を受けた側に負わされているので,言論の自由を守る観点から真実と信ずる相当な理由がある場合にも,裁判実務上は免責される運用になっている.

名誉毀損罪

刑法第230条 公然と事実を摘示し,人の名誉を殿損した者は,その事実の有無にかかわらず,3年以下の懲役若しくは禁鋼又は50万円以下の罰金に処する.

2死者の名誉を段損した者は,虚偽の事実を摘示することによってした場合でなければ,罰しない.

公共の利害に関する場合の特例

刑法第230条の2 前条第1項の行為が公共の利害に関する事実に係り,かつ,その目的が専ら公益を図ることにあったと認める場合には,事実の真否を判断し,真実であることの証明があったときは,これを罰しない.

2前項の規定の適用については,公訴が提起されるに至っていない人の犯罪行為に関する事実は,公共の利害に関する事実とみなす.

3前条第1項の行為が公務員又は公選による公務員の候補者に関する事実に係る場合には,事実の真否を判断し,真実であることの証明があったときは,これを罰しない.侮辱罪

刑法第231条 事実を摘示しなくても,公然と人を侮辱した者は,拘留又は科料に処する.

親告罪刑法第232 この章の罪は,告訴がなければ公訴を提起することができない.

しかしながら,マスコミに対して警察や検察は非常に弱く,憲法211項が「表現の自由」を人権として厚く保障していることから,刑事事件として処理をすることはまずない.

奈良県で高校生が自宅に放火して母親などを焼死させた少年事件で,少年の精神鑑定を行った医師が,講談社やジャーナリストの要請を受けて,アスペルガー症候群の啓蒙のために役立つならと,医師が少年の調書を見せたところ,ジャーナリストや出版社はこれをそのまま引用して出版し,多額の収入を得ながら,まったく刑事起訴もされず医師のみが刑事起訴をされるという事件があったことは記憶に新しいことと思う.

一方,医師の表現行為については,奈良県の脳出血合併妊婦が搬送先で次々と断られた事件で,患者遺族が転送元の医療機関を訴えた事件で,ある医師が「妊娠したら健全な児が生まれ,脳出血を生じた母体も助かると思っているこの夫には妻を妊娠させる資格はない」といった書き込みを,医師のみで構成されるインターネットのクローズ型掲示板に書き込んだところ,侮辱罪で略式起訴された事件もあった.

そこで、マスコミの偏向報道KY歩技法同によって被害を受けた場合は,民事の損害賠償請求を行うしか方法がない.

しかし,損害賠償請求訴訟を提起しても,損害賠償額は非常に低く,本件でも100万円とフジテレビの悪質性やずさんさに比較して,非常に低額にとどまっている.

現代社会においてテレビはいまだに,一般人の情報源として大きな位置を占めており,放送法上政府の許認可事項になっているので,独占的に情報提供を寡占することができ,いったん放送免許を取得すると取り上げられるようなことはまずないから,やりたい放題の観がある.

おまけに,損害賠償額も本件で見るように大変低額なので,被害者になっても,弁護士も積極的に取り組んでくれないことが多い.AIDS訴訟での故安部英帝京大副学長の名誉殿損訴訟も医療側の弁護士ではなく,むしろ患者側で活動していた弁護士(この方は能力の点で凡百の弁護士など超絶される方で,このような点は本来問題にならないのかとも思うが)が担当されたようである.

今後は,このような訴訟を頻繁に起こすことで,マスコミの暴走に製肘を加える必要があるだろうし,医療機関や医師に対してマスコミから主張されているように,報道機関に対しては名誉段損的な報道や虚偽報道,ウラのはっきりしない報道がないかどうかを内部調査義務を負わせ,そのような報道があった場合はただちに被害者に謝罪し,訂正報道を行うとともに損害賠償を支払わせるべきであろう.報道に用いた資料は,一切報道被害を受けたと主張する者に対して無償で開示するように義務づけるべきであろう.

また,事実と異なる報道や名誉殿毀損的な報道があれば報道機関自身に監督官庁に届る義務を取締役に課し、怠れば刑事罰を科するべきではないだろうか。

さらに,報道された者が被害を受けたと感じれば,法律家や報道被害者を代表する者を含めた第三者による調査委員会を開かせ,調査の結果で放送免許の取り消しや刑事罰を科する制度を早急に確立するべきであろう.

そして,調査委員会は,将来のよりよき報道を目指し,当該報道や取材のありとあらゆる問題点を高度の理想論から徹底的に洗い出すことが不可欠であろう.これを刑事事件や損害賠償事件に利用するかどうかは被害者側に任せればよいのではないか.また,報道や取材に過誤があれば,放送局などでは放送免許の取り消し処分を行うよう告発することも,調査委員会の権限としてはどうであろうか.

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2008年6月25日 (水)

あの朝日新聞が「遺憾の意を表明」-朝日新聞社訴訟 名誉毀損 和解成立

①朝日とNHK

「朝日とNHKは裁判官の信頼が厚いので、名誉毀損裁判で勝つは容易なことではない。」とのアドバイスを受けていました。朝日とNHKを提訴するときは、それなりの勝算がないとできないということでしたが、

               NHKは明らかに隠し撮りをした。」

               「朝日新聞はちょっとでも取材すれば、誤りであることが分かる記事を書いた。」

ので勝算ありと判断して提訴しました。(「裁判官の信頼が厚い」とはいっても、昨今朝日は『死に神』問題、NHKは「記事盗用記者諭旨退職」問題「写真無断使用で告訴」問題でその信用も揺らいでいるようですが。)

 NHK訴訟では、逮捕直前に刑事に同行する場面を撮影したことは「隠し撮り」であると認定されたものの、本人訴訟で高裁まで勝負するも敗訴。[i][i](『判例時報』を読むと勝敗は紙一重の印象。代理人に依頼すれば勝てたかも?)

②横綱対決

 朝日新聞の名誉毀損裁判では、両者の代理人が名誉毀損裁判での最高実力者で、当時、自社の記者尋問を終えていた共同通信の代理人が「東西横綱対決」と評し、「勉強とためにと」多くのメディア側弁護士で傍聴席が埋まったことがありました。ちょっと詳しい人なら誰と誰だか直ぐ分かるでしょう。

③「遺憾の意を表明」とは

 新聞社が「遺憾の意を表明」したということを平たく言えば、「明らかに間違った事実を新聞に書いてしまったことを認めて謝ります。」というところでしょうか。法曹界には、暗黙の認識で決まり切った文言があるようです。

④大朝日新聞のイメージ

 高校生のころから、朝日の記者といえば筑紫哲也と本多勝一。筑紫氏が書いたか言ったか忘れたが、「本多記者とは同期でその年は、まともな入社試験がなかったので、変なのが入社した。」という認識があるらしい。大学生のころに両者の本は文庫で何冊も読んだし、大学生のたしなみとして朝日関連の本は、批判本も含めて相当数読んでいた。よい悪いは別として、「朝日の記者」ならある程度のインテリジェンスや記者魂あるいは品の良さを持っているものかと勝手に想像していました。(朝日の代理人の学者風の品の良さ紳士的格好良さがさらに期待させてしまったのかも知れません。)

⑤壊されたイメージ

 しかし、出てきてがっかり。アメリカンフットボールのディフェンスの選手が、徹夜で飲んでその足で法廷にやって来たと思われるような知性を全く感じない脂ぎった風貌で視線が遊んでいる。ワイシャツの一番上のボタンがきつくて閉まらないフリーの相場師といった印象でもある。一連の裁判で、多くの新聞記者を見てきましたが、例え尋問に対する返答の態度があまりよくなくとも、誰にもかならずジャーナリストとしてのプライドや真摯な姿勢が見られました。しかし、この記者は、「こんな奴が父親と同じ職業についていたのかと思うと情けなくなる。」ような輩。「今、『三学会報告書』と『女子医大の内部調査報告書』を読み比べても、大体同じこといっていると思います。」旨の発言。知性も誇りもなければ、恥も知らない、法廷に対する敬意など全くなし。「朝日」のイメージが根底からひっくりかえるような記者でした。(もっとも、この日出廷した東京女子医大元院長 東間紘調査委員長の発言に歩調を揃えなければいけないということもあったのでしょうが、それにしても酷かった)

彼以外に多く存在する朝日新聞の記者さん。私のイメージを返してください。

追伸:「逮捕された当時にとっていた新聞は何新聞ですか。」「産経新聞です」

「拘置所に勾留されている時にとっていた新聞は何新聞ですか。」「読売新聞です」

時効を主張するネタを尋問から引き出そうとされたのでしょうが、残念でした。朝日新聞は医局の休憩室で読んでいます。

 



[i][i]判例時報 2008年4月21日

○医療事故につき業務上過失致死罪で起訴され一審で無罪判決を得た医師が、任意同行される姿の隠し撮りと共に逮捕時の警察発表等に基づく報道をした報道機関に対して求めた名誉毀損等に基づく損害賠償請求が棄却された事例(東京高判 19・8・22)

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2008年2月13日 (水)

配信サービスの抗弁」バレンタインデーに全面的撤回

 「エセ・ブラックジャックの正体 シリーズ」は今回はお休み。次回以降にご期待。

 ところで、各方面のブログや、新聞社(毎日、朝日、静岡新聞、北海道新聞等)の社説でも、あれだけ盛りあがっていた「配信サービスの抗弁」ですが、2月14日に行われる控訴審(東京高等裁判所第24民事部)の口頭弁論期日における、控訴人 新聞3社の準備書面では以下のような記述があります。

「控訴人3社は、控訴審における誤解をさけるためにも、原審において主張した、いわゆる『配信サービスの抗弁』の主張を全面的に撤回したことを申し添える。」

 ということで、最高裁判決に逆らうのはもうやめて、新しい話しで、闘おうという方針のようです。

「誤信相当性の抗弁が成立するか否かについて考察すべき『責任主体』は、記事の真実性について責任を負うべき配信記事を執筆した共同通信の記者(場合によってはあわせて共同通信社の編集デスク)であって、それ以外の誰も出もない」とか、

「(クレジットについて)そもそも、不法行為責任を問うべき『責任主体』として同一性があるか否か、記事執筆者に誤信相当性が認められる場合の他に『責任主体』が不法行為責任を免れるか否かは、不法行為に関与した『責任主体』間の行為分担内容や態様、それらの関連性など実質的な関係に注目して判断されるべきことであって、紙面にクレジットの表示があるか否かという表面的形式的な現象により左右されるべきことではない。」といった主張のようですが、あまりパンチ力がない抗弁のような気がするのは、私だけでしょうか。

 改めて、この「配信サービスの抗弁」についてのブログを読み直すと興味深いです。医療界、出版界、法曹界他、通常のブログでも評価が高い論客はそれなりの意見を書いています。

「共同通信の意見に対する反論と最高裁判決」

http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2007/09/post_b9e8.html

勝訴 対 地方新聞社事件判決より

http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2007/09/post_7407.html

「新小児科医のつぶやき」Yosyan 先生 2007-12-04 強弁に聞こえます

http://d.hatena.ne.jp/Yosyan/20071204

Lohas Medical Blog 川口恭さん 新聞にも勝訴したようです。大変な判決かも

http://lohasmedical.jp/blog/2007/09/post_852.php

へなちょこ内科医の日記(当直日誌兼絶望日誌)へなちょこ内科医先生[電波]配信サービスの抗弁

http://d.hatena.ne.jp/physician/20071212/p1

Kisslegg’s blog 配信サービスの抗弁など図々しい

http://pub.ne.jp/kisslegg/?entry_id=943049

思うに、けだし、判例同旨 しーぷっくさん 裁判官の意図。

http://cbookcbook.blog103.fc2.com/blog-entry-86.html

「今日手にいれたもの」pyonkichi先生 紫色の顔の友達を助けたい先生、名誉毀損勝訴!

http://blog.so-net.ne.jp/kyouteniiretamono/2007-09-19

Saturday afternoon snorita さん ほーどーのじゆー 

[考える。]  

http://blog.so-net.ne.jp/spring-has-come/2007-09-19

伊藤高史のページ 伊藤高史さん 驚きの判決:名誉毀損訴訟で通信社は勝訴、新聞社だけ敗訴

http://takashiito.cocolog-nifty.com/takashiitoh/2007/09/post_82b0.html

「やぶ医者のつぶやき」~健康、病気なし、医者いらずを目指して Dr. I 名誉毀損で医師が勝訴!

http://blog.m3.com/yabuishitubuyaki/20070919/1 

Power to 1 2007 CONSADOLE SAPPORO OFFICIAL BLOG 配信サービスの抗弁

http://www.consadole.net/cudos/monthly/200709

親子で乗り越えよう!中学受験! まげざえもんの日記 通信社配信記事判決 -静岡新聞9/27付社説より-

http://plaza.rakuten.co.jp/gotofutaba/diary/200709280001/

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2008年2月 1日 (金)

刑事控訴審続報の前に今日のフジテレビ控訴審

 今週来週は本人訴訟の嵐です。今週は、小学館控訴審(相手弁護士3人法務部3人)と今日のフジテレビ控訴審(原審弁護士3人助っ人弁護士1人(他の法律事務所で元判事のベテラン))、来週は集英社+毎日新聞社医療問題取材班訴訟があります。

フジテレビは、強制執行を申し立てて、75万円の担保を立てさせてまでねちっこくやっています。素人相手に大人げないなと思っていたところ、今度は、助っ人登場。相手は複数の法律事務所の4人となりました。これに向こうは法律事務所の秘書さんが沢山いますから羨ましい。こっちは、一人で、証拠集め、判例と法律専門書の読み込み、書面書き、印刷、推敲、再印刷、コピー(一回の書類提出で、軽く数百枚になる)、ハンコ押し、ファクシミリ、郵便、出廷、裁判官とやり取りしながら必要事項のメモ。これが二週間で3つあると結構大変ですよ。

 控訴理由書、答弁書、準備書面、附帯控訴状、陳述書、証拠説明書等の書き物で、睡眠時間が大幅に減少。2時間以内になると結構辛い。久しぶりに床に寝ました。「控訴趣意書の答弁書と準備書面と固い床」http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2006/09/post_55b3.htmlの「どうしても明日までに仕上げない書類の作成中に眠くなったら、医局の固い床のカーペットの上に寝ています。寝心地が悪いと直ぐに起きることができるからです。締め切りの近い学会の抄録や依頼原稿、学位論文もこの方法でやっていました。「眠らない」ためには、「眠りにくいところで寝る」ことが仕事を仕上げるのにはよいと思っています。」状態でした。

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2008年1月11日 (金)

講談社との間で和解 「2007年『偽』の年 仕事納め」 再掲載

私が提訴した、読売新聞の記者の著作に関連した訴訟で、講談社との間で和解が成立しました。

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医療事故関連書籍、「偽」報道に対するコメント

1.医師を中心としたブログより

 医学知識に乏しく、科学的方法論を用いることのない社会部新聞記者が、充分な取材もせずに、医療関連の報道やレポートを平然と書いていることがあまりに多いことに憤慨する医師の意見をよく聞きます。これに関連して明確な目的を有するブログ「医療報道を斬る」http://plaza.rakuten.co.jp/tinyant/ や医師ばかりでなく相手のジャーナリストまで交えて問題を学術研究レベルまで高めようとしている「東京大学 医療政策人材養成講座」http://www.hsp.u-tokyo.ac.jp/forum.html の「報道は医療をよくできるか?」「医療を良くするために、医療車と報道者ができること」などのフォーラムの紹介をしてきました。

2.記者とProfession

 記者達は何故そのように安直な「偽」記事を書くのでしょうか。一言でいえば、「Profession」の自覚と責任感が欠如しているからと考えます。医師達が手術室やICUや病床のまさにベッドサイドで、夜通し立ちながら患者さんの診療を行い、先輩医師や同僚と悩みながらひとつひとつ経験して、血や肉として体得した医療知識。臨床現場や研究室で得た研究成果を外国の学会でたった一つ発表するために、数十もの原著論文を読み権威や先輩医師と討論、考察して得られた結論。高度な統計学でしか表現できない科学的事実の発表。このような厳しい状況の中でしか得られない経験が、記者達には全くないことが一つにあると思います。

3.「偽(エセ)専門家」を見破れ

 このような記者の好む、彼らのいうところの「専門家」とは、単なるおしゃべりで、科学的背景なく、論法もいい加減で非論理的にどんどん適当な話しをする輩が多いことに医師達は気づいています。(このことは、医学にかぎらず、法曹界でもその傾向があるようです。)論理などはさておき、記者達に専門知識が無いことをいいことに、「真」の専門家からみれば、的はずれの例示等をしながら、本当にあったのか作り話なのかわからない自慢話などを交えて、○×でものをいうような「偽(エセ)専門家」が好まれる傾向にあります。記者達は、本当の専門家の論文や意見の存在すらも調査せずに「偽情報」を大切にする上、修飾を加えて記事にします。

 陰圧吸引脱血法の事件なのに、その方法を一回も使用したこともなく、さらに見たこともなく、論文も読まず、学会に参加もせず、事件の証拠や公判についての知識を得ようともせず、噂レベルの話しを聞きた程度なのに、「専門家」と呼んで、彼らの語ることを鵜呑みにする記者達。欧米の一流紙にこのようなレベルの人間が存在するはずありません。パパラッチレベルのゴシップ記事がどうどうと全国紙にかかれたり、一流出版社から出版されたりする現実。是非「偽」を見破って記事を書いてもらいたいものです。

4.記者達への伝言

 医療崩壊、医療限界が叫ばれていますが、医療関連報道を正すことも我々の急務だと思っています。「生き方上手」の著者であり、日本人医師の鏡である聖路加病院の日野原重明先生のお言葉です。「「Profession」という言葉には、神に告白(Profess)する、約束する、契約するという意味があります。神学と法学と医学のプロフェッションには、明らかにその精神が垣間見える。底通するのは、学問を修めるにとどまらず、持っている能力を社会の繁栄と人々の幸福のために活かすと神に誓うから「プロ」であるという精神。欧米で、神職者、法律家、医師が、専門職能集団の中でもトップのプロフェッショナルな集団とされてきた理由はそこにあります。そして、使命感を持った人が公言し、神と約束しているわけですから、第三者が彼らの仕事の内容を批評するのも当然のこと。

 記者は「偽」記事を書いても書きっぱなしで、「第三者が彼らの仕事の内容を批評」を受けることがほとんどないのが現状でしょう。たとえ、「偽」記事を書いても、「『偽専門家』を取材して彼がいったことを書いた」と言い逃れる。しかし、これは、「自分の心」=「神」との約束に反しています。

 私は、この「第三者」に対して医療情報を提供する記者の仕事も重要な「Profession」であることを自覚し、誤った記事を書いた場合は謙虚に責任をとるべきであると考え、彼らの今後に期待します。

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2007年12月29日 (土)

講談社との間で和解 「2007年『偽』の年 仕事納め」 

私が提訴した、読売新聞の記者の著作に関連した訴訟で、講談社との間で和解が成立しました。

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2007年9月19日 (水)

共同通信の意見に対する反論と最高裁判決

配信サービスの抗弁

 2007年9月19日の読売新聞の社会面では、私が、上毛新聞、静岡新聞、秋田魁新報に勝訴したことに対して、共同通信社の江渡悦正編集局次長と服部孝章・立教大大学教授(メディア法)の話が掲載されている。この二人の話は、所謂本邦における「配信サービスの抗弁」(wire service defense)の法理を全く理解していないとうい点でレベルが低い内容である。配信サービスの抗弁は、最高裁判決平成14年1月29日、最高裁判決平成14年3月8日の両判決で完全に否定されることを全く理解していない。共同通信の配信を受けている加盟社は、独自の取材をしないのであれば、クレジット(例えば、ロイター、共同通信等)を付け加えて、自社では取材をしていないことを明らかにすればよい話である。このようなことは、平成14年に確立したことなので、その時点で報道態度を変えるべきなのに、相変わらず、不法行為を繰り返していたことになる。

 共同通信社の江渡悦正編集局次長の話「記事を配信した共同通信社の賠償責任を否定し、記事を掲載した加盟社に賠償を命じた今回の判決は極めて不当だ。通信社の配信機能を理解しない内容で、到底承服出来ない」→判決は最高裁の二つの判決に沿うもので、不当という意見は、法律的な無知からくるものと思われる。「通信社の配信機能を理解しない内容」と叫ぶのは、最高裁で二回も否定されたことを理解していないことになる。加盟社が、通信社の配信機能を利用するにあたりが不法行為を形成することがあることが最高裁判例で示されているのに無視して旧来の利用法を慣習的にしているから地方紙は敗訴したのである。

 服部孝章・立教大学教授(メディア法)の話①「今回のような判決が続けば、地方新聞はすべての配信記事の裏付け取材をしなければならなくなり、通信社による配信制度が崩壊し、地方の読者の知る権利を侵害することにもつながる。」→そんな馬鹿なことがあるだろうか。「すべての配信記事の裏付け取材をしない」のであれば、クレジットを着ければよいだけの話で、「通信社による配信制度が崩壊し」たり、「地方の読者の知る権利を侵害することに」つながることはない。言葉は悪いかも知れないが、他社からの情報を『パクッて』記事を作成してお金を儲けるなら、パクッた情報元を明記すべきなのである。

服部孝章・立教大学教授の話の続き②「ただ、配信元の表記については日本のマスコミにはあいまいな所もあり、この点について議論を深めていく必要はあるだろう。」→メディア側の意見に追随するためのコメントなので、上記①と書いたが、まどろっこしく②が言わんとするところは、「日本のマスコミは配信元の表記をしないので、あいまいにせずにはっきり表記しなくてはならない。」ということである。すなわち、結局は、本件判決文の正当性を肯定することになっている。

 法律素人の私が、「配信サービスの抗弁」を解説して説得力に欠けるかもしれない。ここでは、名誉毀損裁判の多くの最高裁判例を作られた、喜田村洋一先生の解説を御覧いただきたいと思います。準備書面からですが、訴訟に関わった人だけが読むにはもったいない内容です。法律家の読者もこれで満足されるでしょう。

準  備  書  面

1 上記当事者間の頭書事件において、被告株式会社上毛新聞社らは、平成18年7月7日付け被告新聞社第1準備書面において、「配信サービスの抗弁」を主張した。

  しかし、憲法法理及び名誉毀損法理においてこの抗弁が存在する余地はない。以下、分説する。

2 被告新聞社(社団法人共同通信社の加盟新聞社であるので、以下、「加盟社」という)は、配信サービスの抗弁を肯定すべき理由として、報道の自由及び知る権利の確保を掲げ、「配信サービスの抗弁が否定された場合、加盟社は、記事の真実性を証明できない限り常に不法行為による賠償義務を負わされることになる。これを免れるためには、当該記事を掲載(放送)しないという選択をする以外に方法がないということになりかねず、その結果、報道が萎縮したものにな〔る〕」(加盟社第1準備書面3頁)と述べる。

  しかし、この主張には何重もの誤りがある。

  まず、日本において現在、配信サービスの抗弁は認められていない。しかし、配信サービスの抗弁が存在しないから、日本には報道の自由が存在しないとか、知る権利が確保できないという議論は、少なくとも原告は寡聞にして知らない。配信サービスの抗弁は、報道の自由や知る権利と全く無関係ではないにしても、これがなければ報道の自由が確保できないというものではないのである。

3 このことは、加盟社が問題にしている地方メディアが世界的、全国的なニュースが報じることができるかという点についても全く同様である。繰り返し述べれば、日本では配信サービスの抗弁は認められていない。それでも、加盟社は、これまで共同通信社が配信する記事について、独自にその真実性を確認することなく掲載してきた。それはなぜか。共同通信社の配信する記事は大部分が真実であり、仮に訴訟になっても真実証明ができるから勝訴できる(したがって、そのような訴訟はあまり多くない)と考えているからである。すなわち、現在、加盟社が世界的ニュース、全国的ニュースを掲載しているのは、配信サービスの抗弁が存在するからではなく、共同通信社の配信記事の真実性を信頼しているからである。

ところで、加盟社は、「配信サービスの抗弁が否定された場合、加盟社は、記事の真実性を証明できない限り常に不法行為による賠償義務を負わされることになる。これを免れるためには、当該記事を掲載(放送)しないという選択をする以外に方法がない」と主張する。このうち、前半の「記事の真実性を証明できない限り常に不法行為による賠償義務を負わされることになる」というのは、配信サービスの抗弁とは関係なく、全ての報道機関に共通しているのであり、加盟社に限られたことではない。朝日新聞社も読売新聞社もNHKも、全て、「記事の真実性を証明できない限り常に不法行為による賠償義務を負わされ」ている。しかし、これらの報道機関は、「真実性の証明ができないと賠償義務を負わされるから報道(放送)するのは止めよう」という判断はしていない。その理由は、「取材を尽くすことによって誤報は最小限に止めることができているはずであるから、たとえ賠償義務を負わされるとしても、そのような事態は極度に例外である。その例外を恐れて、報道を控えることはできない」と考えているためである。

ところが、加盟社は、配信サービスの抗弁がなければ、「加盟社は、真実性を証明できないと賠償義務を負わされるから報道は差し控え、萎縮する」と主張する。しかし、同じ報道機関でありながら、加盟社は、なぜ報道を避けるのだろうか。その理由としては、共同通信社の配信記事については、その真実性を証明することができない場合が多々あり、敗訴する事例が多くなるから、賠償義務を避けるためには記事掲載を断念するしかないと考えているということしか考えられない。

しかし、これは配信サービスの抗弁の前提を崩すものである。もともと、この抗弁は、「定評ある通信社の配信記事は原則として信用できる」という実態に基づくとされていた。しかるに、加盟社が主張するように、「配信サービスの抗弁がなければ、共同通信社の記事を掲載することは怖くて出来ないという事態が生じる」のであれば、それは「共同通信社の配信記事は、それほど信用はできない」というのが加盟社の認識であると述べることと同値である。

このように、「配信サービスの抗弁が認められなければ、萎縮効果が生じる」との加盟社の主張自体が、配信サービスを認めることはできないという結論を導くのである。

4 加盟社は、配信サービスの抗弁を認める必要性があると主張するが、この抗弁を認める必要が本当にあるかを、場合に分けて検討する。

まず、共同通信社の配信記事が真実であった場合を考える。この場合には、当該記事には違法性がないことになるから、加盟社は、真実性を証明できれば名誉毀損の責任を負うことはない。そして、通常の場合は、加盟社だけが被告として提訴された場合でも、共同通信社は加盟社のために補助参加し、あるいは事実上、加盟社に協力するから、加盟社は、これに基づいて共同通信社の配信記事が真実であることを証明できる。

したがって、この場合には、真実性証明に基づく違法性阻却という名誉毀損における通常の抗弁と別に、配信サービスの抗弁という新たな抗弁を認める実益はない。

5 次に、共同通信社の配信記事が真実でなく、かつ、共同通信社にこれを真実と信じるについて相当の理由がなかった場合を考える。加盟社は、直接、取材に当たっていないのであるから、この配信記事を真実と信じるについての相当性はない。

  では、この事例で、共同通信社と加盟社が共に被告として提訴されると、配信サービスの抗弁が認められると仮定した場合には、どのような結果になるだろうか。

  まず、共同通信社については、通常の真実性ないし相当性の有無によって判断されるから、上記の事例の場合には、これが共に認められず共同通信社は敗訴する。

  これに対し、加盟社は、配信サービスの抗弁が認められる結果、勝訴することになる。

  しかし、この結論は正しいのだろうか。実際の取材を行い、記事を執筆し、これを配信した共同通信社は敗訴するが、取材を行わず、記事も執筆せず、単に配信された記事を掲載した加盟社が勝訴することは、どのように考えれば正当化されるのか。

加盟社は、共同通信社の取材が十分になされたと信用したのであろうが、実際には、ここで想定している事例では、共同通信社の取材は不十分であったのであり、記事は真実でなく、共同通信社は、これを真実と信じるについても相当の理由を有していなかった。そうすると、加盟社が信用したのは、共同通信社という機関に対する一般的、抽象的信用ということになるが、そこに止まるのであり、上記の事例では、共同通信社の個別的、具体的取材は信用できるものではなかったのである。

もちろん共同通信社は、当該記事を配信したときは、その内容が真実であると確信していたであろう。しかし、名誉毀損における相当性は、主観的に真実と信じたということによって認められるのではなく、真実と信じても止むを得ないだけの客観的状況が存したかによって判定される。そして、相当性が認められなかった場合とは、共同通信社の当該記事に関する取材が客観的に見て不十分であったという場合である。このように客観的に見て不十分であった共同通信社の取材が、なぜ、「共同通信社の取材であるから」という理由だけで信頼できるものになるのだろうか。このような信頼が不合理なものであることは明らかである。

  いずれにせよ、取材にあたった共同通信社が敗訴するとき、取材をしなかった加盟社が勝訴するという結論は、不合理であり正当化できない。この不合理な結論は、配信サービスの抗弁が正しいと仮定したところから導かれたものである。したがって、その前提が誤っていたことになるのであり、配信サービスの抗弁は認められない。

6 上に見たとおり、配信サービスの抗弁は誤りであることが明らかになったが、最後の事例として、共同通信社の配信記事が真実でなく、かつ、共同通信社にこれを真実と信じるについて相当の理由が存していた場合を考える。この場合でも、加盟社は、直接、取材に当たっていないのであるから、この配信記事を真実と信じるについての相当性はない。

  この事例では、共同通信社が被告とされれば相当性が認められ勝訴するから、加盟社も同様に勝訴すべきであって、そのために配信サービスの抗弁を認めることの実益があると加盟社は主張しているように思われる(加盟社第1準備書面4頁2項参照)。

  ここでも加盟社の信頼は、共同通信社の個別の配信記事における取材についての信頼ではなく、共同通信社という機関に対する信頼である。その内容は、端的に言えば、「定評ある通信社の配信記事は、文面上に不合理が見られる場合などを除けば、真実と信じてよい」というものである。

しかし、5で述べたように、相当性は、真実性についての主観的な確信によって認定されるのではなく、そのように考えるについて客観的な合理性が認められることによって、初めて認定されるのである。

それでは、共同通信社という報道機関について、「その配信記事は、具体的な取材の有無や結果などを離れて、一般的、抽象的に真実と信頼できる」と客観的に言えるであろうか。

これについては、共同通信社と、全国新聞を発行している朝日新聞社、読売新聞社、毎日新聞社等と比較すれば、その答は明らかである。共同通信社とこれらの全国新聞社は、全国と全世界の各地に本社、支局を持ち、取材を行っているが、その取材体制において格別の差はない。たとえば、東京では、これらの社は、いずれも裁判所、警視庁、各種官庁などの記者クラブに所属している外、遊軍記者も抱えて、継続的、複合的な取材を行っている。記者の資質も同様であり、通信社であるから、新聞社であるからという区別はない。要するに、共同通信社と全国新聞社は、報道機関としてはほぼ同一ランクとみなされているのである。

そして、全国新聞社の記事については、全体として見れば信頼性が高く、内容は真実である場合が多いという信頼は勝ち得ているであろうが、それを超えて、「○○新聞の記事だから、どんなときでも真実だ」という信頼を得ている社は存在しない。すなわち、○○新聞社であるからという理由だけで、個別の記事について真実と信じることに合理性はないとされているのである。

この点は、共同通信社についても、全く同様である。定評ある通信社というのはそのとおりであろうが、「共同通信社の配信記事だから真実だ」という信頼性が社会一般にあるということはできない。ここでも、「全体的な信頼性は高いが、個別の記事については個別に判断する」というのが一般読者の普通の認識なのである。

このように、共同通信社の配信記事について、「すべて真実とみなしてよい」という認識が社会に存在していないとき、ひとり加盟社だけが、「共同通信社の配信記事は、共同通信社のものであるが故に真実と考えてよい」と信頼しているのであれば、その信頼は不合理なものである。全国新聞社の記事に誤りがあるのと同様に、共同通信社の配信記事にも誤りはある。この現実に目をつぶり、「共同通信社に対する信頼は合理的である」と強弁することはできない。

このように、共同通信社の配信記事であるからという理由で、その記事を真実とみなすことはできないのであるから、この3番目の事例においても、配信サービスの抗弁を認めることはできない。

7 以上のように、記事の真実性と相当性について場合分けして検討すれば、配信サービスを認める実益はないし、また、認めるべきでないことは明らかである。すなわち、記事が真実であるならば、加盟社は共同通信社と共同してその真実性を立証すればよいのであって、それと独立に配信サービスの抗弁を認める必要はない。配信サービスの抗弁が成り立つ前提として、「共同通信社は定評ある通信社であって、その配信記事は(大部分が)真実である」というのであるから、少なくとも大部分の訴訟は、真実性の抗弁が成立して加盟社が勝訴するはずである。加盟社は、配信サービスの抗弁がなくとも、記事の真実性を証明できない場合を慮って記事掲載を躊躇する必要はないのであり、日本全国どの地方の読者も世界のニュース、全国のニュースを目にすることができるのであって、それが日本の現状である。

  他方、記事が真実でなく、相当性が問題になる場合には、共同通信社と加盟社の双方について、相当性の有無を判断すべきであり、またそれで足りる。配信サービスの抗弁とは、実際には、相当性が認められない加盟社にも相当性が認められるべきであるという主張に他ならないが、このような主張は相当性は個別に判断すべきであるとする名誉毀損法理に真っ向から反するものであり、認められるべき余地はない。

また、「共同通信社の配信であるから真実と信頼できる」という加盟社の主張は、完全には信頼できないものをすべて信頼せよというに等しいものであり、不合理なものであるから、これについても認められない。

8 以上のとおり、配信サービスの抗弁が認められないことは明らかであるが、念のため、なおいくつかの点を補足する。

まず、加盟社の掲載記事で名誉を毀損された被害者が加盟社を提訴した場合、配信サービスの抗弁が認められるならば、この抗弁が提出された時点で被害者は、新たに同額の印紙を貼って共同通信社を被告に加え(あるいは別訴を提起し)なければならない。これは既に被害を蒙っている者に不要な出費を強いるものであり、このような取扱いは認められない。

この点について加盟社は、交渉過程で加盟社は共同通信社の名称を開示するのが慣習となっているとするが(加盟社第1準備書面4頁)、そのような交渉前置主義は日本では取られていない。直ちに加盟社を提訴することも認められており、現にそのような例もあるのであるから、被害者の不要な負担をなくすことはできない。

何よりも、加盟社は、自ら認めるとおり、共同通信社の定款施行細則10条の定めにかかわらず、国内では、ニュースごとに「共同」のクレジットを付していない(加盟社第1準備書面2頁)。加盟社の引用する2002年の第二小法廷判決においては、2人の裁判官から、「クレジットを付していない記事は新聞社自身の記事として扱うべきであり、配信記事を掲載したものであることを理由とする抗弁はいかなるものも提出することはできない」との意見が出されたにも関わらず、それから4年を経た現在も、クレジットを付さないという取扱いを変更しようとしていない。

このように加盟社は、自らの細則にも反し、またこの点を指摘する最高裁判事の意見の存在にも関わらず、共同通信社配信記事であることを一般読者に告知しようとしていないのであり、そのような加盟社が、報道被害者に印紙代金の二重支払いを強制する可能性のある配信サービスの抗弁を主張することは許されないというべきである。

9 次に、配信サービスの抗弁が認められる場合に、通信社が倒産した場合には、被害者は誰からも賠償を受けられないこととなる。加盟社は、「定評ある通信社が倒産することは想定し難い」と主張するかもしれないが、加盟社第1準備書面で、配信サービスを認めるべき論拠として引用された梶谷裁判官の意見において「定評ある通信社」の例として挙げられたUPI社(加盟社第1準備書面11頁)は、1991年に倒産し、その後、いくつかのグループが買収したが、最終的には某宗教団体の関連会社に買収され、通信社としては全く信用を失ったとされている。日本においても、経営問題を指摘される通信社は存在する。

このように通信社が倒産したとき、被害者は、たとえそこから配信を受け、名誉毀損記事を掲載した新聞社が存在し、賠償能力を有していても、補償を受けられなくとも止むを得ないとされることになる。報道の自由は、このような結果を強制するというのが加盟社の主張なのであろうか。

さらに現実性の高い問題として、外国通信社の場合がある。外国通信社であっても、定評があるものであれば、配信サービスの抗弁は認められるべきであるというのが加盟社の立場であろう。外国通信社の配信記事が日本の新聞社に掲載され、この記事が名誉を毀損された者は、不法行為地として自らの住所地を管轄する裁判所に外国通信社を被告として提訴することができるかもしれない。しかし、たとえその訴訟で勝ったとしても、当該外国通信社の財産が日本国内に存在しなければ、被害者は満足を得ることはできない。

現代はネット全盛となったから、通信社の本体機能はすべて外国に存在し、日本の新聞社は、ネットで配信される記事をそのまま掲載するという事態は容易に想定しうる。この場合には、被害者は、外国通信社を訴えることができ、勝訴することができたとしても、日本で執行できなければ、外国通信社の存在する国に執行判決を求めなければならない。すべての被害者がこのルートを辿ることができるとは考えられないし、むしろ大部分の被害者は、実益がないことを予測して、日本の裁判所に提訴することすらあきらめてしまうであろう。たとえ名誉毀損記事を掲載した日本の新聞社に十分な賠償能力があっても、このような結果を甘受せよというのが配信サービスの抗弁である。

10 以上のように、配信サービスの抗弁は、理論的に誤りであると共に、これを認める実益はなく、さらには、これが認められるならば、配信記事によって被害を蒙った者に不当な負担を強いるだけでなく、そもそも賠償を受けられない事態を招来しかねない。

したがって、あらゆる観点から見て、この抗弁は認められないものである。

   なお、加盟社は、「米国では配信サービスの抗弁が確立された判例法理となっている」(加盟社第1準備書面5頁)と述べるが、英米法の専門家である紙谷教授は、「採用している法域を見るかぎり、全国的に確立した法理とまでは断言できない」と述べている(紙谷雅子「名誉毀損と配信サービスの抗弁」法律時報69巻7号90頁、94頁)。いずれにせよ同教授が述べるとおり、米国における配信サービスの抗弁は、「名誉毀損を繰り返すと、善意であっても、厳格責任が課せられるという伝統的なコモン・ローのルールの存在なしには理解しえないもの」(同所)なのであり、法系も法文化も異なる日本にこの抗弁をそのまま移植できるものではないことを最後に付言する。

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