本人訴訟

2009年7月18日 (土)

毎日記者、集英社 控訴審判決文

毎日記者5人と集英社に勝訴した東京高裁の控訴審のうち、とりあえず判決文を掲載します。

被告側の和解案を見ると、一番見られたくないのは、準備書面や陳述書のようですが、それはまた機会を改めて。

また一審判決文については、リクエストがあれば、テキスト化してブログ公開します。

平成21年7月15日判決言渡し 同日 原本領収裁判所書記官 加藤政人

平成21年(ネ)第36号 ,同年(ネ)第923号損害賠償請求控訴事件, 同附帯

控訴事件(原審・東京地方裁判所平成19年(ワ)第15490号)

口頭弁論の終結の日平成21年4月20日

判      決

東京都千代田区一ツ橋二丁目5番10号

控訴人兼附帯被控訴人株式会社集英社

(以下「控訴人会社」という。)

同代表者代表取締役                山下秀樹

東京都千代田区一ツ橋一丁目1番1号毎日新聞社内

控訴人兼附帯被控訴人             花谷寿人

(以下「控訴人花谷」という。)

東京都千代田区一ツ橋一丁目1番1号毎日新聞社内

控訴人兼附帯被控訴人             江刺正嘉

(以下「控訴人江刺」という。)

東京都千代田区一ツ橋一丁目1番1号毎日新聞社内

控訴人兼附帯被控訴人             渡辺英寿

(以下「控訴人渡辺」という。)

東京都千代田区一ツ橋一丁目1番1号毎日新聞社内

控訴人兼附帯被控訴人             小出禎樹

(以下「控訴小出」という。)

東京都千代田区一ツ橋一丁目1番1号毎日新聞社内

控訴人兼附帯被控訴人             小泉敬太

(以下「控訴人小泉」といい,

上記6名全員を「控訴人ら」

という。)

控訴人ら訴訟代理人                 弁護士  高木佳子

        古谷誠

東京都××区

被控訴人兼附帯控訴人             佐藤一樹

(以下「被控訴入」という。〉

主      文

1本件控訴及び本件附帯控訴をいずれも棄却する。

2控訴費用は控訴人らの,附帯控訴費用は被控訴人の各負担とする。

事実及び理由

1当事者の求めた裁判

1控訴の趣旨

(1)原判決中,控訴人らの敗訴部分を取り消す。

(2)被控訴人の請求をいずれも棄却する。

2附帯控訴の趣旨

原判決を次のとおり変更する。

控訴人らは,被控訴人に対し,連帯して200万円及びこれに対する平成15年12月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2事案の概要

1事案の要旨

被控訴人は,平成13年3月当時,東京女子医科大学(以下「女子医大」という。)病院に勤務していた医師である。

控訴人会社は,雑誌・図書出版業等を営む株式会社である。

控訴人花谷,控訴人江刺,控訴人渡辺,控訴人小出及び控訴人小泉は,毎日新聞医療問題取材班(以下「控訴人取材班」という。)を構成する新聞記者である。

控訴人会社は,控訴人取材班を執筆者として「医療事故がとまらない」と題する書籍(集英社新書)(以下「本件書籍」という.)を発行した。本件書籍には,「第1章東京女子医大病院事件」との見出しの記事(以下「本件記事むという。)が掲載され,本件記事には,被控訴人(ただし,記事中の表記は「E医師」とされている。)が人工心肺装置の担当医師として関与した心臓手術において患者が死亡したこと,女子医大がその手術に関するカルテ等を組織的に改ざんをしたことなどが記載されている。なお,本件書籍は,毎日新聞紙上で連載された記事をまとめたものである(この新聞連載記事を,以下「本件連載記事」という。)。

本件は,被控訴人が,本件記事のうち原判決別紙「被控訴人の主張一覧」の「記載内容」欄の番号1,ないし10の各記載部分について,被控訴人が上記手術の際に人工心肺装置の操作ミスをした等の趣旨の記載をされ,医師としての名誉が毀損されたと主張して,控訴人らに対し,共同不法行為に基づき,慰謝料1000万円及び遅延損害金の支払を求めた事案である。

原審は,名誉毀損による共同不法行為の成立を認め,被控訴人の請求を80万円及びこれに対する平成15年12月23日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で認容した。これに対し,控訴人らは,請求全部の棄却を求めて控訴し,被控訴人は,請求を200万円に減縮した上,請求の認容を求めて附帯控訴をした。

2当事者の主張等

前提事実,争点及び争点に関する当事者の主張は,次のとおり補正するほかは,原判決の「事実及び理由」中の「第2事案の概要」の2ないし4に記載のとおりであるから,これを引用する。

(1)4頁13行目の「設置した。」の次に「内部委員会の委員は,東間紘教授(委員長。泌尿器科学),楠本雅子教授(循環器内科学),尾崎眞教授(麻酔科学)であり,心臓外科医や人工心肺装置に関する専門的知識を有する専門家(医師,臨床工学士など)は含まれていなかった(甲6,40)。」を加える

(2)6頁23行目の次に,次のとおり加える。

「同委員会の委員は,高本眞一東京大学教授(委員長。心臓外科,呼吸器外科),四津良平慶磨義塾大学教授(心臓血管外科),坂本徹東京医科歯科大学教授(先端外科治療学),許俊鋭埼玉医科大学教授(心臓血管外科)の4名であり,協力員は,又吉徹慶磨義塾大学医用工学センター臨床工学士,見目恭一埼玉医科大学MEサービス部臨床工学士であり,同委員会は,心臓外科及び人工心肺装置の専門家により構成されていた(甲6,8,10,40,弁論の全趣旨)。」

(3)9頁4行目の「無罪判決」を「無罪判決の確定」に改める。

(4)9頁24行目から25行目を次のとおり改める。

「イ検察官は,上記無罪判決に対して控訴をしたが,東京高等裁判所は,平成21年3月27日,検察官の控訴を棄却する判決をし,同判決に対しては検察官から控訴がなかったため確定し,被控訴人に対する無罪判決が確定した(弁論の全趣旨)。上記東京高等裁判所判決においては,被害者は,回路内が陽圧の状態になり,脱血不能の状態になった時点では,脱血カニューレの位置不良により頭部が欝血し,既に致命的な脳障害を負っていた可能性が高く,人工心肺回路内が陽圧の状態になったことによる脱血不能の状態が,被害者に致命的な脳障害を発生させて死亡させるに至ったと認定するには合理的な疑いが残るとして,被害者の頭部に轡血をもたらした脱血カニューレの位置不良は,操作担当者である被控訴人の人工心肺装置の操作に起因するものではないから,これと被害者の死亡との間には因果関係が存在せず,被控訴人について業務上過失致死罪は成立しないとの認定判断がされている(甲41)」

(5)11頁17行目末尾の「装置」を「操作」に改める。

(6)16頁5行目の「1000万円」を「200万円」に改める。

3当裁判所の判断

当裁判所も,被控訴人の請求は,原判決が認容した限度で理由があり,その余は理由がないものと判断する。その理由は,次のとおり補正するほかは,原判決の「事実及び理由」中の「第3当裁判所の判断」に説示するとおりであるから,これを引用する。

1  17頁24行目の括弧内の「イ」の次に「。なお,被控訴人の主張中には,本件記事の全体が被控訴人の名誉を毀損するとする部分もあるが,被控訴人は,本件記事中の具体的な名誉毀損部分は,本件各記載である旨を明らかにしているから,本件各記載について名誉毀損の成否を検討すれば足りる。」を加える。

2 24頁7行目の「刑事裁判」を「刑事の確定判決」に改める。

3 24頁25行目から26行目にかけての「被告取材班によりされた取材や記載内容の検討等」を「生起した本件各記載と関連する事実関係並びに控訴人取材班による取材等」に改める。

4 25頁22行目から26頁19行目までを次のとおり改める。

「〈イ)本件連載記事の掲載以後に生起した本件各記載と関連する事実関係及び控訴人取材班による取材等

a 前記認定のとおり,3学会検討委員会が設置され,平成14年8月3日に第1回委員会が開かれた。3学会検討委員会は,平成15年4月26日までの間に合計9回の委員会を開催し,そのうち,平成14年11月16日に開催した第5回委員会は慶磨義塾大学病院手術室において,同年12月21日に開催した第6回委員会は女子医大病院手術室において,シミュレーション実験を実施した。上記第5回委員会のシミュレーションにおいては,吸引ポンプの回転数を100回転にしても,静脈貯血槽の圧力変化には影響せず,陰圧ラインの閉塞により急激に圧力が上昇することが確認された。また,上記第6回委員会のシミュレーションにおいても,上記第5回委員会のシミュレーショ.ンと同様に,吸引ポンプの回転数を100回転にしても,静脈貯血槽の圧力変化には影響せず,フィルターの位置を下降させたことによりフィルターが閉塞し,急激に圧力が上昇することが確認された(甲8)。

b 本件患者の遺族である平柳利明を含む,心臓手術を受け,死亡や重度障害を負った子供の親4名は,平成14年12月12日,厚生労働大臣に対して,女子医大病院が使用していた人工心肺装置には,何らかの重大な欠陥があると考えられるとして,その導入の過程等について調査を求める要望書を提出した(乙35)。

c 控訴人取材班は,平成14年12月13日付け毎日新聞において,上記患者の親から国と都に対し,女子医大の人工心肺装置の導入過程について調査を求める要望書が提出されたことを報道した。その記事には,親たちは,「装置自体に重大な欠陥があり,他に被害者が出ている可能性がある。」と訴えているとの記載がある(甲16)。

d 3学会検討委員会は,平成15年3月2日,3学会検討委員会の中間報告として,陰圧吸引補助脱血体外循環を施行する際に次の4点を遵守するように勧告した。なお,遵守事項には,吸引ポンプの回転数に関する記載は,存在しない(甲8)。

①陰圧吸引補助ラインにはガスフィルターを使用せず,ウオータートラップを装着する。

②陰圧吸引補助ラインは毎回滅菌された新しい回路を使用する。

③静脈貯血槽には陽圧アラーム付きの圧モニター並びに陽圧防止弁を装着する。

④陰圧吸引補助を施行する際には微調整の効く専用の陰圧コントローラーを使用する。

e 上記中間報告書は,全国の関係病院長に送付された。また,上記勧告は,そのころ,日本胸部外科学会のウェブサイトに,同学会員以外の一般人も自由に閲覧できる状態で公開された(甲6,8,10,弁論の全趣旨)。

f 日本放送協会(以下「NHK」という。)は, 平成15年3月13日,総合テレビの「おはよう日本」というニュース番組中で,午前5時35分過ぎから同36分過ぎまでの約1分20秒間,「人工心肺の安全対策を勧告」という文字タイトルの下で,「2年前女子医大病院で起きた医療事故を切っ掛けに,心臓手術に関する3つの学会がこの時に使われたものと同じタイプの人工心肺装置を調べた結果,安全対策を徹底する必要があるとして全国の医療機関に緊急の勧告をした。日本心臓血管外科学会,日本胸部外科学会及び日本人工臓器学会の3学会の合同委員会は,事故の防止策について検討し,事故を再現するなどして調査した結果,安全対策を徹底する必要があるとしてガイドラインをまとめ,全国の医療機関に緊急の勧告をした。これによると,患者の血液を吸引する管に目詰まりを起こしやすいフィルターを付けないこと,血液を吸引する圧力を微調整できる専用の装置を使うことなどを求めている。」等の内容を放送した。同放送は,同時刻に衛星第二放送及びデジタルハイビジョンでも行われた(乙32の1ないし3)。

また,そのころ発行された「Medical& Test Journal」同月21日号にはその緊急勧告に関する記事が掲載されていた(乙16)。

g 厚生労働省は,同月17日,同省医政局総務課長及び同省医薬局安全対策課長の連名で各都道府県衛生主管幹部(局)長にあてて,上記3学会検討委員会の中間報告における勧告等を参考として,同勧告で指摘された4点を遵守する必要がある旨を通知した(甲17の末尾の頁)。

h 被控訴人は,同年8月25、日に東京地方裁判所で開かれた被控訴人に対する刑事事件の公判において,それまで認否を留保していた起訴事実を否認し,事実関係としては,血液を吸引するポンプを高回転にしたことを認めた上,「女子医大には,当時,回転数に関するルールや指導はなかった。脳障害を引き起こしたのは,ポンプを高回転にしたためではない。」などと主張した(甲24)。

i 同月26日付けの産経新聞は「女子医大病院手術の女児死亡元医師ミス否認」の見出しの下に,被控訴人に対する刑事事件における上記の事実関係を報道した(甲24)。

j 前提事実(7>ア,イのとおり,3学会検討委員会は,同年5月,3学会報告書を作成し,同月15日,札幌市で開催された日本心臓血管外科学会学術総会のシンポジウムにおいてその内容を報告した。この報告においては,各委員から3学会報告書に基づいた報告がされ,「安全な陰圧吸引補助脱血法に向けての提言」として,前記中間報告と同内容の4点の遵守事項が勧告されるとともに,前記認定の3学会報告書の記載に基づき,本委員会の検討により,女子医大で起こった事故は本来陰圧であるはずの静脈貯血槽が急激に陽圧になったためであり,その原因は吸引回路の回転数が非常に高かったためではなく,陰圧吸引補助ラインに使用したフィルターが目詰まりを起こし閉塞した可能性があることが模擬回路による実験でも示されたことが報告された(甲7,8)。

k NHKは,同日,総合テレビの「ニュース9」において,「人工心肺トラブル2年で約500件」という文字タイトルの下で午後9時10分ころに30秒間,さらに総合テレビの「ニュース10」において,「人工心肺トラブル」という文字タイトルの下で午後10時59分ころに30秒間,上記報告内容に基づき,3学会が全国の病院に人工心肺装置の使用についてアンケートをした結果,多数のトラブルが起こっていることが判明したことなどを放送した(乙16,32の1ないし3)。

l 3学会報告書は同シンポジウムの参加者に配布されたほか,同日,3学会報告書の抜粋が3学会のそれぞれのウェブサイトに掲載された。また,3学会報告書は,そのころ,「人工臓器」,「Clinical Engineering」などの医学専門誌に掲載されて紹介された(甲9,10,弁論の全趣旨)。

m 同年7月25日に開かれた瀬尾和宏被告人に対する刑事事件の公判において,喜田村弁護人は,瀬尾和宏被告人に対して,本年5月に3学会が合同で3学会検討委員会を作って3学会報告書が出されたことを知っているかどうかを尋ねる被告人質問をし,3学会報告書に言及した。控訴人江刺は,同日の公判を傍聴していた(甲4,弁論の全趣

)。

n同年11月13日に東京地方裁判所で開かれた被控訴人に対する刑事事件の第26回公判において,被控訴人の弁護人が3学会報告書を証拠として取り調べることを請求した(甲32の2,弁論の全趣旨)。」

5 27頁21行目から31頁15行目までを次のとおり改める。

「イ)しかしながら,本件書籍は,本件連載記事の毎日新聞紙上への掲載から1年余の期間を経過した時期において,連載記事をまとめたものを新たに単行本(新書)として発行するものであり,本件書籍の発行は,新聞紙上への掲載とは別に被控訴人の社会的評価を低下させ得るものであるから,本件書籍の記載内容の事実を票実であると信ずるについて相当の理由があったか否かは,本件連載記事の掲載時における上記の判断とは別に,本件書籍の発行時を基準として判断すべきである。

(ウ)そして,本件記載は,本件書籍全体の論述の申で重要な位置を占める事実であり,被控訴人が人工心肺装置の操作ミスをした旨の本件記載は,被控訴人に対して重大な名誉毀損の被害をもたらすものであること,本件書籍:の発行時には,被控訴人に対する刑事裁判が係属中であり,前記のとおり被控訴人は,同年8月25日に東京地方裁判所で開かれた刑事事件の公判において,それまで認否を留保していた起訴事実を否認し,「脳障害を引き起こしたのは,ポンプを高回転にしたためではない。」などと主張するに至り,被控訴人も操作ミスを認めているという本件連載記事を執筆した当時の控訴人取材班の認識(認定事実(ア))とは全く異なる状況が生じていたこと,前記のとおり,本件患者の遺族などの側からも,平成14年12月12日,厚生労働大臣に対して,女子医大病院が使用していた入工心肺装置には,何らかの重大な欠陥があると考えられるとして,その導入の過程等について調査を求める要望書が提出され,その旨の報道がされていたことなどの事実に,本件書籍は,速報性を必要とする日刊新聞紙の報道記事としてではなく,毎日新聞社内において医療事故の取材等のために特別に編成された控訴人取材班の継続的な取材の成果を,将来にわたって販売が継続され得る単行本として世に問うものであることを考え合わせると,控訴人取材班としては,本件書籍の発行に当たり,新聞連載時の取材対象等に対する追跡取材及びその後の事態の進展等に即応した新たな取材をし,書籍の記載内容の正確性を再検討する必要があるものというべきである。

(エ)これを本件についてみると,本件記載に関しては,上記イ「認定事実」(イ)記載のとおりの新たな事態の進展があり,これらの事実関係は,いずれも,一定の範囲の者には公開されていたものであり,これらの中には,控訴人取材班自ら取材し,報道したことがあるもの(上記イ「認定事実」(イ)b,c参照),他の報道機関が取材し,報道したもの(上記イ「認定事実」仔)e,f,j,k参照),3学会の関係者,心臓外科の専門医,人工心肺装置に関する技士,研究者及び心臓手術に関連する病院関係者等に知られていると考えられるもの(上記イ「認定事実」(イ)d,e,g,j参照)が含まれているのであって,控訴人取材班としては,上記の取材の必要に基づいて,本件手術の関係者,内部報告書の関係者,心臓外科の専門医,人工心肺装置に関する技士,研究者等に対して上記のような追跡取材及び新たな取材をすれば,これを知り得たものというべきである。

そして,そのような取材をしたとすれば,控訴人取材班は,本件事故について,「東京女子医大で起こった事故は本来陰圧であるはずの静脈貯血槽が急激に陽圧になったためであり,その原因は吸引回路の回転数が非常に高かったためではなく,陰圧吸引補助ラインに使用したフィルターが目詰まりを起こし閉塞した可能性があることが模擬回路による実験でも示された。」との結論を提示して判断の過程及び理由を詳細に記載した3学会報告書を閲覧・入手することができたものというべきであり,内部報告書と3学会報告書とを対比して検討すれば,本件事故の主要な原因が吸引ポンプの回転数を上げすぎたことにあるとする内部報告書の記載が誤りであるか,少なくともその結論に重大な疑義があることを知り得たものであり,したがって,3学会報告書の存在や内部報告書の正確性等の問題点について言及することなく,被控訴人の操作ミスの存在を摘示した記載2の内容を真実の記載としてそのまま維持することが困難であることを認識し得たものというべきである。

(オ)ところが,前記のとおり,控訴人取材班は,本件書籍の発行に際し,海外のデータについて本件連載記事を掲載した時点のデータを最新のも、のにする作業をしたほか,認載内容の正確性についての確認作業をしたが,更に積極的に新たな取材はせず,3学会報告書についても検討したことはなく,本件記事については本件連載記事の内容について,特段の加筆や訂正をすることはしなかったものである。

(カ)なお,控訴人らは,本件書籍発行の段階では,そもそも3学会報告書を入手して検討する契機がなかったと主張する(争点(2)ウ(被告らの主張)(イ)。

しかしながら,控訴人取材班には,前記のとおり,本件書籍の発行に当たり,3学会の関係者,心臓外科の専門医,人工心肺装置に関する技士,研究者,内部報告書の関係者等に対して上記のような追跡取材及び新たな取材をする必要があったのであり,このような取材を実行すれば,3学会報告書の存在を知ることができ,これを入手することができたものというべきであり,控訴人らの上記主張は,更に積極的に新たな取材をしないことを前提とする立論であるから,採用することができない。

(キ)また,控訴人江刺及び控訴人会社従業員の陳述書(乙15,16)には,本件書籍の発行スケジュールにおいて,本件記事の内容について十分な検討をすることは困難であったかのように述べる部分がある。しかしながら,本件書籍の発行時期からすれば,何らの対応をすることもできなかったとは到底考えられない上,そもそも発行スケジュールは控訴人らにおいて決したものにすぎず,控訴人らとしては,本件書籍の記載内容に問題があることが判明したとすれば,出版時期を延期してでも対応すべきであるから,本件書籍の発行スケジュールを理由として,上記の判断を覆すことはできない。

(ク)以上によれば,本件書籍を発行した時点において,控訴人らが被控訴人が本来してはならない吸引ポンプの回転数を上げ続けるという操作をしたことによって本件事故が発生したことを真実であると信ずるについての相当の理由があったと認めることはできない。この点に関する控訴人らの主張は,採用することができない。」

4結論

以上によれば,被控訴人の請求は原判決が認定した限度で理由があるからその限度で認容し,その余の請求は理由がないから棄却すべきであり,これと同旨の原判決は相当であって,本件控訴及び本件附帯控訴は,いずれも理由がないから,これらを棄却することとする。

東京高等裁判所第12民事部

裁判長裁判官   柳田幸三

裁判官             大工 強

裁判官             坂口 公

これは正本である。

平成21年7月15日

東京高等裁判所第12民事部

裁判所書記官加藤政人

 

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2009年7月16日 (木)

二審も勝訴!毎日新聞記者らの破廉恥な和解案

二審判決文は一審の理由をさらに増強

昨日の2009年7月15日、私が、『医療事故がとまらない』(集英社新書)を執筆した江刺正嘉記者、渡辺英寿記者、花谷寿人記者(毎日新聞医療問題取材班)他2名の計5人の記者5人と集英社を名誉毀損で本人訴訟で訴えていた民事裁判(被告代理人:高木佳子弁護士、古谷誠弁護士)で東京高等裁判所は、2008年12月8日の東京地裁判決が私の訴えを認め、記者らに80万円の支払いを言い渡した判決を支持して、控訴および附帯控訴を棄却しました。すなわち、私の勝訴です。

この裁判の一審については、当ブログ

2008年12月5日 「医療事故がとまらない」毎日新聞医療問題取材班「一粒で二度美味しい」を許すな! http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/post-2352.html

2008年12月8日 勝訴!対集英社および毎日新聞記者ら本人訴訟-名誉毀損賠償80万円ー第1報 http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/80-8d13.html

2008年12月12日 100万円基準を500万円基準にー名誉毀損裁判 損害賠償額ー http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/100500-205d.html

で紹介しました。

被告側、敗訴を予想して和解案提出

 二審は、一審以後に私が追加した証拠が判決文に追加されてより判決理由が増強されています。

 相手側二審が結審した直後。和解を望んできました。6月10日が判決日だったのを引き伸ばされました。

 その和解案とは極めてずうずうしいものでした。

毎日新聞記者ら側の和解案

「tokyo_kosai_wakai_ann.pdf」をダウンロード

「1.控訴人らは、本件書籍において、本件事故の原因として後の刑事事件の控訴審判決が認定した事実と異なる記述が存在すること及び被控訴人が無罪を主張していた事実について言及がないことを認め、これにより被控訴人が不快の念を抱いたことについて遺憾の意を表明する。また、控訴人らは、被控訴人の刑事裁判における被控訴人の主張に関する取材が不十分だったという被控訴人の見解を真摯に受け止め、今後の取材・編集活動に生かすべく努める。

2.被控訴人は、本件書籍執毎及び発行の目的が、医療事故における組織的・制度的な問題の究明にあり、被控訴人を含む医師個人の責任を追及したりその名誉を毀損することにはなかったことを理解する。

3.控訴人ら及び被控訴人は、本件訴訟が和解によって解決したという事実並びに本和解条項第1項及び第2項の内容を除き、本件訴訟の経緯並びに本件訴訟において提出された準備書面等及び証拠(但し、公刊物を除く。)を秘密として保持し、正当な理由なくこれを第三者に開示又は漏洩しない。

4控訴人ら及び被控訴人は、控訴人らと被控訴人との間には、本和解条項に定める内容を除き、一切債権債務がないことを相互に確認する。

5訴訟費用及び和解費用は、第一審、控訴審とも各自の負担とする。」

一審勝訴している私が、このような馬鹿げた和解案を受け入れるはずがありません。「本件訴訟の経緯並びに本件訴訟において提出された準備書面等及び証拠(但し、公刊物を除く。)を秘密として保持し、正当な理由なくこれを第三者に開示又は漏洩しない。」なんて和解案聞いたことがないでしょう。

これは、被告らが、そうとうめちゃくちゃな「準備書面」や「証拠=陳述書」を出してしまったことが公開されるのが恥になるからでしょう。

 勝訴したからには当然こちらは、公開する権利があります。

 また、裁判官もあきれて、修正しました。

裁判所和解案

「1.控訴人らは、本件書籍において、本件事故の原因として後の確定した刑事事件の無罪判決が認定した事実と異なる記述が存在すること及び被控訴人が無罪を主張していた事実について言及がないことを認め、これにより被控訴人が不快の念を抱き、迷惑損害を受けたことについて遺憾の意を表明する。また、控訴人らは、被控訴人の刑事裁判における被控訴人の主張に関する取材が不十分だったという被控訴人の見解を真摯に受け入れ、今後の取材・編集活動に生かすべく努める。

金銭支払い項目:和解金100万円

2.被控訴人は、本件書籍執筆及び発行の目的は、医療事故における組織的・制度的な問題の究明あり、被控訴人を含む医師個人の責任を追及したりその名誉を毀損することにはなかったことを理解する。

3.控訴人ら及び被控訴人は、本件訴訟が和解によって解決したという事実並びに本和解条項第1項及び第2項の内容を除き、秘密として保持し、正当な理由なく、これを第三者に開示又は漏洩しない。

4.控訴人ら及び被控訴人は、控訴人らと被控訴人との間には、本和解条項に定める内容を除き、一切債権債務がないことを相互に確認する。

5訴訟費用及び和解費用は、第一審、控訴審とも各自の負担とする。」

 私は、

原告和解案

「1.控訴人らは、本件書籍において、被控訴人が2003年8月までに主張していた事実、すなわち本件事故の原因として確定した刑事事件の無罪判決が認定した事実と異なる記述が存在すること、及び、専門家に対する取材が不十分であったことを認め、これにより被控訴人が不快の念を抱き、迷惑損害を受けたことについて真摯に反省し謝罪する。また、控訴人らは、被控訴人の刑事裁判における被控訴人の主張に関する取材を初めとした刑事裁判の取材が不十分だったことを真摯に受け入れるとともに、本件訴訟で主張した準備書面と陳述書の全てを撤回し、さらに今後の取材・編集活動に生かすべく努め、平成21年6月20日までに和解金600万円と2003年12月23日から完済に至るまで年5分の割合による金員および第一審、控訴審ともに全ての訴訟費用を被控訴人に支払う。

2.控訴人ら及び被控訴人は、控訴人らと被控訴人との間には、本和解条項に定める内容を除き、一切債権債務がないことを相互に確認する。」

という対案をだしましたが、双方の乖離が大きいため判決となりました。

この時点で相手側は、敗訴を容認したと思われます。

そして何より、被告側が敗訴を予測していたことの表れは、弁論期日も、和解期日も弁護士2人、被告記者2人、毎日新聞社法務関係者、集英社関係者など毎回6-8人訴訟にかかわっていたのが、控訴審判決では法廷に現れませんでした。被告側席0人、原告側席1人。傍聴者席20人近くという状況で判決を聞きました。

勝訴さえすれば、苦労のしがいがあったというものです。

毎日記者には、この書籍で得た収入を返上してもらいたいですね。

せっかく和解案の原本をブログに掲載したのですが、↓の方にしか提示できないようです。ずっと下にいって、クリックして原本を読んでください。

「mainichi_kisha_gawa_wakai_ann.pdf」をダウンロード

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2009年3月 1日 (日)

フジテレビ控訴審判決 「判例タイムズ 1286号(‘09 3/1 )170頁に掲載

1.            判例タイムズ 1286号 170頁

 「同控訴審判決については、近々、改めて紹介する予定である」と1282号の予告どおり、本人訴訟で勝訴したフジテレビの控訴審判決が「判例タイムズ 1286号(09 3/1 )170頁に掲載されました。

 二回目ということもあってか、前回の14頁、解説がほぼ4頁が、今回は全8頁解説が2頁+αのボリュームでした。

2.            解説

 「第1審判決の判タコメントでも紹介されている判例ないし裁判例の流れの中でみると、第1審判決を相当とした本判決の認定判断が今後の同種事案の処理に際して参考になるところは少なくないように思われる。」とのこと。

この同種事案とは、「刑事事件の被告人に係る事件報道につき、新聞記事ではなく、テレビ放映をめぐって、被告人に対する名誉毀損の不法行為の成否のほか、肖像権侵害の不法行為成否が問題となった事案」ということのようです。

 今後、この高裁判決が、名誉毀損裁判の判例として、将来他の判決に引用されるかどうかが楽しみです。

 なお、引用や参考とされた判決は、

①最高裁平成14年(受)第846号同15年10月16日第一小法廷判決

②最高裁昭和37年(オ)第815号同41年6月23日第一小法廷判決

③最高裁平成6年(オ)第978号同9年9月9日第三小法廷判決

④最高裁昭和55年(オ)第1188号同62年4月24日第二小法廷判決

⑤最高裁昭和60年(オ)第1274号平成元年12月21日第一小法廷判決

⑥最高裁平成6年(オ)第978号同9年9月9日第三小法廷判決(2回目)

⑦最高裁平成7年(オ)第1421号同14年1月29日第三小法廷判決

と全て最高裁判決です。

 「大野病院事件の判決は、法律家の間では重視されない。それはやはり、一審判決でしかない。地裁の判断でしかない。法律の世界は、そこが非常に厳しくて、原則として最高裁でなければ判例とは言わない。(大野病院事件は)最高裁まで争って決まったものではなく、一地方裁判所の判断。」と刑法の権威的な存在で、前医療事故調座長の前田雅英氏は述べたと伝えられています。

 そんなことはないですね。日本で最初のプライバシー侵害裁判でとして、その裁判判例は、法理としても実務的にも極めて重要な判決として取り扱われて「宴のあと」事件は東京地方裁判所の一審判決で、確定しています。

「宴のあと」事件判決(第一審判決)
http://www.cc.kyoto-su.ac.jp/~suga/hanrei/10-1.html
このような重要な事件の判決を前田氏が知らないはずありません。

3.            解説と判決

 ところで、判例タイムズでは、最初に「解説」がきて、次に「判決文」が掲載されるスタイルをとっていますが、〔解説〕では、「民放テレビ局Y(原審被告)」と書かれているのに対して、掲載した「判決文」にはおもむろに、「株式会社フジテレビジョン」とか「東京女子医大病院」とか「西田弁護士」固有名詞になっているところが、よいですね。

関連記事:

2009年1月12日 (月)フジテレビ地裁判決:判例タイムズに掲載される

http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/post-71d8.html

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2008年10月9日 (月)再び勝訴! (一審 勝訴確定 ) フジテレビ控訴審および附帯控訴審

http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/post-0be6.html

2007年8月27日 (月) 勝訴 フジテレビ訴訟 本人訴訟第1号 

http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_fea3.html

2008年7月31日 (木)

「悪意ある虚偽報道による名誉段損に対しての闘い」田邊昇先生 「外科治療」2008Vol.98No.6より

http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2008/07/post.html

2007年8月25日 (土)

フジテレビ訴訟 判決

http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_7178.html

2008年3月 7日 (金)

「日経メディカル」記事掲載ー本人訴訟でフジテレビに勝訴―

http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/post_10f7.html

2008年2月 1日 (金)

刑事控訴審続報の前に今日のフジテレビ控訴審 

http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2008/02/post_f412.html 

2008年3月 7日 (金)

復刻 フジテレビ訴訟 控訴審

http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/post_5865.html

2008年5月22日 (木)

フジテレビ控訴審 結審日決定

http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_6faa.html

2007年6月 4日 (月)

フジテレビ訴訟 本人尋問期日のお知らせ

http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2007/06/post_44bb.html

①最高裁平成14年(受)第846号同15年10月16日第一小法廷判決

②最高裁昭和37年(オ)第815号同41年6月23日第一小法廷判決

③最高裁平成6年(オ)第978号同9年9月9日第三小法廷判決

④最高裁昭和55年(オ)第1188号同62年4月24日第二小法廷判決

⑤最高裁昭和60年(オ)第1274号平成元年12月21日第一小法廷判決

⑥最高裁平成6年(オ)第978号同9年9月9日第三小法廷判決(2回目)

⑦最高裁平成7年(オ)第1421号同14年1月29日第三小法廷判決

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2009年1月12日 (月)

フジテレビ地裁判決:判例タイムズに掲載される

フジテレビの地裁判決が法律雑誌の「判例タイムズ」1282号(09年1月15日号)に掲載(233-248頁)されました。全14頁、解説がほぼ4頁にわたって付けられ、詳細に紹介されています。
 高裁で控訴棄却になったことも触れられていて、「同控訴審判決については、近々、改めて紹介する予定である」とされています。フジの代理人は嫌でしょうね。
 判例タイムズ掲載記事でも、原告代理人の名前がなければ本人訴訟ということが分かります。ちなみに原告の名前は仮名で「甲野太郎」[i]

これに対して弁護士さん達のお名前は実名でずらずらと並んで記載されことが、

再度約束されているのでは、読む気にならないかもしれません。

解説では236頁の、

「4・・・・最高裁判例を特に引用しているわけではないが、その認定判断は最高裁判例の判旨を踏まえ、かつ、X,Y双方の主張に対して仔細な検討を加えたものであって、今後の裁判実務に参考になるところは少なくないように思われる。」と書かれているところが、私としては気にいっています。

 「999」をはじめとして、この記事に紹介のある10以上の最高裁判例は全て平成9年以降のもので、一般の弁護士さんにとっても、現在の名誉毀損裁判を闘うために必読のものです。よいリストだと思います


[i] 「甲野太郎」判例タイムズ、判例時報などの判例紹介雑誌等で、原告や被告を仮名処理するときに使用される仮名で、その判決文に出てくる最初の個人名。

「エセ・ブラックジャック」の正体 自ら「本件における中立な証言を述べられる価値なし」

http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2008/02/post_fab4.html より

弁護人

 「被告」として「甲野太郎」という仮名になっていますけれども,これは証人のことですか。

南淵明宏証人

 これがどのような形でこういった文書になっているのか,側面に「判例時報」というふうに書いてあるわけですけれども,実際にこれが甲野太郎というふうになっている。

裁判長(張り切って説明している)

 それは仮名処理されているんですよ。

南淵明宏証人

ええ。いや,ですからこれはこの判例時報をお書きになられた方に聞けばすぐ分かることではないでしょうか。

弁護側証拠採用決定―南淵明宏医師の名誉毀損敗訴判決、言い訳レター-今後も南淵証人弾劾証拠に永続的に活用可能 http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_f738.html

弁9 の判例時報掲載記事では「被告」が「甲野太郎」になっている。「原告」の私も、「被告」の南淵明宏医師も同じ「甲野太郎」扱い。

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2008年12月12日 (金)

100万円基準を500万円基準にー名誉毀損裁判 損害賠償額ー

今回の集英社と毎日新聞記者5人を被告として名誉毀損裁判で勝訴いたしましたが、その損害賠償金額が80万円と低い金額だったことに関して、m3.comほかのネット上で論じられています。

これは、以前から、裁判所の方でも認識されていたことで、専門雑誌(ジュリストなど)でも論文が発表されていました。これらを利用して、一般論や事例を用いて本件ではどの程度なのかを検討して準備書面として提出したのですが、判決にはあまり反映されなかったようです。議論と盛り上げるきっかけにもなると思いますので、以前フジテレビ訴訟での準備書面に手を加えたブログ「日本の名誉毀損損害賠償額算定学」http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/post-7046.html

に加えて今回の訴訟での準備書面における主張を掲載します。

特に、名誉毀損裁判の経験がある法曹界の方々からご意見をいただければと思います。

第5 損害賠償額について

原告は訴状において1000万円の損害賠償金と民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた。以下、損害賠償額について主張する。

1.名誉毀損裁判における慰謝料額の検討

 我が国において,名誉毀損をはじめ人格権侵害の損害賠償額,特に慰謝料額については,顕著に低額であることが指摘されてから久しい。現在から20年以上前に,「北方ジャーナル事件」最高裁大法廷1986年6月11日判決(民集40巻4号872頁,判例時報1193頁)において大橋裁判官は補足意見の結びに「わが国において名誉毀損裁判に対する損害賠償は,それが認容される場合においても,しばしば名目的な低額に失するとの非難を受けているのが実情と考えられるのであるが,これが本来表現の自由の保障の範囲外ともいうべき言論の横行を許す結果となっているのであって,この点は官権者の深く思いを致すべきところと」と判示されている。

 稀な例外を除けば,せいぜい数十万円から100万円程度にとどまってきた名誉毀損に対する従来の損害賠償の「相場」は,近時の高度情報化した我が国の社会において,情報,名誉,信用等に対する価値が増大していることに対応していなかったため,その妥当性が再検討されるべきであった。実際に,平成13年司法制度改革審議会の最終意見で,「損害賠償額の認定は低すぎるとの批判があり,必要な検討が望まれる」ことが指摘され,マスメディアによる名誉毀損を中心とした損害額の算定についての裁判官による研究会が活発に行われた。その結果,名誉毀損での高額化の提案が相次いでなされた。

 例えば,東京地方裁判所損害賠償訴訟研究会「マスメディアによる名誉毀損訴訟の研究と提言」(ジュリスト1209号63頁)は,基本額として400万円から500万円程度を提案し,司法研究所「損倍賠償請求訴訟における損害額の算定」(判例タイムズ1070号4頁)も高額化を提起するとともに,慰謝料額の定型化の算定基準も示された。また,元裁判官の塩崎勤弁護士による「名誉毀損による損害額の算定について」では,一般的な平均基準額として500万円程度が示され,井上繁規東京高等裁判所判事による「名誉毀損による慰謝料算定の定型化及び定額化の試論」(判例タイムズ1070号14頁)では慰謝料算定の定型化及び定額化の算定基準が提示された。

2.過去の判例の分析的損害額算定と平成13年以前の裁判例

 一般的な平均基準額として500万円が示されたとはいえ,名誉毀損による損害賠償事件における算定は,裁判所が各事件における事情を斟酌し,その自由な心証に委ねられてきたことは,確立した判例が示してきた。損害額の算定に,考慮されるべき事情は多種多様で,様々な要素が考慮された結果として,最終的な算定に至るものであり,一般的かつ汎用性のある損害賠償の基準・標準を,過去の判例の算定額から単純に導きだすことは困難である。しかしながら,本件と同様の事例に限定して抽出した分析結果は、本件における慰謝料算定を考えるに当たり意味がある。

 例えば,前述の東京地方裁判所損害賠償訴訟研究会「マスメディアによる名誉毀損訴訟の研究と提言」「5.損害額算定の裁判例の分析のまとめ」ジュリスト1209号72頁では,本件同様の事例,

   名誉毀損行為の伝播性が全国的なものであった事例

   被毀損者が社会的信用のある者などの著名性を有していたもの

   何らかの減額要因(報道の正当性,断定的な表現でないこと,被害者側の落ち度,謝罪広告の請求を認容すること等)が積極的には認定されていない事例

以上の①②③に限定し抽出した7事例が分析されている。これらの修正単純平均額は485万7142円で,中間値(メジアン)は300万円であった。

 本件をこれと照らし合わせると,①日本有数の出版社である被告が出版したもので、累計発行部数28000冊(乙第19号証)、全国紙特別な大きな文字を使用して広告した(乙第2号証の1、乙第2号証の2)ことから推測できる閲覧者数は莫大で、伝播性が全国的であることはあきらかであり、②被毀損者が一般に社会的信用のある医師であり,③何らかの減額要因がない事例であり,この東京地方裁判所損害賠償訴訟研究会の論文における「限定して抽出された事例」の範疇に含まれるものである。

3.平成13年以後の主な名誉毀損裁判の損害額について

 平成13年に活発発表された裁判官らの論文の研究対象になった名誉毀損訴訟判例の後も,名誉毀損裁判の認容損害額は高額化し,研究対象となった判例に比較しても総体として高額となっている。以下に主な判例の「認容損害額」「被毀損者」「事件の内容」等を列挙する。

   1650万円(被毀損者 市長)「鎌倉市長がビルの所有者,政治団体,任意団体の代表者の垂れ幕で名誉を毀損された事件」 横浜地方裁判所 2001年10月11日判決(判例タイムズ1109号186頁)

   920万円(被毀損者 大学教授 *)「私立大学の教授が発掘調査された遺跡から発見した石器の捏造に関連した旨等を摘示した週刊誌記事の事件」最高裁判所2004年7月15日第一小法廷判決(別冊ジュリストNo.179「メディア判例百選」144頁),福岡高等裁判所 2002年2月23日判決(判例タイムズ1149号224頁) (* 本件の原告は,被毀損者の遺族3人である)

   600万円(被毀損者 プロ野球選手)「プロ野球選手のトレーニングに関する週刊誌記事の事件」東京高等裁判所 2001年12月26日判決(判例時報 1778号78頁,判例タイムズ1092号100頁)

   600万円(被毀損者 プロ野球選手)「プロ野球選手が野球賭博に関与したとの主旨の週刊誌記事の事件」東京高等裁判所 2002年3月28日判決(判例時報1778号79頁)。

   550万円および440万円(被毀損者 医療法人理事長および医療法人)「医療法人の職員4人が死亡した事故と保険金の関係等の写真週刊誌記事の事件」熊本地方裁判所 2002年12月27日判決

   550万円および110万円被毀損者 電気通信事業会社社長および会社)「電気通信事業会社社長が原告会社の子会社の株を操作した旨の週刊誌記事とファミリー企業がソープランドを買収した旨の週刊誌記事の事件」東京地方裁判所 2003年7月25日(判例タイムズ1156号185頁)

   550万円(被毀損者 テレビ番組制作会社)「テレビ番組制作会社に関する裏金要求疑惑や窃盗疑惑などの週刊誌記事の事件」 東京地方裁判所 2005年4月19日判決 (判例時報1905号108頁)

   500万円および500万円((被毀損者 建築家および建築家名建築都市設計事務所) 「橋の設計等に関与した建築家を誹謗した週刊誌の記事等の事件」(東京地方裁判所 2001年10月22日判決(判例時報1793号103頁)

   500万円(被毀損者 国会議員)民主党所属の国会議員が,賛成派議員と郵政民営化法案通過の打ち上げに参加していた旨を摘示した週刊誌記事の事件」東京地方裁判所民事第34部 2007年1月17日判決

   500万円(被毀損者 国会議員)「地下鉄建設工事に関して利益を得た旨の雑誌記事の事件」京都地方裁判所2002年6月25日判決(判例時報1799号135頁)

   500万円(被毀損者 テレビ放送局社員)「放送局の社員が自宅マンションの騒音をめぐる紛争につき建設省を通じて施工業者に圧力を掛けた等の言動を内容とした写真週刊誌記事の事件」東京地方裁判所 2001年12月6日判決(判例時報1801号83頁)

   440万円(被毀損者 医療法人) 医療法人の経営する病院に勤務する医師が無断アルバイトを理由に退職したにもかかわらず,医療過誤の事実を患者側に伝えて解雇されたなどと週刊誌の取材やテレビで発言した場合,病院の社会的評価を低下させたとして,医療法人の医師に対する損害賠償請求が認容された事例」 横浜地方裁判所 2004年8月4日判決(判例時報1875号119頁)

参照:「検察官の異議申し立ては棄却! 第5回控訴審速報 自ら報告」

http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2008/01/5_de20.html

   440万円(被毀損者 評論家)「書籍やインターネット上で評論家の名誉を毀損する事実を摘示した事件」 東京地方裁判所 2001年12月25日判決

   330万円(被毀損者 弁護士)「新弁護士会館に飾られる裸婦画をめぐる女性弁護士に関連した週刊誌記事の事件」 京都地方裁判所 2005年10月18日判決(判例時報1916号122頁)

   300万円(被毀損者 金融会社)「消費者金融会社の企業経営を批判する月刊誌記事の事件」東京地裁 2002年7月12日判決(判例時報1796号102頁)

   300万円(被毀損者 弁護士)「弁護士に関する単行本のルポ中の記述の事件」東京地方裁判所 2003年12月17日判決(判例タイムズ 1176号234頁)

4.本件書籍の損害額算定における考慮要素の分析

  名誉毀損の損害額算定にあたって考慮される増額要素には様々なものがあるが,以下項目別に本件で考慮されるべき増額要素について論じる。

(1)事実流布の範囲、情報伝播力

 本件書籍は、本邦最大級の出版社である被告による出版で、累計発行部数28000冊(乙第19号証)、朝日新聞(乙第2号証の1)日本経済新聞(乙第2号証の2)といった全国紙に通常の新書の宣伝よりも特別な大きな文字を使用して印象が残るように広告した。

本件書籍は、おそらく全国津々浦々の書店で発売されたり、全国にある一般図書館にも蔵書とされたりしたはずである。仮に、発行部数が28000冊だとしても、本件書籍購入者の他、図書館からの貸し出し、パーソナルな貸し借り、古本として本件書籍を閲覧したものは、その何倍にもなる可能性がある上、現在でも増加しつつある。

(2)二次的伝播への影響

 近年,爆発的な広がりを見せて発展したウエッブサイトによる二次的伝播による損害の拡大も無視できない。ウエッブサイトが存在しない時代の書籍の内容に関する情報の二次的伝播は、そのほとんどがパーソナルコミュニケーションに限られていた。しかしながら、現在の高度に発達したホームページやブログの伝播力は無視できない。本件書籍を閲覧した読者が自らのホームページやブログに本件書籍の内容や引用を用いた場合、そのウエッブサイトの閲覧者に対しても原告の社会的信用を低下させる情報が流布されることになる。さらに、その閲覧者が自分のホームページやウエッブサイトに書き込みを行うと、三次的伝播ないし高次的伝播と,次々とねずみ算式に波及する可能性がある。そうなると,仮に原ウエッブサイト記事が後に削除されたとしても,名誉毀損の被害拡大を抑制することは不可能である。

 本件書籍を直接閲覧したり,これに関するウエッブサイトを閲覧したりした者が,最初に抱いた印象は簡単に消えるものではない。それどころか,最初に抱いた印象を基準にして判断し,一審公判廷で無罪とされた方が間違っているのではないかとの不信感を持つ者が少なからず存在するはずである。万が一,これらのウエッブサイトを把握し得ることが可能となって、その全て削除され,さらに後に繰り返し原告が無罪であることが別のメディアによって報道されるようなことがあったとしても,最初に抱いた印象は簡単に消えるどころか永遠と残存する可能性も高い。

(3)精神的損害・無形的損害

 被毀損者の「名誉を毀損された者にしか分からぬ痛み」は,どんなに甚大であろうとも,第三者が理解することは困難である。原告は,小学生のころから医師それも心臓外科医を目指し,大学医学部で6年間,その直後の医師免許取得から本件書籍発売までの18年以上の年月を併せて継続的に20年以上もの間医学を学び,心臓外科学を研鑽し心外科診療に従事してきた。本件書籍出版後も心臓外科医として患者の診療を行ってきた。

これに対して,科学的素養も有さない,何の医学知識もない,充分な取材も行わなかった被告の認識すなわち取材の努力もしない記者の誤った認識によって,いとも簡単にあたかも有罪であるかの印象が全国的に流布されたのであるから、たとえ一審無罪判決が言い渡された現在でもその損害は甚大であり、原告の社会的信用の回復は容易ではない。その精神的苦痛は極めて大きい。

(4)名誉毀損の内容・表現方法

 本件書籍「第一章 東京女子医大病院事件」は、書籍の最初に扱われた事例で、81頁にわたる記載がある。書籍における配置、頁数からして最も印象に残る章である

 さらに、内容や表現方法は、「途中で、『血液が回ってない』と医師の怒鳴り声が響いた。人工心肺装置の操作を担当した医師がポンプの回転数を上げすぎ、装置が故障して、動かなくなってしまったのである。(乙第1号証20頁)」と実際にはありもしない「台詞」を創作したり、原告が訴状で指摘した部分に関しては、全般的に誤っている事柄を断定的に述べたりしている。

また、自らは全く医学知識が欠如しているにもかかわらず、誤った情報を用いて「名門女子医大で心臓手術を手がける専門医たちの知識レベルは、どうなっていたのだろうか。」と原告を罵しるなど悪質である。さらに、「やぶ医者」というような下品な表現を用いたり、「初歩的ミス」「単純ミスというより技術不足だ」等原告の心臓外科としての背景や知識を知りもしないのに、誤った事柄について断定的に述べたりしている。

以上、内容と表現について考慮しても、損害額の算定については増額されるべきである。

(5)加害行為の動機・目的

 本件で対象になっている記述についての、加害行為の動機、目的は明らかではない。しかしながら、「やぶ医者」「初歩的ミス」「技術不足」などの文言が用いられていることから推測すれば、原告個人を特に吊るし上げようとしたと考えられる。

(6)取材方法の相当性

 被告らの乙第12号証、乙第13号証「陳述書」は、「平成20年1月28日付け」で、2001年12月29日からの取材の経過が陳述されているが、前述の「第4 取材メモの不提出について」で述べたように取材メモ等の証拠が添付されていない。このことは、被告にとって有利な部分の取材メモの一部を抜粋したり、被告にとって有利な記憶だけを用いたりすることにより陳述書を作成したと推測される。

乙第12号証、乙第13号証それぞれの取材の日時が明確に記載されているわけではない。平成14年6月までは、それぞれの取材について具体的な記載があるが、本件争点になっている逮捕後の取材については、乙第12号証8頁に「その後も、私や取材班のメンバーは、平成17年12月ごろまで、佐藤氏や瀬尾医師の刑事事件の公判を随時傍聴するなどして、本件医療事故に関する情報収集を継続的に行いました。」とあるだけで、具体的に何を取材したかの記載が全くない。

一方、乙第15号証「陳述書」は平成20年3月4日付けで、裁判長からも、「『3学会報告書』発表後から本件書籍が出版されるまでの取材について明確にする」旨の要請があった後の陳述書である。しかし、この間の取材についての具体的な取材については、何も記載されていない。

また、この期間に被告ら自らが執筆した新聞記事(甲第16号証)では、本件手術で使用された人工心肺装置自体に重大な欠陥があることを認識しながら、そのことに対して全く取材をしていなのであれば、本件書籍の執筆において怠慢な取材態度であったといえる。

(7)被害者の年齢・職業・経歴・社会的地位の高さ

 名誉毀損被害にあった原告は,満40歳をこえて、所謂働き盛りの年代であった。医学博士の学位と心臓血管外科専門医、日本外科学会認定医,専門医、胸部外科認定医を有する現役の心臓外科医であり,その外来診療状況は病院内の案内やパンフレットにとどまらず,「綾瀬循環器病院ホームページ(http://www.ayaseheart.or.jp/index.php)」)にも公開されていた。

 これに加え,上記「3.平成13年以後の主な名誉毀損裁判の損害額について」⑪の事案では,特に社会的にその職業が公開されることもない放送局の一社員に対してですら500万円の慰謝料が認容されたり,同⑤の事案では,同じ医師の資格をもつ医療法人理事長個人に対して550万円の慰謝料が認容されたりした判例があり、賠償額の算定にはこれらを鑑みる必要がある。

(8)被害者が被った営業活動,社会生活上の不利益

 前述の通り,原告は,現役の医師として診療を行っていた。診療に当たっては,本件書籍した患者や患者家族が「原告に過失があったために,事故が生じたのではないか。」との心持ちで,原告の診療を受けていたのではないかという不安が生じた。また,外来を予約したのに受診することなかった患者は,上記のような理由から原告の外来診療を拒否し始めたのではないだろうかという不安を持たざるを得なかった。

 このように,著しい営業活動,社会生活上の不利益を被ったのである。

(9)名誉毀損事実の深刻さ

 近年の名誉毀損訴訟における損害賠償額の高額化の先駆けとなった上記「3.平成13年以後の主な名誉毀損裁判の損害額について」③の事案は,著名なプロ野球選手が再起をかけてのシアトルでのトレーニング中に,ストリップパブに通い白人ダンサーを相手に遊びに興じていた等の記事が問題となったものであった。かかる事案は,プロ野球選手にとっての専門性が直接問われる野球でのパフォーマンスとは関わりがないものであったにもかかわらず,600万円の損害賠償が認められた(なお,一審判決は1000万円の損害賠償を認容した。)。

 原告は,心臓外科医になるために6年間医学部に通い,その後は女子医大の心研に入局し,寝食を惜しんで,骨身を削って心臓外科医としての職務や研究に没頭し,国際学会でもその成果を発表し,医学博士の学位や認定医を取得してきた。原告が人生をかけて築いてきた職業的専門性を,本件書籍は十分な取材をせずに簡単に否定したものであり,原告が本件書籍送によって被った精神的苦痛は多大で極めて深刻なものである。

(10)事後的な名誉回復措置の有無

 被告は,これまで一切の事後的な名誉回復措置をとっていない。

2001年12月29日に被告らの属する毎日新聞社が本件事件を報じたのと同時に読売新聞に記事を書いた同社のW.R.記者は、一審判決後に原告に対して、「『内部報告書』を鵜呑みにして、記事を書いてしまったことを謝罪します。もう一度あの『内部報告書』を見直さなくてはならないと考えています。これまでの事件の経過とともに、これが誤っていることを御教示いただきたいので、取材させて下さい。」旨、丁寧に頭を下げて謝罪し、真実についての取材を申し込んだため、原告はこれを受けた。

このような真摯で誠実な態度の記者が存在する一方で、被告は、取材経過に関して「入稿スケジュールを考慮すると3学会報告書を本件書籍に反映することは困難」「3学会報告書の記者向けの積極的発表ななかった」「マスコミ向けのものではない」「3学会報告書を入手したのは、平成15年8月25日の期日からしばらくたってから」旨(乙第15号証)など、見苦しい言い訳に終始している。

また、上記にも述べたように、驚くべきことに、未だに「3学会報告書の内容的にも内部報告書の結論に疑問を抱いたり、ましてそれが誤りであったと判断することも難しかった」等と嘯いている。上記にも述べたように、「3学会報告書」には、「東京女子医大で起こった事故は本来陰圧であるはずの静脈貯血槽が急激に陽圧になったためであり、その原因は吸引回路の回転数が非常に高かったためではなく(甲8号証25頁)」と「内部報告書」の結論を完全に否定している。

このように現在にいたっても不誠実な姿勢を崩さない被告態度も慰謝料の算定に考慮されるべきである。

.小括

  以上述べてきたことを統合すれば,本件書籍が原告の名誉を毀損したことによる損害額は、1000万円と評価されるのが相当であり、被告らは原告に対し、連帯して金1000万円、及びこれに対する2003年12月23日支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

以 上

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2008年12月 8日 (月)

勝訴!対集英社および毎日新聞記者ら本人訴訟-名誉毀損賠償80万円ー第1報

とりあえず、「医療事故がとまらない」新書 毎日新聞医療問題取材班著の記載内容に関して提訴した訴訟に勝訴したことの第一報を。

1.結審時裁判長の示唆どおり勝訴

 ライブ。前回のブログ「医療事故がとまらない」毎日新聞医療問題取材班⇒「一粒で二度美味しいを許すな!」

http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/post-2352.html

でも、報じたように、結審の時の様子から高い確率で勝訴を予想はしていた。とはいっても、判決直前傍聴席で出番を待つ間は緊張する。視野が右下のみの4分の1半盲のようになりその部分がグルグル回っているような症状。傍聴席にはいつものように、メディア関連の人が多い。

 「佐藤さん。原告席へ。」書記官の声で席に着くと冷静になれるものだ。被告代理人は席に着かない。これは単に慣習的なものであるかもしれないが、自信がないための行為とも捉えられる。

 裁判官入廷。いつも、左右の陪席の様子も確認する余裕もなく、彼らがいつもの裁判官であるかどうかもわからない。裁判長の顔しか目に入らない。

 民事の原告なら、判決文が「ひ」で始まれば、勝訴だ。「判決。 被告らは原告に対して、連帯して80万円及びこれに対する平成151223日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。」

 安堵という気持ちのが強かった。本人訴訟は、孤独なだけに、負けると精神的ダメージが大きい。ピエロが場をわきまえず踊っているのを嘲笑された気分。しかし、これで、本人訴訟も2連敗の後2連勝。自分がやってきたことの正当性を、個人の権利とともに国家が保障してくれたことを実感した瞬間だ。

2.判決のポイント⇒「第3 裁判所の判断」

 民事訴訟の判決文を丁寧に読んできたのは、名誉毀損裁判ばかりではある。これらの判決文は、雛形が決まっていて「目的、方法、結果、考察、結論」と進む理科系のレポートに似ている。慣れれば読みやすく書かれている。科学的な文章構成になっている。「主文」の次の請求や事案の概要に関しては、分かりきったことを逸脱したことが書かれることはあまりない。直ぐに内容を知りたい訴訟の当事者であれば、ここを読み飛ばして真っ先にページを開くのは、「第3 裁判所の判断」。

 「第3 当裁判所の判断」 一部

1.本件各記載は原告の社会的評価を低下させるか。(争点1)

(1)原告の特定について

「記事が原告の実名が表記されてなくても、本件書籍の発行当時、不特定多数の読者において本件記事中の人工心肺装置の操作を誤った「E医師」が原告である特定して認識できるものと認めるのが相当である。」

(2)原告の社会的評価低下について

「主題や意図はともかく、担当医師が人工心肺装置の操作を誤ったために本件患者を死亡させたという印象を抱かせるものであることは否定できない」

(3)争点1のまとめ

「本件摘示部分を含む本件書籍を執筆・発行した被告らよの行為は、原告の社会的評価を低下させる名誉毀損行為に該当すると認められる」

2.被告らの行為の違法性又は有責性が阻却されるか。(争点2)

(1)事実の公共性及び公益性

「記事に記載された事実は公共の利害に関する事実であって、被告らは専ら公益を図る目的で本件書籍を発行した」

(2)記事において摘示された事実は真実か

「検察官が公訴事実を維持しているとしても、そのことから直ちに同事実が真実であると認められるものではないことはいうまでもない。」「外部委員会が外部報告書を作成するに際して本件事故の原因につき独自の調査検討をしたことはうががわれないし、女子医大の林院長が内部報告書と同趣旨の発言をしている・・・その発言は、内部報告書に基づいて述べたものにすぎないから、これらによって、上記のような問題点を有する内部報告書の信用が補強されるものではない。

 そして、他に、原告が吸引ポンプの回転数を上げたことが本件事故の原因であると認めるに足りる証拠はなく、前記のとおり、3学会報告書や刑事裁判における認定判断が内部報告書に記載される事実を否定する内容になっていることに照らしても、上記事実を真実であると認めることはできない。」「したがって、・・・同事実が真実であるとする被告らの上記主張は採用することはできない。」

(3)摘示した事実を真実と信ずる相当の理由があるか

事実を真実と信ずる相当の理由はない。

以下その理由は長文のため判決文の抜粋を使用したまとめ

(ア)内部報告書の内容の事実に疑義がある議論がされていた

(イ)毎日新聞紙上よの掲載から一年余の期間を経過した本件発行時点での基準で相当性を判断すべきことはいうまでもない

(ウ)3学会報告書が、本件書籍にある内容の事実に関して疑問を呈する報告を発表し、その内容の一部はNHKのテレビニュースで2回も報道され、専門誌にも紹介された。被告は、女子医大の内部報告書は、3学会報告書によって完全否定されたわけではないので、これを検討しても内部報告書の内容に疑問を抱く契機にはならなかったと主張が、「両者の意味内容は全く異なるものである上、内部報告書が3学会報告書と比べて信用性が劣るものであることは前記で説示したとおりであること。加えて、装置自体の欠陥を指摘する声を被告は報道しており、人工心肺装置自体の問題の存在にも十分な関心を持っていたのであるから、3学会報告書の内容を真摯に検討すれば、原告の操作ミスの存在を摘示した記載の記載内容を真実の記載として維持することが困難であることを容易に認識し得たものといわざるを得ない

(エ)「被告は本件書籍発行の段階では、そもそも3学会報告書を入手して検討する契機がなかったと主張するが、NHKでは2度もテレビ放送された。書籍発行前に、原告は無罪の主張をしていた。被告は3学会報告書の存在を認識していたが、十分検討していなかった。原告の上記無罪の主張は、本件連載記事を執筆した当時の被告の認識とは全く異なる状況をもたらしたのであるから、被告取材班において、新たに本件書籍を発行するに当たっては、原告の上記主張の根拠についての十分な取材と検討をし、その主張内容を加筆し、本件摘示部分の記載との整合性を調整するなど、本件連載記事の見直しをする必要があったことは明らかというべきであり、本件書籍の発行に至るまでの間にその契機がなかったということはできない。

(オ)「本件書籍の発行時には原告の刑事裁判の審理が継続中であり、本件事故に関する出来事は、過去の問題ではなかったことなどからすれば、これを新たな書籍として発行する以上、被告取材班においては、記事の事実の客観性を担保するため、十分な追跡調査と記載内容の見直しをすることが求められることは当然というべきである。」「本件書籍の発行時期からすれば校正段階を含めて何ら対応をすることもできなかったとは到底考えられない上、そもそも発行スケジュールは被告らにおいて決したものにすぎず、原告とは何らの関係もないおのである。そして、自ら決したスケジュールのために検討不十分な内容の書籍を発行したというのであれば、それ自体問題というべきであり、その責任が被告らに存することはいうまでもない。

(カ)「被告らが、原告が本来してはならない吸引ポンプの回転数を上げ続けるという操作をしたことによって本件事故が発生したことを真実であると信ずるについての相当の理由があったと認めることはできない。この点に関する被告らの主張は採用することができない。」

(4)争点2のまとめ

「本件記事において、摘示した事実が真実であると認めるに足りる証拠はなく、また、被告らにおいてそう信ずるについて相当の理由があったものと認めることもできない。

 したがって、被告らの行為の違法性又は故意・過失が阻却されるという被告らの主張は採用することができない。

3.損害額について(争点3)

省略

 3.控訴について

被告が控訴するしないは、自由である。しかし、本件判決は、新聞記事に記載した内容を安易にそのまま書籍にして新たなる利益を得ようとした態度に対する警句である。逮捕、起訴の段階で不十分であったかもしれない情報に、学会という専門家の意見、担当省庁(厚生労働省)の勧告、被告人の無罪の主張を無視して、自らが勝手に決定したスケジュールで出版した姿勢を反省して欲しい。といってもこの毎日新聞医療問題取材班は消滅してしまった。

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2008年12月 5日 (金)

「医療事故がとまらない」毎日新聞医療問題取材班⇒「一粒で二度美味しい」を許すな!

判決 (12月8日) 対「集英社および毎日新聞記者5人」名誉毀損裁判ー本人訴訟

1.名誉毀損裁判『報道の時期』による分類

 私が提訴したメディア相手の名誉毀損裁判は、報道時期によって3つに分けることができる。

           ①逮捕直後から初公判まで

           ②初公判から結審まで

           ③無罪判決後

①で勝訴したものは、取材を全くしていないと判断された新聞社3社と雑誌社1社。

実は、和解、敗訴が多い。

「真実でない報道をしたが、被告は取材を行い、女子医大の内部報告書等の内容が真実であると信じたことに相当の理由がある」と判断された場合が敗訴になる。

②では、これまでに出版社がひとつ和解している。

③は、無罪判決報道でのフジテレビでの勝訴(再び勝訴!フジテレビ控訴審および附帯控訴審) http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/post-0be6.html

⇒勝訴確定。

2.「新聞記事」をそのまま「新書」にした場合

 来週の月曜日(12月8日)に判決が言い渡される「集英社および毎日新聞記者5人」を被告とした名誉毀損裁判は、②に当たるが少し事情が違う。

2003年12月下旬に発行され重版もあるこの書籍に「第一章 東京女子医大病院事件」という見出しの記事がある。

この記事が私の「社会的地位を低下させる内容」になっている。真実とは異なる事実を摘示している。簡単にいえば、科学的にありえないことを理由に犯人扱いした。

 しかし、この書籍の記事は「2002年7月、8月」に毎日新聞に本紙に掲載されたものを「データの修正以外全くそのままの状態」で再掲載したものである。

実際に記事が書かれた「2002年7月、8月」から発行日の「2003年12月」までには、1年4-5ヶ月の時間があった。その間には、以下のようなことがあった。

2002年9月18日       第1回公判        被告罪状認否、弁護人意見等(甲4・5頁)

2002年10月23日  第3回公判          T.Y.技士証人尋問(甲4・5頁)

2002年11月1日      第4回公判      T.Y.技士証人尋問(甲4・5頁)

2002年11月20日  第5回公判          T.Y.技士証人尋問(甲4・5頁)

2002年11月20日  第5回公判           O.N.医師証人尋問(甲4・5頁)

2002年12月4日      第6回公判        O.N.医師証人尋問(甲4・5頁)

2002年12月12日      患者家族が厚生労働省と東京都に人工心肺導入等調査「要望書」を提出した事実を毎日新聞が報道(甲16)

2003年1月17日      第8回公判        O.J.医師証人尋問(甲4・5頁)

2003年1月31日      第9回公判        M.K.医師証人尋問(甲4・5頁)

2003年2月14日      第10回公判      A.M.医師証人尋問(甲4・5頁)

2003年2月14日      第10回公判      M.K.医師証人尋問(甲4・5頁)

2003年2月24日      第11回公判      I.J.医師証人尋問(甲4・5頁)

2003年3月2日         3学会合同陰圧吸引補助脱血体外循環検討委員会中間報告(甲8・32頁)

2003年3月17日      「人工心肺の安全マニュアル作成に関する研究 中間まとめについて」を厚生労働省が各都道府県研衛生主管部(局)長に通達(甲17・末尾)

2003年5月9日        第15回公判      S.K.医師被告人質問(甲4・5頁)

2003年5月15日  第33回日本心臓血管外科学会学術総会3学会合同陰圧吸引補助脱血体外循環検討委員会報告会 (甲7・25頁、甲8の全て)

2003年6月9日        第17回公判      I.Y.主任教授証人尋問(甲4・5頁)

2003年7月3日        第18回公判      S.K.医師被告人質問(甲4・5頁)

2003年10月9日      第23回公判      B.T.医学工学博士証人尋問(甲4・5頁)

これらは、本件刑事事件の事実認定に極めて重要な証拠を提供していた。そして、被告記者らは、そのほとんど全てに関わった。傍聴し、取材し、記事を書き、資料を入手することができた。しかし、書籍にはそれらが全く反映されなかった。内容は、「2002年7月、8月」の毎日新聞本紙記事のままだった。新たなる利益を得るために、営利目的で、1年4ヶ月後に全く同じ記事を使用した。

 医療者のブログやサイトでよく書かれているように、毎日新聞の記事は、「患者史観」の一方的立場からの言い分が多い。現に法廷の尋問に対する証言でも、それを自覚しているようだった。「よりよい医療を求める」という前向きな考え方や「公正な視線」から包括的にわが国の医療を見渡しているとは、いえない。

3.勝訴したときと同じ裁判長は再び・・・

 こっちは本人訴訟で、被告は有名法律事務所の代理人を要して闘ってきた。

最終弁論期日。対「主婦と生活社」訴訟で勝訴した時と同じ裁判長は、学者タイプ。

ひょうひょうと

裁判長「被告の方の最終準備書面は、反論になっていませんが、これ以上の主張はないのですか?」

代理人「裁判所の方で提出しろというのであれば・・・。」

とやり取りがあったが結局そのまま結審した。

最近、毎日新聞社もこれまでの医療報道姿勢を反省しはじめたのだろうか。

『毎日新聞 医療問題取材班』は解散し、現時点ではこの世から消滅している。

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2008年10月17日 (金)

日本の名誉毀損損害賠償額算定学

前回のブログでもお伝えしたように、私は本人訴訟で対フジテレビ名誉毀損裁判の控訴審でも勝訴しました。

「再び勝訴! (一審 勝訴確定 ) フジテレビ控訴審および附帯控訴審」
http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/post-0be6....

賠償額は100万円。名誉を毀損した事実の摘示が極端にいえば、「未熟な医師」の一言だけだったということもあるかもしれませんが、やはり本邦での「名誉」の算定は低すぎると思います。これに関しては、以前に弁護士で医師の田邊昇先生が医学専門誌の「外科治療」投稿された記事をブログに引用させていただきました。

「悪意ある虚偽報道による名誉段損に対しての闘い」田邊昇先生 「外科治療」2008Vol.98No.6より

http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2008/07/post.html

この控訴審では、フジテレビが控訴したのに対して私が「附帯控訴」して100万円の判決では少なすぎる旨を訴えました。しかし、「100万円ルール」の壁は破れませんでした。(素人だから当然ですが、賠償額を減らすことが無かっただけでも勝ちとみなしています。)

控訴審の準備書面を書くにあたり、日本の名誉毀損裁判の歴史をまとめて主張しましたので、それを引用いたします。(L-M net上でも公開しましたが、反応が少なかったので、ブログ本家に掲載することにしました。)


損害賠償額算定について
第1 原判決の認容した「本件ニュース1」に対する慰謝料100万円は低額で被害救済の実効性がないので増額が必要なこと
原判決は,「本件ニュース1」のみを名誉毀損に当たる放送と判断し,その慰謝料を100万円と認容した。最初に,「本件ニュース1」に対する慰謝料が顕著に低額であることについて論じ,その増額の必要性について主張する。


1.名誉毀損裁判における慰謝料額の再検討
 我が国において,名誉毀損をはじめ人格権侵害の損害賠償額,特に慰謝料額については,顕著に低額であることが指摘されてから久しい。現在から20年以上前に,「北方ジャーナル事件」最高裁大法廷1986年6月11日判決(民集40巻4号872頁,判例時報1193頁)において大橋裁判官は補足意見の結びに「わが国において名誉毀損裁判に対する損害賠償は,それが認容される場合においても,しばしば名目的な低額に失するとの非難を受けているのが実情と考えられるのであるが,これが本来表現の自由の保障の範囲外ともいうべき言論の横行を許す結果となっているのであって,この点は官権者の深く思いを致すべきところと」と判示されている。
 稀な例外を除けば,せいぜい数十万円から100万円程度にとどまってきた名誉毀損に対する従来の損害賠償の「相場」は,近時の高度情報化した我が国の社会において,情報,名誉,信用等に対する価値が増大していることに対応していなかったため,その妥当性が再検討されるべきであった。実際に,平成13年司法制度改革審議会の最終意見で,「損害賠償額の認定は低すぎるとの批判があり,必要な検討が望まれる」ことが指摘され,マスメディアによる名誉毀損を中心とした損害額の算定についての裁判官による研究会が活発に行われた。その結果,名誉毀損での高額化の提案が相次いでなされた。
 例えば,東京地方裁判所損害賠償訴訟研究会「マスメディアによる名誉毀損訴訟の研究と提言」(ジュリスト1209号63頁)は,基本額として400万円から500万円程度を提案し,司法研究所「損倍賠償請求訴訟における損害額の算定」(判例タイムズ1070号4頁)も高額化を提起するとともに,慰謝料額の定型化の算定基準も示された。また,元裁判官の塩崎勤弁護士による「名誉毀損による損害額の算定について」では,一般的な平均基準額として500万円程度が示され,井上繁規東京高等裁判所判事による「名誉毀損による慰謝料算定の定型化及び定額化の試論」(判例タイムズ1070号14頁)では慰謝料算定の定型化及び定額化の算定基準が提示された。


2.過去の判例の分析的損害額算定と平成13年以前の裁判例
 一般的な平均基準額として500万円が示されたとはいえ,名誉毀損による損害賠償事件における算定は,裁判所が各場合における事情を斟酌し,その自由な心証に委ねられてきたことは,確立した判例が示してきた。損害額の算定に,考慮されるべき事情は多種多様で,様々な要素が考慮された結果として,最終的な算定に至るものであり,一般的かつ汎用性のある損害賠償の基準・標準を,過去の判例の算定額から単純に導きだすことは困難である。しかしながら,本件と同様の事例に限定して抽出した分析結果は、本件における慰謝料算定を考えるに当たり意味がある。
 例えば,前述の東京地方裁判所損害賠償訴訟研究会「マスメディアによる名誉毀損訴訟の研究と提言」「5.損害額算定の裁判例の分析のまとめ」ジュリスト1209号72頁では,本件同様の事例,

名誉毀損行為の伝播性が全国的なものであった事例
被毀損者が社会的信用のある者などの著名性を有していたもの
何らかの減額要因(報道の正当性,断定的な表現でないこと,被害者側の落ち度,謝罪広告の請求を認容すること等)が積極的には認定されていない事例
以上の
①②③に限定し抽出した7事例が分析されている。これらの修正単純平均額は485万7142円で,中間値(メジアン)は300万円であった。
 本件をこれと照らし合わせると,
キー局である被告により放送されたもので相当数の人が視聴したものと推測され被毀損者が一般に社会的信用のある医師であり,何らかの減額要因がない事例であり,この東京地方裁判所損害賠償訴訟研究会の論文における「限定して抽出された事例」の範疇に含まれるものである。


3.平成13年以後の主な名誉毀損裁判の損害額について
 平成13年に活発発表された裁判官らの論文の研究対象になった名誉毀損訴訟判例の後も,名誉毀損裁判の認容損害額は高額化し,研究対象となった判例に比較しても総体として高額となっている。以下に主な判例の「認容損害額」「被毀損者」「事件の内容」等を列挙する。
なお,以下の判例には,「報道事実の流布の範囲・情報伝幡性」が最強と思われるテレビ放送による名誉毀損裁判例は存在しない。
① 1650万円(被毀損者 市長)「鎌倉市長がビルの所有者,政治団体,任意団体の代表者の垂れ幕で名誉を毀損された事件」 横浜地方裁判所 2001年10月11日判決(判例タイムズ1109号186頁)
② 920万円(被毀損者 大学教授 *)「私立大学の教授が発掘調査された遺跡から発見した石器の捏造に関連した旨等を摘示した週刊誌記事の事件」最高裁判所2004年7月15日第一小法廷判決(別冊ジュリストNo.179「メディア判例百選」144頁),福岡高等裁判所 2002年2月23日判決(判例タイムズ1149号224頁) (* 本件の原告は,被毀損者の遺族3人である)
③ 600万円(被毀損者 プロ野球選手)「プロ野球選手のトレーニングに関する週刊誌記事の事件」東京高等裁判所 2001年12月26日判決(判例時報 1778号78頁,判例タイムズ1092号100頁)
④ 600万円(被毀損者 プロ野球選手)「プロ野球選手が野球賭博に関与したとの主旨の週刊誌記事の事件」東京高等裁判所 2002年3月28日判決(判例時報1778号79頁)。
⑤ 550万円および440万円(被毀損者 医療法人理事長および医療法人)「医療法人の職員4人が死亡した事故と保険金の関係等の写真週刊誌記事の事件」熊本地方裁判所 2002年12月27日判決
⑥ 550万円および110万円(被毀損者 電気通信事業会社社長および会社)「電気通信事業会社社長が原告会社の子会社の株を操作した旨の週刊誌記事とファミリー企業がソープランドを買収した旨の週刊誌記事の事件」東京地方裁判所 2003年7月25日(判例タイムズ1156号185頁)
⑦ 550万円(被毀損者 テレビ番組制作会社)「テレビ番組制作会社に関する裏金要求疑惑や窃盗疑惑などの週刊誌記事の事件」 東京地方裁判所

⑧ 500万円および500万円((被毀損者 建築家および建築家名建築都市設計事務所) 「橋の設計等に関与した建築家を誹謗した週刊誌の記事等の事件」(東京地方裁判所 2001年10月22日判決(判例時報1793号103頁)
⑨ 500万円(被毀損者 国会議員)「民主党所属の国会議員が,賛成派議員と郵政民営化法案通過の打ち上げに参加していた旨を摘示した週刊誌記事の事件」東京地方裁判所民事第34部 2007年1月17日判決
⑩ 500万円(被毀損者 国会議員)「地下鉄建設工事に関して利益を得た旨の雑誌記事の事件」京都地方裁判所2002年6月25日判決(判例時報1799号135頁)
⑪ 500万円(被毀損者 テレビ放送局社員)「放送局の社員が自宅マンションの騒音をめぐる紛争につき建設省を通じて施工業者に圧力を掛けた等の言動を内容とした写真週刊誌記事の事件」東京地方裁判所 2001年12月6日判決(判例時報1801号83頁)
⑫440万円(被毀損者 医療法人) 「医療法人の経営する病院に勤務する医師が無断アルバイトを理由に退職したにもかかわらず,医療過誤の事実を患者側に伝えて解雇されたなどと週刊誌の取材やテレビで発言した場合,病院の社会的評価を低下させたとして,医療法人の医師に対する損害賠償請求が認容された事例」 横浜地方裁判所 2004年8月4日判決(判例時報1875号119頁)
⑬ 440万円(被毀損者 評論家)「書籍やインターネット上で評論家の名誉を毀損する事実を摘示した事件」 東京地方裁判所 2001年12月25日判決
⑭ 330万円(被毀損者 弁護士)「新弁護士会館に飾られる裸婦画をめぐる女性弁護士に関連した週刊誌記事の事件」 京都地方裁判所 2005年10月18日判決(判例時報1916号122頁)
⑮ 300万円(被毀損者 金融会社)「消費者金融会社の企業経営を批判する月刊誌記事の事件」東京地裁 2002年7月12日判決(判例時報1796号102頁)
⑯ 300万円(被毀損者 弁護士)「弁護士に関する単行本のルポ中の記述の事件」東京地方裁判所 2003年12月17日判決(判例タイムズ 1176号234頁)


4.原判決の慰謝料100万円に対する客観的評価
 なお,控訴人の好きな言葉を引用すれば「中立の法律の専門家」であり,「医療の専門家」でもある「医師,弁護士」の田邊昇先生は,「日経メディカル 2008年3月号(甲第25号証)」に本件原判決についての解説を投稿された。その「オリジナル原稿(甲第26号証)」には,「裁判所の認容額は,わずか100万円です。(6頁8行目から9行目)」「そこで,マスコミの偏向報道・虚偽報道によって被害を受けた場合は,民事の損害賠償請求をおこなうしか方法がありません。しかし,損害賠償請求訴訟を提起しても,損害賠償額は非常に低く,本件でも100万円と,フジテレビの悪質性や杜撰さに比較して非常に低額にとどまっています。(6頁下から3行目から7頁2行目)」という記載があり,原判決の慰謝料100万円は,「非常に低額」であるという客観的評価をされている。
 なお,「オリジナル原稿」は,「日経メディカル 2008年3月号」が発行された後に,附帯控訴人が日経メディカル編集部に記事を閲覧した旨連絡をとったところ,同編集部が自主的に附帯控訴人に送信してきたものである。日経メディカルの編集部は,附帯控訴人に送信直前にその許可を田邊昇弁護士から得ている。


5.「本件ニュース1」の損害額算定における考慮要素の分析
名誉毀損の損害額算定にあたって考慮される増額要素には様々なものがあるが,以下項目別に本件で考慮されるべき増額要素について論じる。


(1) 事実流布の範囲
 附帯被控訴人は全国ネットのキー局であり,フジテレビ系列28局よりなるフジニュースネットワーク(Fuji News Network: FNN)を形成している。すなわち,北海道文化放送,岩手めんこいテレビ,仙台放送,秋田テレビ,さくらんぼテレビジョン,福島テレビ,長野放送,新潟総合テレビ,テレビ静岡,東海テレビ放送,富山テレビ放送,石川テレビ放送,福井テレビジョン放送,関西テレビジョン放送,山陰中央テレビジョン放送,岡山放送,テレビ新広島,テレビ愛媛,高知さんさんテレビ,テレビ西日本,サガテレビ,テレビ長崎,テレビ熊本,テレビ大分,テレビ宮崎,鹿児島テレビ放送,沖縄テレビ放送がその系列であり,ケーブルテレビの普及も考慮すれば,本件放送は,ほぼ日本全国津々浦々の人々に視聴されたと推測される。


(2) 情報伝播力
 テレビジョン放送は,一次元的な活字メディアにはないナレーション等の音声および動画やテロップ等による映像をも用いた多元的情報により視聴者に強い印象を与える。メディアの種類に中では,その衝撃度や伝播力は最強であり,名誉毀損に基づく損害の大きさも最大と思われる。また,放送された午後6時からの時間帯は,大多数の就業者にとって勤務を終えた時間帯にあたり,相当数の視聴者があったと推測される。


(3) 二次的伝播への影響
 近年,爆発的な広がりを見せて発展したウエッブサイトによる二次的伝播による損害の拡大も無視できない。例えば,甲第12号証「陳述書」でも述べたように,末尾に添付されている「シーガルアイ公式ブログ『カモメの目』」気になる記事から(11月30日)にあるように,「当初この医師は,自分のミスを認め遺族に謝罪したそうです。ところが裁判になると一転,自分に過失はないと主張し無罪を勝ち取りました。医療裁判というのは,こんな違和感のある行動をした医師すら罰することができないくらい難しいのでしょうか?「無罪」はないんじゃないかなぁ~。」という書き込みは,「本件ニュース1」を視聴した筆者によるものと強く推測される。このような書き込みがされると,さらにこのブログの閲覧者がウエッブサイトに書き込みを行い,三次的伝播ないし高次的伝播と,次々とねずみ算式に波及する可能性がある。そうなると,仮にこの原ブログ記事が後に削除されたとしても,名誉毀損の被害拡大を抑制することは不可能である。
 「本件ニュース1」を直接視聴したり,これらのウエッブサイトを閲覧したりした者が,最初に抱いた印象は簡単に消えるものではない。それどころか,最初に抱いた印象を基準にして判断し,公判廷で明らかにされた方が間違っているのではないかとの不信感を持つ者が少なからず存在するはずである。万が一,これらのウエッブサイトを把握し得ることが可能となって、その全て削除され,さらに後に繰り返し附帯控訴人が無罪であることが別のメディアによって報道されるようなことがあったとしても,最初に抱いた印象は簡単に消えるどころか永遠と残存する可能性も高い。


(4) 精神的損害・無形的損害
 被毀損者の「放送された者にしか分からぬ痛み」は,どんなに甚大であろうとも,第三者が理解することは困難である。附帯控訴人は,甲第12号証「陳述書」「心臓外科学と私」「『未熟な医師』『元医師』」等でもその精神的苦痛を述べた。
 附帯控訴人は,小学生のころから医師それも心臓外科医を目指し,大学医学部で6年間,その直後の医師免許取得から放送までの15年近くの年月を併せて継続的に20年以上もの間医学を学び,心臓外科学を研鑽し心臓外科診療に従事してきた。放送当日の午前中にも心臓外科医として患者の診療を行い「待望の判決」を向かえた。「無罪判決が言い渡された後には,以前に私が逮捕,起訴され,マスメディアに散々虚偽の事実を報道されて,完全に心臓外科医としての社会的信用を低下させられたことが,少しは回復する報道がされると思っていたからで」ある。これに対して,「科学的素養も有さない,何の医学知識もない,心臓外科医に対して何の取材も行わなかったフジテレビ」の認識すなわち「何の取材の努力もしない放送局の誤った認識によって,いとも簡単に,私が未熟な医師であって,当初は罪を認めていたのに裁判になって一転して無罪を主張,本来は有罪であるところ,無罪判決を言い渡された元医師で,現在は医師でない人間との印象が全国の視聴者に植え付けられてしまった」のであるから,附帯控訴人が待望していた社会的信用の回復報道とのギャップはあまりにも大きく,その精神的苦痛は極めて大きい。


(5) 名誉毀損の内容・表現方法
 起訴されれば,99%以上の可能性で有罪になる本邦の刑事裁判において,無罪判決報道に対する一般視聴者の第一の関心事は「何故無罪なのか」ということである。これに対して,「本件ニュース1」は,原判決にもあるように,附帯控訴人には過失がなかったことは簡単に伝えただけで,放送のほとんどの時間は、附帯控訴人自身が従前自己の過失や責任を認め遺族に謝罪をしていたことや,附帯控訴人を含めて手術を担当した医師が未熟であった旨の弁議士のコメントをはじめとして,医療過誤裁判の難しさ,医師である附帯控訴人の逮捕の異例さ,女子医大病院に対する行政処分及び別の医師に対する有罪判決の存在等,附帯控訴人に対する無罪判決に疑問があることを示唆する内容の情報を多数提供しており,さらに,その構成も,冒頭部分と最後に本件刑事判決に批判的な本件患者の遺族による記者会見でのコメントを挿入し,他方,判決直後になされた附帯控訴人の記者会見でのコメントは全く用いていないなど,附帯控訴人に対する無罪を言い渡した本件刑事判決に批判的な視点で構成されていた。
 また表現の方法も,名誉毀損にあたる内容についてナレーションとテロップの両方を用いて,ことさら強調を行った上に,附帯控訴人が行った記者会見の映像を入手したにもかかわらず,これを無視して,敢えて,附帯控訴人が墓参りに訪れた時の写真映像(甲第1号証の1,甲第1号証の2の①,甲第1号証の2の②,甲第1号証の2の③)や無罪判決とは直接関係がない附帯控訴人が拘置所職員とともに拘置所内を歩行して出所した場面の映像を繰り返し使用した。(甲第1号証の1,甲第1号証の2の①,甲第1号証の2の②,甲第1号証の2の③,甲第1号証の2の④,甲第1号証の2の⑤,甲第1号証の2の⑥,甲第1号証の2の⑦,甲第1号証の2の⑧)


(6) 加害行為の動機・目的
 上記放送の内容で,特に冒頭部分と最後に本件刑事判決に批判的な本件患者の遺族による記者会見でのコメントを挿入し,他方,判決直後になされた附帯控訴人の記者会見でのコメントは全く用いていないだけでなく,記者会見の映像を用いる代わりに前述の「墓参り」や「拘置所職員との拘置所内を歩行する場面」を波状的に放映した方法は、明らかに「附帯控訴人に対して悪意を持った」手法である。これらを勘案すると,附帯被控訴人は意図的に「本件刑事判決が原告(=附帯控訴人)に対し無罪の言渡しをしたとはいうものの,実際には,原告(=附帯控訴人)が,未熟で,その過失があったために,本件事故が生じた可能性があるとの印象を与えること」(原判決28頁)を放送の動機・目的としていたことが高度に推認される。


(7) 取材方法の相当性
 附帯被控訴人が原審において提出した「本件ニュース1」の放送のための取材方法,取材経過に関する証拠は,乙第4号証と乙第7号証のみである。前者は,担当ディレクターが「西田弁護士にコメントをもとめた時刻が判決の言渡後であった」という不確かな記憶の事情聴取,後者は報道局スタッフが平成13年12月30日に附帯控訴人が墓参りに訪れたときの写真を接写した事実等の陳述であり,本件無罪判決を放送するに当たって具体的に「何時,誰が,何を,取材したか」とう取材の核心部分に関する弁論は全くされていない。取材メモや内容に関する取材経過などの証拠は一切提出されていないのであり,そもそも存在しない可能性も高い。このような状況では,取材方法の相当性を判断する段階にすら到達していない。
 しかも,「本件ニュース1」のテロップ①「『過失責任 問えない』東京女子医大元医師」『無罪』 心臓手術で少女死亡」の「元医師」は,原判決にあるように,附帯控訴人が「元医師」と指摘された点については,一般の視聴者の普通の注意と視聴の仕方とを基準とすれば,本件事故当時は医師であったが,現在は医師ではない者と理解され附帯控訴人は,現在は医師ではない旨の事実摘示をしたものとみるべきであり,他方附帯控訴人は,本件事故以降「本件ニュース1」放映時である平成17年11月30日においても依然として現役の医師であったのであるから,本件ニュース1は,真実は医師である原告を医師ではない旨誤った事実を摘示したものといわなければならないことは明かである。このように附帯被控訴人は,放送の対象である附帯控訴人に関しての極めて基本的な事柄についてさえ,誤った事実認識を持っていたことは,取材方法に大きな問題があり,相当性がないことの証明である。
 したがって,附帯被控訴人のこれまでの弁論姿勢から判断すれば「本件ニュース1」の作成に当たり,「放送前に取材したことは『写真の接写』と『西田弁護士への電話』だけで,それ以外は何も取材しなかった」ということになる。このような取材状況から「本件ニュース1」を放送し附帯控訴人の名誉を毀損したのであれば,慰謝料の損害額算定に十分考慮されるべきである。
(8) 被害者の年齢・職業・経歴・社会的地位の高さ
 名誉毀損被害にあった附帯控訴人は,満42歳で所謂働き盛りの年代であった。医学博士の学位と日本外科学会認定医,胸部外科認定医を有する現役の心臓外科医であり,その外来診療状況は病院内の案内やパンフレットにとどまらず,「綾瀬循環器病院ホームページ(http://www.ayaseheart.or.jp/index.php」」)(甲第27号証)にも公開されていた。
 これに加え,上記「3.平成13年以後の主な名誉毀損裁判の損害額について」⑪の事案では,特に社会的にその職業が公開されることもない放送局の一社員に対してですら500万円の慰謝料が認容されたり,同⑤の事案では,同じ医師の資格をもつ医療法人理事長個人に対して550万円の慰謝料が認容されたりした判例を鑑みる必要がある。


(9) 被害者が被った営業活動,社会生活上の不利益
 前述の通り,附帯控訴人は,現役の医師として診療を行っていた。診療に当たっては,「本件ニュース1」を視聴した患者や患者家族が「実際には,附帯控訴人が,未熟で,その過失があったために,事故が生じたのではないか。」とか,前述の甲12号証の「シーガルアイ公式ブログ『カモメの目』」のブログ管理者のように「当初,自分のミスを認め遺族に謝罪したのに,裁判になると一転して,自分に過失はないと主張し無罪を勝ち取った。こんな違和感のある行動をした医師は有罪なのではないか」との心持ちで,附帯控訴人の診療を受けていたのではないかという不安が生じた。また,外来を予約したのに受診することなかった患者は,上記のような理由から附帯控訴人の外来診療を拒否し始めたのではないだろうかという不安を持たざるを得なかった。
 しかも,前述のように「本件ニュース1」および「「本件ニュース2」「本件ニュース3」「本件ニュース4」で,附帯控訴人は「元医師」と放送されたことについて,「患者や患者家族が附帯控訴人が医師でなくなったと理解した可能性がある」と,不安に思うことになったのであるから,著しい営業活動,社会生活上の不利益を被ったのである。


(10) 名誉毀損事実の深刻さ
 近年の名誉毀損訴訟における損害賠償額の高額化の先駆けとなった上記「3.平成13年以後の主な名誉毀損裁判の損害額について」③の事案は,著名なプロ野球選手が再起をかけてのシアトルでのトレーニング中に,ストリップパブに通い白人ダンサーを相手に遊びに興じていた等の記事が問題となったものであった。かかる事案は,プロ野球選手にとっての専門性が直接問われる野球でのパフォーマンスとは関わりがないものであったにもかかわらず,600万円の損害賠償が認められた(なお,一審判決は1000万円の損害賠償を認容した。)。
 附帯控訴人は,心臓外科医になるために6年間医学部に通い,その後は女子医大の心研に入局し,寝食を惜しんで,骨身を削って心臓外科医としての職務や研究に没頭し,国際学会でもその成果を発表し,その成果として医学博士の学位や認定医を取得してきた。附帯控訴人が人生をかけて築いてきた職業的専門性を,本件放送は十分な取材をせずに簡単に否定したものであり,附帯控訴人が本件放送によって被った精神的苦痛は多大で極めて深刻なものである。


(11) 事後的な名誉回復措置の有無
 附帯被控訴人は,これまで一切の事後的な名誉回復措置をとっていない。また、原審においては、東京地方裁判所民事第6部 土肥章大裁判長からの和解の勧告に対して,2007年3月30日午後13時10分~45分の原審の弁論準備期日が行われ,附帯控訴人は「附帯被控訴人が不法行為を真摯に認めるなら請求額を減額する」旨を提案したが,附帯控訴人は裁判所の和解勧告に一切耳をかさない態度で原審を争った。また,原審で敗訴しても控訴を行った。このような附帯被控訴人の不誠実な態度も慰謝料の算定に考慮
されるべきである。

以上

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2008年10月 9日 (木)

再び勝訴! (一審 勝訴確定 ) フジテレビ控訴審および附帯控訴審

1.印象深い左陪席

 傍聴席は、この裁判の判決だけを聞きに来たと分かった人々が多かった。おそらくその全員は、フジテレビが勝訴することを期待している。

 2008年10月9日13時20分いよいよ名前を呼ばれて、緊張感は頂点となり被控訴人(原審原告)席にひとり着く。控訴人側は、控訴審から加わった一人の弁護士さんを筆頭に一審からの弁護団が後に続いて席につく。相手弁護団は全5人(判決記載上)。控訴審から先頭に名前がくるようになった、実質上、控訴審の主任弁護士は、元東京地方裁判所判事、現K大学法科大学院教授、東大卒、ハーバード大学ロースクール修士課程修了、司法研修所教官、最高裁判所調査官、司法試験考査委員、新司法試験考査委員というもの凄い経歴の持ち主で、その書籍は街の書店にも置いてあった。

 裁判長は少しもごもごしながら、判決を言い渡した。

「主文。1 本件控訴及び本件附帯控訴をいずれも棄却する。・・・・」

 法廷全体で次の音を出すことを皆が遠慮している。

「(これって一審判決そのままってことですよね。)」という顔をして私が、裁判官の方を見たとき、鋭くもやさしいあの左陪席の視線の移動が、法廷の静謐を破った。しっかり目と目があったところで、うなずいてくださった。「(勝った)」私が立ち上がるとともに、相手弁護団、この判決のみを傍聴に来た人々も立ち上がって法廷を出た。

 大学の一般教養で「法学」の単位を取った程度の素人が、プロフェッション中のプロフェッションに勝ったという事実は、元の放送が明らかに名誉を毀損したことの証明に他ならない。フジテレビは、私の名誉を毀損するという不法行為を犯した。

2.父の心肺停止と附帯控訴と裁判長からの叱責

一審勝訴が2007年8月27日。被告フジテレビが控訴。

 第一回控訴審が忘れもしない同年11月22日。この日の朝に父が実家で心肺停止となり大学病院に搬送された。このため、私は出廷できず。現在も自分で主治医をしているが、意識はなく、人工呼吸管理である。

 次の法廷で、相手の控訴状に対して答弁書を作成して陳述するも、附帯控訴状は「随時提出できる」ということだったので、次の機会にしようとしたところ、頭ごなしに裁判長から「至急、提出しなさい。」と指導され、当惑して「近日中に・・・」といったところ、「近日中でなく、今日出しなさい。」と叱責される。ここで、ロマンスグレーで俳優みたいに格好良い左陪席が裁判長に耳打ち。裁判長は突然口調が変わって「とは、いっても本人訴訟ですので・・・。今日は無理でしょうから。いつだせますか。」「明日までには。」「附帯控訴理由は」「来週までには」「それは大変でしょうから・・・までに提出してください。」以後、数少なかった控訴審弁論の進行にかかわる件で、左陪席が裁判長に耳うちしている場面を何回か見た気がする。

3.「スリーナイン」最高裁判決と本件判決文の執筆者

 多くの合議裁判(複数の裁判官による裁判)では、判決文の草書は左陪席が書くといわれている。判決文には、過去の最高裁判決が沢山引用または参照されていた。

①最高裁平成14年(受)第846号同15年10月16日第一小法廷判決

②最高裁昭和37年(オ)第815号同41年6月23日第一小法廷判決

③最高裁平成6年(オ)第978号同9年9月9日第三小法廷判決

④最高裁昭和55年(オ)第1188号同62年4月24日第二小法廷判決

⑤最高裁昭和60年(オ)第1274号平成元年12月21日第一小法廷判決

⑥最高裁平成6年(オ)第978号同9年9月9日第三小法廷判決(2回目)

⑦最高裁平成7年(オ)第1421号同14年1月29日第三小法廷判決

 これらの最高裁判決は、テレビ局相手の名誉毀損裁判を闘う上で絶対に読んでおかなくてはならないものばかり。「日本の名誉毀損裁判の正史」と言ってよいだろうというのが、素人の意見だ。特に、私が「スリーナイン」と勝手に命名した「平成9年9月9日」(③⑥)は、近年の名誉毀損裁判では、これなしには語れない。

 素人の私の理解では、一般に事実審は第二審までで、最高裁では、過去の最高裁判決に反したり、憲法違反したりすることがない限り「棄却」される。今回の判決文16ページに7つもの最高裁判決を記載していただいた意義として、「この裁判は最高裁ではひっくり返りようがない」ということを示唆してくださっている気がしてしまうのは、私が素人だからかもしれないが、左陪席裁判官の視線の力強さからそんな印象を受けてしまった。

. 裁判所の判断

http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2008/07/post.html

を最後まで読んでいただいた方なら以下の判決文における裁判所の判断を容易に理解されるでしょう。

ポイント

 名誉毀損裁判のポイントとして該当する報道が、①事実を摘示したものか、公正な論評か、②報道が名誉を毀損するか、③報道内容が「真実」か(真実性)」または「真実と信ずるについて相当の理由(相当性)が存在する」か、」等が争われますが、本件では以下のような判断がされました。

   

筆者を「未熟な医師」と表現した放送中の弁護士のコメントは事実の摘示である

「上記コメントが,本件刑事判決の判断等を報道することを内容とする本件ニュース1において,重大な結果をもたらした本件事故の原因,責任の所在の解明に迫る目的でされたことにかんがみれば,テロップで「おこたって未熟な医師に扱わせた」と表示したうち,「未熟な医師」との表現は,被控訴人が未熟な医師であり,それゆえに人工心肺装置の構造に問題があることを予見することができなかったという事実の摘示を包含するものであるということができる。」

   

フジテレビの放送は、筆者(原告)の名誉を毀損した

「本件刑事判決において示された判断と重要な点において異なる印象を与えるものであり,テロップに表示された「未熟な医師」という表現の持つ専門家としての力量に対する否定的評価とあいまって,本件刑事判決によって上記のとおり示された判断により無罪とされた被控訴人の人格的価値を損ない,その社会的評価を低下させるものであった」

   

筆者を「未熟な医師」と評したことは「真実」でもなく、「真実と信ずるについて相当の理由」もない

 「本件ニュース1の番組制作者は,「おこたって未熟な医師に扱わせた」というテロップの表示が,法律専門家であるN弁護士の談話を紹介するに当たってこれを補助するものであることの一事をもってしては,同弁護士のコメントにより摘示されたものと認められる事実や,意見ないし論評の前提としている事実の重要な部分に確実な資料,根拠があるものと受け止め,同事実を真実であると信じたことに無理からぬものがあるとまではいえないのであって,当該番組制作者に同事実を真実と信ずるについて相当の理由があるとは認められないというべきである。」

5.名誉毀損の損害額とメディアのダメージ

 「100万円基準」「500万円基準」などが論文でも発表されていますが、米国に比べると日本では「名誉」は価値が低いように思われます。この勝訴によるメディアの金額的ダメージは、企業の大きさからいって全くといってないでしょう。敗訴した事実を報道されることが一番のダメージになりますので、是非読者はこれを多くの人に伝えてください。

付録1:本件控訴審および附帯控訴審 「第3 裁判所の判断」「第4 結論」

第3 当裁判所の判断

1 当裁判所も,被控訴人の請求は,そのうち100万円及びこれに対する不法行為の後である平成17年12月2日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める部分につき理由があるから上記の限度でこれを認容すべきであり,その余は理由がないからこれを棄却すべきであると判断する。その理由は,次のとおり補正するほかは,原判決「事実及び理由」欄中の「第3当裁判所の判断」の1から4まで(原判決24頁8行目から35頁24行目まで)の説示と同一であるから,これを引用する。

(1)   原判決24頁9行目から26行目までを次のとおり改める。

 「新聞記事等の報道の内容が人の社会的評価を低下させるか否かについては,一般の読者の普通の注意と読み方とを基準として判断すべきものであり,テレビジョン放送をされた報道番組の内容が人の社会的評価を低下させるか否かについても,同様に,一般の視聴者の普通の注意と視聴の仕方とを基準として判断すべきである(最高裁平成14年(受)第846号同15年10月16日第一小法廷判決民集57巻9号1075頁参照)

 そして,テレビジョン放送をされた報道番組によって摘示された事実がどのようなものであるかという点についても,一般の視聴者の普通の注意と視聴の仕方とを基準として判断するのが相当である。テレビジョン放送をされる報道番組においては,新聞記事等の場合とは異なり,視聴者は,音声及び映像により次々と提供される情報を瞬時に理解することを余儀なくされるのであり,録画等の特別の方法を講じない限り,提供された情報の意味内容を十分に検討したり,再確認したりすることができないものであることからすると,当該情報番組により摘示された事実がどのようなものであるかという点については,当該情報番組の全体的な構成,これに登場した者の発言の内容や,画面に表示されたフリップやテロップ等の文字情報の内容を重視すべきことはもとより,映像の内容,効果音,ナレーション等の映像及び音声に係る情報の内容並びに放送内容全体から受ける印象等を総合的に考慮して判断すべきである(上記第一小法廷判決参照)

 ところで,テレビジョン放送をする報道番組(以下「テレビ報道番組」という。)において刑事事件の判決を報道するに当たっては,テレビ報道番組の制作者は,刑事事件の判決において示された判断内容を一般の視聴者に分かりやすく正確に説明する使命を負っているのであり,視聴者が音声及び映像により次々と提供される情報を瞬時に理解することを余儀なくされるというテレビ報道番組特有の事情を踏まえ,当該番組の全体的な構成,これに登場する者の発言の内容,画面に表示されたフリップやテロップ等の文字情報の内容,映像の内容,効果音,ナレーション等から視聴者がどのような印象を受けるかを考慮して,上記の使命を果たすべくテレビ報道番組を制作しなければならず,一般の視聴者の普通の注意と視聴の仕方とを基準として当該番組において摘示されたものと認められる事実が刑事被告人,犯罪の被害者その他の関係者の名誉を毀損するものである場合には,当該番組の放送が公共の利害に関する事実に係り,かつ,その目的が専ら公益を図ることにあった場合に該当することを前提に,摘示された事実が真実であることが証明されたとき又は番組制作者においてその事実を真実と信ずるについて相当の理由があったときという要件(最高裁昭和37年(オ)第815号同41年6月23日第一小法廷判決民集20巻5号1118頁参照)を満たさない限り,不法行為による損害賠償責任を免れないというべきである。

 刑事事件の判決を報道するテレビ報道番組の制作者は,当該番組の構成を検討するに当たり,刑事事件の判決において示された判断内容を一般の視聴者に分かりやすく正確に説明することのほか,報道した刑事事件の判決が犯罪の被害者側からどのように受け止められたか,刑事被告人側からはどうか,あるいは社会一般からはどうかを報道したり,さらには,有識者,専門家等のコメントを紹介したりすることも,その裁量により行うことができる。そして,そのように構成されたテレビ報道番組が,前記の判断基準に照らし,その全体的な構成,これに登場した者の発言の内容,画面に表示されたフリップやテロップ等の文字情報の内容,映像の内容,効果音,ナレーション等の映像及び音声に係る情報の内容並びに放送内容全体から受ける印象等を総合的に考慮して,当該番組における関係者の談話,有識者,専門家等のコメントが,発言者等の個人的見解であるというにとどまらず,それらを通じて当該番組制作者が当該番組の報道基調として,視聴者に一定の視点や見方,評価等を提示しでいるという印象を一般の視聴者に与える場合には,当該番組の制作者は,それらが関係者の談話,有識者,専門家等のゴメントにすぎないことを理由に,当該番組としては上記の談話,コメント等により一定の事実を摘示したり,論評を加えたりしていないとして,自らの責任を否定することはできないものというべきである。したがって,そのような内容を含む上記テレビ報道番組において,一般の視聴者の普通の注意と視聴の仕方とを基準としで,証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項が摘示されているものと理解されるときは,同部分は,当該事項についての事実の摘示を含むものというべきであり(最高裁平成6年(オ)第978号同9年9月9日第三小法廷判決・民集51巻8・号3804頁参照),当該番組において摘示されたものと認められる事実が刑事被告人,犯罪の被害者その他の関係者の名誉を毀損するものである場合には,公共の利害に関する事実に係り,かつ,その目的が専ら公益を図ることにあった場合に該当することを前提に,摘示された事実が真実であることが証明されたとき又は番組制作者においてその事実を真実と信ずるについて相当の理由があったときという上記の要件を満たさない限り,不法行為による損害賠償責任を免れないというべきであるし,他方,意見ないし論評の公表に当たる部分についても,それが,刑事被告人,犯罪の被害者その他の関係者の名誉を毀損するものである場合には,その公表が公共の利害に関する事実に係り,かつその目的が専ら公益を図ることにあった場合に該当することを前提に,当該意見ないし論評の前提としている事実についてその重要な部分につき真実であることの証明があったとき(この場合であっても,当該意見ないし論評が人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものであるときを除く。)又は番組制作者において当該事実を真実と信ずるについて相当の理由があったときという要件(最高裁昭和55年(オ)第1188号同62年4月24日第二小法廷判決・民集41巻3号490頁,最高裁昭和60年(オ)第1274号平成元年12月21日第一小法廷判決・民集43巻12号22与2頁,最高裁平成6年(オ)第978号同9年9.月9日第三小法廷判決・民集51巻8号3804頁参照)を満たさない限り,不法行為による損害賠償責任を免れないというべきである。そして,テレビ報道番組において報道した刑事事件の判決の認定事実ないしこれに関連する事実を内容とする分野における有識者,専門家等のコメントについては,前記の判断基準に照らし,その全体的な構成,これに登場した者の発言の内容,画面に表示されたフリップやテロップ等の文字情報の内容,映像の内容,効果音,ナレーション等の映像及び音声に係る情報の内容並びに放送内容全体から受ける印象等を総合的に考慮して,当該番組における有識者,専門家等のコメントが,発言者等の個人的見解であるというにとどまらず,それらを通じて当該番組制作者が当該番組の報道基調として,視聴者に一定の視点や見方,評価等を提示しているという印象を一般の視聴者に与える場合において,テレビ報道番組において紹介された有識者,専門家等のコメントが刑事被告人,犯罪の被害者その他の関係者の名誉を毀損するものであるときには,当該番組の制作者は,それが有識者,専門家等のものであるとの一事をもってしては,有識者,専門家等のコメントにより摘示されたものと認められる事実や,意見ないし論評の前提としている事実の重要な部分に確実な資料,根拠があるものと受け止め,同事実を真実であると信じたことに無理からぬものがあるとまではいえないのであって,当該番組制作者に同事実を真実と信ずるについて相当の理由があるとは認められないというべきである(最高裁平成7年(オ)第1421号同14年1月29日第三小法廷判決・民集56巻1号185頁参照)

 そこで,以下,本件について上記の見地から検討する。」

(2)  原判決27頁5行目から21行目までを次のとおり改める。

 「以上によれば,本件ニュース1の一連の放映内容を視聴した一般視聴者としては,本件刑事判決が,本件事故の際,人工心肺の構造に問題があったことを予見できず,過失責任を問えないとして,被控訴人を無罪としたものであることを理解することができる一方,テロップで「おこたって未熟な医師に扱わせた」と表示されたことなどを受け,テロップに表示された「未熟な医師」とは被控訴人のことであり,専門家としての力量が不十分な医師であって,被控訴人が未熟な医師であるがゆえに人工心肺の構造に問題があったことを予見できず,本件事故が生じたのであるが,被控訴人が未熟な医師であったことからすると法的にその過失責任までは問えないと判断された,あるいはそれが事の真相と考えられると法律専門家がコメントしたとの印象を受けることは否定できない。もっとも,①本件ニュース1における「おこたって未熟な医師に扱わせた」というテロップの表示は,本件ニュース1の一部を構成するものである法律専門家であるN弁護士の談話(コメント)を紹介するに当たって補助する手段として用いられたものであり,②N弁護士の上記コメントは,全体の趣旨としては,東京女子医大病院が組織的に負うべき結果回避義務について論評を加えたものということができる。しかしながら,前記の判断基準に照らし,前記認定のような本件ニュース1の全体的な構成の中で,N弁護士の上記コメントが紹介され,その際にテロップで「おこたって未熟な医師に扱わせた」と表示したことを総合的に考慮すると,本件ニュース1におけるN弁護士の上記コメント及びテロップから成る部分は,同弁護士の個人的見解であるというにとどまらず,それらを通じて本件ニュース1の制作者が,本件ニュース1による報道の趣旨として,テロップで「おこたって未熟な医師に扱わせた」と表示したとの印象を与えるものであり,本件ニュース1の番組制作者はそのように評価されてもやむを得ないものであるといわざるを得ないのであって,本件ニュース1の番組制作者が,上記テロップが法律専門家であるN弁護士の談話を紹介するための補助的な手段であることを理由に,自己の責任を免れることはできないというべきである。そして,本件ニュース1の番組制作者は,「おこたって未熟な医師に扱わせた」というテロップの表示が,法律専門家であるN弁護士の談話を紹介するに当たってこれを補助するものであることの一事をもってしては,同弁護士のコメントにより摘示されたものと認められる事実や,意見ないし論評の前提としている事実の重要な部分に確実な資料,根拠があるものと受け止め,同事実を真実であると信じたことに無理からぬものがあるとまではいえないのであって,当該番組制作者に同事実を真実と信ずるについて相当の理由があるとは認められないというべきである。また,N弁護士の上記コメントが,全体の趣旨としては,東京女子医大病院が組織的に負うべき結果回避義務について論評を加えたものであり,「未熟な医師」という表現が論評に当たることは否定することができないとはいえ,N弁護士の上記コメントが,本件刑事判決の判断等を報道することを内容とする本件ニュース1において,重大な結果をもたらした本件事故の原因,責任の所在の解明に迫る目的でされたことにかんがみれば,テロップで「おこたって未熟な医師に扱わせた」と表示したうち,「未熟な医師」との表現は,被控訴人が未熟な医師であり,それゆえに人工心肺装置の構造に問題があることを予見することができなかったという事実の摘示を包含するものであるということができる。そして,テロップで「おこたって未熟な医師に扱わせた」と表示したことが,一般視聴者に対して上記のような印象を与えることは,否定し難いというべきである。

 ところで,本件刑事判決は,本件事故の際に人工心肺回路における脱血不能の状態を惹起した直接的かつ決定的な原因は水滴等の付着によるガスフィルターの閉塞であったとした上で,実際に心研で人工心肺にかかわったことがある被控訴人以外の医療関係者らも人工心肺回路内に発生した水滴等によりガスフィルターが閉塞するという構造上の危険性について認識がなかったものと認め,この認定を踏まえて,上記の危険性の認識に欠けていたことに'ついて,一人被控訴人についてのみその認識が可能であったのにこれを懈怠したものとして非難するのは酷であるとして,被控訴人の注意義務違反を否定し(この事実は甲第6号証によりこれを認める。),本件事故当時の臨床医療の一般水準として,本件手術の際に用いられた人工心肺の操作に当たる者が,人工心肺回路内に発生した水滴等によりガスフィルターが閉塞する危険性があることを予見することが可能であったと断定することはできないとし,ガスフィルターが水滴等により容易に閉塞する危険性があることからすると,陰圧吸引回路にガスフィルターを取り付けておくという人工心肺の構造自体,客観的にみて,危険で瑕疵がある構造というほかはないとして,このような人工心肺回路を設置し,心臓手術での使用に供していたことにつき,女子医大の責任が問題となる余地がある点はともかく,少なくとも被控訴人1については,陰圧吸引回路にフィルターが取り付けられていることを認識していたからといって,直ちに,それが脱血不能の状態につながる危険で瑕疵のある構造のものであることまで認識した上,これに適切に対処することができたはずであり,かろ,そうすべき義務があったとするのは,酷であるといわざるを得ないとしたのであって,本件刑事判決は,被控訴人は人工心肺回路内に発生した水滴等によりガスフィルターが閉塞する危険性があることを知らなかったところ,本件事故当時の臨床医療の一般水準を基準にすれば,専門的治療に携わる医師であっても上記の危険性を認識していないのであればそのような危険を予見することはできなかったと判断したというべきであるから,本件ニュース1の一連の放映内容を視聴した一般視聴者が受けたであろう前記の印象(被控訴人が,専門家としての力量が不十分な,未熟な医師であるがゆえに,人工心肺の構造に問題があったことを予見できず,本件事故が生じたのであるが,被控訴人が未熟な医師であったことからすると法的にその過失責任までは問えないと判断された,あるいはそれが事の真相と考えられると専門家がコメントしたとの印象)は,本件刑事判決において示された上記判断とは重要な点において異なるものであるといわざるを得ない。前記の印象は,専門家としての力量が不十分な,未熟な医師であるという印象を内容とするものであり,断定的,否定的なニュアンスの強いものであるのに対し,本件刑事判決において示された上記判断は,実際に心研で人工心肺にかかわったことがある被控訴人以外の医療関係者らも人工心肺回路内に発生した水滴等によりガスフィルターが閉塞するという構造上の危険性について認識がなかったものと認めた上で,この認定を踏まえて,上記の危険性の認識に欠けていたことについて,一人被控訴人についてのみその認識が可能であったのにこれを懈怠したものとして非難するのは酷であるとして,被控訴人の注意義務違反を否定したもので,前記の印象のように断定的,否定的なニュアンスを伴うものではないからである。したがって,本件ニュース1は,その一連の放映内容を視聴した一般視聴者に対し,上記のとおり本件刑事判決において示された判断と重要な点において異なる印象を与えるものであり,テロップに表示された「未熟な医師」という表現の持つ専門家としての力量に対する否定的評価とあいまって,本件刑事判決によって上記のとおり示された判断により無罪とされた被控訴人の人格的価値を損ない,その社会的評価を低下させるものであったというべきである。このことは,本件ニュース1と,それ以外のニュース,とりわけ本件ニュース4とを対比すれば明らかである。」

(3)原判決27頁25行目から28頁14行目までを次のとおり改める。

 「確かに,本件ニュー一ス1は,本件刑事判決において示された判断内容を一般の視聴者に分かりやすく正確に説明しようとする意図の下に制作されたものであるということができるし,本件ニュース1の制作者が,本件刑事事件の判決について,犯罪の被害者側の観点からどのように受け止められたかを報道したり,法律専門家である弁護士のコメントを紹介したりしたことをもって,直ちに違法,不当であるなどということはできないが,上記のとおり,本件ニュース1の一連の放映内容を視聴した一般視聴者が,テロップに表示された未熟な医師とは被控訴人のことであり,被控訴人が未熟な医師であるがゆえに人工心肺の構造に問題があったことを予見できず,本件事故が生じたのであるが,被控訴人が未熟な医師であったことからするとその過失責任までは問えないと判断された,あるいはそれが事の真相と考えられるとの印象を受けることは否定できないのであって,本件ニュース1は,その一連の放映内容を視聴した一般視聴者に対して,本件刑事判決において示された判断と重要な点において異なる印象を与えるものであり,テロップに表示された「未熟な医師」という表現の持つ専門家としての力量に対する否定的評価とあいまって,本件刑事判決によって上記のとおり示された判断により無罪とされた被控訴人の人格的価値を損ない,その社会的評価を低下させるものであったといわざるを得ない。」

(4) 原判決29頁20行目から30頁6行目までを次のとおり改める。

 「しかしながら,本件ニューニス2において被控訴人につき「元医師」との事実摘示がなされたことにより,一般視聴者が被控訴人は本件事故の責任を取って自ら医師を辞めたか,医師を辞めさせられたとの印象を受けるとしても,本件事故の結果の重大性と心臓手術に関与する医師に求められる高度の専門性とにかんがみると,法的な責任があるかどうかとは別に,道義的責任の観点から被控訴人が本件事故の責任を取って自ら医師を辞めたか,医師を辞めさせられたという事態はあり得るところであり,そのような事態が生じたとの印象が持たれたからといってそれゆえに直ちに被控訴人の社会的評価が低下したとまでは認め難いというべきである。この点に関する被控訴人の主張は採用することができない。」

(5) 原判決30頁10行目及び18行目の「アナウンサー」をいずれも「ナレータ」に改め,30頁24行目の「余地が残されていますよね」を「余地が残されていますよね。」に改める。

(6) 原判決32頁2行目から22行目までを次のとおり改める。

 「上記のとおり,本件ニュース1は,一般視聴者に対し,被控訴人が未熟な医師であったために人工心肺の構造に問題があったことを予見できず,本件事故が生じたとの印象を与えることは否定できず,テロップに表示された「未熟な医師」という表現の持つ専門家としての力量に対する否定的評価とあいまって,被控訴人の名誉を毀損するものである。これに対し,控訴人は,前記第2の3のとおり,本件事故に係る資料中には,被控訴人を「未熟」と評価するに十分な事実が数多く存在するのであり,本件手術時における人工心肺装置を担当する医師としての被控訴人の知識及び技術のレベルは,「未熟」と評価されても仕方のないものであったなどと主張する。

 しかしながら,本件刑事判決が,前記のとおり,本件事故当時の臨床医療の一般水準として,本件手術の際に用いられた人工心肺の操作に当たる者が,人工心肺回路内に発生した水滴等によりガスフィルターが閉塞する危険性があることを予見することが可能であったと断定することはできないとし,ガスフィルターが水滴等により容易に閉塞する危険性があることからすると,陰圧吸引回路にガスフィルターを取り付けておくという人工心肺の構造自体,客観的にみて,危険で瑕疵がある構造というほかはないとして,このような人工心肺回路を設置し,心臓手術での使用に供していたことにつき,女子医大の責任が問題となる余地がある点はともかく,少なくとも被控訴人については,陰圧吸引回路にフィルターが取り付けられていることを認識していたからといって,直ちに,それが脱血不能の状態につながる危険で瑕疵のある構造のものであることまで認識した上,これに適切に対処することができたはずであり,かつ,そうすべき義務があったとするのは,酷であるといわざるを得ないとしたことにかんがみると,控訴人が主張するような事実を量根拠に,被控訴人が未熟な医師であるとの事実が真実であることが証明されたということはできないし,本件ニュース1の番組制作者が当該事実を真実と信ずるについて相当の理由があったということもできない。また,被控訴人が未熟な医師であるとの意見ないし論評の前提としている事実についてその重要な部分につき真実であることの証明があったということもできないし,本件ニュース1の番組制作者が当該事実を真実と信ずるについて相当の理由があったということもできないのであり,さらに,絶対評価として医師の力量が不十分であるという印象を与える「未熟な医師」という表現は,被控訴人に対する個人攻撃のニュアンスを有するものであることを否定することはできない。」

2        当審における控訴人の主張に対する判断

 控訴人は,前記第2の3のとおり主張するが,前記のとおり認定し,説示したところと異なる控訴人の主張は,いずれも採用の限りでない。

3        当審における被控訴人の主張に対する判断

 被控訴人は,前記第2の4のとおり主張するが,前記のとおり認定し,説示.したところと異なる被控訴人の主張は,いずれも採用することができない。

4 結論

 以上の認定及び判断の結果によると,被控訴人の請求は,そのうち100万円及びこれに対する不法行為の後である平成17年12月2日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める部分につき理由があるから上記の限度でこれを認容すべきであり,その余は理由がないからこれを棄却すべきである。よって,当裁判所の上記判断と結論において符合する原判決は相当であり,本件控訴及び本件附帯控訴はいずれも理由がないから,これらを棄却することとして,主文のとおり判決する。

付録2:本件裁判の資料

2007年8月27日 (月) 勝訴 フジテレビ訴訟 本人訴訟第1号

http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_fea3.html

2008年7月31日 (木)

「悪意ある虚偽報道による名誉段損に対しての闘い」田邊昇先生 「外科治療」2008Vol.98No.6より

http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2008/07/post.html

2007年8月25日 (土)

フジテレビ訴訟 判決

http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_7178.html

2008年3月 7日 (金)

「日経メディカル」記事掲載ー本人訴訟でフジテレビに勝訴―

http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/post_10f7.html

2008年2月 1日 (金)

刑事控訴審続報の前に今日のフジテレビ控訴審

http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2008/02/post_f412.html

2008年3月 7日 (金)

復刻 フジテレビ訴訟 控訴審

http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/post_5865.html

2008年5月22日 (木)

フジテレビ控訴審 結審日決定

http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_6faa.html

2007年6月 4日 (月)

フジテレビ訴訟 本人尋問期日のお知らせ

http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2007/06/post_44bb.html

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2008年5月22日 (木)

フジテレビ控訴審 結審日決定

(1)フジテレビ控訴審 結審日決定まで

 本日フジテレビ控訴審がありました。

一審は2006年3月22日に提訴、2007年8月27日判決で、私が本人訴訟(被告弁護団は6人)で勝訴しました。

「フジテレビ訴訟 判決」

http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/post_d1da.html

「フジテレビ訴訟 勝訴本人訴訟第1号」

http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/post_2ed3.html

日経メディカルで記事になりました。

http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/post_10f7.html

一審で敗訴したフジテレビが2008年9月10日に二つの法律事務所から弁護団を再編して控訴。

フジテレビ訴訟 控訴審

http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/post_5865.html

さらに、強制執行停止。[i]

これに対して、一審で認められなかった名誉毀損部分と肖像権侵害部分について私が附帯控訴[ii]しました。

控訴人(フジテレビ)は、亡くなった患者さんの家族を証人申請しましたが、これは却下され、次回弁論期日の7月4日に結審することが決定しました。

判決日は7月4日に決定されるものと思われます。

(2)時機に後れた攻撃防御方法の却下等」民事訴訟法 第百五十七条[iii]

 今日の期日の直前に、裁判所が証人申請を認めないように、「時機に後れた攻撃防御方法の却下」を「上申書」で主張しました。私は、他に多くの名誉毀損訴訟を弁護士さんにお願いしていますので、プロが作成した準備書面を沢山持っています。それを参考にしなければ、この主張をすることは出来ませんでした。

裁判の進行は、裁判所の専権であることを重々承知しておりますが、以下・・・の事柄についてご意見を述べさせていただきます。」(この当たりは、弁護士さんでは恥ずかしくて書けないことでしょう。)

「・・・控訴審になっての証人申請は『時機に後れた攻撃防御方法』に当たります。原審原告(被控訴人、附帯控訴人)は本人訴訟であるのに対し、原審被告(控訴人、附帯被控訴人)は、大手メディアとして多数の名誉毀損訴訟を被告側で経験してきており、

複数の弁護士を代理人として要していたのですから、原審でも証人申請は十分に行うことが出来たはずです。

真実性・相当性の主張は、名誉毀損訴訟における抗弁として最も典型的なものです。そもそもの問題として、テレビ局が人の社会的評価を低下するおそれのある放送する場合には、それに先立って十分な取材を尽くし、メディアとして真実性を確認してから公表に至るものです。この点を踏まえて、一般的にも、相当性の立証を行うための資料は、問題となる番組の放送時点までに入手できたものに限定されるのが通例です。したがって、問題となる放送を公表する時点において、メディア側には、真実性・相当性を主張するための基礎資料は揃っていて然るべきですから、メディアが真実性・相当性の主張を行う意向を有する場合、請求原因を記載した訴状を受領した後であれば、そのような主張のための証拠提出や証人申請は十分期待できます。つまり、第一審の第1回口頭弁論期日あるいはそれに先立つ答弁書の提出時において、その証人申請を具体的に行うこと、あるいは少なくとも、かかる主張を行う旨予告をすることは、十分に期待できるものです。一般的に真実性の立証に当たっては、相当性の立証の場合とは異なり、放送後の事情も斟酌することが可能ですが、本件において控訴人は、事後でなければ入手できない証拠に基づいて真実性の証明を行おうとはしておらず、やはり、後れて真実性の主張が出されたことを正当化できるものではありません。よって、控訴人による証人申請を、貴裁判所が、時機に後れた攻撃防御方法としても、却下することを求めます。」

この主張が認められたのかそれとも全く関係なかったかは不明ですが、結局のところ、裁判所は、証人申請を却下しました。些細なことですが、前哨戦には勝利した気分で天王山に向かうことになりました。一審勝訴していますが、法律論的にはかなり難しいレベルになってきました。


[i] さらに羞じも外聞もかなぐり捨てて、一審判決で100万円損害賠償についた仮執行宣言に対して強制執行停止申し立てにより75万円の担保を立てて強制執行を認めさせました。(仮執行宣言の強制執行などこちらは元々執行させる予定はなかったのですが。)

[ii] 控訴によって開始された控訴審手続を利用して、被控訴人が控訴審での審判範囲を拡張し、自己に有利な原判決の変更を求める攻撃的申立てをいう。 

控訴の取下げまたは却下があれば、付帯控訴も効力を失う。

[iii]事者が故意又は重大な過失により時機に後れて提出した攻撃又は防御の方法については、これにより訴訟の完結を遅延させることとなると認めたときは、裁判所は、申立てにより又は職権で、却下の決定をすることができる。

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